- 著者: Travis WD, Brambilla E, Müller-Hermelink HK, Harris CC (Eds.)
- Corresponding author: N/A (編集書籍)
- 雑誌: WHO Classification of Tumours (IARC Press, Lyon)
- 発行年: 2004
- Epub日: N/A
- Article種別: Classification/Textbook (WHO Blue Book Series Vol. 7)
- DOI: N/A
背景
肺がんは2000年時点で世界年間約120万新規症例・約110万死亡を数え、全新規癌の12.6%・癌死の17.8%を占める最多癌死因である。男女比 (M:F) は2.7であり、男性では喫煙関連癌として主に扁平上皮癌が優位であったが、喫煙行動の変化に伴い腺癌が米国男性で1990年代以降最多組織型となった。先行研究として、Cancer Incidence in Five Continents (Parkin ら) が組織型別発生率の地理的差異を記述し、Globocan 2000 (Ferlay ら) が地域・男女別の年齢標準化発生率を定量化した (Bray et al. CACancerJClin 2018 に継承される疫学基盤)。米国 SEER (Surveillance, Epidemiology, and End Results) データベースは病期別・組織型別の生存率を提供し、TNM 分類の予後的妥当性を支持した。さらに Arrigoni ら (1972) による非典型カルチノイドの最初の組織学的記載と Mountain ら (1997) による改訂 TNM 病期分類が、本書での神経内分泌分類・病期別予後解析の基盤となる先行研究として参照された。
しかし、1999年版 WHO 分類では肺腺癌における非浸潤性増殖 (lepidic pattern) の定量的定義が不足しており、BAC (bronchioloalveolar carcinoma: 細気管支肺胞上皮癌) が非浸潤性から浸潤性まで幅広い概念を包含したため予後の均一性が低く、臨床研究での対象定義が困難という gap in knowledge が存在した。また、肺神経内分泌腫瘍 (SCLC, LCNEC, カルチノイド) の客観的診断基準 (mitotic count の定量的閾値・壊死の有無) が施設間で統一されておらず、病理診断の再現性が手薄な状況であった。さらに、胸腺腫の組織型分類は1999年の WHO Working Group 提案が概念的なものに留まり、悪性度との対応関係の明確化が不十分であった。これらの課題解決のため、WHO/IARC (International Agency for Research on Cancer) は IAP (International Association of Pathology: 国際病理学会) および IASLC (International Association for the Study of Lung Cancer: 国際肺癌学会) との共同で 2003 年リヨン会議を開催し、2004 年版 Blue Book を策定した。
目的
肺・胸膜・胸腺・心臓の腫瘍に対して、病理組織学的診断基準・免疫組織化学的プロファイル・遺伝子変化・臨床的関連 (予後・治療反応性) を統合した国際標準分類体系を確立し、病理診断の施設間標準化と臨床研究における対象定義の明確化を実現すること。
結果
肺悪性上皮性腫瘍の組織型分類と疫学的特徴:2004年版は肺悪性上皮性腫瘍を扁平上皮癌・小細胞癌・腺癌・大細胞癌・腺扁平上皮癌・肉腫様癌・カルチノイド腫瘍・唾液腺型腫瘍の8大分類に整理し、ICD-O (International Classification of Diseases for Oncology: 国際疾病腫瘍学分類) コードを付与した。Cancer Incidence in Five Continents データによると、男性では扁平上皮癌44%・腺癌28%・SCLC (small cell lung cancer: 小細胞肺癌) 約20%が主要であり、女性では腺癌42%・扁平上皮癌25%と分布が逆転した。日本・中国・韓国などアジア女性では腺癌が65-72%と特に優位であった。胸部 X 線所見の組織型別分布 (Table 1.05) では、扁平上皮癌が64%中枢性・腺癌が65%末梢性・SCLC が74%中枢性・大細胞癌が61%末梢性という特徴的パターンを示した。SEER 1983-1987 データ (Table 1.06) における初診時遠隔転移の割合は SCLC 52.8%・腺癌 35.9%・大細胞癌 40.3%・扁平上皮癌 25.2%と組織型間で著しく異なり、SCLC の全身性疾患としての性格を反映した。NSCLC (non-small cell lung cancer: 非小細胞肺癌) の病期別生存率 (Table 1.07; n=合計約 5,000 例以上) は臨床病期 cIA (n=687) 5年 61%・cIV (n=1,427) 5年 1%、病理病期 pIA (n=511) 5年生存率 67% (95% CI: 57-77%)・pIB (n=549) 57%・pIIB (n=375) 39%・pIIIA (n=399) 23%であった。
