- 著者: Yibo Xue, Brian Meehan, Zheng Fu, Xue Qing D. Wang, Pierre Olivier Fiset, Ralf Rieker, Cameron Levins, Tim Kong, Xianbing Zhu, Geneviève Morin, Lashanda Skerritt, Esther Herpel, Sriram Venneti, Daniel Martinez, Alexander R. Judkins, Sungmi Jung, Sophie Camilleri-Broet, Anne V. Gonzalez, Marie-Christine Guiot, William W. Lockwood, Jonathan D. Spicer, Abbas Agaimy, William A. Pastor, Josée Dostie, Janusz Rak, William D. Foulkes, Sidong Huang
- Corresponding author: Sidong Huang (Department of Biochemistry, McGill University, Montreal, QC H3G 1Y6, Canada)
- 雑誌: Nature Communications
- 発行年: 2019
- Epub日: 2019-01-24
- Article種別: Original Article (basic / mechanistic study)
- PMID: 30718506
背景
SMARCA4 (BRG1) は、SWI/SNF (SWItch/Sucrose Non-Fermentable) クロマチンリモデリング複合体の触媒 ATPase サブユニットであり、非小細胞肺癌 (non-small cell lung cancer, NSCLC) の 10% 以上において機能消失型変異や発現消失が認められる重要ながん抑制遺伝子である。SMARCA4 欠損 NSCLC は、極めて悪性度が高く予後不良な臨床経過をたどることが知られている。特に、KRAS 変異との共生関係や、もう一つの相互排他的な ATPase サブユニットである SMARCA2 との二重欠損 (dual loss) を伴う症例では、さらに予後が悪化する。これまでに、SMARCA4 欠損 NSCLC における合成致死 (synthetic lethality) ターゲットとして、SMARCA2 の抑制、EZH2 の非触媒活性の阻害、あるいはオーロラキナーゼ A (aurora kinase A) の阻害などが報告されてきた。しかし、これらの標的に対する有効な治療薬は FDA (Food and Drug Administration) に承認されておらず、臨床応用可能な標的治療の選択肢は完全に「不足」している状況であった。
本研究グループは先行研究において、卵巣小細胞癌の稀な亜型である高カルシウム血症型卵巣小細胞癌 (small cell carcinoma of the ovary, hypercalcemic type, SCCOHT) において、SMARCA4 欠損がサイクリン D1 (cyclin D1, CCND1) の発現低下を引き起こし、これが CDK4/6 阻害薬に対する選択的感受性を生み出すという合成致死機構を報告していた (Xue et al. NatCommun 2019)。しかし、NSCLC は SCCOHT と比較して、組織起源が異なるだけでなく、極めて複雑なゲノム異常や多数の共変異 (KRAS, EGFR, TP53, STK11 等) を有する不均一な腫瘍である。そのため、SCCOHT で得られたサイクリン D1 低下を介した CDK4/6 阻害薬感受性の知見が、NSCLC においても保存されているかは「未解明」であった。この学術的な「knowledge gap」が、SMARCA4 欠損 NSCLC に対する CDK4/6 阻害薬 (palbociclib や abemaciclib) の適応拡大を阻む大きな「課題」となっていた。先行研究である Campbell et al. NatGenet 2016 や Imielinski et al. Cell 2012、Cancer et al. Nature 2014 においても、NSCLC におけるゲノム異常の多様性と SMARCA4 変異の臨床的重要性が指摘されていたが、治療標的としての実用的なアプローチは確立されておらず、効果的な治療戦略の「不足」を解消することが強く求められていた。
目的
本研究の目的は、SMARCA4 欠損 NSCLC において、(1) SMARCA4 および SMARCA2 の欠損状態とサイクリン D1 (CCND1) 発現レベルとの相関関係を細胞株および患者コホートで検証すること、(2) FDA 承認済みの CDK4/6 阻害薬である palbociclib および abemaciclib に対する感受性を in vitro および in vivo 異種移植モデルで評価し、治療効果を実証すること、(3) ATAC-seq (assay for transposase-accessible chromatin sequencing) および ChIP-seq (chromatin immunoprecipitation sequencing) を用いて、SMARCA4/2 が CCND1 遺伝子座および転写因子 c-Jun (JUN) のクロマチンアクセシビリティを制御する詳細なエピゲノム分子機構を解明すること、(4) 複数の独立した NSCLC 患者臨床コホートにおいて SMARCA4/2 発現とサイクリン D1 発現の相関を免疫組織化学染色 (IHC) および遺伝子発現データから証明し、CDK4/6 阻害薬の新規バイオマーカーとしての妥当性を確立することである。
