- 著者: William Pao, Vincent Miller, Maureen Zakowski, Jennifer Doherty, Katerina Politi, Inderpal Sarkaria, Bhuvanesh Singh, Robert Heelan, Valerie Rusch, Lucinda Fulton, Elaine Mardis, Doris Kupfer, Richard Wilson, Mark Kris, Harold Varmus
- Corresponding author: William Pao (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
- 雑誌: Proceedings of the National Academy of Sciences USA (PNAS)
- 発行年: 2004
- Epub日: 2004-08-25
- Article種別: Original Article
- PMID: 15329413
背景
上皮成長因子受容体 (EGFR) は、細胞の増殖、分化、生存を制御する重要なシグナル伝達経路に関与するチロシンキナーゼ (TK) ファミリーの受容体である Blume-Jensen et al. Nature 2001。EGFRの過剰発現や活性化は、多くのがん種、特に非小細胞肺癌 (NSCLC) の発生と進行に寄与することが知られている。ゲフィチニブ (イレッサ) とエルロチニブ (タルセバ) は、EGFRのATP結合部位 (K745) でATPと可逆的に競合するアニリノキナゾリン系のチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) である。これらの薬剤は、がん細胞が変異したTKに依存して生存している場合、その変異した酵素が治療の「アキレス腱」となり得るという概念に基づいている。この概念は、BCR-ABL依存性慢性骨髄性白血病やKIT/PDGFRA依存性消化管間質腫瘍におけるイマチニブメシル酸塩 (グリベック) の成功によって実証されていた Weinstein et al. Science 2002。
ゲフィチニブの第II相臨床試験では、日本人患者の28%と欧米人患者の10%で放射線学的奏効が認められ、治療開始後2週間以内に劇的な奏効を示す症例も報告された Fukuoka et al. JClinOncol 2003、Kris et al. JAMA 2003。しかし、これらの薬剤の臨床的に関連する標的分子は当初未解明であった。レトロスペクティブな疫学解析では、「日本人」「腺癌、特に細気管支肺胞上皮癌 (BAC) 亜型」「非喫煙者」の患者がゲフィチニブに奏効しやすいという臨床的観察があったが、その分子機構は未解明であった。このような臨床的特徴と薬剤感受性の分子基盤との間の知識ギャップが残されていた。
2004年にLynch et al. Lynch et al. NEnglJMed 2004とPaez et al. Paez et al. Science 2004が、EGFRのATP結合ドメイン近傍のエクソン18、19、21における体細胞変異とTKI感受性の関連を初めて報告した。これらの研究は、ゲフィチニブ感受性腫瘍の大部分でEGFR変異が検出され、薬剤不応性腫瘍では変異が認められないことを示した。しかし、エルロチニブの臨床的標的がEGFR変異であるか否かは未確立であり、また「非喫煙者」という臨床的特徴とEGFR変異の直接的な関連性も十分に定量化されていなかった。本研究は、これらの先行研究の知見を独立したコホートで確認し、さらにエルロチニブへの感受性との関連、および非喫煙者肺癌におけるEGFR変異の頻度を確立することを目的とした。特に、EGFR変異が特定の臨床的サブグループ、すなわち非喫煙者の肺腺癌において高頻度で存在するという疫学的観察の分子基盤を解明することが、当時の知識ギャップを埋める上で重要であり、この点に関する詳細な分子レベルでの裏付けが不足していた。
目的
