• 著者: Elizabeth K. Lee, Katharine M. Esselen, David L. Kolin, Larissa J. Lee, Ursula A. Matulonis, Panagiotis A. Konstantinopoulos
  • Corresponding author: Panagiotis A. Konstantinopoulos (Dana-Farber Cancer Institute, Boston, MA)
  • 雑誌: JCO Precision Oncology
    • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-06-24
  • Article種別: Case Report
  • PMID: 32704608

背景

卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型 (SCCOHT) は、若年女性(平均診断年齢24歳)に好発する稀で極めて悪性度の高い腫瘍である。本疾患は、SWI/SNFクロマチンリモデリング複合体のATPaseサブユニットをコードするSMARCA4 (BRG1) 遺伝子の両アレル不活化を特徴とする。SCCOHTは病期に関わらず75%の患者で再発し、I期での平均全生存期間 (OS) は35ヶ月、IV期ではわずか3.3ヶ月と極めて予後不良であると報告されている (Callegaro-Filho et al. 2016)。

SCCOHTの病理学的特徴として、ゲノム安定性が高く腫瘍変異量 (TMB) が低いことが挙げられるが、PD-L1の高発現と腫瘍浸潤リンパ球 (TIL) の増加を伴う免疫原性の高い微小環境を有することが示されている (Jelinic et al. 2018)。この免疫原性微小環境は、免疫チェックポイント阻害薬 (ICB) の有効性を示唆するものの、ICB単独療法や併用療法での奏効期間は限定的である場合が多い。

SMARCA4欠損は、サイクリンD1 (CCND1) の転写を抑制し、結果としてCDK4/6キナーゼ活性を低下させることが前臨床研究で示されている (Xue et al. NatCommun 2019)。この知見は、SMARCA4欠損腫瘍がCDK4/6キナーゼへの依存性を高め、CDK4/6阻害薬による合成致死効果の標的となる可能性を示唆する。実際に、SMARCA4欠損非小細胞肺癌 (NSCLC) においてもCDK4/6阻害薬との合成致死性が報告されている (Xue et al. NatCommun 2019)。

しかしながら、SCCOHTに対して承認された標準治療は未だ確立されておらず、化学療法や自家幹細胞移植が主な治療選択肢として用いられてきた。複数の治療法に抵抗性を示す難治性SCCOHT患者に対する新たな治療戦略の開発は喫緊の課題である。特に、SMARCA4欠損という分子学的特徴を標的とした治療法と、免疫原性の高い微小環境を利用した免疫療法の組み合わせは、相乗効果をもたらす可能性が考えられるが、その臨床的有効性については未解明な点が多かった。既存の治療法では長期的な病勢コントロールが不足しているという課題が残されている。本症例報告は、このような背景のもと、難治性SMARCA4欠損SCCOHTに対するCDK4/6阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の臨床的有効性を初めて報告するものである。

目的

本症例報告の目的は、複数の前治療に抵抗性を示した難治性のSMARCA4欠損卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型 (SCCOHT) 患者に対し、CDK4/6阻害薬abemaciclibとPD-1阻害薬nivolumabの併用療法を適用した際の臨床的有効性と安全性を初めて報告することである。さらに、この併用療法が奏効した分子的根拠として、SMARCA4欠損によるサイクリンD1発現低下を介したCDK4/6阻害薬による合成致死性、およびCDK4/6阻害薬が誘導する免疫原性増強効果が免疫チェックポイント阻害薬との相乗作用をもたらした可能性について議論することを目的とする。本報告は、SMARCA4欠損を有する難治性悪性腫瘍に対する新たな治療選択肢の可能性を提示することを目指す。

結果

難治性SCCOHTにおけるabemaciclib+nivolumab併用療法の著明な奏効: 患者は、abemaciclibとnivolumabの併用療法開始後2ヶ月で、左鎖骨上窩リンパ節および後腹膜リンパ節病変の著明な縮小を認めた (Figure 1)。一方で、右側腹壁の傍結腸腫瘤は増大傾向を示したため、当該部位に放射線治療を実施した。放射線治療後、この傍結腸腫瘤は縮小し、外科的切除を施行した。切除標本の病理組織学的検査では、著明な治療効果が確認され、腫瘍細胞におけるPD-L1発現の消失 (<1%) が認められた (Figure 2)。治療前の左鎖骨上窩リンパ節標本ではPD-L1発現が10%陽性であったことから、治療による免疫微小環境の変化が示唆された。切除後もabemaciclibとnivolumabの併用療法を継続し、患者は初回診断から約3年間の良好な経過を達成した。本症例は、手術、白金製剤ベース化学療法、自家幹細胞移植、ニボルマブ+イピリムマブ、ポナチニブといった7ラインもの既治療歴に抵抗性を示した難治例であったにもかかわらず、本併用療法により著効が得られた点で特筆される。

