- 著者: Jose G. Paez, Pasi A. Janne, Jeffrey C. Lee, Sean Tracy, Heidi Greulich, Stacey Gabriel, Paula Herman, Frederic J. Kaye, Neal Lindeman, Todd J. Boggon, Kwok Kwan Naoki, Hiroshi Sasaki, Yoshitaka Fujii, Michael J. Eck, William R. Sellers, Bruce E. Johnson, Matthew Meyerson
- Corresponding author: William R. Sellers; Bruce E. Johnson; Matthew Meyerson (Dana-Farber Cancer Institute / Brigham and Women’s Hospital / Broad Institute of MIT and Harvard, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2004
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 15118125
背景
EGFRは多くの固形がんで過剰発現し、非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるEGFR標的療法 (セツキシマブ、ゲフィチニブ、エルロチニブ) の開発が進められていた。ゲフィチニブ (Iressa) は2002年に日本で世界初承認され、NSCLCの一部 (特に東アジア人、女性、非喫煙者、腺癌) で劇的な奏効を示したが、その分子的根拠は未解明であった。EGFRそのものの変異がこの選択的感受性に関与するという仮説があったものの、肺癌においてEGFR遺伝子の体細胞性変異がキナーゼドメインに存在するかどうかはこれまで報告されていなかった。この知識の不足が、ゲフィチニブの奏効予測因子を特定する上での大きな課題であった。Lynch et al. NEnglJMed 2004と同時期に、本研究グループはEGFRキナーゼドメインの体細胞性変異とゲフィチニブ感受性の相関を明らかにした。また、BRAF遺伝子の変異が他の癌種で報告されており (Davies et al. Nature 2002)、同様のキナーゼ変異がNSCLCにも存在するかという問いが残されていた。
目的
NSCLCにおけるEGFRキナーゼドメインの体細胞性変異の存在を確認し、その変異の特性 (種類、部位、頻度) とゲフィチニブ臨床応答との相関を明らかにすることを目的とした。
結果
EGFR体細胞性変異の発見と頻度: 日本人NSCLC患者58例中15例 (26%) にEGFRキナーゼドメインの体細胞性変異が検出された (Table S2)。一方、米国人患者61例中では1例 (1.6%) にのみ変異が認められ、変異頻度に顕著な地理的・民族的差異が示された。全変異は腫瘍組織でのみ検出され、対応する正常組織では検出されなかったことから、体細胞性変異であることが確認された。全変異はヘテロ接合であり、腫瘍細胞が変異型と野生型EGFRの両方を発現していることを示した。日本人患者における26%という頻度は、その後の大規模研究でアジア人腺癌患者の30〜40%に及ぶことが確認され、民族・臨床特徴 (女性・非喫煙・腺癌) に基づく変異富化集団という概念確立の起点となった。
変異の種類と部位: 検出された変異はEGFRキナーゼドメインのexon 18-21に集中し、主として以下の種類に分類された (Fig. 1)。(1) Exon 21 L858R点変異 (Leu→Arg置換): 最高頻度の点変異であり、恒常的活性型コンフォメーションを安定化する。(2) Exon 19 in-frame欠失変異 (Del-1〜Del-5): 746-750番目のアミノ酸を含む領域の複数種類の短い欠失 (例: delE746-A750が最多バリアント) で、αC-helix周辺の構造変化を引き起こしactivation loopを活性型に固定する。(3) Exon 18 G719S (Gly→Ser置換): 少数例に検出された希少活性化変異。これらの変異はいずれもATP結合クレフトに近いN-lobeまたはactivation loopに位置し、EGFRキナーゼの恒常的活性化とゲフィチニブの高親和性結合という2つの帰結をもたらした。
組織型・臨床特徴との関連: EGFRキナーゼドメイン変異は腺癌で最も高頻度 (70例中15例、21%) に認められ、他のNSCLC組織型 (扁平上皮癌・大細胞癌等) では49例中1例 (約2%) と低頻度であった。臨床的には女性 (45例中9例、20%) で男性 (74例中7例、9%) よりも変異頻度が高い傾向が示された。これらの所見は、Fukuoka et al. JClinOncol 2003やKris et al. JAMA 2003のIDEAL-1/2試験でゲフィチニブ応答者が女性・非喫煙者・腺癌に偏っていたという観察と分子的に一致し、臨床的に「ゲフィチニブ奏効予測因子」として用いられていた特徴の分子的根拠を明らかにするものであった。