本研究の目的は以下の4点である。(i) ゲフィチニブ高感受性非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるEGFRチロシンキナーゼ (TK) ドメイン変異の頻度を確認し、薬剤不応性腫瘍と比較すること。これにより、先行研究で示唆されたEGFR変異とゲフィチニブ感受性の関連を独立したコホートで検証する。(ii) エルロチニブ感受性腫瘍においても同等のEGFR変異が存在するかを検証すること。当時、エルロチニブの臨床的に関連する標的がEGFR変異であるかは未解明であったため、この検証は両薬剤の作用機序の共通性を確立する上で重要であった。(iii) 未治療切除NSCLC 96例においてEGFRエクソン2~28をシーケンスし、非喫煙者 (生涯喫煙本数100本未満) におけるEGFR変異頻度を、過去喫煙者/現在喫煙者と直接比較すること。これにより、特定の臨床的特徴を持つ患者群におけるEGFR変異の有病率を定量的に評価し、疫学的観察の分子基盤を確立する。(iv) EGFR変異体の生化学的活性とゲフィチニブ感受性を細胞ベースで実証すること。特に、変異型EGFRが野生型EGFRと比較してTKIに対して内在的に高い感受性を示すメカニズムを解明することを目的とした。これらの目的を達成することで、EGFR-TKI治療の個別化医療におけるEGFR変異の役割をより深く理解し、将来の治療戦略の基盤を築くことを目指した。
結果
ゲフィチニブ高感受性腫瘍におけるEGFR変異の高頻度検出: ゲフィチニブ治療に奏効した10例のNSCLC患者のうち、7例 (70%) でEGFRチロシンキナーゼ (TK) ドメインに変異が同定された。これらの変異は、エクソン19のフレーム内欠失 (delE746-A750が4例、delL747-S752が1例、delE746-T751insIが1例) と、エクソン21のL858R点変異が1例であった。これらの変異は、ATP結合に重要なK745残基の近傍、またはキナーゼの活性化ループ内の高度に保存されたDFGモチーフの隣接部位に位置していた。一方、ゲフィチニブに不応性であった8例の腫瘍では、EGFR TKドメインに変異は全く検出されなかった (0/8, 0%)。この差は統計学的に有意であり、p=0.004であった。奏効例の奏効期間中央値は8ヶ月、全生存期間 (OS) 中央値は15ヶ月と良好な臨床転帰を示した (Table 1)。また、4例の患者 (G2, G3, G5, G6) から得られた末梢血DNAには変異が検出されず、これらの変異が体細胞性であることを示唆した。
エルロチニブ感受性腫瘍におけるEGFR変異の検出: ゲフィチニブと同様に、エルロチニブ治療に奏効した7例のNSCLC患者のうち、5例 (71%) でEGFR TKドメインに同様の変異が同定された。これらの変異は、エクソン19の欠失 (2例) とL858R点変異 (2例) であり、さらに1例ではR776CとL858Rの二重変異が検出された。R776C変異はエクソン20に位置し、Pループのカルボキシ末端側に存在する新規変異であった。エルロチニブ不応性であった10例の腫瘍では、変異は検出されなかった (0/10, 0%)。この結果も統計学的に有意であり、p=0.003であった。この所見は、エルロチニブもゲフィチニブと同様にEGFR変異を臨床的に関連する標的とすることを初めて統計的に立証したものである (Table 1)。
未治療NSCLCにおける非喫煙者と喫煙者のEGFR変異頻度の劇的な差: 未治療切除NSCLC 96例のコホート解析では、非喫煙者15例中7例 (47%) でEGFR TKドメインに変異が検出された。これに対し、過去喫煙者/現在喫煙者81例中では4例 (4.9%) のみ変異陽性であった。この頻度の差は極めて統計学的に有意であり、p<0.0001であった (Table 2)。非喫煙者コホートで検出された変異は、エクソン19の欠失 (1例) とエクソン21のL858R点変異 (5例) であった。さらに、1例 (検体77) ではエクソン21にH835Lという新規の点変異が同定された。これはEGFR変異が「非喫煙者腺癌」という疫学的・臨床的サブグループの分子的本質であることを示した決定的所見である。組織型では、変異は腺癌、特に細気管支肺胞上皮癌 (BAC) の特徴を伴う亜型に圧倒的に集中していた。喫煙者コホートの4例の変異陽性患者のうち3例は、比較的短い喫煙歴 (9パックイヤー以下) を持ち、手術の30年以上前に禁煙していた。
