• 著者: M.J. Pajares, J. Agorreta, M. Larrayoz, A. Vesin, T. Ezponda, I. Zudaire, W. Torre, M.D. Lozano, E. Brambilla, C. Brambilla, I.I. Wistuba, C. Behrens, J.F. Timsit, R. Pio, J.K. Field, L.M. Montuenga
  • Corresponding author: R. Pio (Oncology Division, Center for Applied Medical Research, University of Navarra, Pamplona, Spain)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2012
  • Epub日: 2012-02-21
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 22355056

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) において、血管新生は腫瘍の増殖や転移に不可欠なプロセスであり、血管内皮増殖因子 (VEGF) 経路はその中心的な役割を担っている。抗VEGF抗体であるベバシズマブと化学療法の併用療法は、進行期非扁平上皮NSCLCの一次治療として生存期間を延長することが示されている (Sandler et al. NEnglJMed 2006; Reck et al. JClinOncol 2009)。しかし、扁平上皮癌 (SCC: squamous cell carcinoma) の患者においては、重篤な肺出血のリスクがあるため抗VEGF療法は禁忌とされている (Johnson et al. JClinOncol 2004)。さらに、VEGFR阻害薬であるソラフェニブを化学療法に上乗せした臨床試験である ESCAPE (Evaluation of Sorafenib, Carboplatin, and Paclitaxel Efficacy in NSCLC) 試験では、SCC患者において死亡リスクが増加するという予期せぬ結果が報告された。このような背景から、VEGFシグナル経路がSCCと腺癌 (ADC: adenocarcinoma) において異なる生物学的役割を果たしている可能性が強く示唆されている。

これまで、腫瘍細胞におけるVEGF発現の予後的意義については数多くの研究が行われてきたが、その結果は極めて不一致であり、controversial な状態が続いていた。この混乱の原因として、多くの先行研究がSCCとADCを区別せずに一括して解析していたことが挙げられる。また、近年のゲノム解析の進展により、SCCとADCは異なる遺伝子変異プロファイルを持つ独立した生物学的エンティティであることが明らかになりつつあるが (Pao et al. LancetOncol 2011)、早期NSCLCにおけるVEGFおよびその受容体である VEGFR1 (vascular endothelial growth factor receptor 1) や VEGFR2 (vascular endothelial growth factor receptor 2) の腫瘍細胞自身における発現パターンや、それらが複合的に機能する autocrine (自己分泌) ループの組織型別の予後的意義については、依然として十分に解明されておらず、詳細な検証が不足しているという課題が存在した。特に、早期SCCにおけるVEGFシグナル経路の活性化が患者の予後にどのように関与しているかという点については、体系的な解析が不足しており、臨床現場におけるバイオマーカーの確立に向けた大きな gap が残されていた。

目的

本研究の目的は、完全切除された早期 (Stage I〜III) の非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、腫瘍細胞におけるVEGF、VEGFR1、およびVEGFR2の発現を同時に、かつ定量的に解析し、組織型 (扁平上皮癌 [SCC] および腺癌 [ADC]) 別におけるこれら因子の予後的意義を明らかにすることである。特に、単一の因子だけでなく、これら3つの主要なシグナル伝達分子の複合的な発現を統合した「VEGFシグナルスコア (VSS: VEGF signaling score)」という新たな指標を定義し、これが患者の疾患進行時間 (TTP: time to progression) や再発リスクに与える影響を組織型特異的に評価することを目的とする。さらに、欧州の多施設共同コホートを主コホートとして得られた知見が、米国のMDアンダーソンがんセンターおよびフランスのグルノーブル大学病院である CHU (Centre Hospitalier Universitaire) Grenoble から得られた2つの独立した検証コホートにおいても再現されるかどうかを検証し、早期SCCにおける予後予測バイオマーカーとしてのVSSの信頼性と普遍性を確立することを目指す。

