• 著者: Hiratsuka S, Nakamura K, Iwai S, Murakami M, Itoh T, Kijima H, Shipley JM, Senior RM, Shibuya M
  • Corresponding author: Masabumi Shibuya (shibuya@ims.u-tokyo.ac.jp)
  • 雑誌: Cancer Cell
  • 発行年: 2002
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 12398893

背景

腫瘍の組織特異的転移のメカニズムは 2002 年当時いまだ十分に未解明であった。特に、原発腫瘍が遠隔臓器の転移前微小環境を能動的に「準備」する可能性については、その分子的実体が未解明であり、知識ギャップが残されていた。ケモカインリガンド・受容体系が転移先の臓器選好性を決定することがMuller et al. (2001)により示されつつあったが、原発腫瘍由来のサイトカインが転移前段階の標的臓器を能動的に「準備」する可能性は探索されていなかった。

マトリックスメタロプロテイナーゼ (MMP) ファミリー、特にMMP9 (ゼラチナーゼ B) は、細胞外マトリックス分解を介した組織リモデリング、腫瘍浸潤、および転移促進に関与することがStetler-Stevenson (1999)やEgeblad and Werb (2002)によって広く知られていた。特にMMP9は、Bergers et al. (2000)により腫瘍血管新生因子としてVEGF (血管内皮増殖因子)-VEGFR (VEGF受容体) システムを介してシグナル伝達することが示唆されており、その役割が注目されていた。

VEGFおよびその受容体ファミリー、特にVEGFR-1 (Flt-1) は、正常および病理的血管新生において重要な制御システムであることがMustonen and Alitalo (1995)やFerrara and Davis-Smyth (1997)によって報告されていた。VEGFR-1はVEGFR-2に比べVEGFに対する親和性が10倍高いものの、チロシンキナーゼ活性は弱く、生理的血管形成における負の制御因子として機能することがHiratsuka et al. (1998)によって示されていた。しかし、Hiratsuka et al. (2001)は、VEGFR-1が腫瘍血管新生においてチロシンキナーゼ依存的に正の制御因子としても機能する可能性を指摘していた。

自身の先行研究において、VEGFR-1チロシンキナーゼ欠損マウス (VEGFR-1TK-/-) では、原発腫瘍の成長速度に有意差がないにもかかわらず、自然転移が野生型の約3分の1に抑制されることが観察されていた。この観察は、原発腫瘍が血管新生とは異なるメカニズムで遠隔臓器、特に肺に影響を与え、転移を促進している可能性を示唆していた。この「遠隔臓器への影響」という観点での分子的実体の解明が不足しており、本研究の重要なきっかけとなった。本研究は、このVEGFR-1を介した原発腫瘍による遠隔臓器への影響、特にMMP9誘導と肺特異的転移の因果関係を遺伝的アプローチで明確にすることを目的とした。

目的

本研究の目的は、VEGFを内因的に発現する原発腫瘍が、転移前段階の遠隔肺組織にどのような分子的変化を誘導するかを詳細に解明することである。特に、VEGFR-1チロシンキナーゼ (VEGFR-1TK) を介したMMP9の特異的誘導が、肺特異的転移にどのように寄与しているかを遺伝学的アプローチを用いて明確にすることを目指した。さらに、このVEGFR-1/MMP9経路が肺転移予防の新たな治療標的として有用である可能性を検証し、その臨床的意義を示すことを目的とした。具体的には、VEGFR-1TK欠損マウスおよびMMP9ノックアウトマウスを用いたin vivoモデルと、臓器培養系および細胞共培養系を用いたin vitroモデルを組み合わせることで、原発腫瘍が遠隔肺の微小環境を能動的に変化させるメカニズムを分子レベルで明らかにすることを目指した。最終的に、ヒトの腫瘍患者におけるMMP9誘導の検証を通じて、本メカニズムの臨床的妥当性を評価することも重要な目的とした。