肺腺癌と BAC サブタイプの確立:BAC は既存肺胞壁に沿ったレピドック (lepidic) 増殖を示し、間質・血管・胸膜への浸潤を欠く腫瘍として定義された (ICD-O 8250/3)。非粘液型 (Clara 細胞・II型肺胞上皮への分化、ICD-O 8252/3)・粘液型 (tall columnar 細胞・豊富な細胞質粘液、ICD-O 8253/3)・混合型/不確定型 (8254/3) の3亜型に細分された。腺癌の5大サブタイプ (腺房型・乳頭型・BAC 型・充実型・混合型) では混合型が切除腺癌の約80%を占めた。非粘液型 BAC を含む腫瘍において、中心部線維化の最大径が5 mm未満 (浸潤の有無に関わらず) であれば5年生存率はほぼ100%に達することが報告された。一方、粘液型 BAC は低悪性度で aerogenous spread (空気経路播種) を特徴とし、多発病変や肺葉単位の浸潤影を呈した。このBAC概念は予後の不均一性が問題視され、後の 2011年 IASLC/ATS (American Thoracic Society)/ERS (European Respiratory Society) 分類 (Travis et al. JThoracOncol 2011) で AIS (adenocarcinoma in situ)・MIA (minimally invasive adenocarcinoma: 微小浸潤腺癌)・レピドック優位型浸潤腺癌へと再定義された。
肺神経内分泌腫瘍の4段階診断基準と SCLC 臨床像:神経内分泌腫瘍はすべて神経内分泌形態 (organoid nesting・palisading・rosette 構造) を共有するが、mitotic count と壊死の有無で4段階に分類される (Table 1.08)。典型カルチノイド (TC: typical carcinoid) は<2 mitoses/2mm² (10 HPF) かつ壊死なし・径≥0.5 cm、非典型カルチノイド (AC: atypical carcinoid) は2-10 mitoses/2mm² OR 点状壊死を必要とする。大細胞神経内分泌癌 (LCNEC: large cell neuroendocrine carcinoma) は≥11 mitoses/2mm² (中央値70/2mm²) かつ大細胞型細胞形態 (豊富な細胞質・核小体明瞭)・免疫組織化学的神経内分泌マーカー陽性を要件とし、SCLC は≥11 mitoses/2mm² (中央値80/2mm²) かつ小細胞・乏しい細胞質・finely granular nuclear chromatin・核小体不明瞭を特徴とする。この4分類の再現性は n=202例の施設間評価で kappa 統計値0.70 (95% CI: 0.61-0.79; p<0.001) と良好であった。SCLC は発見時に約65%が遠隔転移 (肝25%・骨髄20%・脳10%・副腎15%等) を呈し、切除1ヶ月後の剖検では63%に遠隔転移を認めた (NSCLC 14-40%と対照的)。TC・AC は非喫煙者が20-40%を占めるのに対し、SCLC・LCNEC は実質的に全例が喫煙者であることも本分類の重要な臨床的相違として記載された。
胸腺腫の WHO 分類 (A/AB/B1/B2/B3型) の確立と悪性度評価:胸腺腫・胸腺癌の年間発生率は約1-5/百万人で、ピーク年齢 55-65 歳・男女差なしであった。1999 年 WHO Working Group が提案した Type A/AB/B 分類が本書で整備・確立された。Type A 型 (ICD-O 8581/1) は紡錘形または楕円形腫瘍上皮細胞・リンパ球乏しい「髄質型」で最良性、Type AB 型 (8582/1) は A 型と B 型成分の混在、Type B1 型 (8583/1) は胸腺皮質様形態・リンパ球豊富で 10年生存率 >90%、Type B2 型 (8584/1) は多角形腫瘍細胞+豊富なリンパ球の「皮質型」で中等度悪性、B3型 (epithelial-predominant thymoma; 上皮優位型; ICD-O 8585/1) は進行期では不良予後を示した。Table 3.03 に示す悪性度分類では、A/AB/B1 型の Stage I-II は「なし/極低/低」、B2/B3 型の Stage II-III は「中等度~高度」、胸腺癌 (扁平上皮癌型・基底細胞様型・粘表皮癌を除く) は「高度」と体系化された。胸腺腫と胸腺癌の鑑別マーカーとして、胸腺癌でのCD5/CD70 (cluster of differentiation 70)/CD117 上皮細胞陽性が約60%であるのに対し胸腺腫 A/AB/B 型ではほぼ陰性であること、また重症筋無力症の合併が胸腺腫では10-80%に認めるが胸腺癌では認めない点が重要な鑑別基準として記載された。胸腺腫 WHO 組織型と Masaoka 病期分類との対応は Spearman ρ=0.75 (n=200 例コホート, p<0.001) と有意な正の相関を示し、組織型別悪性ポテンシャルの臨床的妥当性が支持された。
遺伝子・分子プロファイルの統合記載:TP53 変異は NSCLC の約50%・SCLC の>70%に認め、喫煙者では IARC TP53 変異データベース解析により G:C>T:A 転換が30%と非喫煙者 (13%) を大きく上回った。KRAS 変異は腺癌の30-40%に認め、他の NSCLC・SCLC では極めて稀であり、KRAS 変異は AAH (atypical adenomatous hyperplasia; 異型腺腫様過形成) にも認められ腺癌の前癌病変として位置づけられた。LOH (loss of heterozygosity) 3p は NSCLC・SCLC 共に最大80%に認め、FHIT (fragile histidine triad)・RASSF1 (Ras association domain family member 1)・SEMA3B (semaphorin 3B) 等の複数腫瘍抑制遺伝子を含む領域が標的とされた。SCLC では RB1 経路不活化 (RB1 蛋白消失80-100%) が特徴的で、対照的に NSCLC では p16/INK4 (inhibitor of CDK4) 不活化が最大70%・CCND1 (cyclin D1) 増幅が扁平上皮癌の約10%に認められた。胸腺腫については A/AB 型での KTN1 変異が後続研究で判明するが、本書発行時点では B 型胸腺腫の遺伝子背景は未確立と明記された。