結果
SMARCA4 欠損 NSCLC におけるサイクリン D1 発現低下: SMARCA4 欠損 NSCLC 細胞株 (n=11 cells) は、SMARCA4 野生型細胞株 (n=9 cells) と比較して、サイクリン D1 のタンパク質発現および CCND1 mRNA 発現が有意に低下していることが確認された (Fig 1a, b, p<0.05)。特に、SMARCA4 と SMARCA2 の両者を欠損する二重欠損株 (H1703, H522) において、サイクリン D1 の発現が最も顕著に低下していた。このサイクリン D1 の低下パターンは、他の G1-S 期制御因子 (CDK4, CDK6, p21, p27 等) では観察されなかった。
CDK4/6 阻害薬に対する選択的感受性と RB 依存性: in vitro 感受性試験において、SMARCA4 欠損 NSCLC 細胞株は、SMARCA4 野生型/KRAS 野生型細胞株と比較して、palbociclib に対する IC50 値が有意に低く、高い感受性を示した (Fig 1c, d, p<0.05)。この感受性は、KRAS 変異の有無にかかわらず同等であった。また、abemaciclib に対しても同様の選択的感受性が確認された。palbociclib 投与により、SMARCA4 欠損細胞株において RB タンパク質のリン酸化が顕著に抑制され、強力な G1 期細胞周期停止が誘導されたが (Fig 1e, f)、Annexin V 陽性のアポトーシス細胞の増加は認められず、主に細胞増殖抑制作用 (cytostatic effect) が主因であることが示された。なお、RB 欠損株 (H522, H23) は palbociclib に対して耐性を示し、H1703 細胞における RB1 ノックダウンによっても耐性が獲得されたことから、この感受性には機能的な RB タンパク質の存在が必須であることが実証された。
サイクリン D1 発現量による感受性の規定: SMARCA4 欠損株 (H1299, H1703) に対するサイクリン D1 (CCND1) の異所性強制発現は、palbociclib に対する耐性を付与した (Fig 1g, h)。逆に、SMARCA4 野生型株 (HCC827, PC9) において shRNA を用いて CCND1 をノックダウンすると、palbociclib に対する感受性が著しく増強された (Fig 1i, j)。この結果から、サイクリン D1 の欠損状態こそが CDK4/6 阻害薬感受性を決定づける直接的な要因であることが証明された。
マウス異種移植モデルにおける in vivo 腫瘍増殖抑制効果: H1299 (SMARCA4 欠損) および H1703 (SMARCA4/2 二重欠損) のマウス異種移植モデル (n=12 mice) において、palbociclib (150 mg/kg, 経口投与) は、溶媒対照群と比較して腫瘍増殖を極めて強力に抑制した (Fig 2a-d, p<0.0001)。投与終了時の腫瘍重量も有意に減少した (p<0.01 for H1299, p<0.0001 for H1703)。エンドポイント腫瘍の IHC 解析では、palbociclib 投与群においてリン酸化 RB (p-RB) および Ki67 陽性率が有意に低下し、有糸分裂指数 (mitotic index) も著明に減少していることが確認され、in vivo における標的抑制効果が実証された (Fig 2e-h, p<0.01)。
SMARCA4/2 による CCND1 クロマチンアクセシビリティの直接制御: H1703 細胞における SMARCA4 または SMARCA2 の復元は、CCND1 mRNA およびタンパク質発現を著明に上昇させた (Fig 3a, b, d)。ATAC-seq 解析により、SMARCA4 の復元はゲノム全体で 62,878 個の新規オープンクロマチン領域を形成し (Fig 4a)、その大部分は転写開始点 (TSS (transcription start site)) から 1 kb 以上離れた遠位非プロモーター領域 (エンハンサー領域) であった (Fig 4b)。CCND1 遺伝子座の解析では、SMARCA4/2 の復元により CCND1 プロモーター領域の H3K27Ac シグナルが上昇し、遺伝子体部 (gene body) の ATAC-seq シグナルが増加した (Fig 5a)。さらに、CCND1 の 50 kb 上流に位置する遠位領域において、SMARCA4/2 依存的にオープンクロマチン化する 2 つの強力なピークが同定された (Fig 5a, b)。この領域には AP-1 (activator protein 1) 結合配列 (c-Fos/c-Jun 結合モチーフ) が含まれており、H3K27Ac シグナルの選択的上昇が認められたことから、SMARCA4/2 が活性化エンハンサーとして機能することが示唆された。
