- 著者: Maynard A, McCoach CE, Rotow JK, Harris L, Haderk F, Kerr DL, et al.
- Corresponding author: Blakely CM (UCSF); Darmanis S (Chan Zuckerberg Biohub); Bivona TG (UCSF)
- 雑誌: Cell
- 発行年: 2020
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 32822576
背景
転移性非小細胞肺癌(NSCLC)に対する分子標的療法(EGFR-TKI、ALK阻害薬など)や免疫チェックポイント阻害薬は、初期には高い奏効率を示すものの、最終的には治療抵抗性の獲得と病勢進行(PD)に至ることが大きな課題である。この治療抵抗性は、治療後に残存する少数の癌細胞(残存病変; RD)からの再増殖によって引き起こされる「治療誘導的腫瘍進化」の複雑なプロセスに起因すると考えられる。この進化のメカニズムは、癌細胞自体の転写状態変化と、腫瘍微小環境(TME)を構成する細胞の動的な変化の両面から理解する必要がある。しかし、従来のバルクRNAシーケンス解析では、腫瘍組織全体の平均的な遺伝子発現プロファイルしか得られず、細胞亜集団レベルでの詳細な解析は不可能であった。これにより、治療ストレス下で特定の癌細胞がどのように適応し、生存するのか、またTMEがどのように変化して治療抵抗性を促進するのかといった分子基盤は未解明のままであった。
単一細胞RNAシーケンス(scRNA-seq)は、個々の細胞レベルで遺伝子発現プロファイルを解析できる画期的な技術であり、腫瘍の不均一性や細胞状態の可塑性を解明する上で強力なツールとなる。しかし、本研究実施当時、転移性固形腫瘍、特に複数時点での生検検体を用いた大規模なscRNA-seq解析は技術的に困難であり、その応用は手薄であった。例えば、Stuart et al. Cell 2019やNewman et al. NatMethods 2015といった先行研究はscRNA-seqの解析手法を確立したが、転移性固形腫瘍の縦断的変化を大規模に追跡した報告は不足していた。また、Mok et al. NEnglJMed 2009がEGFR-TKIの有効性を示して以来、多くの分子標的薬が開発されてきたが、なぜ同じ治療に対して一部の癌細胞が「残存」し、他の細胞は死滅するのかという、RD細胞の生物学的特性に関する分子レベルでの理解は未確立であった。さらに、Gerlinger et al. NEnglJMed 2012が腫瘍内不均一性の重要性を指摘して以来、治療による腫瘍進化の動態を単一細胞レベルで捉える必要性が認識されていたが、その実現は技術的な課題が残されていた。
目的
本研究の目的は、転移性NSCLC患者から治療前(TKI naive; TN)、残存病変期(RD)、および進行期(PD)の複数時点において生検組織を採取し、SMART-Seq2 (Single-Cell RNA-seq by Microfluidic Array and Reverse Transcription) scRNA-seqを用いて癌細胞および腫瘍微小環境(TME)細胞の治療依存的な転写変化を包括的に解析することである。具体的には、以下の3点を明らかにすることを目指した。(1) 治療誘導性の細胞状態遷移の分子ランドスケープを定義し、癌細胞が治療ストレス下でどのように適応するかを解明する。(2) 残存病変期(RD)の癌細胞が持つ独自の生物学的特徴を明らかにし、なぜこれらの細胞が治療を生き残るのかの分子基盤を特定する。(3) scRNA-seqによって同定された細胞状態や経路が、独立したコホート(TCGA、MSK-IMPACT)における患者の臨床アウトカム(全生存期間; OS)とどのように相関するかを検証し、新たな予後予測バイオマーカーや治療標的の可能性を探ること。
結果
