- 著者: Hannah Farmer, Nuala McCabe, Christopher J. Lord, Andrew N. J. Tutt, Damian A. Johnson, Tobias B. Richardson, Manuela Santarosa, Krystyna J. Dillon, Ian Hickson, Charlotte Knights, Niall M. B. Martin, Stephen P. Jackson, Graeme C. M. Smith, Alan Ashworth
- Corresponding author: Alan Ashworth (Cancer Research UK Gene Function and Regulation Group, Institute of Cancer Research, London)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2005
- Epub日: 2005-04-14
- Article種別: Original Article
- PMID: 15829967
背景
BRCA1およびBRCA2は、DNA二本鎖切断 (DSB: double-strand break) の相同組換え (HR: homologous recombination) 修復において中心的な役割を果たす極めて重要な遺伝子である。これらの遺伝子に生殖細胞系列変異が存在すると、遺伝性乳癌、卵巣癌、前立腺癌、膵癌の発症リスクが著しく上昇することが知られている。BRCA変異を背景に発生する腫瘍細胞は、野生型対立遺伝子を失う、いわゆるヘテロ接合性の消失 (LOH: loss of heterozygosity) により、HR修復能を完全に欠損する。一方で、患者の残存する正常組織はヘテロ接合型 (heterozygous) であり、HR修復能を正常に保持している。この正常細胞と腫瘍細胞におけるHR修復能の決定的な差異は、腫瘍特異的な治療戦略を構築する上で極めて魅力的な標的となる。
ポリ(ADP-リボース)ポリメラーゼ (PARP: poly(ADP-ribose) polymerase) は、DNA一本鎖切断 (SSB: single-strand break) の塩基除去修復 (BER: base excision repair) 経路において必須の役割を果たす酵素である。先行研究において、PARP1の機能喪失が姉妹染色体交換 (SCE: sister chromatid exchange) やRAD51フォーカス形成を誘導することが報告されていた。また、別の既報では、PARP阻害によって生じた未修復のSSBがDNA複製フォークと衝突することでDSBへと変換され、その修復にはHR経路が動員されることが示唆されていた。
しかし、当時の知識水準においては、PARP阻害がBRCA欠損細胞に対してどのような影響を与えるのか、その全容は未解明であった。特に、PARP阻害薬がBRCA欠損細胞に与える致死効果の選択性や、細胞周期、染色体安定性、アポトーシス誘導能、そしてin vivoモデルにおける抗腫瘍効果については、具体的な実証データが決定的に不足していた。正常組織への毒性を最小限に抑えつつ、腫瘍特異的な治療ウィンドウを確保できるかという点についても、検証すべき課題が多く残されていた。
本論文は、Bryant et al. Nature 2005の同号論文と同時に報告された姉妹論文であり、PARP阻害とBRCA欠損の間の「合成致死 (synthetic lethality)」という画期的な概念を独立して実証した歴史的業績である。これまでの研究では、BRCA変異細胞がシスプラチンなどの特定のDNA損傷剤に対して感受性を示すことは知られていたが、PARP阻害がBRCA欠損細胞に対してこれほど極端かつ特異的な選択的致死効果をもたらすことは、本研究によって初めて明確に示された。
目的
本研究の目的は、BRCA1またはBRCA2機能不全細胞が、新規に開発された強力なPARP阻害薬であるKU0058684およびKU0058948に対し、野生型およびヘテロ接合型細胞と比較して選択的に極めて高い感受性を示すことを多角的に検証することである。具体的には、以下の3つの主要なアプローチを通じて検証を行う。
