- 著者: Travaglini KJ, Nabhan AN, Penland L, Sinha R, Gillich A, Sit RV, Chang S, Conley SD, Mori Y, Seita J, Berry GJ, Shrager JB, Metzger RJ, Kuo CS, Neff N, Weissman IL, Quake SR, Krasnow MA
- Corresponding author: Quake SR; Krasnow MA (Stanford University / Chan Zuckerberg Biohub)
- 雑誌: Nature
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-11-18
- Article種別: Original Article
- PMID: 33208946
背景
ヒト肺は長年の組織学的研究によって約45種の細胞型が同定されてきたが、それぞれの分子的特性・遺伝子発現プロファイルの全容は未解明のままであった。先行研究として、Reyfman et al. 2019は肺胞マクロファージに焦点を当てたscRNA-seq解析を実施し、Habermann et al. 2019はIPF (idiopathic pulmonary fibrosis: 特発性肺線維症) 肺の単細胞解析を報告したが、これらの先行研究は特定の分画・限られた細胞数にとどまり、肺の全区画を網羅した包括的な分子細胞アトラスは欠如していた。さらに Lambrechts et al. 2018は腫瘍肺のscRNA-seqを報告したが、健常肺の包括的な細胞型参照データベースとしては不十分であった。何が足りなかったかとして、肺全区画を網羅した正常細胞型の分子同定データが不足しており、疾患研究での正常細胞型との比較を妨げる根本的な障壁となっていた。ヒト肺の細胞型は5桁にわたる存在量の多様性を持ち (最も希少な細胞型は総細胞数の0.01%以下)、この幅広い分布が希少細胞型の検出・定量を技術的に困難にしていた。
また、ヒトとマウスの肺細胞型を体系的に比較した進化的解析は未実施であり、マウスモデルからヒトへの外挿性を評価する基準が確立されていなかった (この欠如は肺疾患研究における重大な制限となっていた)。COVID-19 (coronavirus disease 2019) パンデミックの発生に伴い、SARS-CoV-2 (severe acute respiratory syndrome coronavirus 2) 受容体ACE2 (angiotensin-converting enzyme 2: アンジオテンシン変換酵素2) やプライミングプロテアーゼTMPRSS2 (transmembrane serine protease 2) を発現する細胞型の同定が急務となっていた。
目的
3名の健常成人ドナーの肺全区画 (近位気道・細気管支・肺胞) と末梢血から約75,000細胞をscRNA-seqで解析し、分子的に定義された包括的なヒト肺細胞アトラスを構築すること。肺疾患関連遺伝子・ウイルス受容体・ホルモン標的の細胞型特異的発現を明確化し、ヒト-マウス間の細胞型保存性と進化的変化を体系的に解析すること。
結果
58分子細胞型の同定と網羅的肺細胞アトラスの構築:10x (n=65,662 cells) とSS2 (n=9,404 cells) の統合反復クラスタリングにより、58の転写的に異なる分子細胞集団が確立された (Fig. 1)。内訳は15種上皮・9種内皮・9種間質・25種免疫細胞であり、従来の45種の組織学的細胞型のうち41/45種 (91%) が捕捉された。各被験者で平均51細胞型が同定され、58細胞型のうち43型 (74%、n=43/58) が3被験者全員に存在し再現性が確認された (n=3 samples [donors])。既存の最高水準scRNA-seq肺研究と比較して37細胞型多く、分子解像度が著明に向上した。各細胞型のマーカー遺伝子は上位10遺伝子を基準として同定され、smFISH・免疫染色による独立検証が実施された。肺の全区画をカバーした点は近位気道 (n=24,960 cells)・細気管支・肺胞の区画別の分子プロファイリングを包括的に実現し、3被験者間で一貫して高い再現性が示された。
14種の新規細胞型の発見:特に重要な新規細胞型として、Capillary aerocyte (Cap-a) と一般肺胞毛細血管細胞 (Cap) の2種の内皮細胞サブタイプが同定された。Cap-aは肺特異的マーカー (EDNRB・HPGD・CAR4) を高発現し、気体交換に特化した毛細血管細胞型として確立された。免疫蛍光染色とsmFISHによるin situ検証でCap-aの肺胞毛細血管への局在が確認された (Fig. 2)。AT2-signalling (AT2-s: SFTPC+/WIF1-) が新規AT2サブタイプとして同定され、smFISH検証でn=203細胞の解析からAT2 (WIF1+) とAT2-s (WIF1-) の空間的共存が確認された。イオノサイト (Ion) は全上皮細胞の0.01%という極めて希少な分布ながら、CFTR (cystic fibrosis transmembrane conductance regulator)・FOXI1の特異的高発現により固有の転写プロファイルを持つ新規細胞型として同定された。
