- 著者: Haruka Chino, Akimasa Sekine, Hideya Kitamura, Terufumi Kato, Takashi Ogura
- Corresponding author: Terufumi Kato (Department of Respiratory Medicine, Kanagawa Cardiovascular and Respiratory Center, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-09-18
- Article種別: Case Report
- PMID: 26452431
背景
EML4-ALK (echinoderm microtubule-associated protein-like 4 anaplastic lymphoma kinase) 遺伝子再構成陽性の進行 NSCLC (non-small-cell lung cancer) に対し、ALK-TKI (ALK-tyrosine kinase inhibitor) は確立された治療選択肢である。Kwak et al. NEnglJMed 2010 はクリゾチニブによるALK阻害療法の初期臨床的有用性を報告し、Shaw et al. NEnglJMed 2013 のphase 3試験ではクリゾチニブが化学療法と比較して無増悪生存を有意に改善することが示された。また、Seto et al. LancetOncol 2013 によるAF-001JP試験ではアレクチニブ (CH5424802) の第I/II相における有効性と安全性が確認されている。
しかし、クリゾチニブは稀ではあるが致死的な ILD (interstitial lung disease) を誘発する有害事象を有しており、phase 1試験ではn=149名中3名がgrade 3/4のILDを発症し、phase 3試験では2名がILDにより死亡している。一般的に drug-induced ILD の発症時には原因薬剤を中止し、再投与はILD再燃を招くとして回避される。さらに、クリゾチニブ中止後には disease flare-up (病勢急速進行) が生じる例が報告されており、代替治療の選択が緊急課題となる。
クリゾチニブ誘発性ILDの既報は n=7例に留まり、同クラスのALK-TKIであるアレクチニブへの切り替えが安全か否かについての知見は手薄であった。クリゾチニブがALK・ROS1・METのマルチターゲット阻害薬であるのに対しアレクチニブがALKに高選択的であるという標的選択性の違いがILD再燃リスクに与える影響も不明であり、この gap in knowledge を埋める臨床データが求められていた。
目的
クリゾチニブ投与により grade 2 ILD を発症し、中止後の急速な disease flare-up に対して代替治療の選択肢がなかった ALK-rearranged stage IV 肺腺癌患者において、アレクチニブ投与の有効性とILD再燃の有無を報告し、クリゾチニブ誘発性ILD後の代替 ALK-TKI 療法としての妥当性を初めて示すことを目的とした。
結果
クリゾチニブ治療と早期腫瘍縮小効果:
46 歳女性の stage IV 肺腺癌 (cT4N0M1a)、FISH 法で EML4-ALK 陽性を確認。一次化学療法後の病勢進行後、クリゾチニブ 200 mg/日 (その後 400 mg/日) を二次治療として開始した。投与開始 1 週間後から右胸水の減少とリンパ管癌症 (lymphangitis carcinomatosa) の改善が認められ、クリゾチニブの早期腫瘍抑制効果が確認された (Fig. 1)。この段階では有害事象は認められず、クリゾチニブのALK陽性腫瘍に対する有効性が臨床的に裏付けられた。なお、クリゾチニブ誘発性 ILD はこれまでにn=7例が文献報告されており、そのうちn=3名が呼吸不全で死亡している重篤な有害事象である。
クリゾチニブ誘発性ILDの発症と診断:
投与開始 47 日目に SpO2 が room air で 96% から 93% に低下し、咳嗽時に 90% 未満に至った。動脈血ガス分析では PaO2 63.2 mmHg と低酸素血症を認め、肺野に fine crackles を聴取した。血清 SP-D は 138 ng/mL (正常値 <110 ng/mL) に上昇した。腫瘍マーカーの CEA はクリゾチニブ開始時 89.7 mg/dL から 141.9 mg/dL に上昇した一方、cytokeratin fragment は 35.7 ng/mL から 34.8 ng/mL と安定しており、腫瘍活性の増大と ILD の合併が示唆された。胸部 CT では両肺にびまん性すりガラス影を認めたが右胸水は減少しており、ILD と腫瘍抑制効果の並存が確認された (Fig. 2)。心不全・感染症を除外した上で grade 2 クリゾチニブ誘発性 ILD と診断し、クリゾチニブを中止。副腎皮質ステロイドパルス療法後にプレドニゾロン 40 mg/日を開始し、CT 所見と SP-D 値は改善した。
病勢進行 (disease flare-up) とアレクチニブへの切り替え・治療成績:
クリゾチニブ中止 18 日目にリンパ管癌症の再燃を含む致死的な急速病勢進行が生じ、全身状態が著しく悪化した (Fig. 3A)。アレクチニブの第 I/II 相試験 (n=70 名) では n=1 名のみにILDが報告されており (Seto et al.)、代替治療の選択肢がない状況で患者・家族の強い希望により アレクチニブ 600 mg/日 を慎重なモニタリング下で開始した。アレクチニブ開始 2 週間後には肺腫瘍の著明な縮小とリンパ管癌症の消失が認められ (Fig. 3B)、投与中を通じて ILD の再燃は認めなかった。その他の重篤な有害事象も観察されなかった。プレドニゾロンは月次で段階的に減量・中止に成功し、アレクチニブは右胸膜播種の悪化による病勢進行まで 4 か月継続可能であった。