EGFR変異体の生化学的機能解析とTKI感受性: HEK293T細胞を用いた一過性トランスフェクション実験により、野生型EGFR、エクソン19欠失変異 (delL747-S752)、およびエクソン21 L858R変異体の生化学的特性とTKI感受性を評価した。エクソン19欠失変異体 (delL747-S752) は、野生型EGFRと比較してベースラインのチロシンリン酸化レベルが低下していることが示された (Figure 2A, B)。これに対し、L858R変異体は野生型と同様のY1092リン酸化レベルを示したが、細胞タンパク質のリン酸化パターンは異なっていた (Figure 2C)。最も重要な所見として、L858R変異体のY1092リン酸化は、野生型EGFRと比較して約10倍低いゲフィチニブ濃度で抑制された (Figure 3B)。これは、変異型EGFRがゲフィチニブおよびエルロチニブに対して内在的に高感受性であることを示し、臨床的奏効の生化学的基盤となる重要なメカニズム的証拠であった。一方、delL747-S752変異体は野生型EGFRとほぼ同程度のTKI感受性を示した (Figure 3A)。これらの実験は、各条件につきn=3 replicatesで実施され、再現性が確認された。
変異陰性奏効例と変異陰性不応例の存在: ゲフィチニブ奏効10例中3例、エルロチニブ奏効7例中2例はEGFR変異陰性であった。これは、他の遺伝子経路 (例えば、後に同定されるMET増幅、HER2変異、KRAS野生型状態、下流のPI3K/AKT経路など) がTKI感受性に関与している可能性を示唆する。逆に、TKI不応性腫瘍の29例中、EGFR変異陽性例は認められなかった。
考察/結論
本論文は、Lynch et al. NEnglJMed 2004およびPaez et al. Science 2004と並び、EGFR-TKIによるプレシジョンオンコロジーの基礎を築いた画期的な論文の一つである。これらの研究は、肺癌治療のパラダイムを「組織型に基づく化学療法」から「ドライバー変異を標的とする治療」へとシフトさせた点で歴史的意義を持つ(引用数4,000以上)。
先行研究との違い: 先行研究が主にゲフィチニブ感受性とEGFR変異の関連に焦点を当てていたのと異なり、本研究はエルロチニブもゲフィチニブと同様にEGFR変異を標的とすることを初めて統計学的に明確に示した点に新規性がある。また、未治療切除コホートにおいて非喫煙者NSCLCでのEGFR変異頻度が47%と極めて高いことを定量化し、この疫学的観察の分子基盤を確立したことも、これまでの報告にはない重要な知見である。
新規性: 本研究で初めて、EGFRエクソン21のL858R変異体が野生型EGFRと比較して約10倍低いゲフィチニブ濃度でリン酸化が抑制されるという生化学的メカニズムを機能的に実証した。これは、変異型EGFRがTKIに対して内在的に高感受性であることの直接的な証拠であり、臨床的奏効の分子メカニズムを解明する上で新規かつ重要な知見であった。さらに、エクソン20のR776Cやエクソン21のH835Lといった新規のEGFR変異も同定された。
臨床応用: 本研究の知見は、その後の肺癌治療に多大な臨床的意義をもたらした。具体的には、(a) NSCLC患者全例におけるEGFR遺伝子検査の必要性を確立し、現在のNCCN/CAPガイドラインで必須とされている分子診断の基礎を築いた。(b) EGFR変異陽性NSCLCに対する一次治療としてのTKIの優位性を示すIPASS、NEJ002、WJTOG3405、OPTIMAL、EURTAC、LUX-Lung 3/6、ARCHER 1050、FLAURAなどの大規模臨床試験の科学的基盤となった。(c) 第1世代から第3世代までのEGFR-TKI (ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブ、オシメルチニブ) の開発と承認の根拠を提供した。(d) リキッドバイオプシーによるctDNA EGFR検査の開発にも繋がった。これらの成果は、肺癌治療を個別化医療へと大きく推進するものであった。臨床現場でのEGFR遺伝子検査のルーチン化に大きく貢献した。
