• 著者: Peter Malfertheiner, M. Constanza Camargo, Emad El-Omar, Jyh-Ming Liou, Richard Peek, Christian Schulz, Stella I. Smith, Sebastian Suerbaum
  • Corresponding author: Peter Malfertheiner (Otto-von-Guericke Universität, Magdeburg)
  • 雑誌: Nature Reviews Disease Primers
  • 発行年: 2023
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review (Primer)
  • PMID: 37081005

背景

Helicobacter pyloriは慢性胃炎の最も頻度の高い原因菌で、消化性潰瘍・胃腺がん・胃粘膜関連リンパ組織リンパ腫の主要な危険因子である。1982年にWarrenとMarshallが本菌の分離培養に成功し、自己経口摂取実験で病原性を証明、除菌療法で消化性潰瘍が根治することが確認された結果、2005年にノーベル生理学・医学賞が授与された。それ以前は酸性の胃は無菌とされ消化性潰瘍は酸過剰疾患と捉えられていたが、感染症駆動モデルへとパラダイムが転換した。

先行研究は3系統で現代H. pylori管理の基盤を形成している。第一に、Hooi et al. Gastroenterology 2017 のメタアナリシスが全世界感染率を約43%と定量化した。第二に、Parsonnet et al. NEJM 1991 の前向きコホート研究 (n=109,824) が本菌感染と胃腺がんリスクの直接的関連を確立した (OR=2.77、p<0.001)。第三に、Malfertheiner et al. Gut 2017 のMaastricht V/Florenceコンセンサスが除菌レジメンを国際標準化した。Correa 1992は「慢性活動性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮化生→異形成→胃腺がん」という多段階発がんモデルを提唱した。

一方で先行レビューでは4つの知識ギャップ (gap in knowledge) が未解明のまま残されていた。第一に、標準三剤療法 (PPI + clarithromycin + amoxicillin) の有効性は地域差を伴い低下しつつあり、耐性増加への系統的対応は不明であった。第二に、腸上皮化生段階での除菌による胃がん予防効果は議論があり、「point of no return」の閾値はcontroversialなままであった。第三に、家族基盤スクリーニング戦略のエビデンスは不足しており試験成績はconflictingであった。第四に、低所得・中所得国 (low-income and middle-income countries) でscreen-and-treat戦略を実装するコスト効果モデルが手薄で実装研究は未開拓であった。これら4点は先行Maastricht Vコンセンサスが十分でなかった領域であり、最新ガイドラインによる更新が必要とされていた。

目的

本Primerは2023年時点の最新Maastricht VI/Florence 2022コンセンサスに基づき、H. pylori感染症の (1) 世界疫学トレンド、(2) 細菌学的・宿主免疫学的病態生理、(3) 侵襲的および非侵襲的診断法の感度・特異度、(4) 胃がん一次予防としてのscreen-and-treat戦略、(5) 抗菌薬感受性に基づく個別化除菌レジメン、(6) クラリスロマイシン耐性増加への対応、(7) 新規治療標的 (potassium-competitive acid blocker、ワクチン、抗接着薬) の最新動向、を統合的にレビューし、臨床医および研究者へ実践的ガイドを提供することを目的とする。

結果

世界疫学と地域差: 全世界成人H. pylori感染率は2014〜2020年で43% (95% CI 42.7-43.3) であり、1970〜2000年代の50〜55%から漸減した (Fig 2、Fig 8)。小児・思春期 (<20歳) の全球感染率は34%である。地域差は顕著で、アフリカ・東地中海・ロシア・中南米の低所得・中所得国で高流行 (>50%) を示す一方、西太平洋・北米・西欧では<30%へ低下している。米国ではアジア系米国人および先住民集団で人種補正後も高有病率が残存し、東アジア食習慣 (高塩分・漬物) が修飾因子として作用する。年間新規感染率は4-5歳で2.1%、7-9歳で1.5%、21-23歳で0.3%と幼少期に集中し、90%が10歳以前に獲得される。家族内伝播 (主に母子経路) が主体で、ribotyping研究で母子間strain一致率は56% (10/18家族、p=0.003)、兄弟間81% (29/36家族)、父子間0% (0/17家族) と報告された。そのため、成功除菌後の年間再感染率は先進国で<2%、低所得・中所得国および小児で5-10%と差が大きい。これらの数値は感染対策の優先順位を地域別に決定する根拠となっている。

