• 著者: Marco De Zuani, Haoliang Xue, Jun Sung Park, Stefan C. Dentro, Zaira Seferbekova, Julien Tessier, Sandra Curras-Alonso, Angela Hadjipanayis, Emmanouil I. Athanasiadis, Moritz Gerstung, Omer Bayraktar, Ana Cvejic
  • Corresponding author: Ana Cvejic (Biotech Research & Innovation Centre, University of Copenhagen, Copenhagen, Denmark)
  • 雑誌: Nature Communications
  • 発行年: 2024
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article (Translational / Basic science)
  • PMID: 38782901

背景

肺癌は世界の癌死亡原因の第1位であり、最進行期における5年生存率は約6%にとどまる極めて予後不良な疾患である。非小細胞肺癌 (NSCLC; non-small cell lung cancer) は全肺癌の約85%を占め、その主要な組織型として肺腺癌 (LUAD; lung adenocarcinoma) と肺扁平上皮癌 (LUSC; lung squamous cell carcinoma) が知られている。これまでの単一細胞RNAシーケンシング (scRNA-seq; single-cell RNA sequencing) 技術を用いた研究により、NSCLCの腫瘍微小環境 (TME; tumor microenvironment) における免疫細胞のヘテロ性や、骨髄系細胞の多様な機能状態が徐々に明らかにされてきた。代表的な先行研究として、Lambrechtsらの報告 (Lambrechts et al. Immunity 2019) や、Lavinらによる初期肺腺癌の免疫スケープ解析 (Lavin et al. Cell 2017)、さらにヒトとマウスの肺癌における骨髄系細胞の保存されたポピュレーションを同定したZilionisらの研究 (Zilionis et al. Immunity 2019) などが挙げられる。

しかしながら、これまでの研究にはいくつかの重要な限界が存在していた。具体的に何が足りなかったかというと、第一に患者あたりの解析細胞数が限定的であり、大規模なコホートでの高解像度な解析が不足していた。第二に、LUADとLUSCは生物学的・病理学的に全く異なる疾患であるにもかかわらず、多くの研究で同一のエンティティとして一括して扱われており、組織型特異的な微小環境の特徴が未解明であった。第三に、患者対応の非腫瘍隣接組織 (background) の系統的な収集が不十分であり、正常組織と腫瘍組織の厳密な対比が困難であった。第四に、従来のscRNA-seqでは細胞の空間的配置情報が失われるため、TME内における細胞同士の物理的な相互作用を同定することができなかった。最後に、PD-1/PD-L1以外の新規免疫チェックポイント軸の寄与度評価が手薄であり、これが免疫チェックポイント阻害薬 (ICI; immune checkpoint inhibitor) 治療の組織型別最適化を妨げる大きな課題となっていた。これらの知識ギャップを埋めるため、大規模な単一細胞解析と空間情報の統合アプローチが強く求められていた。

目的

本研究の目的は、未治療のNSCLC患者25例の大規模コホートから得られた約90万個の細胞を対象に、高深度scRNA-seqと10x Genomics Visium空間トランスクリプトミクスを統合的に解析することである。これにより、(1) LUADとLUSCにおける組織型特異的な免疫チェックポイント相互作用であるリガンド・受容体 (L-R: ligand-receptor) 相互作用の差異を解明し、(2) 腫瘍関連マクロファージ (TAM: tumor-associated macrophage) の機能的サブタイプである抗炎症性マクロファージ (AIMphi: anti-inflammatory macrophage) や癌関連マクロファージ様細胞 (CAMLs: cancer-associated macrophage-like cells) と、T細胞およびNK細胞との空間的相互関係を可視化し、(3) 腫瘍環境下におけるマクロファージのコレステロール代謝および胎児様転写再プログラミングの生物学的意義を明らかにすることを目指す。

結果

約90万細胞のNSCLCシングルセル・空間アトラスの構築: 品質管理 (QC) を通過した合計n=895,806 cellsの高品質な単一細胞データを取得した。このうち、腫瘍組織由来はn=503,549 cells、背景および健常組織由来はn=392,257 cellsであった (Fig 1)。詳細なクラスタリングにより、骨髄系細胞 (マクロファージ、単球、樹状細胞、マスト細胞)、T細胞、B細胞、NK細胞、および非免疫細胞 (線維芽細胞、内皮細胞、上皮細胞) を含む46個の細胞サブタイプを同定した。また、腫瘍組織において、骨髄系マーカーである LYZ (lysozyme) やCD68、CD14、MRC1と、上皮系マーカーであるKRT19やEPCAMを同時に共発現する、がん関連マクロファージ様細胞 (CAMLs) と呼ばれる特異な細胞集団 (n=2,520 cells) を同定した。CAMLsのScrubletダブレットスコアは極めて低く、単なる細胞の物理的重複によるアーティファクトではないことが確認された。

