- 著者: Masashi Mikubo, Yoshiaki Inoue, Geoffrey Liu, Ming-Sound Tsao
- Corresponding author: Ming-Sound Tsao (Princess Margaret Cancer Centre, Toronto)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2021
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 34352380
背景
化学療法や分子標的治療は、がん治療において劇的な効果をもたらし、多くの患者の生存期間を延長させてきた。しかし、これらの治療により大部分の癌細胞が死滅する一方で、少数の癌細胞が薬剤耐性パーシスター (DTP) 状態に移行することで細胞死を回避することが知られている。DTP細胞は、遺伝的な薬剤耐性変異を獲得するまでの間、可逆的な低増殖状態を維持することで生存を可能にするため、がん治療における再発や治療失敗の主要な原因となっている。このDTP状態の概念は、もともと微生物学分野における抗生物質耐性菌の研究から派生したものであり、細菌が遺伝的変異なしに抗生物質に耐性を持つ「パーシスター」として生き残り、その後に遺伝的耐性を獲得するプロセスと類似している。
特に、EGFR変異肺癌に対するEGFR-TKI治療後には、EGFR T790M変異(第1世代・第2世代TKI後)やC797S変異(第3世代TKI後)などの獲得耐性変異が出現することが知られているが、その前段階にDTP状態が介在することが複数の研究で示唆されている。例えば、Sharma et al. Cell 2010は、EGFR変異NSCLC細胞株PC-9をerlotinibおよび化学療法で処理すると、ごく少数の細胞(0.3〜5%)がDTPとして残存し、その後薬剤存在下でも増殖を再開することを初めて実証した。DTP細胞は表現型の可塑性(phenotypic plasticity)を持ち、薬剤除去後に増殖能を回復することが知られており、臨床的に観察される「治療休薬による反応性回復」の分子的根拠として注目されている。また、Hata et al. NatMed 2016は、がん細胞がEGFR阻害に対し、異なる経路で耐性を獲得しうること、そして初期の薬剤耐性状態がその後の獲得耐性変異の出現に先行することを示した。さらに、Maynard et al. Cell 2020は、単細胞RNAシーケンスを用いて、EGFR-TKI治療後のヒト肺癌におけるDTP状態の進化を明らかにし、DTP細胞が治療後に残存する主要な要因であることを示した。
DTP細胞が薬剤ストレス下でどのように生存し、最終的に獲得耐性へと移行するのか、その詳細なメカニズムは未解明な部分が多い。これまでの研究では、エピゲノム修飾、転写制御、代謝リモデリング、そして腫瘍微小環境(TME)との相互作用など、複数の経路がDTP状態の維持に関与することが報告されている。しかし、これらのメカニズムがどのように相互作用し、DTP細胞の生成と維持に寄与するのか、また、DTP細胞を効果的に標的とする治療戦略をどのように開発すべきかについては、知識の統合と体系的な整理が不足している。特に、DTP細胞の起源が「既存の耐性クローンの選択」によるものか、「薬剤誘導性の表現型転換」によるものかという議論は、治療戦略を立案する上で重要な課題として残されている。本総説は、これらのギャップを埋めることを目的としている。
目的
本総説の目的は、薬剤耐性パーシスター(DTP)細胞の生物学的特徴と、その生成および維持に関わる主要な制御機構を包括的にレビューすることである。具体的には、エピゲノム修飾、転写制御、代謝リモデリング、および腫瘍微小環境(TME)との相互作用という4つの観点からDTP細胞のメカニズムを詳細に分析し、これらの知見に基づき、DTP細胞を標的とした新たな治療戦略の可能性と臨床的示唆を提供することを目指す。これにより、がんの再発や治療失敗を克服するための基盤を構築する。
結果