RD期における肺胞再生細胞状態の発見: 残存病変期(RD)の癌細胞は、治療前(TN)と比較して、17遺伝子からなる「肺胞再生シグネチャー」の発現が有意に上昇した(p < 0.0001)。このシグネチャーには、肺胞II型上皮細胞(AT2)関連遺伝子(SFTPB/C/D (Surfactant Protein B/C/D)、SFTA3 (Surfactant Associated Protein A3)、FOXA2 (Forkhead Box A2)、NKX2-1 (NK2 Homeobox 1)、PGC (PGC, protein O-glycosyltransferase 1)、CLDN18 (Claudin 18)、AQP4)および肺胞I型上皮細胞(AT1)関連遺伝子(AGER (Advanced Glycosylation End-Product Specific Receptor)、HOPX (Homeobox Protein Expressed in Placenta)、IGFBP2 (Insulin Like Growth Factor Binding Protein 2))が含まれる(Table S2)。このシグネチャーは、AT1/AT2細胞の損傷修復・再生プログラムと一致しており、治療ストレス下での細胞状態可塑性、すなわち治療誘導的な原始細胞状態への転換を反映すると考えられる。in vitroでの検証として、EGFR変異NSCLC細胞株PC9にオシメルチニブを投与したpersister細胞において、NKX2-1の発現が有意に高かった(p < 0.001、RT-PCR)。また、臨床サンプルのIHCでは、RD検体でAQP4タンパク発現の増加が確認された(Figure 3C)。TCGA肺腺癌データセットでは、肺胞シグネチャー高発現群が良好なOSと有意に相関した(p < 0.0001、最高4分位 Q4 vs 最低 Q1 の比較、Figure 3D)。さらに、RD癌細胞ではWNT/β-catenin関連遺伝子(SUSD2、CAV1 (Caveolin 1))の発現増加が認められ、IHCで核CTNNB1(β-catenin)タンパクのRDにおける増加が確認された(Figure 3F)。WNT阻害薬(XAV-939、PRI-724)とTKI(オシメルチニブまたはアレクチニブ)の併用は、PC9およびH3122細胞において、単剤TKIよりも有意に深い奏効をin vitroで示した(p < 0.05、n=4 technical replicates、Figure 3G-J)。
PD期におけるキヌレニン経路および免疫回避経路の活性化: 進行期(PD)の癌細胞では、トリプトファン代謝を担うキヌレニン経路遺伝子(IDO1 (Indoleamine 2,3-Dioxygenase 1)、KYNU (Kynureninase)、QPRT (Quinolinate Phosphoribosyltransferase))の発現が治療前(TN)と比較して有意に上昇した(p < 0.0001、Figure 3K)。キヌレニン経路はトリプトファンをキヌレニンに変換し、T細胞アポトーシス誘導や制御性T細胞(Treg)誘導を通じて免疫抑制を駆動する。EGFR変異PC9細胞の薬剤耐性株でもQPRTの発現上昇が確認された(p < 0.05、RT-PCR、n=4 technical replicates、Figure 3L)。TCGAデータセットでは、キヌレニンシグネチャー高発現が悪化したOSと有意に相関した(p < 0.05、Figure 3M)。さらにPD癌細胞では、プラスミノーゲン活性化経路遺伝子(ANXA2 (Annexin A2)、PLAT (Plasminogen Activator, Tissue-Type)、PLAUR (Plasminogen Activator, Urokinase Receptor)、PLAU (Plasminogen Activator, Urokinase))およびその阻害因子SERPINE1 (Serpin Family E Member 1) の発現が有意に上昇した(p < 0.0001、Figure 3N-O)。プラスミノーゲン活性化はメタロプロテアーゼ活性化や細胞外マトリックス分解を通じて浸潤・転移を促進する。プラスミノーゲンシグネチャー高発現はTCGAでのOS悪化と相関し(p < 0.01、Figure 3P)、SERPINE1高発現も同様に悪化と相関した(p < 0.05、Figure 3Q)。加えて、コネキシン媒介ギャップ結合タンパク質(GJB2/3/5 (Gap Junction Protein Beta 2/3/5))の発現もPDで有意に上昇し(p < 0.0001、Figure 3R)、TCGAでのOS悪化と関連した(p < 0.001、Figure 3S)。
