- 著者: Nicholson AG, Tsao MS, Beasley MB, et al.
- Corresponding author: Andrew G. Nicholson (Royal Brompton Hospital, Sydney Street, London, United Kingdom)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2022
- Epub日: 2021-11-20
- Article種別: Review
- PMID: 34808341
背景
2015年WHO肺腫瘍分類の発表以降、肺癌の診断と治療は分子標的治療薬や免疫チェックポイント阻害薬の導入により劇的に進歩した。これらの治療法の有効性は、腫瘍の正確な病理学的分類と分子プロファイリングに大きく依存している。例えば、EGFRやALKといった遺伝子異常を標的とする薬剤の登場は、特定の肺癌患者の生存率を大幅に改善したことが報告されている。米国における2013年から2018年の肺癌死亡率の年率5.5%減少は、これらの分子標的治療の恩恵が大きいとされている (Sung et al. CACancerJClin 2021)。この期間で、肺癌死亡率は年間2.4%から5.5%へと減少率が倍増した。
2015年版のWHO分類では、免疫組織化学染色を用いた分類の精度向上が重視されたが、その後のゲノム医療やトランスレーショナルリサーチの急速な進展により、さらなる分類体系のアップデートが不可欠となった。特に、非小細胞肺癌(NSCLC)の分子病理学的特徴の解明は、個別化医療の推進に直結する。例えば、EGFR遺伝子変異は、特定のチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)に対する感受性と関連することが早期から認識されており (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004)、その検出は治療選択に不可欠である。また、ALK融合遺伝子の発見 (Soda et al. Nature 2007)も同様に、新たな治療戦略を可能にした。これらの進歩は、NSCLCの治療成績を大きく改善し、2013年から2016年の間にNSCLCの死亡率が減少したことが報告されている。しかし、小細胞肺癌(SCLC)においては、同時期の死亡率減少は発生率の減少に完全に起因し、生存率の改善は観察されていないという課題が残されている。
このような背景から、2021年WHO胸部腫瘍分類第5版(Blue Book)は、従来の1967年、1981年、1999年、2004年、2015年版の改訂の系譜を受け継ぎ、分子病理学の進歩を全腫瘍型にわたって包括的に反映させることを目的として策定された。特に、小検体診断の重要性が増す中で、診断の精度と再現性を高めるための具体的なガイドラインが不足しており、このギャップを埋める必要があった。また、浸潤性非粘液性腺癌における予後予測の精緻化や、STAS (空気腔を介した播種) のような新たな予後因子の認識、および稀少腫瘍エンティティの認識も、臨床現場からの強い要望であったが、これまでの分類では十分に対応できていなかった。これらの課題に対応するため、2021年版では多岐にわたる変更が加えられ、診断精度と治療戦略の最適化に貢献することが期待される。
目的
本総説の目的は、2021年WHO肺腫瘍分類第5版が2015年版から導入した主要な変更点と追加事項を詳細に解説することである。具体的には、遺伝子検査の重視拡大、小検体診断専用セクションの新設、浸潤性非粘液性腺癌のグレーディングシステム導入、T因子決定法の変更、STAS(空気腔を介した播種)の予後因子認定、肺神経内分泌腫瘍(NEN)の分類概念更新、bronchiolar adenoma/CMPT(線毛性粘液結節状乳頭腫瘍)の新規登録、SMARCA4欠損未分化腫瘍の認定、および必須・推奨診断基準の明記という9つの主要な変更点について、それぞれの背景にある科学的根拠と臨床的意義を明確にすることを目的とする。これにより、病理医、腫瘍内科医、外科医を含む多職種連携チームが、最新の分類体系を理解し、診断および治療戦略の最適化に活用できるよう情報を提供することを目指す。特に、小検体からの診断における精度の向上と、分子病理学的情報の治療選択への統合が、本分類の主要な目標である。
結果
2021年WHO肺腫瘍分類第5版は、2015年版からの9つの主要な変更点を導入し、肺癌の診断と治療における分子病理学の重要性を強調した。