結果

原発腫瘍はVEGFR-1チロシンキナーゼ依存的に転移前肺のMMP9を特異的に誘導する: 皮下移植したLLC (Lewis lung carcinoma) あるいはB16メラノーマを保持する野生型マウス (n=3 mice/group) では、肺組織においてMMP9 mRNAおよびpro-MMP9タンパク質が特異的に増加したが、肝臓、腎臓、脾臓では誘導が見られなかった (Figure 2A)。このMMP9誘導は、VEGFR-1TK-/-マウスでは著明に減弱した (ゼラチンザイモグラフィーで野生型のpro-MMP9はVEGFR-1TK-/-の3-5倍高値)。MMP2の増加は認められず、MMP9誘導の特異性が確認された。高転移性3LL-LLCの自然転移モデルでは、肺転移結節数が野生型マウスでVEGFR-1TK-/-マウスの約3倍と有意に多かった (p < 0.01) (Figure 1B)。一方、LLC細胞を直接静脈内注射 (primary tumorなし) した場合は両genotype間で差がなく (Figure 1C)、原発腫瘍の存在がVEGFR-1TK依存的に転移前肺に影響することが示された。さらに3LL-LLCを皮下移植した自然転移系で、微小転移が肺に検出されない転移前期においてもday 12からMMP9誘導が起こることが確認され (Figure 2C)、転移前ニッチ形成という概念を先取りする結果が得られた。

VEGF/PlGFがVEGFR-1を介して臓器培養・細胞培養系で肺MMP9を誘導し、マクロファージが内皮細胞と協調して作用する: 臓器培養系ではVEGF164またはVEGFR-1特異的リガンドPlGF2 (placenta growth factor 2) の添加が肺組織のMMP9発現を増加させたが、VEGFR-2特異的リガンドVEGF-Eでは誘導されなかった (Figure 2D)。TGFβ、TNFもVEGFR-1非依存的にMMP9をわずかに誘導したが、主要な経路はVEGFR-1依存的であることが確認された。免疫組織化学では、腫瘍保持野生型マウスでVE-カドヘリン陽性内皮細胞およびMac1 (CD11b) 陽性肺マクロファージにMMP9誘導が認められ、VEGFR-1TK-/-マウスではいずれも有意に減弱していた (Table 1: 野生型LLC担腫瘍マウスのMMP9陽性細胞数 122±18/mm²、VEGFR-1TK-/-では68±7/mm²、p < 0.05)。精製CD31+肺内皮細胞のRT-PCRおよびゼラチンザイモグラフィーで内皮細胞固有のMMP9 mRNAと活性が野生型腫瘍保持マウスに特異的に確認された (Figure 3B)。共培養実験では、野生型内皮細胞 (n=1 × 10³ cells) を野生型腫瘍保持マウス由来肺マクロファージ (n=1 × 10³ cells) 上で培養した場合に顕著なMMP9誘導が見られ、VEGFR-1TK-/-マウス由来マクロファージ上では誘導がほとんど認められなかった (Figure 4)。肺におけるMMP9増加のうち約半分が内皮細胞由来、残り半分がマクロファージ由来と推定された。

VEGFR-1/MMP9経路阻害により肺への腫瘍細胞浸潤が著明に抑制される: 蛍光標識腫瘍細胞 (LLC、B16、n=1 × 10⁵ cells/injection) のi.v.注射後2日目に、腫瘍保持野生型マウスの肺内腫瘍細胞数は他の3群 (正常野生型、VEGFR-1TK-/-腫瘍保持、VEGFR-1TK-/-正常) の約3倍多かった (Figure 5A)。肝臓、脾臓、腎臓への浸潤数は両genotypeの腫瘍保持マウスでほぼ同等であり、VEGFR-1/MMP9経路が肺への浸潤に臓器特異的に関与することが示された。VEGFR-1TK+/+/MMP9-/- (F+M-) マウスは腫瘍保持F+M+と比較してday 2の肺浸潤腫瘍細胞数が有意に減少し (p < 0.05) (Figure 5B)、MMP9自体が肺特異的転移を促進することが遺伝的に証明された。In vitro浸潤アッセイでは、腫瘍保持野生型マウス由来肺組織スライスへの浸潤がMMP阻害薬バチマスタット (BB94、100 μM) によりベースラインレベルまで抑制された (Figure 6B)。