腫瘍微小環境(TME)細胞の動態変化: 免疫細胞の組成をTN/RD/PD間で比較したところ、RD期では活性化CD8+ T細胞(グランザイムB高発現などの細胞傷害性マーカー)の割合が増加していた(Figure 4C)。一方、PD期では腫瘍随伴マクロファージ(TAM)が優位となり、M2様/免疫抑制性の表現型(CD163 (CD163 Molecule)、IL-10 (Interleukin 10)、TGF-β (Transforming Growth Factor Beta) 高発現)を示した。特に、PD期ではIDO1を発現するマクロファージ集団(MF2クラスター)が顕著に増加していた(Figure 5A-B)。T細胞の解析では、PD期においてPDCD1(PD-1をコード)およびCTLA4 (Cytotoxic T-Lymphocyte Associated Protein 4) を発現する機能不全または疲弊したT細胞(TC1クラスター)と、FOXP3 (Forkhead Box P3) およびIL2RA (Interleukin 2 Receptor Subunit Alpha) を発現するTreg細胞(TC2クラスター)が相対的に増加していた(Figure 5C-D)。これらのTME細胞の変化は、PD期におけるキヌレニン経路亢進による直接的免疫抑制と相乗的に働き、免疫チェックポイント阻害薬に対する耐性微小環境の構築に寄与していると考えられる(Figure 5E)。
潜在的オンコジェニックドライバーの複雑性と生存への影響: 癌細胞が同定された44生検中20症例で臨床ドライバー変異が確認された。そのうち11例(55%)では、臨床グレードDNA検査では検出されていなかった追加のオンコジェニック変異が同定された(例: EML4-ALK融合に加えてKRAS G13DおよびKRAS G12C変異の共存、Figure 2B)。これはscRNA-seqが臨床NGSでは見逃されるサブクローン変異を検出できることを示す。MSK-IMPACTデータセット(n > 10,000 patients)での外部バリデーションでは、COSMIC肺腺癌Tier 1変異を2個以上持つ「mutation high」群は「mutation low」群より有意に不良なOSを示した(p < 0.01、Figure S2J)。これは、変異負荷が臨床的に意味を持つことを確認するものである。また、単一患者(TH226)の縦断的解析では、PD期に扁平上皮癌への組織学的シフト(腺癌から)が認められ、scRNA-seqデータでも扁平上皮分化関連遺伝子(KRT16 (Keratin 16)、KRT14 (Keratin 14)、KRT6A (Keratin 6A)、KRT5 (Keratin 5) など)の過発現が確認された(p < 0.0001、Figure S5I)。これは、治療中に癌細胞が組織学的可塑性を示すことを示唆する。
考察/結論
新規性: 本研究は、転移性NSCLC患者30例から得られた49の生検組織を対象に、治療前、残存病変期(RD)、進行期(PD)の複数時点でのscRNA-seq縦断解析を実施した点で新規性が高い。23,261細胞という前例のない規模での解析により、「残存病変期の肺胞再生細胞状態」という新規の治療誘導細胞状態をヒト転移腫瘍で初めて発見した。このRD細胞状態は、肺胞I型・II型上皮細胞(AT1/AT2)の損傷修復・再生プログラムの再活性化として解釈でき、細胞状態可塑性による治療耐性・細胞休眠の分子基盤として位置づけられる重要な発見である。これは、Alexandrov et al. Nature 2013が提唱した腫瘍進化の概念を、単一細胞レベルで、かつ治療介入下で動的に捉えたものと言える。
先行研究との違い: 先行研究では細胞株や動物モデルでの細胞状態可塑性研究(Sharma et al. 2010など)は報告されていたが、ヒト転移腫瘍でこれを実証した点がこれまでの報告と異なり、本研究の最大の独自性である。RDからPDへの移行には、癌細胞におけるキヌレニン経路亢進、プラスミノーゲン経路活性化、ギャップ結合増加といった浸潤性・免疫回避的プログラムの並行活性化が伴うことを示した。これは、治療耐性が「癌細胞固有の転写状態変化」と「腫瘍微小環境(T細胞から免疫抑制性マクロファージへのシフト)」の双方によって構成されることを明確に示している。
臨床応用: この知見は、RD期にはまだ免疫チェックポイント阻害薬との併用が有効である可能性を示唆する一方、PD期ではキヌレニン経路阻害(IDO阻害薬: エパカドスタット等)が追加標的となりうることを示す点で臨床的意義が大きい。また、WNT/β-cateninシグナルがRD細胞状態を維持している可能性は、WNT阻害薬とTKIの先行併用という新たな治療戦略の根拠を提供する。これはGao et al. SciSignal 2013が提唱した統合的ゲノム解析の枠組みを、単一細胞レベルの転写プロファイルに拡張した成果である。方法論的観点では、SMART-Seq2を用いた全長mRNAのscRNA-seqが、転移性固形腫瘍の小サンプルに適用可能であることを実証し、CNV推定による癌細胞/非癌細胞分類のワークフローも提示した。これは、限られた臨床検体から最大限の情報を引き出すための重要な進歩である。臨床的バイオマーカーとして、肺胞シグネチャー、キヌレニンシグネチャー、プラスミノーゲンシグネチャーがTCGAで独立検証されており、実臨床での予後予測への臨床応用可能性が高い。