腫瘍と背景組織における免疫微小環境の構成変化: 腫瘍組織と背景組織の細胞構成を比較したところ、明確な免疫再プログラミングが観察された。腫瘍内では、リンパ管内皮細胞 (LECs: lymphatic endothelial cells) の割合が有意に減少していた (p_adj=0.0025、Fig 1)。免疫細胞画分では、単球および未熟な骨髄系細胞の割合が有意に減少する一方で (それぞれp_adj=0.022、p_adj=0.00001)、樹状細胞 (DCs) およびB細胞の有意な拡大が認められた (それぞれp_adj=0.0023、p_adj=0.0044)。さらに詳細なサブクラス解析により、腫瘍内では細胞傷害活性の低いNK細胞表現型が増加し、免疫抑制的な制御性T細胞 (Tregs) が蓄積する一方で、枯渇型細胞傷害性T細胞 (p_adj=0.00002) や予後良好因子とされるγδ T細胞が消失していることが明らかになった。マクロファージ画分では、肺胞マクロファージ様の特徴を持つ抗炎症性マクロファージ (AIMphi) や、STAB1+マクロファージ、増殖期AIMphiが腫瘍内で顕著に増加していた。

AIMphiとT/NK細胞の空間的排他性による免疫抑制機序: 患者横断的な相関解析において、腫瘍内におけるSTAB1+マクロファージおよびAIMphiの存在頻度は、T細胞およびNK細胞の浸潤密度と極めて強い負の相関を示した (Pearson correlation r 負方向、Fig 2、p<0.001)。この細胞間関係を組織上で検証するため、10x Genomics Visiumデータに対してcell2locationを用いた空間デコンボリューションを実施した。その結果、AIMphiが豊富に存在するスポット領域からは、T細胞やNK細胞が物理的に排除されている「免疫除外 (immune-excluded)」の空間パターンが明瞭に可視化された (Fig 3)。この知見は、単球由来マクロファージが免疫抑制的表現型を獲得してNK細胞の浸潤を阻害するという既報のモデル (MoreiraSousa et al. NatCancer 2024) と極めてよく整合する。

LUADとLUSCにおける組織型特異的な免疫チェックポイント相互作用の同定: LUADとLUSCの間で、TMEを構成する各細胞サブタイプの存在割合自体には統計的に有意な差は認められなかった。しかし、CellPhoneDBを用いたL-R相互作用解析により、両組織型間で機能的な細胞間コミュニケーションネットワークに劇的な相違があることが判明した (Fig 2)。LUADでは全体的なL-R相互作用の数がLUSCよりも多く、特にLGALS9-HAVCR2 (Galectin-9 - TIM3) 軸、NECTIN2-CD226 (DNAM1) 軸、およびNECTIN2/NECTIN3-TIGIT軸といったT細胞枯渇に関与する免疫チェックポイント軸が優位に検出された。対照的に、LUSCではNK細胞やT細胞の活性を抑制するCD96-NECTIN1軸が特異的に活性化していた。共通チェックポイント軸として、CD80/CD86-CTLA4およびHLAF-LILRB1/2は両組織型で共通して検出された。特筆すべき点として、臨床で広く標的とされているPD-1 - PD-L1相互作用は、本コホートのCellPhoneDB解析において、いずれの組織型でも有意な相互作用として検出されなかった。

空間トランスクリプトミクスによるL-R共局在の直接検証: Visium空間データ (n=8 donors、計36セクション) を用いて、CellPhoneDBで予測されたL-Rペアの物理的な共局在をカイ二乗 (χ²) 検定により検証した。その結果、血管新生に関与するNRP1-VEGFAペアに加え、免疫チェックポイントであるNECTIN2-TIGIT、LGALS9-HAVCR2、およびCD96-NECTIN1が、背景組織と比較して腫瘍組織のスポットにおいて有意に高い頻度で物理的に共局在していることが実証された (p_adj<0.05、Fig 3)。一方で、PD-1 - PD-L1ペアの空間的共局在は腫瘍組織において非有意であり、シングルセル解析の結果と完全に一致した。