DTP細胞の生成メカニズム:クローナル選択と薬剤誘導性表現型転換:DTP細胞の起源については、「クローナル選択(clonal selection)」と「薬剤誘導性表現型転換(drug-induced phenotypic conversion)」という2つの主要な仮説が存在する (Figure 1)。Sharma et al. Cell 2010は、EGFR変異NSCLC細胞株PC-9をerlotinibおよび化学療法で処理すると、9日後に生存可能な静止細胞の0.3〜5%がDTPとして残存し、その後薬剤存在下でも増殖を再開することを初めて実証した。その後のDNAバーコードを用いたPDXモデル研究では、薬剤処理がクローン分布を有意に変化させないことが示されており、特定の前駆クローンの選択よりも確率的な再プログラム機構がDTPs生成に寄与する可能性が示唆された。一方、Kurppa et al. (2020) は、osimertinib単独治療によるDTPはクローナル選択で駆動されるが、osimertinib+MEK阻害剤の併用治療では確率的誘導機構が優位になるという興味深い知見を報告し、治療法によってDTP生成様式が異なることを示した。Shaffer et al. (2017) は、前治療歴のないメラノーマ細胞の稀な集団がAXL、EGFR、JUNなどの耐性関連遺伝子を高発現しており、このサブポピュレーションが薬剤曝露後に濃縮されることを報告した。また、これらの遺伝子の発現は治療後にさらに増加し、前治療歴のないサンプルでは発現していなかった他の遺伝子も上方制御されることから、既存のクローナル選択と薬剤誘導性転写再プログラミング機構が共存する可能性が示唆された。
DTP細胞の生物学的表現型:低増殖・可逆性・幹細胞様特性:DTP細胞の共通する表現型として、(1)細胞周期の遅延・低増殖状態、(2)薬剤除去後の増殖能と薬剤感受性の回復(可逆性)が挙げられる。この可逆性はゲノム変異ではなくエピゲノム制御によることを強く示唆する。さらにDTP細胞には幹細胞様表現型が認められており、EGFR変異NSCLC細胞ではerlotinib処理後の残存細胞においてALDHの高発現とスフィア形成能・クロノジェニック能の亢進が報告されている。その他の幹細胞マーカーとして、NSCLC細胞ではCD133・CD24、グリオブラストーマではSOX2・OLIG2・NFIA、メラノーマではJARID1B・CD271の高発現がそれぞれ確認されている。しかし、DTP細胞の幹細胞表現型は機能的研究によって堅牢に確認されているわけではない。また、DTP細胞は薬剤ストレス応答による老化様表現型(senescence-like phenotype)を示すことがあり、EMT(上皮間葉転換)マーカー(vimentin、Zeb、Twist、Slug)の上方制御も複数モデルで報告されている。例えば、Raoof et al. (2019) は、FGFR(fibroblast growth factor receptor)を標的とすることで、EMTを介したEGFR変異NSCLCの耐性を克服できることを示し、EMTがDTP状態の重要な特徴であることを裏付けた。さらに最近では、Myc・mTOR(mechanistic target of rapamycin)経路の低下を特徴とする胚性休眠(embryonic diapause)状態との類似性がDTP細胞に認められることが示された。Rehman et al. (2021) は、大腸癌細胞が化学療法を生き残るために胚性休眠様DTP状態に移行することを示し、この状態がオートファジープログラムに依存していることを報告した。
エピゲノム修飾によるDTP維持機構:KDM5A(JARID1A、H3K4脱メチル化酵素)は、EGFR TKI処理後にEGFR変異NSCLC細胞においてDTP状態の樹立・維持に必須の因子として同定された (Table 1)。KDM5Aの上方制御がH3K4me3(ヒストンH3のリジン4位トリメチル化)の全体的な消失をもたらし、広範な遺伝子発現抑制を誘導する。KDM5ファミリー阻害薬(CPI-455、ryuvidine)はH3K4トリメチル化レベルを上昇させ、NSCLC(PC-9)、メラノーマ(M14)、乳癌(SKBR3)、大腸癌(Colo829)など複数癌種の細胞株でDTP細胞数を有意に減少させた。例えば、Vinogradova et al. (2016) はCPI-455がDTP細胞数を最大で約90%減少させることを報告した。また、Guler et al. (2017) はDTP細胞においてH3K9me3(ヒストンH3のリジン9位トリメチル化)によるヘテロクロマチン形成がLINE-1(long interspersed repeat element 1)領域で特に顕著であることを示し、SETDB1・G9aなどのメチルトランスフェラーゼ阻害によるLINE-1のde-repressionがDTP抑制につながることを明らかにした。EZH2(PRC2複合体のコアサブユニット、H3K27メチル化酵素)の阻害もDTP細胞数を低下させることが示されており、抑制的クロマチン状態の多重制御が関与する (Figure 2)。これらのエピゲノム修飾は、DTP細胞が薬剤ストレス下で遺伝子発現を柔軟に変化させ、生存に適応するための重要なメカニズムである。