疾患遺伝子・ウイルス受容体の細胞型特異的発現:CFTR は嚢胞性線維症 (CF: cystic fibrosis) 関連遺伝子として、イオノサイトに特異的に高発現することが確認された (Fig. 3)。SFTPC・SFTPB・SFTPD等のサーファクタントタンパク遺伝子はAT2 (肺胞2型細胞) に特異的であり、IPF (idiopathic pulmonary fibrosis: 特発性肺線維症) との関連が明確化された。SARS-CoV-2受容体ACE2はAT2細胞と特定内皮細胞サブタイプに確認され、TMPRSS2はAT2細胞に高発現した。GWAS (genome-wide association study) リスク遺伝子の細胞型発現分布が網羅的に明確化され、COPD (chronic obstructive pulmonary disease: 慢性閉塞性肺疾患)・肺高血圧症・IPFの病態解明に直結するデータが提供された。特に各肺疾患のリスク遺伝子が特定の細胞型 (n=58全型で評価) に優先的に発現することが示され、疾患-細胞型の新規対応マップが確立された。
ヒト-マウス間の細胞型進化的変化:ヒト-マウス間比較では58種の細胞型のうち17種 (29%) がヒト特有 (ゲイン) またはマウスとの乖離を示した (Fig. 4)。Cap-aはヒト特有に高度分化した細胞型として確認され、マウス肺には対応する独立した細胞集団が存在しなかった。14種の新規ヒト細胞型のうち12種 (86%、n=12 samples [cell types]) がマウスに対応細胞型を持たず、ヒト肺の進化的独自性の高さを示した。細胞型特異的発現パターンを完全に保存する遺伝子は全体の6%にとどまり (n=3 donors全員で再現)、種間の機能的表現型の相違が広範にわたることが示された。これらの知見はマウスモデルからヒトへの外挿に伴う不確実性を定量化し、ヒト組織直接研究の必要性を支持する。共通細胞型でも遺伝子発現が>2-fold変化するortholog遺伝子が多数観察され (細胞型間平均 n=2,800遺伝子が2-fold以上変化)、種間ホモログの機能的相違が想定より広範であることが定量的に示された。マウスで対応細胞型が存在する41種でも、遺伝子発現の詳細パターンは大きく異なっており、マウスモデルから得られた知見の直接外挿には注意が必要であることが定量的に示された。
考察/結論
先行研究との比較・差異・新規性:先行のReyfman et al. 2019やHabermann et al. 2019では単一分画・限られた細胞数での解析が主流であったのに対し、本研究では肺の全組織区画 (近位気道・細気管支・肺胞)・2種scRNA-seqプラットフォーム・3被験者を統合した点が最大の方法論的差異であり、先行研究と大きく異なり包括的な分子解像度を実現した。先行研究の21〜36細胞型から58細胞型へと分子解像度を大幅に向上させたことが本研究の最大の新規性であり、これまでにない規模で、特に本研究で初めてCapillary aerocyte (Cap-a) をヒト特有の独立した細胞型として確立し、0.01%の希少イオノサイトをCFTRの主要発現細胞型として同定した点は先行研究になかった発見である。
方法論的貢献:バルクRNA-seq参照セット (21種免疫細胞クラス) をscRNA-seqクラスタリングの検証に使用する手法、2種プラットフォームの統合による5桁の存在量差をカバーする希少細胞型捕捉戦略、マウス肺との体系的比較のための相互最近傍解析は、本アトラスの方法論的独自性を構成する。
臨床的含意:本アトラスは系統可塑性や細胞分化軌跡に関する概念的基盤を提供し、IPF・COPD・肺高血圧症・嚢胞性線維症における特定細胞型の役割理解を大幅に前進させ、CFTRモジュレーター療法のイオノサイトへの標的化や、SARS-CoV-2感染のAT2細胞への集中という分子的根拠を提供した。ヒトとマウスで29%の細胞型が相違するという定量的知見は、マウスモデルからヒトへの外挿リスクを具体化し、疾患モデル選択と知見の解釈に重要な判断基準を提供する。
残された課題:神経細胞・好酸球・タフト細胞等の希少細胞型の捕捉 (単離困難性が主因)、肺疾患状態での細胞型組成変化の動態解析、空間的転写解析 (Visium等) との統合によるニッチ環境の解明、および大規模疾患コホートでの個人間変動と疾患関連変化の解析が残された課題である。
方法
3名の健常ドナー (成人、2男1女) 肺から、EPCAM (epithelial cell adhesion molecule)+上皮・CD31 (endothelial marker)+CD45 (immune marker)+内皮・免疫・EPCAM-CD31-CD45-間質の3分画を蛍光細胞ソーティングで分離した。10x Chromium (10x: Chromium droplet-based platform) とSmartSeq2 (SS2: plate-based full-length single-cell sequencing) の2種のscRNA-seqプラットフォームで解析した (合計65,662細胞 [10x] + 9,404細胞 [SS2] = 約75,000 cells)。末梢血免疫細胞の参照セット (21種の機能的特性化細胞クラス) をバルクRNA-seqで作成し、免疫細胞クラスタリングの根拠とした。
反復クラスタリング (Seurat: single cell analysis toolkit) と複数の細胞注釈アプローチ (マーカー遺伝子発現・smFISH [single molecule fluorescence in situ hybridization]・免疫蛍光染色・タンパク発現) を組み合わせて細胞型を同定した。マウス肺との比較には、B6.129 背景 (Axin2陽性AT2幹細胞のタモキシフェン誘導型系統追跡用) および FVB 背景 (Tbx4陽性肺間質細胞追跡用) の遺伝子改変マウス肺から同様のscRNA-seqアプローチでマウス肺細胞アトラスを構築し、相互最近傍 (reciprocal nearest neighbor) 解析で種間の細胞型対応を評価した。統計解析はMASTフレームワーク (mixed model ANOVA、t-testを含む) を使用し、細胞型間の差次発現遺伝子を同定した。各n=3被験者による再現性評価を実施した。