• 著者: Tang KH, Li S, Khodadadi-Jamayran A, Jen J, Han H, Guidry K, Chen T, Hao Y, Fedele C, Zebala JA, Maeda DY, Christensen JG, Olson P, Athanas A, Loomis CA, Tsirigos A, Wong KK, Neel BG
  • Corresponding author: Benjamin G. Neel (benjamin.neel@nyulangone.org) - Laura and Isaac Perlmutter Cancer Center, New York University Grossman School of Medicine, Kwok-Kin Wong (kwok-kin.wong@nyulangone.org) - Laura and Isaac Perlmutter Cancer Center, New York University Grossman School of Medicine, Kwan Ho Tang (khhtang@gmail.com) - Laura and Isaac Perlmutter Cancer Center, New York University Grossman School of Medicine
  • 雑誌: Cancer discovery
  • 発行年: 2022
  • Epub日: 2021-08-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34353854

背景

SHP2 (Protein Tyrosine Phosphatase, Non-Receptor Type 11) は、受容体チロシンキナーゼ (RTK; receptor tyrosine kinase) や、GTP結合型とGDP結合型を循環する「cycling RAS」変異体の下流シグナル伝達において、SOS1/2 (Son of Sevenless homolog 1/2) などのグアニンヌクレオチド交換因子 (GEF; guanine nucleotide exchange factor) の活性化を介して、RAS/ERK (extracellular signal-regulated kinase) 経路を活性化する必須のチロシンホスファターゼである。SHP2阻害薬 (SHP2i; SHP2 inhibitor) は、KRAS G12C などの変異を有する非小細胞肺癌 (NSCLC; non-small-cell lung cancer) に対する有望な治療薬として臨床開発が進められている。しかし、SHP2は腫瘍細胞だけでなく、正常な免疫細胞のシグナル伝達にも深く関与するため、SHP2阻害が腫瘍微小環境 (TME; tumor microenvironment) に与える影響は極めて複雑である。先行研究の多くは、適応免疫を欠く免疫不全マウスモデルや、組織特異的免疫を反映しない皮下シンジェニックモデルを用いており、肺における組織特異的な免疫応答を正確に再現できていなかった。そのため、SHP2阻害が肺癌のTME、特に腫瘍関連免疫細胞に及ぼす多面的な影響については未解明な点が多く、治療効果を制限する免疫抑制機構の存在が課題として残されていた。特に、骨髄由来抑制細胞 (MDSC; myeloid-derived suppressor cell) はがん免疫抑制において重要な役割を果たすことが知られているが (Gabrilovich et al. NatRevImmunol 2009Bronte et al. NatCommun 2016)、SHP2阻害が肺癌局所のMDSC動態やT細胞の機能的活性化に与える影響についての詳細な知見は不足している。また、肺癌における骨髄系細胞の多様性についても、シングルセル解析等で分類が進んでいるものの (Zilionis et al. Immunity 2019)、薬物治療介入時の動態変化は十分に解明されていなかった。したがって、遺伝子工学的に定義された生理的な正所性肺癌モデルを用いて、SHP2阻害による免疫調節作用の全貌を明らかにし、治療抵抗性を克服するための合理的な併用療法を確立することが求められていた。

目的

本研究の目的は、KRAS変異およびEGFR変異を有するNSCLCの遺伝子工学マウスモデル (GEMM; genetically engineered mouse model) および正所性アログラフトモデルを用いて、SHP2阻害がTMEの免疫細胞プロファイルに与える影響を系統的に解析することである。特に、SHP2阻害が引き起こすT細胞浸潤促進効果と、同時に誘導される免疫抑制性骨髄系細胞、とりわけ顆粒球性骨髄由来抑制細胞 (gMDSC; granulocytic myeloid-derived suppressor cell) の動態およびその動員メカニズムを分子レベルで解明することを目指した。さらに、得られた知見に基づいて、SHP2阻害薬とCXCR1/2阻害薬の併用療法の有効性を前臨床モデルで検証し、最終的にはヒトの臨床検体データとの関連性を評価することで、RAS/ERK経路阻害薬の治療効果を最大化するための新規治療戦略を提示することを目的とした。