- アイソジェニックなマウスES細胞ペアを用いた感受性評価: BRCA1およびBRCA2の野生型、ヘテロ接合型、ホモ接合型欠損マウス胚性幹細胞 (ES細胞: embryonic stem cells) のアイソジェニックペアを用いて、PARP阻害薬に対する細胞生存率をクローン形成アッセイにより定量的に比較する。
- 細胞・分子レベルでの作用メカニズムの解明: フローサイトメトリー (FACS: fluorescence-activated cell sorting) による細胞周期およびアポトーシス解析、中期染色体解析による染色体異常の評価、ならびにγ-H2AXおよびRAD51フォーカス形成の免疫蛍光染色によるDNA損傷応答経路の可視化を行い、PARP阻害がBRCA欠損細胞に致死性をもたらす詳細な分子メカニズムを解明する。
- in vivoテラトーマモデルを用いた治療効果の検証: 免疫不全ヌードマウスを用いたin vivo移植モデルにおいて、PARP阻害薬KU0058684が正常組織への毒性を抑えつつ、BRCA2欠損腫瘍の増殖を選択的に抑制できるかを実証し、臨床応用への基盤を確立する。
結果
BRCA欠損ES細胞におけるPARP阻害薬への極めて高い感受性: クローン形成アッセイにおいて、強力なPARP阻害薬であるKU0058684に対する50%生存濃度 (SF50) は、野生型ES細胞 (n=3 replicates) で約2 μMであったのに対し、BRCA1欠損ES細胞では35 nM、BRCA2欠損ES細胞では15 nMであった (Fig. 1c)。これは、野生型細胞と比較して、BRCA1欠損細胞で57倍、BRCA2欠損細胞で133倍という極めて顕著な感受性増強を示す。対照的に、BRCA1+/-およびBRCA2+/-のヘテロ接合型ES細胞 (n=3 replicates) は、野生型細胞と同等の生存率を示し、PARP阻害薬に対する感受性の増強は見られなかった (Fig. 1c)。この結果は、正常組織を温存しつつ、BRCA欠損腫瘍細胞のみを特異的に殺傷できる治療ウィンドウが存在することを強く示唆している。
PARP1ノックダウンおよび不活性アナログを用いた特異性の検証: 観察された細胞死がPARP1の阻害に起因することを検証するため、Parp1特異的siRNAを用いたノックダウン実験を行った。Parp1 siRNAを導入した結果、BRCA1欠損およびBRCA2欠損ES細胞の生存率は、野生型細胞と比較して有意に低下した (p<0.05, Fig. 1a, b)。さらに、PARP阻害活性が著しく低い化学的類似化合物KU0051529 (IC50 = 730 nM) を用いた実験では、BRCA欠損細胞に対する選択的な致死効果は観察されなかった。これらの結果は、BRCA欠損細胞の生存率低下が、オフターゲット効果ではなく、PARP1活性の特異的な喪失によって引き起こされることを実証している。
非胚性細胞およびヒト乳癌細胞における感受性の再現: PARP-BRCA合成致死の普遍性を検証するため、非胚性細胞株を用いた評価を行った。BRCA2欠損チャイニーズハムスター卵巣細胞株であるV-C8細胞においては、BRCA2遺伝子を導入して相補した細胞株と比較して、KU0058684に対する感受性が1,000倍以上増強していることが確認された。また、ヒト乳癌細胞株MCF-7において、siRNAを用いてBRCA1のmRNAをノックダウンしたところ、同様にPARP阻害薬に対する顕著な感受性の誘導が観察された。これらのデータは、本合成致死作用がマウスES細胞に限定されず、種や組織型を超えて広く再現される現象であることを示している。
G2期細胞周期停止とアポトーシスの誘導: KU0058684を24時間処理した結果、BRCA1欠損およびBRCA2欠損ES細胞 (n=3 replicates) において、4NのDNA量を持つ細胞の著明な蓄積が観察された (Fig. 1d)。これらの細胞の85%以上はM期マーカーであるリン酸化ヒストンH3が陰性であり、細胞がG2期で強力に停止していることが示された。さらに、48時間の薬剤処理により、アネキシンV陽性およびPI陽性を示す初期・後期アポトーシス細胞の割合が著しく増加した (Fig. 1e)。野生型細胞では同濃度の処理においてこれらの変化はほとんど観察されず、PARP阻害がBRCA欠損細胞特異的にG2期停止とそれに続くアポトーシスを誘導することが明らかとなった。