疾患フェノタイプ: H. pylori感染後の胃炎パターンは解剖学的優位性により3表現型に分類される (Table 1)。第一は軽症胃炎表現型 (大多数、無症状、酸分泌正常、有意臨床outcomeなし) である。第二は十二指腸潰瘍表現型 (10-15%、前庭部優位胃炎、高ガストリン・高酸分泌、十二指腸潰瘍リスク高) である。第三は胃がん表現型 (約1%、体部優位胃炎または汎胃炎、低酸分泌または無酸分泌から重度萎縮性胃炎・腸上皮化生・胃腺がんへ進行) である。前向き研究でcagA陽性株感染者の十二指腸潰瘍生涯リスクは18.4倍、胃潰瘍は2.9倍に増加する。一方、胃がんの約90%はH. pylori感染に起因し、2018年単年で812,000例の胃がんが記録され、全慢性感染関連がんの約37%を占める最大のヒト発がん病原体である。Denmarkコホートでは未治療感染者の10年累積消化性潰瘍発症率は11%超 (非感染者1%との比較、p<0.001)、感染者全体での生涯消化性潰瘍発症率は約10%と推定された。これらの数値は除菌治療を全感染者へ拡大する根拠となっている。

細菌病原因子: H. pyloriゲノムは約1.6 Mbpの単一環状染色体で約1,600タンパク質をコードし、core genome約1,100遺伝子と可変accessory genomeから構成される (Fig 3)。極めて高い変異率 (古典的mismatch repair経路欠損とDNA polymerase Iの変異原性質) と組換え率を持ち、同一個体内ですら多様性を示す。主要病原因子の第一はcag pathogenicity island (cag PAI、約37 kb、約26遺伝子) で、Type IV secretion system (T4SS) をコードし効果分子CagAを宿主細胞質へ注入する。CagAはSRC family kinaseでチロシンリン酸化を受け、SHP2・PAR1・ASPP2を活性化、Wntシグナルを介して上皮細胞極性破綻・タイトジャンクション弛緩・ゲノム不安定性を誘導する。第二はvacuolating cytotoxin A (VacA) で、後期エンドソーム由来の大型細胞内空胞を形成し、ミトコンドリア膜perturbation・アポトーシス・オートファジー誘導、T細胞およびB細胞の増殖抑制を介して宿主免疫を抑制する (s1/m1/i1アリル組合せが重症疾患リスクと相関する)。第三は接着素 (Hop superfamily) で、BabAはLewis b血液型抗原に、SabAはsialyl-Lewis xに、HopQはCEACAM1/3/5に結合してT4SS機能維持に寄与する。第四はureaseで、12活性部位を持つ巨大複合体酵素として尿素をアンモニアと二酸化炭素に加水分解し、胃内酸性環境 (pH 1-2) で局所pHを中和して菌の生存を担保する (Fig 6、Fig 7)。

Correaカスケード: 発がんは「H. pylori感染→慢性活動性胃炎→多巣性萎縮性胃炎→腸上皮化生→異形成→胃腺がん」の多段階プロセスである (Fig 9、Fig 4)。慢性炎症によるreactive oxygen species (ROS) 産生、亜硝酸塩由来genotoxin、抗酸化ビタミンC枯渇が変異蓄積を駆動する。重度萎縮性胃炎では壁細胞 (parietal cell) 喪失による低酸症から無酸症が進行し、異常胃マイクロバイオーム (Peptostreptococcus・Streptococcus・Parvimonas・Prevotella・Rothiaのcarcinogenic clusterが優勢) のコロニー化を許容する。そのため、除菌後も発がん過程が持続しうる「point of no return」現象が生じる。Operative Link on Gastritis Assessment (OLGA) およびOLGIM staging systemのStage III/IVが高リスクと判定され、3年間隔の高品質内視鏡サーベイランスが推奨される。同様の慢性炎症-腫瘍化モデルは Dohlman et al. Cell 2026 の汎がんmicrobiome解析でも示されており、組織常在菌が腫瘍進展に寄与する一般的メカニズムとして理解されている。