結果

組織型によるVEGFおよび受容体発現の有意な差異: 主コホートであるEUELCコホート (n=298) において、腫瘍細胞におけるVEGF、VEGFR1、およびVEGFR2の発現レベルを解析したところ、組織型間で顕著な発現差が認められた。具体的には、ADCはSCCと比較して、これら3つの因子の発現レベルが有意に高かった。それぞれのp値は、VEGFで p=0.009、VEGFR1で p=0.007、VEGFR2で p=0.019 であった (Fig 1)。一方で、これらの発現レベルと病期 (Stage I〜III) や喫煙状況 (現在喫煙者 vs 過去喫煙者 vs 非喫煙者) との間には有意な相関は認められなかった (病期におけるp値はそれぞれ VEGFで p=0.42、VEGFR1で p=0.56、VEGFR2で p=0.48)。また、腫瘍細胞におけるVEGF発現と、抗CD34染色により評価したMVDとの間にも有意な相関は認められなかった (p=0.192)。なお、VEGF、VEGFR1、VEGFR2をそれぞれ単独の予後因子として解析した場合には、疾患進行リスクとの間に統計学的な有意差は示されなかった。

主コホートにおける高VSSと疾患進行リスクの低下: 腫瘍細胞におけるVEGFシグナル経路の活性化を総合的に評価するため、3因子の発現スコアを合算したVSSを算出し、疾患進行リスクとの関連を評価した。EUELCコホート全体 (n=298) を対象とした多変量解析 (競合リスクモデル) の結果、高VSS群 (VSS >400) vs 低VSS群 (VSS ≤400) の比較において、高VSS群は疾患進行リスクが有意に低いことが示された。具体的には、調整ハザード比は HR 0.62 (95% CI 0.42-0.92, p=0.02) であり、高VSSが早期NSCLC全体において独立した良好な予後因子であることが確認された (Table 3; Fig 2A)。この多変量解析モデルにおいては、pN転移陽性 (HR 2.11, 95% CI 1.45-3.07, p<0.001) およびpT因子の高値 (HR 2.68, 95% CI 1.59-4.50, p<0.001) も独立した予後不良因子として同定された (Table 2)。

組織型別解析における扁平上皮癌特異的な予後良好効果: 次に、VSSの予側的意義が組織型によって異なるかどうかを検証するため、ADCとSCCのサブグループに分けて解析を行った。その結果、高VSSによる疾患進行リスクの低下効果は、扁平上皮癌 (SCC) においてのみ極めて顕著に認められることが明らかになった。SCC患者群 (n=138) における多変量解析では、高VSS群 vs 低VSS群の比較において、高VSS群の疾患進行リスクが大幅に低下していた。そのハザード比は HR 0.41 (95% CI 0.22-0.76, p=0.004) であり、統計学的に極めて有意であった (Fig 2C)。これとは対照的に、腺癌 (ADC) 患者群 (n=151) においては、高VSS群 vs 低VSS群の比較で有意な関連は全く認められなかった。ADCにおけるハザード比は HR 0.90 (95% CI 0.52-1.56, p=0.7) であり、生存曲線もほぼ重なり合っていた (Fig 2B)。この結果は、VEGFシグナル経路の予後的意義が組織型間で根本的に異なることを示している。

Stage I 扁平上皮癌における顕著な予後良好効果: さらに詳細なサブグループ解析として、病期別の検討を行った。その結果、VSS의 予後良好効果は、特に早期であるStage Iの扁平上皮癌 (SCC) において最も顕著に現れることが判明した。Stage I SCC患者群 (n=80) における多変量解析において、高VSS群 vs 低VSS群の比較では、高VSS群の疾患進行リスクが約70%も低下していた。そのハザード比は HR 0.31 (95% CI 0.12-0.80, p=0.015) であり、極めて強い予後良好効果が示された (Table 3; Fig 2F)。これに対し、Stage I の腺癌 (ADC) 患者群 (n=91) においては、同様の予後良好効果は認められず、ハザード比にも有意差はなかった (Fig 2E)。このことから、腫瘍細胞におけるVEGFシグナル経路の活性化は、極めて早期の扁平上皮癌において特異的に、再発や疾患進行を抑制する方向に働いている可能性が示唆された。