腫瘍関連マクロファージの代謝的再プログラミングと胎児様転写状態への移行: 差発現遺伝子解析 (DEA) により、腫瘍内のマクロファージ (AMphiおよびAIMphi) は、背景組織と比較して脂質・コレステロール代謝および輸送に関連する遺伝子群 (ABCA1, APOC1, APOE, FABP3, FABP5) を著しくアップレギュレートしていることが判明した (Fig 5)。特に、コレステロール排出を担うトランスポーターABCA1およびTREM2が高発現していた。実際に、中性脂質を染色するBODIPY 493/503を用いた免疫組織化学 (IHC) 検証において、腫瘍組織は背景組織と比較して 2.5-fold increase 以上の有意な脂質蓄積シグナルを示した (n=5 donors、p<0.001、Fig 5)。さらに、STAB1+マクロファージは、鉄排出ポンプをコードするSLC40A1 (Ferroportin) を特異的に高発現し、鉄貯蔵に関与するFTH1やFTLをダウンレギュレートしていた。公共のヒト胎児肺シングルセルデータとの統合解析により、これら腫瘍内のSTAB1+マクロファージは、胎児肺に存在するSPP1+マクロファージと極めて類似した転写プロファイルを有していることが示され、TMEにおいてマクロファージが胎児様状態へと「オンコフェータル再プログラミング」されていることが証明された (Fig 6)。

CAMLsにおけるゲノムワイドなCNAの共有と腫瘍細胞起源の示唆: CopyKATを用いたゲノムコピー数多型 (CNA) 解析により、各患者の腫瘍上皮細胞 (AT2細胞など) に特異的な大規模な異数性を同定した (Fig 4)。驚くべきことに、二面性シグナチャーを持つCAMLsは、同一患者の腫瘍上皮細胞と極めて高い相同性を示すゲノムワイドなCNAパターンを共有していた。腫瘍内AT2細胞では、接着分子をコードする LYPD3 (Ly6/PLAUR domain-containing protein 3) の発現が log2FC 2.04(p=0.039)と有意に上昇していた。Visium空間解析においても、CAMLsはAT2細胞と同一スポットに高度に共局在しており (Fig 4)、NMF (non-negative matrix factorization: 非負値行列因子分解) 解析でも同一の空間因子に分類された。PAGA (partition-based graph abstraction) による分化軌跡解析では、CAMLsはSTAB1+マクロファージと連続性を示した。これらの結果は、CAMLsが腫瘍細胞を貪食したマクロファージ、あるいは腫瘍細胞とマクロファージが細胞融合を起こしたハイブリッド細胞であることを強く示唆している。

考察/結論

先行研究との違い: 本研究は、従来のNSCLCシングルセル研究 (Lavin et al. Cell 2017; Zilionis et al. Immunity 2019) と異なり、患者あたり約30,000個という極めて高いシーケンス深度を確保し、総数約90万細胞におよぶ最大規模のアトラスを構築した。さらに、多くの既報がLUADとLUSCを同一の肺癌として混在させて解析していたのとは対照的に、本研究では両組織型を厳密に分離し、同一の細胞構成を持ちながらも全く異なる細胞間相互作用ネットワークを利用していることを初めて明らかにした。また、scRNA-seqとVisium空間トランスクリプトミクスを統合し、予測されたL-Rペアが組織上で実際に物理的接触を持っているかを直接検証した点も、従来の空間情報を欠いた研究アプローチと大きく異なる。

新規性: 本研究で初めて、LUADにおけるLGALS9-HAVCR2 (TIM3) 軸、およびLUSCにおけるCD96-NECTIN1軸という、組織型特異的な免疫チェックポイント相互作用を新規に同定した。また、腫瘍関連マクロファージ (TAM) が、単なるM1/M2の二分法を超えて、コレステロール排出 (ABCA1/TREM2) および鉄排出 (SLC40A1) を促進する代謝的再プログラミングを起こしていること、そしてこの状態が胎児肺マクロファージの転写シグナチャーを再獲得した「オンコフェータル再プログラミング」であることを新規に実証した。さらに、二面性細胞であるCAMLsが腫瘍細胞特異的なCNAを共有し、組織上で腫瘍細胞と高度に共局在していることを示し、その起源がマクロファージと腫瘍細胞の融合または貪食に由来することを強く支持する証拠を提示した。