残された課題: 残された課題として、(1) RD細胞状態の分子維持機構(後成的変化・転写因子ネットワークの同定)、(2) 個別化ドライバー別(EGFR/ALK/KRAS等)の細胞状態遷移パターンの比較、(3) RDシグネチャーを利用したPD予測バイオマーカーの前向き開発、(4) 単細胞解像度での空間的TME再構成が挙げられる。また、本研究は小規模な生検検体を用いたため、細胞数や遺伝子型の多様性に限界がある点がlimitationである。今後の研究では、より大規模なコホートでの検証や、空間的トランスクリプトミクスなどの技術を組み合わせることで、これらの課題を克服し、治療抵抗性克服に向けた新たな戦略開発に貢献することが期待される。
方法
本研究では、転移性NSCLC患者30例から合計56の生検組織を採取し、品質管理を通過した49生検(肺腺癌45例、扁平上皮癌1例、腫瘍隣接組織3例)を解析対象とした。これらの検体は、治療前(TN)、残存病変期(RD)、進行期(PD)の3つの治療時点に分類された。新鮮組織は機械的および酵素的に単細胞に解離され、FACS(Fluorescence-Activated Cell Sorting)を用いて384ウェルプレートに単一細胞が分取された。その後、SMART-Seq2プロトコル(全長mRNAを対象とした低細胞数対応プロトコル)に従ってcDNA合成およびライブラリ調製が行われ、Illuminaシーケンシングプラットフォームでシーケンスされた。
品質管理後、23,261細胞の転写プロファイルが取得された。遺伝子発現の正規化後、主成分分析(PCA)を実施し、グラフベースのクラスタリングにより細胞が上皮細胞(n = 5,581)、免疫細胞(n = 13,431)、間質細胞(n = 4,249)に分類された。上皮細胞は、RNA発現データからコピー数変異(CNV)を推定する手法(inferCNV)を用いて、癌細胞(n = 3,754)と非癌細胞にさらに分類された。癌細胞は再クラスタリングされ、25の離散的なクラスターが同定された。
治療時点間での差異遺伝子解析が実施され、TN vs RD(RDで629遺伝子上昇)、TN vs PD(PDで901遺伝子上昇)、RD vs PD(PDで2,182遺伝子上昇)の比較が行われた。これらの解析にはMAST(Model-based Analysis of Single-cell Transcriptomics)が用いられた。同定された遺伝子シグネチャーの臨床的妥当性を検証するため、TCGA肺腺癌バルクRNA-seqデータセット(各4分位 Q1–Q4: n = 128ずつ)およびMSK-IMPACTコホート(n > 10,000)で外部バリデーションが行われた。
また、in vitro実験として、EGFR変異NSCLC細胞株(PC9)にオシメルチニブを投与し、薬剤耐性獲得過程における遺伝子発現変化をRT-PCRで評価した。さらに、WNT/β-catenin経路阻害薬(XAV-939、PRI-724)とTKI(オシメルチニブ、アレクチニブ)の併用効果をPC9およびH3122細胞株で評価した。免疫組織化学(IHC)染色も実施され、AQP4 (Aquaporin 4)、SUSD2 (Sushi Domain Containing 2)、CTNNB1 (Catenin Beta 1) などのタンパク質発現が臨床検体で確認された。変異解析は、scRNA-seqデータから体細胞変異を同定し、COSMIC(Catalogue of Somatic Mutations In Cancer)データベースのTier 1変異リストと比較することで行われた。統計解析には、Dobin et al. Bioinformatics 2013、Anders et al. Bioinformatics 2015、Seurat v3.0、DoubletFinder、inferCNV、MAST、pheatmap、dplyr、ggplot2などのRパッケージが用いられた。生存解析にはKaplan-Meier曲線とログランク検定が使用された。