• 著者: Lynch TJ, Bell DW, Sordella R, et al.
  • Corresponding author: Daniel A. Haber, MD, PhD (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Boston, MA)
  • 雑誌: New England Journal of Medicine
  • 発行年: 2004
  • Epub日: 2004-04-29
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 15118073

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) は米国および世界におけるがん死の主要な原因であり、進行期に対する従来のプラチナ製剤併用化学療法は生存期間をわずかに延長するにとどまり、著しい毒性を伴うことが大きな課題であった Schiller et al. NEnglJMed 2002。上皮成長因子受容体 (EGFR) はNSCLCの40〜80%で過剰発現が認められる重要な分子であり、EGFRの細胞内チロシンキナーゼドメインにおけるATP結合ポケットを標的とする経口阻害薬としてgefitinibが開発された。この薬剤は、がん細胞の増殖シグナルを促進する重要な遺伝子病変を標的とすることの有効性を示した、慢性骨髄性白血病 (CML: chronic myeloid leukemia) におけるABLチロシンキナーゼ阻害薬imatinibの成功に続くものとして大きな期待を集めた。

しかし、初期の臨床試験であるIDEAL 1およびIDEAL 2試験において、gefitinibが化学療法抵抗性NSCLC患者にもたらす奏効率はわずか10〜19%にとどまることが報告された Fukuoka et al. JClinOncol 2003。さらに、化学療法との併用効果を検証した第III相試験である INTACT (Iressa Non-small cell lung cancer Trial Assessing Combination Therapy) 1試験およびINTACT 2試験においても、生存期間の上乗せ効果は認められなかった。具体的には、INTACT 1試験におけるgefitinib 500 mg群の生存期間に関するハザード比は HR 1.12 (95% CI 0.97-1.31, p=0.11) であり、INTACT 2試験におけるgefitinib 250 mg群のハザード比は HR 1.02 (95% CI 0.89-1.17, p=0.76) と、いずれも有意な生存ベネフィットを示さなかった Giaccone et al. JClinOncol 2004。これらの結果にもかかわらず、一部の患者、特に女性、非喫煙者、腺癌、あるいは細気管支肺胞上皮癌 (BAC: bronchoalveolar carcinoma) の組織型を持つ患者においては、gefitinibによる急速かつ劇的な臨床的奏効が観察されていた Kris et al. JAMA 2003

このように、gefitinibの有効性が特定の患者サブグループに限定されることは示唆されていたものの、その劇的な奏効を規定する分子メカニズムについては「未解明」であった。また、EGFRの過剰発現レベル自体は治療奏効と相関しないため、奏効を予測するための信頼性の高い分子マーカーに関する知見が決定的に「不足」していた。この治療感受性のギャップを埋めるため、受容体自体の遺伝子変異に着目した詳細な解析が強く求められていた。

目的

本研究の目的は、gefitinibに対して劇的な臨床的奏効を示す非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者において、EGFR遺伝子に特異的な体細胞変異が存在するかどうかを探索し、同定することである。さらに、同定された変異の機能的意義、すなわちリガンド刺激による受容体活性化の変化や、gefitinibに対する薬剤感受性の変化をin vitroの実験系において解明することを目指す。

具体的には、gefitinib奏効患者、非奏効患者、およびgefitinib未投与の原発性NSCLC患者の臨床検体を用いてEGFR遺伝子の全コーディング配列をシークエンス解析し、変異プロファイルを比較する。その上で、同定された変異型EGFRを培養細胞に導入し、野生型EGFRと比較したチロシンキナーゼ活性の推移や、gefitinibによる自己リン酸化の抑制効果を定量的に評価する。これにより、gefitinibの治療奏効を予測する分子マーカーを特定し、肺がん治療における個別化医療の科学的基盤を確立することを最終的な目的とする。

結果

Gefitinib奏効例におけるEGFR遺伝子変異の極めて高い相関: gefitinibに劇的な奏効を示した患者群(n=9 patients)の臨床的特徴を詳細に評価した (Table 1)。このコホートは女性78%(7/9例)、非喫煙者88%(8/9例)で構成され、組織型はBACが4例、腺癌が5例であった。gefitinib治療期間の中央値は15.6ヶ月以上、全生存期間の中央値は18.8ヶ月以上と、極めて良好な予後を示した。これらの奏効患者n=9 patientsのうち8例(89%)において、EGFRチロシンキナーゼドメインの体細胞変異が検出された。これに対し、gefitinib治療に全く反応しなかった非奏効患者n=7 patientsにおいては、同様の変異は一切検出されなかった(p<0.001, Fisher’s exact test)。この極めて強い相関は、EGFR遺伝子変異がgefitinib感受性を決定づける主要なバイオマーカーであることを示している (Table 1)。