診断法の選択: 診断法は侵襲的検査と非侵襲的検査に大別される (Fig 5、Table 3)。侵襲的検査としてrapid urease test (RUT、感度84-95%、特異度95-100%)、組織学的評価 (Updated Sydney system、感度60-93%、特異度>95%、萎縮および腸上皮化生のgold standard)、microbial culture (感度76-90%、特異度100%、表現型抗菌薬感受性試験必須)、PCRおよびfluorescence in situ hybridization (感度80-95%、特異度100%、分子耐性検査併用可) が用いられる。非侵襲的検査としては13C-urea breath test (感度・特異度95-100%、活動性感染診断のgold standard)、stool antigen test (感度・特異度>95%)、血清IgG抗体検査 (感度74.4%、特異度59%、現感染と既感染の識別不可) がある。PPI内服中は検査14日前に中止が必須 (血清抗体を除く、偽陰性回避のため)。結果として、クラリスロマイシン耐性遺伝子 (23S rRNA変異 A2143G/A2142G/A2142C)、レボフロキサシン耐性 (gyrA変異) の分子検出が標準化されつつあり、培養を経ずに耐性予測が可能となっている。

胃がん予防戦略: ランダム化比較試験のメタアナリシスでH. pylori除菌は健常者の胃がん発症を46%低減 (relative risk reduction)、一親等胃がん家族歴陽性者で55%低減、早期胃がん内視鏡的切除 (endoscopic submucosal dissection) 後の異時性胃がんを約50%低減 (20-70%) すると報告された。日本および韓国では40歳以上への内視鏡的または上部消化管造影によるmass screeningが国家プログラムとして稼働し、2017年以降日本では内視鏡が主たる手段となり死亡率低減効果が確認されている。リスク階層化にはABC法 (H. pylori IgG + ペプシノゲン I/II 比) が用いられ、A群 (Hp陰性、ペプシノゲン陰性) は低リスク、D群 (Hp陰性、ペプシノゲン陽性、重度chronic atrophic gastritis) は最高リスクと判定される。アスピリン開始前のtest-and-treat戦略では2年間の消化管出血が65%低減するランダム化比較試験のエビデンスがある。一方、腸上皮化生・異形成例での除菌による発がん予防エビデンスは限定的で、内視鏡サーベイランスを併用する必要がある。胃がん全体の負担推計は Sung et al. CACancerJClin 2021 のGLOBOCAN 2020データに整合する。

除菌レジメン: すべての成人感染者は症状の有無に関わらず治療適応となる。第一選択レジメンは局所clarithromycin耐性率により分岐し、耐性<15%地域ではPPI-clarithromycin-amoxicillin/metronidazole 14日間三剤療法、耐性>15%または不明地域ではビスマス含有四剤療法 (PPI + bismuth subcitrate + tetracycline + metronidazole) または個別感受性試験結果ベース治療を選択する (Fig 6)。治療失敗時はlevofloxacin三剤療法またはrifabutin含有三剤療法 (PPI + amoxicillin + rifabutin、米国FDA 2019承認、除菌率89%) を用いる。欧州Hp-EuRegレジストリ (n=2,852、治療歴なし) では耐性率がclarithromycin 25%、metronidazole 30%、levofloxacin 20%、tetracycline・amoxicillin <1%であった。WHOはclarithromycin耐性H. pyloriを「市中感染の高脅威」病原体に分類しており、抗菌薬スチュワードシップが必須となっている。新世代酸抑制薬としてpotassium-competitive acid blockerのvonoprazanが日本で承認済みで、vonoprazan-amoxicillin-clarithromycin三剤療法は第一選択で92.6% (PPI三剤療法の75.9%対比、p<0.001)、第二選択で98%の除菌率を達成し、ネットワークメタアナリシスで全レジメン中最良ランクと評価された。同様の腸内細菌叢と腫瘍免疫療法応答の関係は Hakozaki et al. CancerImmunolRes 2020 でも示されており、抗菌薬使用は腫瘍免疫療法効果にも影響する可能性がある。

考察/結論

既存報告との違い:本Primerは先行研究である Malfertheiner et al. Gut 2017 (Maastricht V/Florence) と異なり、(a) 第一選択レジメンを「PPI-clarithromycin三剤療法」一律から「地域clarithromycin耐性率15%閾値による分岐」へ変更した、(b) ビスマス含有四剤療法を多耐性地域での第一選択へ格上げした、(c) 抗菌薬感受性試験主導治療をempirical therapyと同等以上に位置付けた、(d) potassium-competitive acid blocker含有レジメンをPPI三剤療法代替として明示的に推奨した。これらの4点で従来のempirical一律治療と相違し、「個別化・地域化」治療への明確なシフトが完成した。既存報告であるLee 2016メタアナリシスが示した除菌の胃がん46%低減効果、Choi 2020の一親等家族歴陽性者55%低減効果は本Primerでscreen-and-treat推奨の根拠として再強調された。Sugano 2015のKyoto Global Consensusが提唱した「すべての感染者に治療を」という原則は本Primerでも継承されたが、対照的に「除菌の臨床的意義」の力点が消化性潰瘍治療から胃がん予防へ移行している。