結果

SHP2阻害によるT細胞浸潤促進と予期せぬgMDSC動員の両刃効果: 正所性KPアログラフトモデルにおいて、SHP2阻害薬 SHP099 の単剤投与は、vehicle群と比較して腫瘍体積を有意に抑制した (Fig. 1A)。免疫プロファイリングの結果、SHP099投与群では、腫瘍抑制的な CD4+ T細胞および CD8+ T細胞、さらに CD19+ B細胞の腫瘍内浸潤が有意に増加した (Fig. 1B)。また、免疫抑制的な肺胞マクロファージや M2様骨髄 (BM; bone marrow) 由来マクロファージが著明に減少し、M1/M2比の上昇が認められた (Fig. 1D)。しかし同時に、強力な免疫抑制能を持つ gMDSC (CD11b+ Ly6G+) の浸潤が有意に増加するという、治療効果を制限する有害な変化が観察された (Fig. 1D)。T細胞枯渇実験では、CD4+ または CD8+ T細胞を枯渇させると SHP099 の抗腫瘍効果が減弱し、生存期間中央値が短縮した (Fig. 1F)。さらに、浸潤した CD8+ T細胞の表現型を解析したところ、活性化エフェクター細胞 (CD44+ CD62L-) は少数であり、大半がナイーブな表現型 (CD44- CD62L+) に留まっており、細胞障害活性マーカーである Gzmb (Granzyme B) の発現率は極めて低かった (Fig. 1G)。そこで、抗Ly6G抗体を用いて gMDSC を枯渇させたところ (n=6 mice)、CD8+ T細胞の活性化および Gzmb 発現率が著明に上昇した (Fig. 1J)。この結果から、SHP2阻害によって動員された gMDSC が、浸潤した T細胞の活性化を強力に抑制していることが示された。

腫瘍細胞におけるNF-κB依存的なCXCR2リガンド産生メカニズムの解明: SHP2阻害が gMDSC を動員する分子機構を解明するため、単離した腫瘍細胞のバルクRNA-seq解析を行った。その結果、SHP099処理により、gMDSCの主要な遊走因子である CXCR2 リガンドの Cxcl1 および Cxcl5 の発現が最も顕著に上昇していた (Fig. 2A)。この現象は、SHP099耐性変異 (PTPN11 TM/QL) を導入したKP細胞では消失したことから、SHP2阻害に直接依存したオンターゲット効果であることが確認された (Fig. 2C)。プロモーター解析およびNF-κBレポーターアッセイにより、SHP099 または MEK阻害薬 trametinib の処理は、NF-κBの転写活性を有意に上昇させることが示された (Fig. 2F)。さらに、IKK阻害薬 ML120B (10 µM) の併用により、SHP099およびtrametinibによる Cxcl1/5 の発現誘導は完全に消失した (Fig. 2H)。Luminexアッセイによる上清解析では、CXCL1およびCXCL5の分泌量が対照群と比較して 3.5-fold 以上に増加していた (Fig. 2I)。また、T細胞の遊走因子である CCL5 や CXCL10 の分泌も同時に増加しており、これがT細胞浸潤促進のメカニズムと考えられた (Fig. 2I)。同様のCXCR2リガンド(CXCL1/6)の誘導は、ヒト KRAS 変異肺癌細胞株パネル (n=8 cell lines) においても、SHP2阻害、MEK阻害、または KRAS G12C 阻害薬 MRTX849 処理によって再現され、いずれも ML120B により阻害された (Supplementary Fig. S2A)。

SHP2とCXCR1/2の併用阻害による免疫抑制性gMDSCサブセットの選択的排除とT細胞機能の再活性化: CXCR2リガンドによる gMDSC 動員を阻止するため、SHP099 と CXCR1/2 阻害薬 SX682 の併用効果を検証した。併用療法は、SHP099単剤と比較して腫瘍内 gMDSC 浸潤を有意に抑制し、CD4+ および CD8+ T細胞の浸潤をさらに増加させた (Fig. 3A)。scRNA-seqを用いた KNetL マップ解析により、腫瘍内好中球/gMDSCは6つのクラスター (N1-N6) に分類された (Fig. 3F)。SHP099単剤はこれらの大半を増加させたが、SX682の併用は、免疫抑制能の指標となる S100a8/9、Cybb (NOX2)、Lcn2 を高発現する特定の有害な gMDSC クラスター (N4) のみを特異的に消失させた (Fig. 3H)。一方で、炎症促進的な N2 および N3 クラスターは維持されていた。T細胞のシングルセル解析では、併用療法により、高度な細胞障害活性を持つ Klrg1+ Cx3cr1+ Gzmb+ CD8+ エフェクターT細胞 (T2クラスター) が特異的に増加していた (Fig. 3K)。興味深いことに、この Teff (effector T cell) 集団は、PD-1やCTLA-4ではなく、免疫チェックポイント受容体 NKG2A (Klrc1) を優先的に発現していた (Fig. 3J)。生存実験において、SHP099/SX682 併用群 (n=6 mice) は、vehicle群 (生存期間中央値 18日)、SX682単剤群 (21.5日)、SHP099単剤群 (27日) と比較して、生存期間を有意に延長し (中央値 38日、p<0.0001)、腫瘍増殖を完全に抑制した (Fig. 3B, C)。