考察/結論
本症例は、クリゾチニブ誘発性 ILD 発症後にアレクチニブで治療に成功したこれまで報告されていない世界初の症例である。これまでの研究で報告された n=7 例のクリゾチニブ誘発性 ILD のうち n=3 名が死亡し、残る n=4 名ではクリゾチニブの再投与が成功している。既報と対照的に、本症例ではクリゾチニブを再投与するのではなく別 ALK-TKI であるアレクチニブへの切り替えを選択した点が新規な点である。Shaw et al. NEnglJMed 2013 の phase 3 試験では n=173 名中 n=2 名が ILD により死亡しており、クリゾチニブ誘発性 ILD が致死的転帰を来し得ることが明確であり、再投与以外の代替戦略の確立が臨床上急務であった。
本研究で初めて示された新規性は、クリゾチニブ誘発性 ILD 後に同クラスの ALK-TKI であるアレクチニブが ILD 再燃を来さず有効に使用できることである。クリゾチニブは ALK・ROS1・MET のマルチターゲット受容体型 TKI であるのに対し、アレクチニブは ALK に対して高選択的であり、この標的選択性の違いが ILD 再燃リスクの差異に関与した可能性が考えられる。ただしそのメカニズムは不明であり、ILD は個々の患者の特異的体質 (idiosyncrasy) に基づいて発症することが多いため、同クラスの薬剤であっても必ずしも同一有害事象を来さない場合がある。EGFR-TKI (EGFR-tyrosine kinase inhibitor) においても類似の現象が報告されており、gefitinib 誘発性 ILD 後に erlotinib で 5 例の治療成功が知られている。Gadgeel et al. LancetOncol 2014 によるクリゾチニブ耐性 NSCLC に対するアレクチニブの高い活性報告と合わせ、アレクチニブは ALK 陽性 NSCLC 治療における重要な薬剤として位置付けられる。
臨床的意義として、クリゾチニブ誘発性 ILD 後に disease flare-up が急速に生じる状況では、臨床現場においてアレクチニブへの切り替えが有効かつ安全な代替戦略となり得ることを本症例は示唆する。臨床応用上は、クリゾチニブ誘発性 ILD が非致死的 (grade 2 以下) でステロイド感受性を有する場合、慎重なモニタリング下でのアレクチニブ早期開始が考慮され得る。ただし本症例では気管支鏡検査が施行不能であったため組織学的 ILD サブタイプの確認が行われておらず、ILD の正確な病理分類は不明であった点は limitation として認識される必要がある。
残された課題として、本報告は単一症例に基づくものであり、クリゾチニブ誘発性 ILD 後のアレクチニブ投与の有効性・安全性を一般化するためには今後の検討として症例集積が必要である。ILD 発症を予測するバイオマーカーの同定、ALK-TKI シーケンシング戦略の最適化、ならびにアレクチニブ固有の ILD 誘発リスクの評価も future research として挙げられる。アレクチニブが 4 か月後に右胸膜播種進行により中止されたため、長期有効性の評価は本症例では困難であった点も limitation である。
方法
本報告は神奈川県立循環器呼吸器病センターにおける単症例の症例報告 (case report) であり、特定の統計解析は実施されていない。対象は 46 歳女性の stage IV 肺腺癌 (cT4N0M1a)。EGFR 変異は野生型、EML4-ALK 再構成は FISH (fluorescence in situ hybridization) 法で確認した。
一次治療: pemetrexed・carboplatin・bevacizumab の 3 週毎 4 サイクル化学療法後、pemetrexed・bevacizumab 維持療法を施行したが 4 コース後に病勢進行を確認。患者は新規抗癌剤への不安から化学療法を拒否し、治療中断後 15 か月で呼吸困難を主訴に再来院した。ECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group performance status) は 2。
二次治療 (クリゾチニブ): クリゾチニブ 200 mg/日から開始し、その後 400 mg/日に増量した。ILD の診断評価には、胸部 X 線・CT 画像、SpO2 (経皮的酸素飽和度) の経時的測定、動脈血ガス分析 (ABG)、聴診所見、血清 Surfactant Protein-D (SP-D) 値を用いた。感染症は喀痰培養・血液検査で否定し、心不全はエコー心臓図で否定した。右大量無気肺のため気管支鏡検査は施行不能であり、臨床所見と画像所見のみで ILD を診断した。
代替治療 (アレクチニブ): クリゾチニブ中止後のステロイド治療によるILD改善後に disease flare-up が確認されたため、アレクチニブ 600 mg/日を慎重なモニタリング下で開始した。プレドニゾロン 40 mg/日を同時に継続投与し、臨床経過に応じて月次減量を行った。アレクチニブ投与後は胸部 CT と血液検査によりILD再燃の有無および腫瘍縮小効果を定期評価した。副腎皮質ステロイドパルス療法はクリゾチニブ中止直後に施行した。