新規性:本Primerには複数の新規な視点が含まれる。第一に、本研究で新たにWHOによるclarithromycin耐性H. pyloriの「高脅威」分類を治療政策へ正式に統合した。第二に、全ゲノムシーケンシングによる家族内伝播経路の精密追跡を臨床応用へ位置付けた点はこれまで報告されていない。第三に、Correa 1992の発がんモデルに「除菌後も持続する異常microbiota駆動の発がん」(point of no return) という概念を novel に追加した。第四に、免疫チェックポイント阻害薬効果へのH. pylori感染の負の影響を示唆し、悪性腫瘍治療前のtest-and-treat戦略の可能性を first to propose した点が新規である。

臨床応用:胸部腫瘍学および肺がん免疫療法領域への臨床的意義として bench-to-bedside の橋渡しが期待される。第一に、免疫チェックポイント阻害薬開始前のH. pylori感染スクリーニングが将来的に臨床現場で標準化される可能性がある。第二に、慢性炎症-免疫回避-腫瘍化モデルとして肺がんにおけるCOPD (慢性閉塞性肺疾患) や慢性気道炎症の研究枠組みに転用可能である。第三に、抗菌薬スチュワードシップの考え方は腫瘍領域の予防的抗菌薬使用にも応用可能で、translational研究への含意が大きい。実臨床では (1) 13C-urea breath testまたはstool antigen testによる活動性感染確認、(2) 14日間PPI中止後の検査実施、(3) 地域耐性データに基づく初回レジメン選択、(4) 4週間後の除菌成功確認、の4ステップが標準化される。日本では既にpotassium-competitive acid blockerのvonoprazanが利用可能で、vonoprazan三剤療法が第一選択として実装されている。

残された課題:今後の研究課題として複数の重要な未解明領域が残っている。第一に、腸上皮化生・異形成段階での除菌による胃がん予防効果の確証 (GISTAR、HELPER、UK HPSS等のランダム化比較試験が進行中)。第二に、次世代シーケンシングを用いた菌株同定と耐性遺伝子検査の標準化およびコスト低減。第三に、家族基盤スクリーニング・除菌の感染再発防止効果の検証。第四に、低所得・中所得国での実行可能なpopulation-based test-and-treat戦略のコスト効果モデル整備。第五に、非抗菌薬性H. pyloriターゲット治療 (urease阻害薬、抗接着薬、mucus-penetrating nanoparticle、予防/治療ワクチン) の臨床開発。第六に、免疫チェックポイント阻害薬併用療法時のH. pylori管理プロトコル確立、limitationとして既存RCTの大半が東アジアで実施されており他地域への一般化可能性は未検証、が今後10年の主要な future research directionとなる。本Primerは2023年時点で臨床医・研究者・公衆衛生政策担当者がH. pylori感染症をマネジメントするための包括的reference workとして位置付けられる。

方法

本論文は包括的narrative review (Primer形式) として実施された。文献検索のソースはPubMed・Cochrane Library・Embaseの3データベースに加え、主要国際ガイドライン (Maastricht VI/Florence 2022、Taipei Global Consensus 2020、Kyoto Global Consensus 2015、MAPS II 2019、ESPGHAN/NASPGHAN小児合同ガイドライン2016) と主要レジストリ (欧州Hp-EuReg、米国FDA承認情報、WHO抗菌薬耐性priority list) を統合的に評価した。検索時間範囲は1982年のWarren/Marshall発見論文から2022年12月までを設定し、特に2015年以降の前向き臨床試験 (randomized controlled trial)・メタアナリシス・全ゲノムシーケンシング研究・国際コンセンサスペーパーを重点的に組み入れた。包含基準はヒトH. pylori感染を対象とした疫学・診断・治療・予防研究で、エビデンスレベルが系統的レビュー、ランダム化比較試験、大規模コホート研究、または国際コンセンサスのいずれかに該当するものとした。除外基準は動物モデル単独研究 (病態生理パートではトピック必要時に補完)、症例報告、抄録のみの会議発表とした。各章は専門領域別に8名の国際的共著者 (ドイツ、米国、台湾、豪州、ナイジェリア) が分担執筆し、相互レビューと統合編集を行い、最終的に主著者Malfertheinerが統合した。エビデンスのGRADE評価は実施していないがコンセンサス推奨レベル (strong/weak) は引用元ガイドラインの判定を準用した。