EGFR変異肺癌モデルにおける治療効果の検証と臨床検体における関連性: SHP2/CXCR1/2併用阻害の有効性を、EGFR変異肺癌モデルでも検証した。osimertinib耐性 EGFR-TLC GEMM において、SHP099単剤は 4週時点で約 50% の腫瘍縮小を示したが、SHP099/SX682 併用療法は 80% 以上の著明な腫瘍縮小効果をもたらした (Fig. 4G)。osimertinib感受性 EGFR-TL GEMM においては、osimertinib、SHP099、SX682 の三剤併用療法が最も強力なT細胞応答を誘導し、薬剤中止後の再発を著明に遅延させた (Fig. 4K)。

最後に、KRAS G12C 阻害薬 MRTX849 の治療を受けた NSCLC 患者 (n=5 patients) のペア生検組織を解析した。その結果、5例中4例 (80%) において治療後に CXCL1 および CXCL6 (マウス Cxcl5 の相同遺伝子) の発現上昇が確認された (Fig. 4L)。さらに、CXCL1/6 の誘導が弱い患者ほど、MRTX849 に対する治療奏効期間が長いという逆相関が認められた (Fig. 4M)。また、治療後の生検では好中球/gMDSCのシグネチャーが有意に上昇しており (Fig. 4N),ヒト臨床においてもRAS/ERK経路阻害に伴うCXCR2リガンド誘導と gMDSC 動員が治療抵抗性因子として働いていることが強く示唆された。

考察/結論

本研究は、SHP2阻害薬が肺癌の腫瘍微小環境に及ぼす二面性、すなわち「免疫活性化(M2マクロファージ減少とT細胞浸潤)」と「免疫抑制(NF-κB依存的CXCR2リガンド産生とgMDSC動員)」を同時に引き起こすという「両刃の剣」としての性質を明らかにした。

先行研究との違い: 従来のSHP2阻害薬に関する免疫学的研究の多くは、皮下シンジェニックモデルや免疫不全マウスを用いて行われており、肺局所における組織特異的な免疫微小環境を正確に反映できていなかった。これに対し、本研究はより生理的な正所性アログラフトモデルおよび自然発症GEMMを用いることで、SHP2阻害が誘導するT細胞は機能不全であり、その原因が共動員される gMDSC にあることを初めて体系的に証明した。この点は、単にT細胞浸潤の増加のみを報告していたこれまでの皮下モデルを用いた研究成果と異なり、肺癌治療における骨髄系細胞の重要性を浮き彫りにしている。また、EGFR変異モデルにおける耐性克服戦略としても、アロステリック阻害薬の併用 (Jia et al. Nature 2016) などの腫瘍細胞標的アプローチとは対照的に、TMEの免疫調節に着目した点がユニークである。

新規性: 本研究は、シングルセル転写産物プロファイリングを用いることで、CXCR1/2阻害薬 SX682 がすべての好中球を非特異的に抑制するのではなく、高度に免疫抑制的な S100a8/9^hi gMDSC サブセット (N4クラスター) のみを特異的に排除するという「精密な免疫調節」作用を持つことを本研究で初めて明らかにした。また、gMDSCの排除によって誘導される CD8+ T細胞が、高度な細胞障害活性を持つ Klrg1+ エフェクターフェノタイプを有していること、およびこれらの細胞がPD-1やCTLA-4ではなく NKG2A (Klrc1) を優先的に発現するという、これまで報告されていない新規の免疫チェックポイント機構を同定した。これは、KRAS変異肺癌におけるPD-1/PD-L1阻害薬の不完全な奏効メカニズムを説明する画期的な知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、SHP2阻害薬や他のRAS/ERK経路阻害薬(MEK阻害薬、KRAS G12C 阻害薬など)の臨床応用において極めて重要な示唆を与える。実際に、KRAS G12C 阻害薬治療を受けた患者の生検組織において、治療後に CXCR2 リガンド (CXCL1/6) の発現上昇と好中球浸潤が確認され、これが治療抵抗性と相関していた。この臨床的エビデンスは、RAS/ERK経路阻害に伴う gMDSC 動員がヒトにおいても普遍的な治療抵抗性メカニズムであることを示しており、臨床現場におけるSHP2阻害薬とCXCR1/2阻害薬、さらには抗NKG2A抗体(monalizumabなど)を組み合わせた多剤併用療法の開発に向けた強固な科学的基盤となる。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究で同定された Klrg1+ CD8+ T細胞が認識する腫瘍特異的ネオ抗原の同定が挙げられる。また、シングルセルレベルでの腫瘍進化や治療抵抗性獲得プロセスの解明 (Maynard et al. Cell 2020) と同様に、長期併用療法における耐性メカニズムの解明が求められる。さらに、本研究でも示唆されたように、PTEN欠損などの特定の共変異を有する腫瘍ではCXCR2リガンドの誘導パターンが異なる可能性があり (Liao et al. CancerCell 2019)、患者選択のためのバイオマーカーの確立が今後の研究における重要なlimitation克服への鍵となる。