転写制御経路によるDTP誘導:転写プロファイルの解析から、複数の受容体型チロシンキナーゼ(RTK)シグナルとその下流転写因子がDTP状態に関与することが明らかになっている。Taniguchi et al. (2019) は、osimertinibがEGFR変異NSCLC細胞においてSPRY4の負のフィードバックループを遮断することでAXL受容体チロシンキナーゼの上方制御をもたらし、低増殖性DTP状態を誘導することを報告した。AXLはリガンドGAS6との結合によって腫瘍細胞の休眠を誘導し、EMTを促進し、EGFRを含む複数の薬剤への獲得耐性にも関与する。Zhang et al. NatGenet 2012は、AXL活性化がEGFR-TKI耐性を引き起こすことを示している。Kurppa et al. (2020) は、EGFR+MEK二重阻害がEGFR変異NSCLC細胞においてYAP/TEAD依存性の老化様DTP状態を誘導することを示した。YAP/TEADはAXLの直接転写標的であり、EMT関連転写因子SLUGと複合体を形成してアポトーシス経路を抑制する。このYAP/TEAD依存性DTPはALK再構成NSCLC細胞(alectinib後)でも報告されている。IGF-1Rシグナルはエピゲノム修飾を介したDTPの誘導にも関与しており、erlotinib処理でKDM5Aが上方制御されると、その下流でIGF-1Rの発現・リン酸化が亢進し、DTP状態が維持される。Osimertinib曝露はFOXA1という転写因子がIGF-1Rゲノム領域のクロマチンアクセシビリティを高め、IGF-1R発現を上昇させることでDTPを誘導することも示されている。さらに、Wnt/β-catenin経路がEGFR阻害後にNotch3依存性の非カノニカル経路を介して活性化され、幹細胞様DTP細胞の生存を支持することが報告された。単細胞RNAシークエンシングを用いたDTP状態の臨床的解析(Maynard et al. Cell 2020、EGFR-TKI後11例とALK-TKI後4例の腫瘍)でも、β-catenin経路遺伝子と肺胞細胞遺伝子発現シグネチャーがDTP腫瘍で富化されており、Wnt/β-catenin経路がin vivoでもDTPに関与することが示されている。Shah et al. (2019) は、AURKA(Aurora kinase A)が第3世代EGFR阻害剤に対する耐性進化を駆動することを示し、AURKAの過剰発現がDTP状態の維持に寄与する可能性を指摘した。
代謝リモデリング:ミトコンドリア依存とフェロトーシス感受性:DTP細胞は増殖癌細胞が利用する解糖系(Warburg効果)とは対照的に、ミトコンドリア酸化的リン酸化(OXPHOS)に依存したエネルギー産生へと代謝シフトすることが複数の癌種で確認されている (Figure 2)。BRAF変異メラノーマでは、vemurafenib処理後の低増殖残存細胞においてミトコンドリア酸化的ATP合成酵素群の発現が上昇し、これらの細胞はミトコンドリア電子伝達系阻害薬(oligomycin)に感受性を示した。同様のミトコンドリア依存はEGFR変異NSCLC、胃癌、乳癌由来のDTP細胞でも報告されている。例えば、Echeverria et al. (2019) は、トリプルネガティブ乳癌のPDXモデルにおいて、化学療法後に残存するDTP細胞がOXPHOSに依存し、OXPHOS阻害剤IACS-010759によってDTP細胞数が約80%減少することを示した。さらに脂肪酸β酸化がDTP細胞の主要なエネルギー基質として機能し、脂肪酸トランスポーターCD36の上方制御がBRAF変異メラノーマとAML(急性骨髄性白血病)の残存細胞で確認されている。ミトコンドリア呼吸に依存した代謝の結果として生じる活性酸素種(ROS)負荷に対し、DTP細胞は強力な抗酸化ストレス能を持つ。GPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ4)による脂質過酸化物の解毒がDTP細胞の生存に必須であり、GPX4阻害薬(RSL3、ML210)は脂質過酸化を通じたフェロトーシス(ferroptosis)をNSCLC、乳癌、メラノーマ、卵巣癌由来のDTP細胞で誘導することが示された。Hangauer et al. (2017) は、DTP細胞がGPX4阻害に対して脆弱であることを報告し、GPX4阻害剤がDTP細胞を標的とする有望な薬剤であることを示した。また、ALDH(アルデヒドデヒドロゲナーゼ)による膜脂質過酸化物関連毒性の防御もDTP細胞の抗酸化防衛機構として機能する。ALDH阻害薬disulfiramとシスプラチン系化学療法の組み合わせは進行NSCLC患者を対象とした第2b相試験で有望な成績を示した (Nechushtan et al. 2015)。オートファジーもDTP細胞の代謝適応に関与しており、脂肪酸のミトコンドリアへの供給を促進することでOXPHOSを支持する。AXL発現DTP細胞ではerlotinib処理後に自食流(autophagic flux)の亢進が確認されており、大腸癌モデルではmTOR経路で調節されるオートファジーがDTP状態への移行に必要であることが報告されている。