ゲフィチニブ臨床応答との相関: ゲフィチニブ治療を受けた患者9例 (奏効5例、非奏効4例) において、EGFR活性化変異 (L858R・exon 19欠失・G719S) を有する患者は奏効 (PR/SD) を示す割合が顕著に高く、5例中5例 (100%) で変異が認められた。一方、非奏効患者では4例中0例 (0%) であった (P=0.0027) (Table S3)。この相関はEGFR変異全体がゲフィチニブ感受性の主要な予測因子として機能することを示し、変異の種類を問わず一貫して認められた。ゲフィチニブ奏効患者におけるEGFR変異のオッズ比は非奏効患者と比較して統計的に有意であり (OR 未算出, p=0.0027)、ゲフィチニブ奏効患者 (5/5) と未選択の米国NSCLC患者 (1/61) との比較でもp<10⁻¹²と極めて有意な差が認められた。構造モデリング解析では、L858R・exon 19欠失変異が野生型EGFRとは異なるactive conformationを安定化し、ATPポケットへのゲフィチニブの親和性を野生型より有意に増大させることが示された (Fig. 2)。
変異型EGFRの生化学的恒常的活性化とゲフィチニブ感受性: in vitroキナーゼアッセイでは、L858R・exon 19欠失変異体いずれも野生型EGFRより高いautophosphorylation活性を示した。この恒常的キナーゼ活性亢進により下流シグナル (RAS-ERK、PI3K-AKT等) が持続的に活性化され、腫瘍細胞がEGFRシグナルに強く依存する「oncogene addiction」状態となることが示された。H3255細胞株はL858R変異を有し、ゲフィチニブに対して他の野生型EGFR細胞株と比較して約50倍高い感受性 (IC50 40 nM) を示した (Fig. 3A)。100 nMのゲフィチニブ処理により、H3255細胞ではEGFRのオートリン酸化および下流のERK1/2、AKTのリン酸化が完全に阻害された (Fig. 3B)。
考察/結論
本研究はNSCLCにおけるEGFRキナーゼドメインの体細胞性変異 (L858R・exon 19欠失・G719S) を初めて同定し、これらがゲフィチニブ感受性と強く相関することを実証した先駆的研究である。Lynch et al. NEnglJMed 2004と同時発表されたこの発見は、EGFR変異がNSCLCの中でのゲフィチニブ「奏効者」を規定する主要な分子的決定因子であることを示し、EGFRキナーゼドメイン変異検査をがん分子診断の標準として確立する礎となった。本研究で初めて、ゲフィチニブの臨床的奏効が特定の遺伝子変異に起因することを分子レベルで明らかにした点は新規性が高い。
先行研究との違い: これまでのゲフィチニブの臨床試験では、奏効患者の特定の臨床的特徴 (女性、非喫煙者、腺癌) が報告されていたが、その分子メカニズムは不明であった。本研究は、これらの臨床的特徴とEGFR変異の存在が強く相関することを示し、ゲフィチニブ感受性の分子的基盤を明らかにした点で、これまでの報告とは異なる。
新規性: 本研究は、NSCLCにおけるEGFRキナーゼドメインの体細胞性変異を初めて同定し、これらの変異がゲフィチニブに対する感受性を決定する主要な因子であることを新規に実証した。これは、がん治療における個別化医療の概念を確立する上で画期的な発見である。
臨床応用: 本知見は、ゲフィチニブ治療の臨床応用において、患者選択のためのバイオマーカーとしてのEGFR変異検査の重要性を示唆する。EGFR変異陽性患者にゲフィチニブを投与することで、治療効果の最大化と副作用の最小化が期待され、臨床現場での治療戦略に大きな影響を与えた。
残された課題: 今後の検討課題として、変異型EGFRの構造的特性とゲフィチニブとの結合機序の詳細解析、変異陰性例での奏効の分子的基盤、およびゲフィフィニブ耐性機序の解明が挙げられる。これらの課題は、その後の多数の研究により順次解明され、EGFR-TKI耐性克服のための新たな治療戦略開発へとつながった。
方法
遺伝子解析: 日本人NSCLC患者58例と米国人NSCLC患者61例の腫瘍組織を対象に、EGFRキナーゼドメイン (exon 18-21) をPCR増幅後ダイレクトシークエンシングで解析した。対応する正常組織との比較により体細胞性変異 (somatic mutation) であることを確認した。変異特性解析: 変異の種類 (点変異・in-frame欠失)、部位 (exon内位置)、接合性 (ヘテロ/ホモ接合) を評価した。臨床応答との相関: ゲフィチニブ治療応答 (PR, SD, PD) が既知の患者において変異有無との相関をFisher’s exact testを用いて解析した。この解析は、Dana-Farber Cancer Instituteでゲフィチニブ治療を受けた患者9例 (奏効5例、非奏効4例) を対象としたレトロスペクティブコホート研究として実施された。組織種別解析: 腺癌・扁平上皮癌・他NSCLC組織型との変異頻度を比較した。生化学的解析: 変異型EGFRキナーゼドメインの構造モデリングおよびオートリン酸化活性を評価した。また、H3255細胞株を含む肺腺癌細胞株4種を用いて、ゲフィチニブに対するIC50値とEGFR変異の有無を比較した。