方法

本研究では、C57BL/6J マウスを用いて、KrasG12D;Trp53-/- (KP) マウス肺癌細胞株を尾静脈より静脈内投与 (10^6 cells/mouse) することで正所性アログラフト肺癌モデルを構築した。腫瘍の形成および進行は、磁気共鳴画像法 (MRI; magnetic resonance imaging) を用いてモニターし、腫瘍体積が 100 mm^3 に達した時点で治療を開始した。SHP2阻害薬として SHP099 (75 mg/kg/day) を連日経口投与した。

TMEにおける免疫細胞のプロファイリングは、腫瘍結節を回収し、コラゲナーゼ/ヒアルロニダーゼおよびDNase Iで消化して単一細胞懸濁液を調製した後、蛍光活性化セルソーティング (FACS; fluorescence-activated cell sorting) によるフローサイトメトリーおよび多重免疫蛍光染色により実施した。特定の免疫細胞サブセットの寄与を検証するため、GK1.5 (anti-CD4 monoclonal antibody clone GK1.5)、2.43 (anti-CD8 monoclonal antibody clone 2.43)、SA271G2 (anti-CD20 monoclonal antibody clone SA271G2) を用いた枯渇実験を行った。gMDSCの枯渇には、1A8 (anti-Ly6G monoclonal antibody clone 1A8) と MAR18.5 (anti-rat secondary antibody clone MAR18.5) を併用した。

腫瘍細胞からのケモカイン産生メカニズムを解析するため、野生型KP細胞およびSHP099耐性変異である PTPN11 (Protein Tyrosine Phosphatase Non-Receptor Type 11) T253M/Q257L (TM/QL) を導入したKP細胞を用いて、バルクRNAシーケンス (RNA-seq) および Luminex マルチプレックスアッセイによるケモカイン定量を行った。NF-κB (nuclear factor kappa B) 活性化の評価には、NF-κB-GFPレポーターを安定導入したKP細胞を用い、フローサイトメトリーでGFP強度を測定した。NF-κB経路の阻害には IKK (IκB kinase) 阻害薬 ML120B (10 µM) を使用した。

シングルセル解析として、各治療群から得られた腫瘍細胞 (3つのレプリケートをプール、各 52,000 cells) を用いて単一細胞RNAシーケンス (scRNA-seq; single-cell RNA sequencing) を実施した。データ解析には iCellR パッケージを用い、次元削減アルゴリズムとして KNetL (K-nearest-neighbor-based Network graph drawing Layout) マップ解析を適用した。

さらに、EGFR変異肺癌モデルとして、osimertinib耐性モデルである EGFR-TLC (EGFR T790M/L858R/C797S) GEMM、およびosimertinib感受性モデルである EGFR-TL (EGFR T790M/L858R) GEMM を用いた。これらのモデルは adeno-Cre の鼻腔内投与により腫瘍を誘発した。治療薬として、osimertinib (5 mg/kg/day) および CXCR1/2 阻害薬 SX682 (100 mg/kg/day) を使用した。

ヒト臨床検体解析として、KRAS G12C 阻害薬 MRTX849 の臨床試験に登録された NSCLC 患者 5 例の治療前後ペア生検組織から得られた RNA-seq データを解析した。

統計解析には GraphPad Prism 9 を使用し、2群間比較には Student t-test、多群間比較には one-way ANOVA、生存曲線の比較には log-rank テストを適用した。有意水準は p < 0.05 とした。