染色体異常の頻発と相同組換え修復の破綻: KU0058684 (10 nMまたは1 μM) で24時間処理したBRCA1およびBRCA2欠損ES細胞の中期染色体を解析したところ、染色分体切断 (chromatid breaks) や、三動原体・四動原体染色体などの複雑な染色体構造異常が頻繁に観察された (Fig. 1f)。一方、野生型細胞では同用量においてこのような異常は極めて稀であった。DNA二本鎖切断の指標であるγ-H2AXフォーカスは、KU0058684処理により野生型およびBRCA欠損細胞の双方で同程度に誘導されたが (Fig. 2a)、HR修復の進行を示すRAD51フォーカスは、野生型細胞でのみ用量依存的に形成され、BRCA1およびBRCA2欠損細胞では全く形成されなかった (Fig. 2b)。これは、PARP阻害によって生じたDSBが、BRCA欠損細胞においてHR経路で修復されず、エラーを起こしやすい非相同末端結合 (NHEJ) や一本鎖アニーリング (SSA) によって誤って修復された結果、致死的な染色体不安定性が生じることを示している。
in vivoモデルにおける選択的腫瘍増殖抑制効果: 免疫不全ヌードマウス (n=40 mice) を用いたin vivoテラトーマモデルにおいて、KU0058684の治療効果を評価した。BRCA2欠損ES細胞を移植したマウスにおいて、KU0058684投与群はビヒクル投与群と比較して、腫瘍の形成および増殖が有意に抑制された (p=0.03, Fig. 3)。これに対し、野生型ES細胞を移植したマウスでは、KU0058684を投与しても腫瘍は継続して増殖した (BRCA2欠損治療群 vs 野生型治療群でp=0.01, Fig. 3)。この結果は、PARP阻害薬がin vivoにおいても正常組織への重大な毒性を示すことなく、BRCA欠損腫瘍を選択的に抑制できることを実証する極めて重要な知見である。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の化学療法研究においては、BRCA欠損細胞がシスプラチンなどのDNA架橋剤に対して感受性を示すことが知られていたが、その選択性は約3倍程度と限定的であった。これに対し、本研究で用いた新規PARP阻害薬は、野生型細胞と比較してBRCA欠損細胞に対して57倍から133倍という極めて高い選択的致死効果を示した。このように、ヘテロ接合型 (BRCA1+/-またはBRCA2+/-) の細胞が野生型細胞と同等の感受性を示したことは、全身性の毒性を回避しつつ腫瘍特異的な治療が可能であるという点で、従来の細胞毒性抗がん剤とは対照的である。
新規性: 本研究は、PARP阻害がDNA一本鎖切断の蓄積を招き、これがDNA複製フォークの崩壊を介して二本鎖切断へと変換され、相同組換え修復能を欠くBRCA欠損細胞においてのみ特異的に細胞死 (合成致死) を誘導するという詳細な分子メカニズムを、本研究で初めて実証した。特に、RAD51フォーカス形成の完全な欠損と、それに伴う複雑な染色体異常の頻発を可視化したことは、HR修復不全が細胞死の直接的な原因であることを新規に証明したものである。また、in vivoモデルにおいてPARP阻害薬が選択的な抗腫瘍効果を発揮することを示した点も、本治療戦略の現実性を担保する画期的な成果である。
臨床応用: 本研究の知見は、BRCA1またはBRCA2の生殖細胞系列変異を有する乳癌、卵巣癌、前立腺癌、膵癌患者に対するPARP阻害薬 (オラパリブなど) の臨床応用に直接的な道を開いた。さらに、BRCA遺伝子そのものに変異がなくとも、HR修復経路の他の構成因子の異常によって同様の表現型を示す「BRCAness」を有する散発性のがんに対しても、本治療戦略が広く適用可能であるという臨床的有用性を示唆している。これは、個別化医療におけるバイオマーカーに基づいた患者選択の極めて重要な基盤となる。