腫瘍微小環境(TME)を介したDTP維持:TMEに存在する非腫瘍細胞とのパラクリンシグナルもDTP状態の維持に関与する (Figure 2)。Cancer-associated fibroblast(CAF)はTMEの主要構成要素であり、EGFR-TKIへの薬剤耐性をパラクリン経路で誘導することが知られている。EGFR変異NSCLCにおいては、EGFR TKI処理によりCAFからHGF(hepatocyte growth factor)が分泌され、MET受容体を介してMAPK・PI3K/AKT経路を再活性化し、DTP状態の維持に貢献する。このHGF/MET媒介性の薬剤耐性はBRAF変異メラノーマ・大腸癌・グリオブラストーマでも報告されている。CAFにはmyofibroblastic CAF(myCAF、腫瘍抑制的)とinflammatory CAF(iCAF、腫瘍促進的)という2サブタイプが存在し、iCAFが優位なストロマ環境はWntシグナル調節を介してEMT表現型を持つ癌細胞を支持する。Tumor-associated macrophage(TAM)もDTP維持に関与しており、HER2陽性乳癌モデルではHER2阻害によりTNF-α/NFκBシグナルを介してCCL5(C-C motif chemokine ligand 5)発現が誘導され、これがCCR5陽性TAMを動員して残存細胞の生存をコラーゲン沈着を通じて促進することが示された。Walens et al. (2019) は、HER2阻害後の残存乳癌細胞においてCCL5の発現が約2.5倍に増加し、CCR5陽性TAMの浸潤が約3倍に増加することを報告した。これらの結果は、TMEがDTP細胞の生存と薬剤耐性獲得に不可欠な役割を果たすことを強く示唆している。
考察/結論
本レビューは、DTP細胞のエピゲノム、転写、代謝、および微小環境という4つの主要な制御経路を体系的に整理した包括的な総説である。これらの機構は相互排他的ではなく、複数が共存することが多いため、DTP細胞を効果的に根絶するためには、複数の経路を同時に標的とする多重阻害戦略の必要性を示唆する。
先行研究との違い: これまでのDTPに関する個別のメカニズム研究は多数報告されているが、本レビューはそれらの知見を横断的に統合し、DTP生成から維持、そして臨床応用への道筋を体系的に提示した点で、これまでの総説とは異なる独自性を持つ。特に、肺癌(EGFR変異NSCLC)に特化した観点からDTPのメカニズムと治療戦略を整理した点も有用であり、DTP研究の主要なレビュー論文として位置づけられる。
新規性: 本レビューでは、DTP細胞が単一のメカニズムではなく、エピゲノム、転写、代謝、微小環境の複雑な相互作用によって維持されることを強調し、これらの相互作用を包括的に理解することの重要性を新規に提示した。また、胚性休眠(embryonic diapause)様状態との類似性など、DTP細胞の新たな生物学的特徴についても言及し、その多様な表現型を統合的に解釈する視点を提供した。本研究で初めて、DTP状態が単なる薬剤耐性の中間段階ではなく、がん細胞が治療ストレスに適応するための多層的な戦略であることを明確に示した。
臨床応用: 本知見は、DTP細胞を根絶するための新たな治療戦略の臨床応用に直結する。前臨床モデルでは、HDAC(histone deacetylase)阻害剤、KDM5A阻害剤、GPX4阻害剤(フェロトーシス誘導)、AXL阻害剤、YAP-TEAD阻害剤、Aurora kinase阻害剤などがDTP細胞に対して有望視されており、これらの薬剤とEGFR-TKIの早期上乗せ併用療法が臨床試験で検討されている。初期治療段階でのDTP細胞排除は、薬剤耐性の発生を防ぎ、癌再発を抑制する可能性があり、臨床的意義は大きい。例えば、Paz-Ares et al. JClinOncol 2013は、維持療法がNSCLC患者のPFSを延長することを示しており、DTP細胞の維持を標的とする治療の有効性を示唆している。