SMARCA4欠損によるサイクリンD1低下とCDK4/6阻害薬の合成致死性: 本症例における治療効果の分子的メカニズムとして、SMARCA4欠損がCCND1プロモーター領域へのSMARCA4結合部位の喪失を介してサイクリンD1 (CCND1) の発現を低下させることが考察された。これにより、腫瘍細胞はCDK4/6キナーゼ活性への依存性が高まり、abemaciclibによるCDK4/6阻害が細胞増殖抑制(合成致死)を誘導したと考えられる (Figure 3)。Xue et al. NatCommun 2019の研究では、SCCOHT細胞株においてサイクリンD1の著しい減少とCDK4/6阻害薬に対する高い感受性が確認されており、これらの前臨床データが本症例の治療選択の科学的根拠となった。SMARCA4欠損は、RbのE2Fからの解離と細胞周期進行に影響を与えることが示唆される。

CDK4/6阻害薬の免疫調節効果と免疫チェックポイント阻害薬との相乗作用: CDK4/6阻害薬は、単独でも抗腫瘍免疫を増強する複数の免疫調節効果を発揮することが先行研究で報告されている (Goel et al. 2017; Schaer et al. 2018; Deng et al. 2018)。具体的には、CDK4/6阻害薬は以下の作用を持つ:

  1. 腫瘍細胞におけるI型インターフェロン応答の誘導と抗原提示の増強 (β2MおよびMHCクラスIの発現上昇)。
  2. 制御性T細胞 (Treg) の増殖抑制とTreg/CD8+ T細胞比の低下。
  3. CD8+ T細胞におけるPD-1、Tim-3 (T-cell immunoglobulin and mucin domain-containing protein 3)、CTLA-4、LAG-3などの免疫抑制受容体発現の低下。
  4. 腫瘍内T細胞浸潤の増加(T細胞ホーミングケモカインのアップレギュレーションを介する)。 これらの免疫調節効果は、腫瘍微小環境を抗腫瘍免疫に有利な状態へと変化させ、nivolumabのような免疫チェックポイント阻害薬との相乗効果をもたらしたと考えられる (Figure 3)。本症例では、以前にニボルマブ+イピリムマブ併用療法で一度完全奏効を達成した後に再発した経緯があり、CDK4/6阻害薬の追加が免疫療法に対する抵抗性を克服し、持続的な奏効に寄与した可能性が強く示唆される。マウスモデルを用いた研究では、abemaciclibと抗PD-L1抗体の併用療法が単剤療法と比較して最も高い腫瘍縮小効果を示し、完全奏効を達成したマウスは再チャレンジされた腫瘍に対しても免疫記憶による抵抗性を示したことが報告されている (Schaer et al. 2018)。

考察/結論

本症例報告は、SMARCA4欠損卵巣小細胞癌・高カルシウム血症型 (SCCOHT) に対してCDK4/6阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬を組み合わせた初の臨床報告であり、複数の既治療に抵抗性を示した難治例において著明な奏効を示した点で極めて意義深い。

先行研究との違い: これまでのSCCOHTに対する治療は、化学療法や自家幹細胞移植が中心であり、免疫チェックポイント阻害薬単独またはCTLA-4阻害薬との併用療法では、一時的な奏効は得られるものの、多くの場合短期間で再発することが報告されていた (Jelinic et al. 2018)。本研究の患者もニボルマブとイピリムマブの併用療法で一度完全奏効を達成したが、2ヶ月以内に再発した。これに対し、abemaciclibとnivolumabの併用療法は、長期的な病勢コントロールを可能にした点で、これまでの治療戦略とは対照的な結果を示した。

新規性: 本研究で初めて、SMARCA4欠損SCCOHTにおけるCDK4/6阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用療法の臨床的有効性を実証した。この治療戦略は、SMARCA4欠損によるサイクリンD1発現低下を介したCDK4/6阻害薬による合成致死性という前臨床データ (Xue et al. NatCommun 2019) と、SCCOHTの免疫原性の高い腫瘍微小環境という2つの分子生物学的知見の融合に基づいている。CDK4/6阻害薬が免疫細胞に与える影響(Treg抑制、CD8+ T細胞活性化、抗原提示増強など)が、免疫チェックポイント阻害薬の効果を増強した可能性は、本研究で初めて臨床的に示唆された新規の知見である。