独立検証コホートによる組織型特異的予後効果の再現: 主コホートで得られた「高VSSは早期SCCにおいてのみ予後良好と関連する」という極めて特異的な知見を検証するため、2つの独立した外部コホートを用いて検証を行った。まず、検証コホート1であるMD Andersonコホート (n=173) のStage I SCC患者 (n=25) において解析を行ったところ、高VSS群 (VSS >460) vs 低VSS群 (VSS ≤460) の比較において、高VSS群は疾患進行リスクが極めて有意に低いことが再現された。そのハザード比は HR 0.05 (95% CI 0.004-0.62, p=0.02) であり、主コホートを上回る強力なリスク低下効果が示された (Table 3; Fig 3C)。一方で、同コホートのADC患者においては、高VSS群でむしろ疾患進行リスクが高まる傾向 (逆のトレンド) が観察されたが、統計学的有意差には至らなかった (p=0.14) (Fig 3B)。次に、検証コホート2であるCHU Grenobleコホート (Stage I SCC, n=36) において解析を行った。症例数が限られているため多変量解析での有意差には至らなかったものの、高VSS群 vs 低VSS群の比較において、高VSS群で疾患進行リスクが低下する同様の傾向が確認された (p=0.09) (Fig 3D)。これら2つの独立したコホートによる検証により、早期SCCにおけるVSSの予後良好マーカーとしての有用性が一貫して実証された。

考察/結論

本研究は、早期NSCLC患者において、腫瘍細胞におけるVEGF、VEGFR1、およびVEGFR2の複合的な高発現 (高VSS) が、扁平上皮癌 (SCC) においてのみ疾患進行リスクの有意な低下と関連し、腺癌 (ADC) では関連が認められないという極めて明瞭な組織型特異性を明らかにした。

先行研究との違い: 従来の多くの研究は、SCCとADCを区別せずに一括して解析していたため、VEGF発現の予後的意義について一貫しない結果を報告していた。これに対し、本研究は組織型を厳格に分類して解析を行った点で、VEGF高発現を一律に予後不良因子とみなしてきたこれまでの常識と異なり、早期SCCにおいてはむしろ予後良好因子として機能するという逆説的な事実を提示している。また、腫瘍細胞におけるVEGF発現が微小血管密度 (MVD) と相関しなかった事実は、腫瘍由来のVEGFが単に血管新生を促進するパラクライン因子として機能しているだけでなく、腫瘍細胞自身に対するオートクライン (自己分泌) シグナルとして機能していることを示唆しており、この点も従来の血管新生を中心としたパラダイムとは対照的である。

新規性: 本研究は、VEGF単独ではなく、その主要な受容体であるVEGFR1およびVEGFR2の発現を同時に測定し、それらを統合した「VEGFシグナルスコア (VSS)」という複合的な指標を用いることで、腫瘍細胞における autocrine VEGF シグナル経路の活性化状態をより正確に評価できることを本研究で初めて示した。さらに、このVSS高発現が早期SCCにおいて極めて強力な独立した予後良好因子であることを、2つの独立した外部検証コホートを用いて一貫して実証した点も、これまで報告されていない極めて新規性の高い知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、抗VEGF/VEGFR療法の臨床応用において極めて重要な臨床的意義を持つ。臨床現場において、ソラフェニブなどのVEGFR阻害薬をSCC患者に投与した際に死亡リスクが増加した背景には、腫瘍細胞における autocrine VEGF シグナルがSCC細胞の分化や生存維持において保護的な役割を果たしており、これを阻害することが腫瘍の悪性度を高める方向に働いた可能性が考えられる。したがって、VSSは、抗VEGF療法やVEGFR阻害薬の適応から除外すべき、あるいは慎重に投与すべきSCC患者を同定するためのバイオマーカーとして臨床応用できる可能性が高い。