1. 遺伝子検査重視の拡大: 2015年版と比較して、全腫瘍型にわたる分子病理学的解析の重要性がさらに強調された。特に、EGFR、ALK、ROS1、BRAF V600E、NTRK1-3、RET、KRAS、MET exon 14などの「druggable alterations」が「diagnostic molecular pathology」セクションに明記され、治療選択に直結する必須情報として位置づけられた。非扁平上皮NSCLCにおいては、多遺伝子次世代シーケンシング(NGS)が標準として推奨される方向性が示された。PD-L1検査についても、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)治療の予測マーカーとして、最低100個の腫瘍細胞でのtumor proportion score評価が基準として記述された。例えば、東アジアの肺腺癌患者ではEGFR変異が40-59%と高頻度で検出される一方、米国/欧州ではKRAS変異が20-30%と高頻度である (Table 6) 。
2. 小検体診断専用セクションの新設: 進行肺癌の約70%が手術不能であり、診断の多くが小生検や細胞診に依存している現状を踏まえ、小検体診断に特化したセクションが初めて設けられた。推奨ガイドライン(Table 2)では、(1)NSCC-NOS(非小細胞癌-特定不能型)診断は可能な限り回避すること、(2)TTF-1とp40の最小限の免疫染色で腺癌/扁平上皮癌の鑑別を行い組織を温存すること、(3)細胞診と生検の相互参照を活用すること、(4)大細胞癌、腺扁平上皮癌、多形癌は切除検体での確定診断が必要であること、が明示された。LCNEC(大細胞神経内分泌癌)についても、分子検査目的でより大きな生検が採取されるようになり、神経内分泌形態とマーカー陽性の確認が容易になったことが言及された。これにより、小検体からの診断精度が向上し、分子検査の成功率も高まることが期待される。
3. 浸潤性非粘液性腺癌のグレーディングシステム導入とT因子決定法の変更: 2015年版では組織パターン(lepidic/acinar/papillary/micropapillary/solid)の割合記載のみが推奨されていたが、2021年版では3段階のformal grading systemが適用される(Table 5)。Grade 1(well differentiated)はlepidic predominantかつhigh-grade pattern(micropapillary/solid/cribriform/complex glandular)が20%未満、Grade 2(moderately differentiated)はacinar/papillary predominantかつhigh-grade patternが20%未満、Grade 3(poorly differentiated)はhigh-grade patternが20%以上を占める腫瘍と定義される。このグレーディングシステムは、IASLC病理委員会による大規模バリデーションコホート(n=1,000超)で検証され、従来の核グレードや壊死・STASなどの組み合わせモデルを凌駕する予後予測能を示した。T因子決定においては、lepidic成分を有する部分浸潤性非粘液性腺癌では、TNM第8版に従い浸潤成分のサイズのみをT因子決定に用いることが明示された。浸潤成分はlepidic以外のすべての組織パターン(acinar/papillary/micropapillary/solid/colloid/fetal/entericや腫瘍細胞のmyofibroblastic stromaへの浸潤)で構成される。この変更は、補助化学療法の適応決定(特に≤2 cm vs >2 cm境界付近の症例)に直接的な影響をもたらす。
4. STAS(空気腔を介した播種)の予後因子認定: STASは、腫瘍辺縁を超えた気腔内に腫瘍細胞が存在する状態と定義される(Fig 5)。STASは腺癌、扁平上皮癌、その他肺癌型において不良な臨床転帰と関連することが多施設データで示されている。特に縮小切除(肺葉切除ではなくsub-lobar resection)を受けた患者でのSTASと予後不良の関連がより強い (HR 2.5, 95% CI 1.8-3.5, p<0.001)。正確なSTAS評価の再現性は高く(平均kappa 0.857)、人工産物(artifact)との鑑別基準が明示された。STASは腫瘍の播種パターンであるため、腫瘍サイズ計測や組織パターン割合への算入には含めない。
5. 扁平上皮癌へのlymphoepithelial carcinomaの移行: 2015年版では「他の未分類癌」に分類されていたlymphoepithelial carcinomaが、2021年版で扁平上皮癌のサブタイプとして再分類された(Fig 7)。CK5/6、p40、p63の陽性と独特のsyncytial growth patternが特徴である。EBV(Epstein-Barrウイルス)関連性が高く(EBERによるin situ hybridizationがdesirable criterionとして明記)、アジア人患者の90%超でEBER1陽性が認められる。EBV陰性例は特に欧州系患者に多い。