臨床応用: 本研究の知見は、NSCLCにおける次世代免疫療法の開発および組織型別プレシジョン・メディシンの臨床応用に直結する。臨床的意義として、LUAD患者に対してはTIM3阻害薬 (cobolimabなど) やTIGIT阻害薬を優先した治療戦略が合理的であり、一方でLUSC患者に対してはCD96阻害薬 (GSK6097608など) やNECTIN1標的療法が極めて有望な選択肢となる。また、STAB1+マクロファージやAIMphiによるT/NK細胞の空間的排除が治療抵抗性に関与していることから、Clever-1 (STAB1) 阻害薬 (Viitala et al. ClinCancerRes 2019) やCSF1R阻害薬を用いてこれらの免疫抑制性マクロファージを再プログラミングし、既存の抗PD-1/PD-L1抗体との併用療法を行う bench-to-bedside の治療開発に強固な理論的基盤を提供する。さらに、マクロファージのコレステロール代謝を標的としたスタチンやABCA1モジュレーターの併用も、TMEの脂質環境を改善する新たなアプローチとして期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究のコホートサイズ (n=25) では、腫瘍遺伝子変異量 (TMB) やPD-L1発現スコアなどの臨床病理学的背景に基づいた詳細な患者層別化解析を行うには統計学的パワーが不足している点が挙げられる。また、空間解析に供したサンプル数 (n=8) が限定的であるため、LUADとLUSCの空間的相互作用の直接的な統計比較には至っていない。さらに、本研究は治療前の切切除標本のみを対象としており、実際のICI治療前後での微小環境の動的変化や治療応答性との直接的な関連性は未解明である。凍結融解プロセスにおいて好中球などの脆弱な細胞画分が消失したことも技術的なlimitationであり、今後はシングルヌクレウスRNA-seq (snRNA-seq) などを併用した補完的な検証が必要である。同定された組織型特異的チェックポイント軸の機能的検証や、CAMLsの生物学的機能 (転移促進能など) の解明も今後の重要な研究方向性である。

方法

患者コホートと組織採取: 治療前のNSCLC患者n=25例 (LUAD n=13、LUSC n=8、組織型未確定の肺癌 n=4) および健常死亡ドナーn=2例から、外科的切除によって腫瘍組織 (tumour) および対応する隣接非腫瘍組織 (background) を系統的に収集した。

単一細胞懸濁液の調製とFACSソート: 採取した組織をコラゲナーゼIVおよびDNase Iを含む酵素ミックスを用いて37℃で45分間処理し、単一細胞懸濁液を得た。死細胞除去後、CD45+マイクロビーズを用いた陽性選択により免疫細胞を濃縮し、非免疫細胞画分についてはCD235a (cluster of differentiation 235a) マイクロビーズを用いて赤血球を枯渇させた。その後、FACSを用いて生細胞、CD45+免疫細胞、および骨髄由来抑制細胞 (MDSC: myeloid-derived suppressor cell) 画分を厳密にソートした。

Single-cell RNA-seq (scRNA-seq): 10x Genomics Chromium platform (Chemistry v3.1) を用いて単一細胞ライブラリを調製し、Illumina NovaSeq 6000でシーケンシングを実施した。CellRanger (v3.1.0) を用いてGRCh38ヒト参照ゲノムにマッピングした。

空間トランスクリプトミクス (Spatial Transcriptomics): コホートのうちn=8例 (LUAD n=5、LUSC n=3) の新鮮凍結組織から10 μmの切片を作成し、10x Genomics Visium platformを用いて計n=36セクション (tumour n=20、background n=16) を解析した。

バイオインフォマティクス解析:

  1. 前処理と統合: Scanpyを用いてQCを実施し、ミトコンドリア遺伝子割合20%未満、遺伝子数180-6000、UMI数400-100,000の細胞を抽出した。Scrubletを用いてダブレットを除去した。正規化およびlog1p変換後、高変動遺伝子 (HVG) を選択し、Harmony (Korsunsky et al. NatMethods 2019) を用いてバッチ効果を補正した。Leidenクラスタリングにより細胞群を同定した。
  2. 細胞間相互作用解析: CellPhoneDB v4を用いて、統計的に有意なリガンド・受容体ペア (L-R) を同定した。
  3. 空間的デコンボリューション: cell2locationを用いて、scRNA-seqのシグネチャーに基づいてVisiumスポット内の細胞存在量を推定した。
  4. コピー数多型 (CNA: copy number alteration) 解析: CopyKATを用いて、単一細胞トランスクリプトームデータからゲノム全体の異数性を予測し、悪性細胞を識別した。
  5. 差発現遺伝子 (DEG: differentially expressed gene) 解析: DESeq2 (Love et al. GenomeBiol 2014) を用いた擬似バルク (pseudobulk) アプローチにより、腫瘍と背景組織間の差発現遺伝子を抽出した。

統計解析および検証実験: 細胞割合の比較には、Bonferroni補正を伴う2群間両側Wilcoxon符号付き順位検定を用いた。相関解析には Pearson correlation (ピアソン相関係数) を用い、空間的L-R共局在の検証にはカイ二乗 (χ²) 検定を適用した。また、マクロファージの代謝検証として、ヒト肺癌細胞株 A549 (A549 cell line) を用いた in vitro 共培養系での検証、および C57BL/6J マウス (C57BL/6J strain) 肺癌モデル由来組織を用いた免疫組織化学染色検証を実施した。