ヒト腫瘍患者の正常肺においても遠隔原発腫瘍によるMMP9誘導が確認される: 肝細胞癌、膵がん、食道がん、大腸がん、胆管細胞癌、胃がん、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、卵巣がんなど多様な原発腫瘍を持つ患者の転移のない正常肺葉組織を免疫組織化学で解析した。腫瘍非保持患者の正常肺内皮細胞ではMMP9染色は非常に低く、一方各種原発腫瘍保持患者では内皮細胞に集中したMMP9強染色が認められた (Figures 7A-N)。MMP9強度の定量解析では腫瘍保持患者 (n=8 patients, 90±17任意単位) と非保持患者 (n=8 patients, 19±3任意単位) の間に有意差が示された (Student’s t検定 p < 0.0001) (Figure 7O)。また腫瘍保持患者の77%で他の肺葉に微小転移結節が確認されており、原発腫瘍による肺内皮細胞MMP9誘導が実際の転移発生率と対応していた。これらのデータはマウスモデルで得られた結論をヒトの病態において支持した。

考察/結論

本研究は、腫瘍の組織特異的転移に関する根本的に新規なメカニズムを提唱した。すなわち、原発腫瘍自体がVEGF/PlGF-VEGFR-1チロシンキナーゼ経路を介して転移先臓器 (肺) のMMP9発現を選択的に誘導し、腫瘍細胞の肺への優先的浸潤を積極的に促進するというものである。この機構は、既存の「腫瘍細胞が固有の運動能でターゲット臓器へ化学走性する」モデルと異なり、能動的なニッチ形成の概念であり、2005年にKaplan et al.が骨髄由来前駆細胞の転移前集積を示した論文によって発展した「pre-metastatic niche (転移前ニッチ)」概念の先駆的研究として高く評価されている。

新規性: 方法論的な革新として、転移前期と転移期を明確に分離した実験系を確立したことで、原発腫瘍が腫瘍細胞の肺到達前から肺組織を準備するという「遠隔調製 (remote priming)」メカニズムを本研究で初めて証明できた点は重要である。VEGFR-1の役割については、胚形成期の生理的血管形成での負の制御 (VEGFトラッピング) と腫瘍血管形成での正の制御 (チロシンキナーゼ依存) というdual functionが生物学的条件依存で発揮されることが一連の研究から示されており、本研究はさらに転移前段階での第三の機能を加えた。肺特異的なMMP9誘導の臓器特異性については、RT-PCRによりVEGFR-1 mRNAが肝臓より肺内皮細胞に高発現することが示され、腫瘍活性化マクロファージと内皮細胞のVEGFR-1依存的協調相互作用という肺固有の細胞コミュニケーション環境が臓器選好性を決定する重要な要素として考察された。

臨床応用: 実際に腫瘍を持つヒト患者の正常肺でもMMP9増加が確認され、腫瘍非保持患者の19±3任意単位に対し、腫瘍保持患者では90±17任意単位と有意な上昇が認められた (p < 0.0001)。これはマウスモデルで得られた結論をヒトの病態において支持し、臨床的意義を高める。治療上の示唆として、VEGFR-1チロシンキナーゼ阻害薬とMMP9阻害薬の組み合わせが肺転移予防に有望な戦略となる可能性が提示された。本知見は、術後補助療法や早期肺転移のモニタリングの設計において、転移前段階の肺微小環境介入という新しい視点を提供し、VEGFR-1/MMP9経路を標的とした肺転移予防薬の開発への基盤を提供した。