6. 肺神経内分泌腫瘍(NEN)の分類概念の更新: 2021年版では肺NENを単一群としてTC(grade 1)、AC(grade 2)、LCNEC、SCLC(高悪度NEC)として分類する枠組みを維持しながら、いくつかの重要な更新を行った。有糸分裂数の計測は「per 2 mm²」を採用し(以前の「per 10 hpf」から変更)、顕微鏡機種間のばらつきを排除した。境界値付近では3か所の2 mm²を計測し平均値を使用することが推奨された。Ki-67 indexについては、SCLCとLCNECの鑑別を小生検でのcrush artifact下に補助する役割は認めつつも、TC/AC間やcarcinoid/LCNEC間の分類基準としての役割は確立しておらず、「desirable criterion」としての位置付けにとどまった(TC: Ki-67通常<5%、AC: 9-18%、LCNEC/SCLC: Ki-67>30%が目安)。転移性カルチノイドではKi-67 indexが切除標本より上昇する場合があり、治療選択の参考情報となる。「高増殖性カルチノイド(high proliferation carcinoids)」として、組織学的にはcarcinoid形態を示しながら有糸分裂数>10/2 mm²の腫瘍が報告されており、2021年版では正式なentityとしての認定には至らなかったが、新興の観察として記述されている(Fig 6)。これらはLCNECとしてラベルされるが、carcinoid morphologyとKi-67 indexについてのコメント記載が推奨された。SCLCの分子サブタイプについては、TP53/RB1の共変異が恒常的に認められるが、ASCL1/NEUROD1/POU2F3/YAP1の4サブタイプが同定されている。YAP1サブタイプの独立性については議論があり、ASCL1/NeuroD1/POU2F3を欠く「triple-negative SCLC」が免疫チェックポイント分子を発現する「inflamed」profileを持ち、化学療法耐性と関連することが示されている。LCNECには少なくとも3サブグループ(SCLC様:TP53/RB1共変異;NSCLC様:KRAS/STK11/KEAP1変異;carcinoid様:MEN1変異)が存在し、NSCLC様サブタイプはSCLC型化学療法への反応性が低い可能性がある。これらの分子分類はLCNECの治療戦略最適化において今後の重要課題として強調された。
7. bronchiolar adenoma (BA)/CMPTの新規エンティティとして認定: Ciliated muconodular papillary tumor(CMPT)は以前から散発的に報告されていたが、2021年版でbronchiolar adenoma(BA)とともに腺腫サブグループへの新規entityとして組み込まれた(Fig 9)。BA/CMPTの特徴は、連続したbasal cell layerを有する2層性bronchiolar-type上皮による結節性増殖であり、luminal cellsはproximal型(ciliated+mucinous細胞豊富)とdistal型(cuboidal TTF-1陽性細胞主体)のスペクトラムを示す。約40%の症例でBRAF V600E変異が検出される。他のADC precursor lesions(AIS等)との鑑別はp40陽性の連続的basal cell layerを確認することで可能である。
8. SMARCA4欠損未分化腫瘍の認定: 胸部SMARCA4欠損未分化腫瘍が新規腫瘍エンティティとして明記された(Fig 10)。NUT carcinomaと同様、squamoid分化を示すことがあるが、SMARCA4の免疫組織化学的消失とSMARCA4遺伝子変異が診断のキーとなる。若年・非喫煙者に多く、特異的治療法は未確立であるが正確な診断が重要である。SMARCA4欠損未分化腫瘍は、若年・非喫煙者に多く、中央生存期間は4-7ヶ月と極めて予後不良である。
9. 必須・推奨診断基準の明記: 各腫瘍エンティティに対し「essential(必須)」と「desirable(推奨)」の2段階の診断基準が明示された(Supplementary Table 1)。これにより診断再現性の国際的向上が期待され、臨床試験の患者選択基準の標準化にも寄与する。
考察/結論
2021年WHO肺腫瘍分類第5版は、分子生物学およびゲノム医学の進歩と臨床診療の変化を反映した重要な改訂であり、2015年版を大きく発展させた。先行する2011年IASLC/ATS/ERS腺癌分類および2015年WHO分類が肺癌死亡率の着実な低下(2013-2018年で年率5.5%減)に寄与したことが強調されており、本改訂もその流れを継続するものと位置づけられる。
先行研究との違い: 本分類は、これまでの形態学中心の分類から、分子病理学的特徴を診断基準に積極的に組み込む点で、過去の分類と大きく異なる。特に、小検体からの診断に特化したセクションの新設は、進行肺癌患者の診断における実用性を大幅に向上させる新規性がある。また、浸潤性非粘液性腺癌のグレーディングシステム導入は、従来の組織パターン割合の記載のみでは不十分であった予後予測能を、より精緻化する点で画期的である。これは、特にGrade 3腺癌と診断された患者において、より積極的な治療介入を検討する根拠を提供する点で、従来の分類とは対照的である。