臨床応用: 本知見は、SMARCA4欠損を有する難治性悪性腫瘍に対する新たな治療選択肢を提供する可能性があり、臨床応用への大きな意義を持つ。特に、免疫療法単独では効果が限定的であった患者群において、CDK4/6阻害薬の併用が免疫療法抵抗性を克服し、治療効果を増強する可能性を示したことは、臨床現場における治療戦略の幅を広げるものと考えられる。SMARCA4欠損は非小細胞肺癌など他の悪性腫瘍でも報告されており、本治療戦略はSCCOHT以外のSMARCA4欠損腫瘍にも応用可能である。

残された課題: 今後の検討課題として、SCCOHTの希少性ゆえに前向き無作為化比較試験の実施は困難であるため、症例集積研究や国際共同研究によるさらなるデータ蓄積が重要である。また、CDK4/6阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の最適な投与スケジュールや、治療効果予測バイオマーカーの同定も今後の研究で明らかにすべき点である。将来的な治療オプションとして、EZH2阻害薬 (tazemetostat)、LSD1阻害薬 (seclidemstat)、BET阻害薬など、SMARCA4欠損によって生じるエピジェネティックな異常を標的とする薬剤との組み合わせも候補として議論されており、これらの薬剤との併用療法がさらなる治療効果をもたらす可能性も残されている。

方法

本症例は、21歳女性のSMARCA4生殖細胞系列変異 (c.1408C>T, pQ470*) を有するSCCOHT患者である。患者は腹痛、軽度の高カルシウム血症 (10.6 mg/dL)、およびCA125値の上昇 (170 U/mL) を主訴に受診した。探索的開腹術により、15 cmの右付属器腫瘤と6 cmの左付属器腫瘤が確認され、両側卵管卵巣摘出術、骨盤および傍大動脈リンパ節郭清、大網切除術を含む最適な腫瘍減量手術が実施された。病理組織学的検査により、両側卵巣および傍大動脈リンパ節に大細胞成分を伴うSCCOHTと診断され、SMARCA4/BRG1免疫組織化学染色で発現消失が確認された。生殖細胞系列遺伝子検査では、SMARCA4の病的変異 (c.1408C>T, pQ470*) と意義不明のバリアント (c.1432A>T, p.S478C) が検出された。Clinical Laboratory Improvement Amendments (CLIA) 認定次世代シーケンシング (Oncopanel) による体細胞腫瘍検査では、腫瘍変異負荷 (TMB) が6 mutations/megabaseであり、ミスマッチ修復能は保持されていた。

患者は以下の治療歴を有した:

  1. 両側卵管卵巣摘出術を含む至適腫瘍減量手術。
  2. 白金製剤ベースの補助化学療法6コース。
  3. 高用量化学療法後の自家幹細胞移植 (autoSCT)。移植後も病変が残存したため、孤立性の後腹膜直腸膣結節の完全切除術を実施。
  4. 術後すぐに病勢進行を認め、骨盤および傍大動脈リンパ節への放射線治療を実施。
  5. ニボルマブとイピリムマブの併用療法を開始し、4コース後に完全奏効 (CR) を達成したが、2ヶ月以内に再発。その後、ニボルマブ維持療法中に再燃し、再度ニボルマブとイピリムマブの併用療法を試みたが、5コース後に混合反応を認め、骨盤病変の進行、後腹膜リンパ節の混合反応、および新たな左鎖骨上窩病変の出現を認めた。
  6. ポナチニブによる治療に変更したが、傍結腸腫瘤の新規出現を含む病勢進行が継続した。

これらの治療に抵抗性を示した後、前臨床データに基づき、abemaciclib (CDK4/6阻害薬) とnivolumab (抗PD-1抗体) の併用療法を開始した。治療の分子的根拠は、分子腫瘍ボード形式で議論された。治療効果の評価は、画像診断 (PET-CT、CT) および臨床症状に基づいて行われた。また、治療中の腫瘍組織検体におけるPD-L1発現の変化も免疫組織化学染色により評価された。統計解析は記述統計学的手法を用いた。本症例報告は、特定の治験プロトコル (NCT02601950) の一部ではないが、臨床的観察として報告された。