同定されたEGFR変異の構造的特徴とATP結合ポケット近傍への集簇: 検出された変異はすべて、EGFRのチロシンキナーゼドメインをコードする領域に集中していた (Figure 2)。具体的には、exon 19におけるin-frame欠失が4例で認められた。患者1ではdelE746-A750、患者2ではdelL747-T751insS [T751insS (threonine 751 insertion serine)]、患者3および4ではdelL747-P753insS [P753insS (proline 753 insertion serine)] が検出された。これらの欠失はすべて、ATP結合ポケット周辺の4アミノ酸である LREA [LREA (leucine-arginine-glutamic acid-alanine)](コドン747-750)の欠失を共有していた。また、exon 21におけるL858Rミスセンス変異が患者5および6で反復して検出され、L861Q変異が患者7で、exon 18におけるG719C変異が患者8で検出された (Table 2)。これらの変異は、結晶構造解析においてgefitinibなどの4-アニリノキナゾリン化合物が結合するATP結合ポケットの近傍に位置しており、薬剤との相互作用に直接影響を与えることが示唆された (Figure 2)。

Gefitinib未投与肺癌および他がん種におけるEGFR変異の特異的分布: gefitinib未投与の原発性NSCLC患者(n=25 patients)の腫瘍検体を解析したところ、2例(8%)においてgefitinib奏効例と同一のEGFR変異(delL747-P753insSおよびdelE746-A750)が検出された (Table 2)。この8%という変異頻度は、一般的なNSCLC患者におけるgefitinibの臨床的奏効率(10-19%)とよく整合している。一方、他のがん種(乳癌15例、大腸癌20例、腎癌16例、膵癌40例、脳腫瘍4例、合計n=95 primary tumors)および多様な組織型を代表するn=108 cancer-derived cell lines of diverse histologic typesのパネルにおいては、exon 19および21の変異は一切検出されなかった。この結果は、EGFR変異が肺腺癌やBACといった特定の肺癌サブタイプに極めて特異的であることを示しており、他のがん種におけるBRAF遺伝子変異などのドライバー変異の分布とも対照的である Davies et al. Nature 2002

変異型EGFRによるEGF依存性活性化の増強と持続時間の延長: 野生型および変異型(delL747-P753insSおよびL858R)EGFRをCos-7細胞に導入し、EGF刺激に対する反応性を評価した (Figure 3A)。血清飢餓状態(EGF未添加)では、野生型および変異型ともに自己リン酸化は認められなかった。しかし、EGF(10 ng/mL)刺激を加えると、変異型EGFRは野生型に比べて2-foldから3-fold高いチロシンキナーゼ活性 [リン酸化Tyr1068 (tyrosine 1068)] を示した (Figure 3B)。さらに、野生型EGFRではEGF添加15分後に受容体の内在化に伴う活性低下が観察されたのに対し、変異型EGFRでは刺激後3時間が経過しても高い自己リン酸化状態が持続した。この活性化の増強と持続は、変異型受容体が下流の生存・増殖シグナルを過剰に伝達していることを示している。

変異型EGFRにおけるGefitinibに対する薬剤感受性の劇的な向上: gefitinibによるEGFR自己リン酸化の抑制効果をin vitroで検証した (Figure 3C)。野生型EGFRにおけるgefitinibの50%抑制濃度(IC50)は0.1 µMであり、完全抑制には2.0 µMを要した。これに対し、delL747-P753insSおよびL858R変異型EGFRにおけるIC50は0.015 µMであり、野生型と比較して約7倍も感受性が向上していた。また、変異型は0.2 µMの濃度で完全に抑制された (Figure 3D)。臨床的に推奨されるgefitinib 250 mg/日の投与で得られる血漿中トラフ濃度(約0.4 µM)は、変異型EGFRを完全に阻害するのに十分な濃度(0.2 µM以上)であるが、野生型EGFRを十分に阻害するには不十分である。この薬剤感受性の顕著な差異が、変異陽性患者における劇的な臨床的奏効の分子基盤であると考えられた。

考察/結論

先行研究との違い: これまでの研究では、EGFRのタンパク質過剰発現レベルがgefitinibの治療奏効と相関しないことが示されており、奏効予測子の特定が困難であった。本研究は、単なる発現量の多寡ではなく、受容体のキナーゼドメインにおける特定の遺伝子変異が奏効を規定する真の因子であることを明らかにした。この発見は、EGFR発現レベルのみに基づいて患者を選択しようとしたこれまでのアプローチと対照的であり、遺伝子変異に基づく精密な患者層別化の必要性を明確に示した。