残された課題: しかしながら、本研究にはいくつかの limitation も存在する。今後の課題として、なぜVEGFシグナル経路がSCCにおいてのみ予後良好に働き、ADCでは異なる挙動を示すのか、その詳細な分子生物学的メカニズムを解明することが残された課題である。SCCとADCにおけるPI3K/Akt経路などの下流シグナルの活性化パターンの違いや、腫瘍微小環境における免疫細胞との相互作用の違いについて、今後の研究でさらに詳細に検証する必要がある。また、本研究はレトロスペクティブな解析に基づいているため、VSSの臨床的有用性を完全に確立するためには、前向き臨床試験における検証が今後の重要な方向性となる。

方法

本研究は、完全切除された術前治療歴のない早期 (Stage I〜III) NSCLC患者を対象とした多施設 retrospective cohort study である。主コホートとして、欧州多施設共同研究である EUELC (European Early Lung Cancer Detection Group) プロジェクトの一環として登録された298例 (ADC 151例、SCC 138例、その他 9例) を解析した。得られた結果を検証するため、2つの独立した外部検証コホートを用いた。検証コホート1は、米国MDアンダーソンがんセンター (MD Anderson) において1994年から2004年に診断されたNSCLC患者341例の組織マイクロアレイから、同一の選択基準を満たす173例 (Stage I〜III) を抽出したものである。検証コホート2は、フランスの CHU Grenoble において1988年から2006年に診断されたStage IのSCC患者36例のコホートである。

腫瘍細胞におけるVEGF、VEGFR1、およびVEGFR2のタンパク質発現は、ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) 組織切片を用いた自動免疫組織化学 (IHC: immunohistochemistry) により評価した。一次抗体として、抗VEGF抗体 (A20)、抗VEGFR1抗体 (C-17)、抗VEGFR2抗体 (A-3) を使用した。染色の評価は、臨床情報および予後データに対して盲検化された2名の観察者によって行われた。発現スコアは、陽性細胞の割合 (0%〜100%) と染色強度 (0: 陰性、1: 弱陽性、2: 中等度陽性、3: 強陽性) の積として算出され、0から300の範囲でスコア化した。これら3つの因子のスコアを合算した値をVSSと定義した。VSSのカットオフ値は、EUELCコホートおよびCHU Grenobleコホートでは400、MD Andersonコホートでは460に設定された。また、腫瘍の微小血管密度 (MVD: microvessel density) は、抗CD34抗体を用いた免疫染色により、Chalkley法を用いて評価した。

主要評価項目 (primary endpoint) は、疾患進行 (再発または肺癌関連死) までの期間である TTP とした。統計解析においては、腫瘍マーカーの予後研究に関する REMARK (Reporting recommendations for tumor marker prognostic studies) ガイドラインに準拠した。各マーカーの発現と臨床病理学的因子との関連は Fisher’s exact テストを用いて評価した。主要評価項目である疾患進行への影響を評価するため、肺癌以外の原因による死亡を競合リスクとして考慮した Fine and Gray 競合リスクモデルを用いた。多変量解析には、Fine and Gray モデルを適応した Cox proportional hazards モデルを用い、pT因子、pN因子、喫煙状況などの臨床病理学的因子で調整したハザード比 (HR) および95%信頼区間 (CI) を算出した。なお、本研究はレトロスペクティブな探索的解析であるため、事前のサンプルサイズ計算 (sample size calculation) は行われていないが、検出力を確保するために利用可能な最大数のサンプルを収集した。統計解析には SAS (version 9.1) および R (version 2.4) ソフトウェアを使用した。