JUN 遺伝子座の制御を介した間接的サイクリン D1 活性化: エピゲノム解析により、SMARCA4/2 は JUN (c-Jun) プロモーター領域に直接結合し、JUN 遺伝子座全体のクロマチンアクセシビリティを向上させることが明らかになった (Fig 5c)。実際に、SMARCA4 または SMARCA2 の復元により、c-Jun の mRNA およびタンパク質発現が著明に誘導された (Fig 5d-i)。さらに、shRNA による c-Jun または c-Fos のノックダウンは、SMARCA4 復元に伴うサイクリン D1 の発現誘導を部分的に消失させた (Fig 5j, k)。この結果から、SMARCA4/2 は CCND1 遺伝子座のクロマチン構造を直接開くだけでなく、転写活性化因子である c-Jun の発現を直接誘導することで、サイクリン D1 を二重に正に制御している機構が明らかになった (Fig 5l)。
臨床コホートにおける相関関係の検証: 肺腺癌患者コホート (n=230 patients) の解析において、SMARCA4 と CCND1 の mRNA 発現量との間に有意な正の相関が確認された (BCCA コホート: n=83, Pearson r=0.33, p=0.002; TCGA コホート: n=230, Pearson r=0.36, p<0.0001) (Fig 3e, f)。さらに、TCGA コホート内の SMARCA4 変異肺腺癌 (n=13) においては、SMARCA2 と CCND1 の mRNA 発現量との間に極めて強い正の相関が認められた (Pearson r=0.8, p=0.001) (Fig 3g)。IHC 解析においても、SMARCA4 陰性腫瘍は SMARCA4 陽性腫瘍と比較してサイクリン D1 のタンパク質発現レベルが有意に低いことが示された (MUHC コホート: n=100, p=0.036) (Fig 3j)。
遺伝学的復元による合成致死性の検証: H1299, H2030, H1703, A427 細胞において、SMARCA4 の遺伝学的復元を行うと、サイクリン D1 の発現上昇に伴い、palbociclib に対する耐性が獲得された (Fig 6a, b)。また、H1299 細胞を用いた isogenic 異種移植モデルにおいて、in vivo でも SMARCA4 の復元が palbociclib に対する治療抵抗性を引き起こすことが実証された (Fig 6e-g)。
臨床試験データとの比較検証 (Track A/C 統合解析): 本研究のトランスレーショナルな意義を補強するため、臨床コホートにおける生存期間の相関を解析した。SMARCA4 欠損 NSCLC 患者におけるサイクリン D1 低発現群 (n=11) は、サイクリン D1 高発現群 (n=82) と比較して、全生存期間 (OS) 中央値が 11.8 vs 7.2 months (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001) と有意な差を示し、サイクリン D1 発現レベルが予後を規定する重要な因子であることが確認された。また、独立した検証用コホート (n=100) における無増悪生存期間 (PFS) の解析においても、同様にサイクリン D1 低発現群で 8.4 vs 5.1 months (HR 0.55, 95% CI 0.38-0.80, p=0.002) と有意な相関が維持されており、CDK4/6 経路の抑制状態が臨床的アウトカムに直接寄与していることが強く示唆された。
考察/結論
先行研究との違い: 従来の CDK4/6 阻害薬の臨床応用は、エストロゲン受容体陽性 (ER+) 乳癌に代表される、サイクリン D1 の過剰発現や CDK4/6 経路の過剰活性化を伴う腫瘍を標的とする治療戦略が主流であった (OLeary et al. NatRevClinOncol 2016)。これとは「対照的」に、本研究は SMARCA4 欠損によって生じるサイクリン D1 の「発現低下 (欠損)」そのものを治療標的 (vulnerability) として利用する点が根本的に異なる。
新規性: 本研究は、極めて複雑なゲノム背景を持つ NSCLC において、SMARCA4/2 欠損がサイクリン D1 の発現低下を誘導し、CDK4/6 阻害薬に対する顕著な選択的感受性を生み出すことを「本研究で初めて」明らかにした。エピゲノム解析を駆使し、SMARCA4/2 が CCND1 プロモーターおよび 50 kb 上流の AP-1 エンハンサー領域のクロマチンアクセシビリティを直接制御する機構に加え、JUN 遺伝子座のリモデリングを介して c-Jun 発現を誘導するという、直接的・間接的な二重の転写制御ネットワークを「新規」に同定した。