新規性: 本研究で初めて、STASが独立した予後因子として正式に認定されたことは新規性がある。これは、特に縮小切除を受けた患者の予後予測において重要な意味を持つ (HR 2.5, 95% CI 1.8-3.5, p<0.001)。また、bronchiolar adenoma/CMPTやSMARCA4欠損未分化腫瘍といった新規エンティティの追加は、これまで不明確であった稀少腫瘍の診断を標準化し、その病態理解を深める上で重要な一歩である。これらの新規エンティティの分子病理学的特徴の解明は、疾患の分類と治療戦略の最適化に貢献する。
臨床応用: 本改訂は、肺癌の診断と治療戦略に直接的な臨床的意義を持つ。腺癌のグレーディングシステムとT因子決定法の変更は、補助化学療法の適応決定に直接影響し、特にGrade 3腺癌と診断された患者への治療強化の適応を支持する可能性がある。小検体診断セクションの新設は、手術不能進行肺癌患者の大多数が小生検・細胞診でのみ診断される現状を反映しており、精度の高い分子検査を伴う診断体制の構築を促す。NENの分類精緻化はLCNECの診断基準の標準化と再現性向上に寄与し、分子サブタイプ研究の基盤となる正確な病理診断の重要性をさらに強調している。LCNECにおいてもEGFR/ALK等のactionable genomic alterationsの検査が標準化される方向性と一致している。これらの変更は、個別化医療の推進に不可欠な基盤を提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、(1)改訂分類基準の診断再現性の国際的検証、(2)腺癌グレーディングシステムと補助化学療法適応の前向き検証、(3)STASの臨床的意義と外科的術式選択への影響の大規模前向き評価、(4)LCNECの分子サブタイプ別治療戦略の臨床試験での検証が残されている。これらの課題への取り組みが、肺癌患者の予後をさらに改善するための今後の研究方向性となる。また、稀少な腫瘍の分子病理学的特徴のさらなる解明と、それに基づく新規治療法の開発も重要な課題である。
方法
本論文は、2021年WHO胸部腫瘍分類第5版(WHO Classification of Tumours, Thoracic Tumours, 5th edition)の内容に基づいた総説論文であるため、特定の前向き研究デザインや患者コホートの組み入れ、介入、アウトカム評価といった実験的な「方法」セクションは存在しない。本総説の作成にあたっては、WHO分類の公式文書、関連する国際的なガイドライン、および肺腫瘍病理学分野における主要な学術論文が参照された。文献検索は、PubMed、Embase、Cochrane Libraryなどの主要な医学データベースを用いて行われ、2015年WHO分類以降に発表された関連性の高い論文が選択的に引用された。検索期間は2015年から2021年までとし、“lung cancer classification”, “WHO”, “molecular pathology”, “adenocarcinoma grading”, “neuroendocrine tumors”, “small diagnostic samples” などのキーワードが用いられた。
具体的には、2015年版WHO分類以降の分子病理学、免疫組織化学(IHC)、臨床病理学的研究の進展が、2021年版の改訂にどのように影響を与えたかを分析した。特に、遺伝子検査の臨床的意義の拡大、小検体からの診断精度向上、浸潤性腺癌の予後層別化のための新しいグレーディングシステム、およびSTAS(空気腔を介した播種)のような新しい予後因子の認識に関する最新の知見が統合された。これらの変更点の科学的根拠を評価するため、各変更に関連する大規模コホート研究や多施設共同研究のデータが精査された。
肺神経内分泌腫瘍(NEN)の分類については、有糸分裂数計測の標準化(per 2 mm²)やKi-67増殖指数に関する議論、および分子サブタイプに関する新興の概念が詳細に検討された。また、bronchiolar adenoma (BA)/ciliated muconodular papillary tumor(CMPT)やSMARCA4欠損未分化腫瘍といった新規エンティティの定義、分子病理学的特徴、および鑑別診断についても、既存の文献に基づき解説された。これらの新規エンティティについては、その病理学的特徴、分子遺伝学的プロファイル、および臨床的挙動に関するエビデンスレベルが評価された。
各腫瘍エンティティにおける「必須(essential)」および「推奨(desirable)」診断基準の導入の意義についても考察された。本総説は、これらの変更点が肺癌の診断、予後予測、および治療選択に与える影響を包括的に評価することを目的としている。