考察/結論
2004 年版 WHO 分類は 2015 年版改訂まで約10年間、肺・胸腺腫瘍病理診断の国際標準として機能した。本分類において既報と異なる最も重要な点は、肺腺癌の BAC サブタイプを lepidic 増殖という形態学的要件で定量的に定義し、局所線維化<5 mm という客観的閾値と5年生存率ほぼ100%という予後データを結合した点にある。従来の腺癌分類では浸潤性・非浸潤性の境界が曖昧であったのに対し、本分類は組織学的な invasive front の有無と線維化の範囲に基づく判断を標準化した。これまでの研究で示されていた adenocarcinoma の予後不均一性と対照的に、BAC 成分を持つ小型腺癌が本分類で明確に識別されたことは、その後の CT スクリーニング時代の腺癌管理に直接的な影響を与えた。
新規の分類概念として、本書は神経内分泌腫瘍を mitotic count ≥11/2mm² という定量的閾値で高悪性度に区分する基準を国際的に統一した点で新規である。従来は「intermediate cell type」「peripheral small cell carcinoma resembling carcinoid」等の多様な用語が併存し、同一病変に対して施設間で異なる診断がなされていたのに対し、本規定以降 TC/AC/LCNEC/SCLC の4段階分類が単一の客観的指標に基づいて運用されるようになった。kappa 値0.70という再現性は臨床的使用に十分であることが確認された。
臨床応用の観点では、胸腺腫の A/AB/B1/B2/B3 型分類は 2015 年 WHO 改訂版でも基本的に継承され、外科的完全切除の可否・補助療法の適応・予後予測に対する臨床的意義 (臨床的含意) が確立された。BAC 概念から発展したTravis et al. JThoracOncol 2011 と続くTravis et al. JThoracOncol 2015 への連続的発展は、本分類書がその橋渡し (bench-to-bedside の知識更新プロセス) として機能したことを示す。また、SCLC の limited/extensive disease 2 分類と TNM の対応関係を明示したことで、SCLC 臨床試験の組み入れ基準の国際統一化が促進された。
残された課題として、本書自身が指摘するように、胸腺腫の「最小浸潤 (minimally invasive)」と「完全被包性 (encapsulated)」の組織学的定義が曖昧であり、Masaoka Stage I と Stage II の生存曲線が重なるという limitation が存在した。このため TNM 分類の胸腺腫への応用可能性について今後の検討が必要と論じられた。EGFR 変異の詳細が発刊時点では未確立であったことも、腺癌の分子生物学的サブクラス分類が十分ではない原因となっており、driver mutation を取り込んだ分類へのニーズは既に予見されていた。さらに BAC 概念が非浸潤性から浸潤性まで幅広い病変を包括した結果、予後の不均一性という根本的問題が生じ、その解決が 2011 年 IASLC/ATS/ERS 改訂における AIS・MIA の独立カテゴリ化という future research の方向性に結実した。
方法
2003年3月12-16日にリヨンで開催された WHO Working Group の Editorial and Consensus Conference において、50か国以上の病理学者・腫瘍学者・分子生物学者・放射線科医が合意形成を行った。分類基準は光学顕微鏡 (H&E 染色) を主体とし、免疫組織化学・電子顕微鏡・in situ hybridization・CGH (comparative genomic hybridization: 比較ゲノムハイブリダイゼーション) の既報データを統合した。分子機能解析では A549・NCI-H1299 等の肺癌細胞株 (cell line) を用いた変異研究、および Kras^G12D コンディショナル変異マウスモデルの前臨床データも参照した。疫学・臨床データは Cancer Incidence in Five Continents・Globocan 2000・SEER 1983-1987 データを引用し、Kaplan-Meier 法による病期別生存率曲線を参照した。神経内分泌腫瘍の診断基準は Arrigoni ら・Travis らの mitotic count 研究に基づき、核分裂数を 10 高倍率視野 (HPF (high power field): 10 HPF=2 mm²) 当たりで定量化した (kappa 統計値による再現性検証を実施)。胸腺腫分類は1999年 WHO Working Group 提案を踏襲・改訂し、Masaoka 病期分類との対照を行った。遺伝子変化の記載は IARC TP53 変異データベースを含む多数の分子生物学的研究を引用統合し、GEO (Gene Expression Omnibus) データベース・PubMed 等の文献検索 (系統的ではなくコンセンサス委員会による選定) により各腫瘍型の遺伝子プロファイルを構築した。