残された課題: 今後の検討課題として、PARP阻害薬に対する耐性獲得メカニズムの解明が挙げられる。具体的には、BRCA遺伝子の二次変異による機能回復や、53BP1の喪失による末端切除の再活性化など、細胞がHR能を回復する経路への対策が必要である。また、PARP阻害薬のDNAトラッピング能の違いによる毒性と効果のバランスの最適化や、ATR阻害薬、WEE1阻害薬、あるいは免疫チェックポイント阻害薬との併用療法における安全性の確立も、今後の重要な研究方向性である。
方法
本研究では、PARP阻害薬がBRCA欠損細胞に与える影響をin vitroおよびin vivoで詳細に評価するため、以下の実験方法を用いた。
細胞株: マウスES細胞のアイソジェニックペアを使用した。BRCA1アイソジェニックペアとして、11CO (野生型)、Cre6 (ヘテロ接合型)、Cre10 (BRCA1欠損型) を用いた。BRCA2アイソジェニックペアとして、D3 (野生型)、Cre15 (ヘテロ接合型)、Cre24 (BRCA2欠損型) を用いた。これらのES細胞は、0.1%ゼラチンコートされた組織培養皿上で維持された。また、非胚性細胞としてBRCA2欠損チャイニーズハムスター卵巣 (CHO: Chinese hamster ovary) 細胞株であるV-C8、およびヒト乳癌細胞株であるMCF-7も使用した。
PARP阻害薬: 2種類の新規かつ強力な小分子PARP阻害薬、KU0058684 (PARP1 IC50 = 3.2 nM) とKU0058948 (PARP1 IC50 = 3.4 nM) を使用した。対照として、化学的に類似しているがPARP阻害活性が著しく低い化合物KU0051529 (PARP1 IC50 = 730 nM) を用いた。
siRNAによる遺伝子ノックダウン: マウスParp1を標的とするsiRNA (short interfering RNA) を発現するプラスミド (pSUPER-eCFP-PARP1) をES細胞にトランスフェクションした。対照として、無関係なスクランブルsiRNAを発現するプラスミド (pSUPER-eCFP-control) を用いた。
クローン形成アッセイ: 細胞を様々な密度で6ウェルプレートに播種し、ミトマイシンC不活化マウス胚性線維芽細胞上で培養した。阻害薬は播種18時間後から投与を開始し、連続曝露の場合は4日ごとに新鮮な培地と阻害薬を交換した。10〜14日後、細胞をメタノールで固定し、クリスタルバイオレットで染色後、ColCountマシンを用いてコロニー数を計数した。siRNA実験では、ブラストサイジン耐性遺伝子をコードするプラスミド (pEF-Bsd) とsiRNAプラスミドを共トランスフェクションし、ブラストサイジン処理後にコロニー数を計数した。
細胞周期およびアポトーシス解析: 24〜48時間阻害薬に曝露したES細胞をFACSで解析した。細胞周期解析ではDNA含有量を測定し、アポトーシスアッセイではアネキシンV抗体とヨウ化プロピジウム (PI: propidium iodide) で染色した。M期マーカーである抗リン酸化ヒストンH3抗体を用いた免疫染色も実施した。
染色体解析: BRCA1またはBRCA2欠損ES細胞をKU0058684またはビヒクルで24時間処理後、中期染色体を観察し、染色体異常 (染色分体切断、三動原体・四動原体染色体など) を評価した。
免疫蛍光染色: γ-H2AXおよびRAD51フォーカスの形成を評価するため、ES細胞をKU0058684またはビヒクルで48時間処理後、免疫蛍光染色を行った。核はDAPIで染色し、γ-H2AXまたはRAD51フォーカスを蛍光顕微鏡で観察した。
In vivo異種移植モデル: 6〜8週齢の胸腺欠損BALB/c-ヌード (nu/nu) マウス (n=40 mice) に、BRCA2欠損ES細胞または野生型ES細胞を2 × 10^6個皮下注射した。細胞注射の2日後からKU0058684またはビヒクルの投与を開始した。投与は3日間連続で、1日2回 (6時間間隔)、各15 mg/kgの用量で腹腔内投与した。その後5日間休薬し、再度同じプロトコルで3日間投与した。腫瘍形成は最小体積0.2 cm^3からモニタリングした。
統計解析: 統計的有意差の評価には、Student t-testを用いて群間比較を行った。