残された課題: 本論文が予見し、後年解決された課題も多く存在する。その一つが、TKI治療中の獲得耐性メカニズムである。本論文では、TKI治療後に腫瘍が進行する可能性が示唆されたが、その分子メカニズムは未解明であった。Pao自身が2005年にT790M変異を獲得耐性の主要メカニズムとして同定し、その後C797S変異が2014年に同定され、これらを克服するオシメルチニブなどの第3世代TKIの開発へと繋がった。今後の検討課題としては、(a) on-target/off-target耐性メカニズムの系統的克服 (第4世代TKIの開発など)、(b) 脳転移におけるTKIの浸透性と効果の最適化、(c) 非典型EGFR変異 (G719X、S768I、エクソン20挿入変異など) に対する治療開発 (アミバンタマブ、モボセルチニブなど)、(d) 早期NSCLCにおけるアジュバント治療の最適化 (ADAURA試験でのオシメルチニブの確立) などが挙げられる。これらの研究テーマは、いずれも本論文の発見が起点となり、現在も活発に研究が進められている。
方法
患者検体: 本研究では、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) においてゲフィチニブ治療を受けた18例 (奏効例10例、不応例8例) と、エルロチニブ治療を受けた17例 (奏効例7例、不応例10例) のパラフィン包埋腫瘍検体を、レトロスペクティブおよびプロスペクティブに収集した。これらの患者は、全身治療を受ける前に腫瘍検体が採取された。さらに、未治療のStage I-IIIA NSCLC患者96例 (非喫煙者15例、過去喫煙者/現在喫煙者81例) から、手術時に凍結腫瘍検体をプロスペクティブに収集した。これらの患者は、TKIを含む肺癌に対する治療を一切受けていなかった。
変異解析: 腫瘍組織からゲノムDNAを抽出し、EGFR遺伝子のエクソン2~28をPCR増幅後、サンガーシーケンス法により解析した。すべての変異は、独立したPCR産物のフォワードおよびリバース方向の両方で再確認された。薬剤感受性腫瘍で変異が検出されなかった場合、エクソン19および21の配列は少なくとも2つの独立したPCR産物から決定された。末梢血DNAが利用可能な患者については、腫瘍DNAと比較して体細胞変異であることを確認した。
統計解析: ゲフィチニブおよびエルロチニブ感受性群と不応性群におけるEGFR変異の有無の比較、ならびに非喫煙者と喫煙者におけるEGFR変異頻度の比較には、Fisherの正確確率検定 (Fisher’s exact test) が用いられ、P値が算出された。
機能解析: EGFRの生化学的特性を評価するため、QuikChange Site-Directed Mutagenesisキット (Stratagene) を用いて、野生型 (WT) EGFR、エクソン19欠失変異 (delE746-A750)、およびエクソン21 L858R点変異のcDNAを調製し、pcDNA3.1(-)発現ベクター (Invitrogen) にクローニングした。これらのコンストラクトは、内因性EGFR発現レベルが低いHEK293Tヒト胎児腎細胞にFuGENE (Roche Applied Science) を用いて一過性にトランスフェクションされた。細胞はDMEM培地で培養され、血清飢餓条件下で実験が行われた。ゲフィチニブおよびエルロチニブは、AstraZenecaおよびGenentechから提供された。
免疫ブロッティング: 細胞ライセートは、抗ホスホチロシン (RC20)、抗ホスホEGFR (Tyr-1068; Y1092)、抗総EGFR、抗アクチン抗体を用いて免疫ブロッティングにより解析された。Y1068は、本研究で使用された命名法ではY1092に相当する。リン酸化EGFR (p-EGFR)、総EGFR (t-EGFR)、リン酸化Akt (p-Akt)、リン酸化Erk (p-Erk) のレベルは、ゲフィチニブの用量依存性で定量された。ブロットはRestore Stripping Buffer (Pierce) でストリップされ、再プローブ前にストリップの完全性が確認された。デンシトメトリーはIMAGEQUANT V1.2 (Molecular Dynamics) を用いて行われた。すべての解析について、少なくとも3回の独立した実験が実施された (n=3 replicates)。