新規性: 本研究で初めて、NSCLCにおけるgefitinibへの劇的な臨床的奏効が、EGFR遺伝子のチロシンキナーゼドメインにおける体細胞活性化変異(exon 19欠失およびL858Rなど)と直接相関することを新規に同定した。また、これらの変異がEGF依存的な受容体活性化を増強し、gefitinibに対する感受性を高めることをin vitroで初めて実証した。これは、がん細胞が特定の「ドライバー変異」に依存して生存する「オンコジーン・アディクション」の概念を、ヒト固形がんにおいて実証した極めて新規性の高い成果である。

臨床応用: 本知見は、NSCLC患者におけるgefitinib治療の個別化医療の確立に直結する極めて重要な臨床応用をもたらす。変異がexon 19および21という特定の領域に集簇しているため、PCRベースの簡便なスクリーニング検査を臨床現場に導入することが可能となる。これにより、治療開始前にgefitinibの奏効が期待される患者を正確に選択し、無駄な治療や副作用を回避することができる。また、EGFR変異陽性患者においては、gefitinibを後治療としてではなく、より早期の治療段階から導入することが極めて有効である可能性を予言した。

残された課題: 今後の検討課題として、本研究の解析対象となった奏効例のサンプルサイズが小さいこと(n=9 patients)が挙げられる。また、機能解析はCos-7細胞を用いた一過性発現系によるものであり、実際の腫瘍微小環境における挙動を完全に反映しているかについてはさらなる検証が必要である。さらに、gefitinibに奏効しながらも変異が検出されなかった症例(患者9)の存在は、他の受容体や下流シグナル分子の変異など、別の感受性メカニズムの存在を示唆しており、今後の研究における重要なlimitationかつ探求すべき方向性である。

方法

患者選択および検体収集: マサチューセッツ総合病院 (MGH: Massachusetts General Hospital) において2000年以降にgefitinibで治療された275例のNSCLC患者から、臨床的に有意な奏効が確認された25例を同定した。このうち、診断時の腫瘍検体が利用可能であった9例を主要な解析対象とした。奏効の定義は、計測可能病変を持つ患者ではRECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準を用いて部分奏効以上とし、腫瘍量が定量困難な患者では2名の担当医師による臨床評価とした。比較群として、gefitinib非奏効例7例、およびgefitinib未投与の原発性NSCLC患者25例(BAC 15例、腺癌7例、大細胞肺癌3例)をMGHの腫瘍バンクから取得した。本研究はMGHの施設内倫理委員会 (IRB: institutional review board) の承認を得て実施された。本研究は特定の臨床試験登録番号(例えば NCT00000000 のような前向き試験登録)を伴わないレトロスペクティブコホート (retrospective cohort) 研究であり、主要評価項目 (primary endpoint) はEGFR遺伝子変異の有無とgefitinibに対する臨床的奏効との相関である。探索的な解析であるため、事前のサンプルサイズ設計 (sample size calculation) は行われていない。

変異解析: EGFR遺伝子の全コーディング配列(28エクソン)をPCR (polymerase chain reaction) 増幅し、センス・アンチセンス両方向で直接シークエンス解析を行い、ヘテロ接合性変異を探索した。全ての配列バリアントは複数の独立したPCR増幅により確認された。4例で入手可能であった正常組織対照との比較により、変異が体細胞起源であることを確認した。特定の変異、特にexon 19と21の変異については、追加の95例の一次腫瘍(乳癌15検体、大腸癌20検体、腎癌16検体、膵癌40検体、脳腫瘍4検体)および108種の癌細胞株パネルでも検索した。

機能解析: 同定された主要変異であるdelL747-P753insS [P753insS (proline 753 insertion serine)] およびL858RをEGFR全長コーディング配列に部位特異的変異導入し、CMV (cytomegalovirus) プロモーター駆動発現ベクターにクローニングした。Cos-7細胞への一過性トランスフェクション後、血清飢餓状態に置き、EGF (epidermal growth factor) 刺激(10 ng/mL)に対するEGFR自己リン酸化 [リン酸化Tyr1068 (tyrosine 1068)] を指標にチロシンキナーゼ活性を評価した。EGFRの自己リン酸化は、抗リン酸化チロシン1068抗体を用いたウェスタンブロット解析により測定し、総EGFR発現量で標準化した。gefitinibによる阻害の用量反応関係も測定し、IC50を野生型EGFRと比較した。gefitinibはEGF添加の3時間前に培養培地に加えられ、EGFは30分間細胞に曝露された。

統計解析: 統計解析にはFisher’s exact test(フィッシャー極めて正確確率検定)が用いられた。変異検出頻度の比較において、gefitinib奏効群と非奏効群の間で統計的有意差を評価した。