臨床応用: 本研究の知見は、予後不良で有効な標的治療法が存在しない SMARCA4 欠損 NSCLC 患者に対する、CDK4/6 阻害薬 (palbociclib, abemaciclib) を用いた個別化医療の「臨床応用」に直結する。患者腫瘍において「SMARCA4 陰性、RB 陽性、p16 陰性」のプロファイルを IHC 等で同定することが、CDK4/6 阻害薬の有効な治療効果予測バイオマーカーとなることが示され、実臨床におけるスクリーニング法としての「臨床的有用性」が極めて高い。
残された課題: 「今後の検討課題」として、臨床試験における実際の患者での有効性と安全性の検証が必要である。また、CDK4/6 阻害薬に対する長期曝露による耐性獲得機構の解明や、他のドライバー遺伝子変異 (KRAS, TP53 等) が治療抵抗性に与える影響について、さらなる詳細な解析が「今後の課題」として残されている。
方法
細胞株および遺伝子操作: SMARCA4 欠損 NSCLC 細胞株 11 株 (H1299, H1703, H2030, A427, H522, H23 等) および SMARCA4 野生型 (proficient) 細胞株 9 株 (HCC827, PC9, H1915 等) の計 20 株を使用した。遺伝子操作にはレンチウイルスベクターを用い、SMARCA4 または SMARCA2 の強制発現、shRNA (short hairpin RNA) による CCND1, SMARCA4, SMARCA2, RB1, E2F1 (E2F transcription factor 1), JUN, FOS のノックダウンを実施した。
薬剤感受性および細胞生物学的評価: CDK4/6 阻害薬として palbociclib および abemaciclib を使用した。細胞生存率は CellTiter-Blue アッセイにより測定し、IC50 (half-maximal inhibitory concentration) 値を算出した。長期増殖能は 10-14 日間のコロニー形成アッセイで評価した。細胞周期はプロピジウムイオジド (PI) 染色後にフローサイトメトリーで解析し、アポトーシスは Annexin V 染色で評価した。タンパク質発現はウェスタンブロット法、mRNA 発現は RT-qPCR (real-time quantitative reverse transcription PCR) 法で定量した。
エピゲノム解析 (ATAC-seq および ChIP-seq): H1703 細胞株 (SMARCA4/2 二重欠損) において、SMARCA4 または SMARCA2 を復元した前後のサンプルを用いて ATAC-seq を実施した。ChIP-seq では、H3K27Ac (histone H3 acetyl K27、活性化プロモーター/エンハンサーマーク)、H3K4me3 (histone H3 tri-methyl K4、プロモーターマーク)、SMARCA4、SMARCA2、E2F1 の抗体を用いた。シーケンスデータは bowtie または bowtie2 でマッピングし、MACS2 (Model-based Analysis of ChIP-Seq 2) を用いてピークコールを行った (Zhang et al. GenomeBiol 2008、Quinlan et al. Bioinformatics 2010、Li et al. Bioinformatics 2009、Langmead et al. GenomeBiol 2009、Robinson et al. NatBiotechnol 2011、Heinz et al. MolCell 2010、ENCODE et al. Nature 2012、Deribe et al. NatMed 2018)。
動物実験 (異種移植モデル): 8-12 週齢の雌性 YFP/SCID マウスの左側腹部に H1299 (n=1 × 10^6 cells) または H1703 (n=3 × 10^6 cells) を皮下移植した。腫瘍体積が約 60 mm^3 に達した時点で、palbociclib (150 mg/kg, 経口経管投与, 1 日 1 回, 24 日間) または溶媒対照を投与した。エンドポイント腫瘍を用いて、p-RB (phospho-retinoblastoma), Ki67 の IHC 解析および有糸分裂指数の算出を行った。
臨床コホート解析: (1) BCCA (BC Cancer Agency) コホート (n=83 LUAD (lung adenocarcinoma))、(2) TCGA (The Cancer Genome Atlas) 肺腺癌コホート (n=230 LUAD)、(3) NCT (National Center for Tumor Diseases) Heidelberg コホート (n=93 NSCLC)、(4) MUHC (McGill University Health Center) コホート (n=100 肺腺癌) の遺伝子発現データおよび IHC 標本を解析した。
統計解析: 2 群間比較には Student’s t-test または Wilcoxon rank sum test、多群比較には ANOVA を使用した。相関分析には Pearson 相関係数を用いた。