残された課題: 今後の検討課題として、ヒトのどのタイプおよびステージの原発腫瘍が肺のMMP9レベルを効率的に上昇させるのか、また、VEGFR-1阻害剤やMMP阻害剤がヒトの肺転移予防に実際に有効であるかどうかの臨床試験が必要である。また、肺特異的なMMP9誘導に関わる詳細なシグナル伝達経路や、マクロファージと内皮細胞間の相互作用を媒介する具体的な分子メカニズムについても、さらなる研究が残されている

方法

本研究では、VEGFR-1チロシンキナーゼ欠損マウス (VEGFR-1TK-/-) およびMMP9ノックアウトマウス (MMP9-/-) を用いた遺伝学的アプローチを中心とした。これらのマウスは、それぞれ129とC57BL/6の50%混合、およびC57BL/6バックグラウンドで5世代交配された系統であった。自然転移モデルとして高転移性3LL-LLC (Lewis lung carcinoma)、実験的転移モデルとして蛍光標識LLCおよびB16メラノーマの尾静脈注射系を確立した。

重要な方法論的工夫として、転移前期 (primary tumorが1.5 cmに成長するまでの期間) と転移期 (腫瘍保持マウスへのi.v.腫瘍細胞注射後) を明確に分離した実験系を開発した。これにより、原発腫瘍が転移細胞の到達前から遠隔肺に与える影響を評価することが可能となった。

腫瘍を皮下移植した野生型マウス (n=3 mice/genotype) およびVEGFR-1TK-/-マウスの肺組織におけるMMP発現を、RT-PCR、ゼラチンザイモグラフィー、および免疫組織化学で解析した。免疫組織化学では、抗MMP9抗体、内皮細胞マーカーである抗VE-カドヘリン抗体、およびマクロファージマーカーである抗Mac1 (CD11b) 抗体を用いた。

臓器培養系では、2 mm²の肺組織切片を2% FCS-DMEM中で培養し、VEGF164、VEGFR-1特異的リガンドであるPlGF2 (placenta growth factor 2)、またはVEGFR-2特異的リガンドであるVEGF-Eを添加してMMP9誘導の特異性を評価した。

肺内皮細胞は、コラゲナーゼ消化後、抗CD31抗体ビーズを用いて精製した。これらの精製内皮細胞におけるMMP9 mRNA発現および活性をRT-PCRおよびゼラチンザイモグラフィーで確認した。マクロファージとの共培養実験では、野生型肺内皮細胞を腫瘍保持マウス由来の肺胞マクロファージ上で培養し、内皮細胞におけるMMP9誘導の細胞間協調性を検証した。共培養には1 × 10³ lung endothelial cellsと1 × 10³ alveolar macrophagesを用いた。

In vitro浸潤アッセイはBoydenチャンバーシステムを用いて実施した。このアッセイでは、5 μmのポアサイズを持つポリカーボネートフィルターの下部にマウス肺組織スライスを配置し、上部ウェルに蛍光標識腫瘍細胞 (5 × 10⁴ cells/well) を播種した。MMP阻害薬であるバチマスタット (BB94、100 μM) を用いて、MMP阻害が腫瘍細胞浸潤に与える影響を評価した。浸潤した腫瘍細胞数はPCR分析により定量した。

さらに、様々な原発腫瘍 (肝細胞癌、膵がん、食道がん、大腸がん、胆管細胞癌、胃がん、悪性黒色腫、悪性リンパ腫、卵巣がんなど) を持つ患者 (直近2年以内の剖検例) の転移のない正常肺葉組織で、抗ヒトMMP9抗体および抗VE-カドヘリン抗体による免疫組織化学を実施した。コントロール群は、解離性大動脈瘤、急性心筋梗塞、脳梗塞、脳出血、変性神経疾患の患者で、微小転移、炎症、無気肺、うっ血などの異常変化がないことを顕微鏡で確認した。統計解析にはStudent’s t検定を用い、p値が0.05未満を有意とした。