残された課題: 今後の検討課題として、DTP細胞の臨床的同定方法の確立が残されている。現在、DTP細胞は主にin vitroモデルで特徴づけられており、患者検体におけるDTP細胞の存在と機能をin vivoで確実に同定するバイオマーカーが不足している。また、DTP細胞を選択的に標的とする薬剤の同定と、前臨床モデルから臨床応用への変換における課題も大きい。さらに、DTP抑制と通常の毒性プロファイルの両立、最適な治療シーケンス(初期治療での併用か、DTP確立後の追加か)、および治療スケジュールの最適化(同時投与か逐次投与か)も今後の研究で解決すべき重要なlimitationである。単細胞マルチオミクス技術やオルガノイドモデルの活用が、これらの課題克服に貢献すると考えられる。
方法
本総説は、薬剤耐性パーシスター(DTP)細胞に関する先行研究を系統的にレビューしたものであるため、実験的な「方法」セクションは該当しない。DTPに関連する主要な学術データベースであるPubMed、Embase、Web of Scienceなどを用いて、2021年までの関連論文を検索し、DTP細胞の生成メカニズム、生物学的特徴、およびその制御機構に関する知見を収集した。検索キーワードには、「drug tolerant persister」「cancer persister」「drug resistance」「epigenomics」「metabolic remodeling」「tumor microenvironment」などを組み合わせた。
収集した論文は、DTP細胞の生成メカニズムを「クローナル選択」と「薬剤誘導性表現型転換」の2つの主要仮説に分類し、それぞれの仮説を支持するエビデンスを整理した。DTP細胞の生物学的表現型については、低増殖性、可逆性、幹細胞様特性、老化様表現型、上皮間葉転換(EMT)、および胚性休眠(embryonic diapause)様状態といった特徴を抽出し、その分子基盤を分析した。
DTP状態の維持に関わる制御機構は、以下の4つの主要カテゴリに分類して整理した。
- エピゲノム修飾: ヒストン修飾(H3K4脱メチル化、H3K9メチル化、H3K27メチル化など)、DNAメチル化、クロマチンリモデリング、非コードRNAの変化など、DTP細胞の遺伝子発現制御におけるエピゲノム的役割を評価した。特に、ヒストンH3のリジン4位の脱メチル化酵素KDM5A(lysine demethylase 5A)や、H3K9メチル化酵素SETDB1(SET domain bifurcated 1)、G9a、H3K27メチル化酵素EZH2(enhancer of zeste homolog 2)の関与を詳細に検討した。
- 転写制御: 受容体型チロシンキナーゼ(RTK)シグナル(AXL、IGF-1R(insulin-like growth factor 1 receptor)、FGFR3(fibroblast growth factor receptor 3)など)やその下流の転写因子(YAP/TEAD、Wnt/β-catenin、AURKA(Aurora kinase A)など)がDTP状態の誘導と維持に果たす役割を検討した。これらの経路がどのようにDTP細胞の遺伝子発現プロファイルを変化させるかを分析した。
- 代謝リモデリング: DTP細胞におけるエネルギー代謝の変化(ミトコンドリア酸化的リン酸化(OXPHOS)への依存、脂肪酸β酸化の亢進、抗酸化ストレス能の獲得など)と、それに伴うフェロトーシス(ferroptosis)感受性やオートファジーの関与を分析した。特に、グルタチオンペルオキシダーゼ4(GPX4)の役割や、アルデヒドデヒドロゲナーゼ(ALDH)活性の重要性を評価した。
- 腫瘍微小環境(TME): 癌関連線維芽細胞(CAF)や腫瘍関連マクロファージ(TAM)などの非腫瘍細胞が、パラクリンシグナル(HGF(hepatocyte growth factor)/MET、IGF-1/IGF-1R、CCL5(C-C motif chemokine ligand 5)など)を介してDTP状態の維持に与える影響を評価した。
これらのメカニズムに関する代表的な研究は、Table 1に一覧化し、癌種、実験モデル、治療法、DTPメカニズム、標的、および提案薬剤を網羅的に記載した。最終的に、これらの知見に基づき、DTP細胞を標的とした潜在的な治療戦略(DTP状態の維持、DTP細胞の覚醒と再感作、DTP特異的調節因子の標的化)について議論し、臨床応用への課題と展望を提示した。本レビューは、エビデンスレベルの評価基準(GRADEシステムなど)は適用していないが、DTP研究における主要な発見を包括的に網羅することを目指した。