- 著者: Anna F. Farago, Long P. Le, Zongli Zheng, Alona Muzikansky, Alexander Drilon, Manish Patel, Todd M. Bauer, Stephen V. Liu, Sai-Hong I. Ou, David Jackman, Daniel B. Costa, Pratik S. Multani, Gary G. Li, Zachary Hornby, Edna Chow-Maneval, David Luo, Jonathan E. Lim, Anthony J. Iafrate, Alice T. Shaw
- Corresponding author: Alice T. Shaw (Massachusetts General Hospital Cancer Center, Boston)
- 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 26565381
背景
NTRK (neurotrophic tropomyosin receptor kinase) 遺伝子再配列は、非小細胞肺癌 (NSCLC) の一部に認められる発癌性ドライバーであり、TrkA (NTRK1)、TrkB (NTRK2)、TrkC (NTRK3) 融合タンパク質を発現させる。これらの融合遺伝子は、神経発生において重要な役割を果たすTrk受容体チロシンキナーゼの恒常的活性化を引き起こし、細胞増殖と生存を促進すると考えられている。NTRK融合は多様な癌腫に低頻度で出現し、NSCLCでは0.1〜3%に存在すると報告されていたが、その正確な頻度や臨床的意義についてはまだ十分に解明されていなかった。特に、NTRK1再配列は、EGFRやKRAS変異、ALKやROS1再配列が検出されない肺腺癌患者の一部で初めて報告されたものであり、新たな治療標的としての可能性が示唆されていた Vaishnavi et al. NatMed 2013。
Entrectinib (RXDX-101) は、経口で利用可能な選択的チロシンキナーゼ阻害剤であり、TrkA、TrkB、TrkC、ROS1、ALKを強力に阻害する。生化学的キナーゼアッセイでは、entrectinibはTrkAを1.7 nMのIC50で阻害することが示されている。また、TPM3-NTRK1融合遺伝子を発現するKM-12ヒト結腸直腸癌細胞株において、entrectinibは細胞増殖、TrkAリン酸化、および下流経路の活性化を阻害し、異種移植モデルでは腫瘍退縮と持続的な腫瘍安定化を誘導することが報告されていた。しかし、NTRK1再配列陽性NSCLCに対するentrectinibの臨床的有効性は当時確立されていなかった。さらに、entrectinibが優れた血液脳関門透過性を持つ可能性が示唆されていたものの、脳転移への臨床的活性は未知であった。NSCLCでのNTRK1再配列は稀であるため、効率的なスクリーニング手法の確立も課題であった。既存の蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 法では組織の利用可能性やコストに限界があり、より網羅的かつ効率的な検出方法が求められていた。これらの背景から、NTRK1再配列陽性NSCLC患者におけるentrectinibの臨床的有効性と安全性、特に脳転移に対する効果を評価することは、この稀な遺伝子異常を持つ患者の治療戦略を確立する上で重要な課題であった。
目的
本研究の目的は、まず大規模なNSCLC検体コホートにおいて、anchored multiplex PCR (AMP) 法を用いてNTRK1再配列の頻度を網羅的にスクリーニングし、その発生率を明らかにすることである。次に、同定されたNTRK1再配列陽性NSCLC患者に対し、経口選択的チロシンキナーゼ阻害剤であるentrectinibを投与し、その臨床活性と安全性を評価することを目指した。特に、entrectinibが脳転移に対して有効であるか否か、またその忍容性プロファイルを詳細に検討することも重要な目的であった。これにより、NTRK1再配列陽性NSCLC患者に対する新たな治療選択肢としてのentrectinibの可能性を評価し、将来的な臨床応用に向けた基礎的エビデンスを提供することを目指した。
結果
NTRK1再配列の頻度と新規融合遺伝子の同定: 1,378例のNSCLC検体スクリーニングの結果、2例 (0.1%; 95% CI 0.01%-0.5%) にNTRK1遺伝子再配列が同定された。この頻度は、以前に報告された3%という数値よりも低いものであったが、これはスクリーニングコホートの選択基準の違いに起因する可能性がある。同定された2例のうち1例は既報のTPM3-NTRK1再配列であった。もう1例では、新規のSQSTM1 (sequestosome 1)-NTRK1融合転写産物が同定された。この融合転写産物は、NTRK1のエクソン10からSQSTM1のエクソン6に連続する配列を含み、エクソン境界でインフレーム融合を形成していることが確認された。予測される融合遺伝子産物は、SQSTM1のPB1二量体化ドメインとTrkAのチロシンキナーゼドメインを含んでいた。このNTRK1再配列はFISH法によっても確認された (Figure 1)。SQSTM1は以前にもALKの融合パートナーとしてNSCLCやB細胞リンパ腫で報告されており、この新規融合遺伝子が機能的である可能性が示唆された。
患者背景とentrectinibの投与: SQSTM1-NTRK1融合陽性の患者は、2013年にステージIV肺腺癌と診断された45歳男性であった。彼は30 pack-yearの喫煙歴があり、カルボプラチンとペメトレキセド、ペムブロリズマブ、ドセタキセル、ビノレルビンを含む4レジメンの治療歴にもかかわらず病勢進行を認めていた。登録時にはECOGパフォーマンススコア2であり、安静時の胸壁痛、呼吸困難、および鼻カニューレによる3L/分の酸素吸入を必要としていた。左胸壁に約5cmの触知可能な腫瘤と、左腋窩に広がる約1cmの衛星結節を認めた。頭部CTでは、15〜20個の無症候性脳転移が新たに確認された。この患者はentrectinib 400 mg/m²を1日1回経口投与する第1相試験に登録された。
迅速かつ持続的な臨床応答: entrectinib投与後3週間以内に、患者は以前の疼痛と呼吸困難の改善を報告し、酸素吸入の必要がなくなった。治療開始26日目の再評価CTスキャンでは、RECIST部分奏効 (-47%の腫瘍縮小) が確認された (Figure 2 A-D)。右側の胸水貯留は消失し、左肺上葉および下葉の著明な再膨張、左肺のびまん性浸潤影の部分的改善が認められた。縦隔では、両側リンパ節腫脹の有意な退縮が見られた。腹部では、傍大動脈リンパ節腫脹の著明な改善が認められ、骨転移の硬化も治療応答と一致していた。左胸壁腫瘤は小さく平坦になり、衛星結節は触知不能となった。155日目の再評価スキャンでは、ベースラインと比較してさらに-77%の腫瘍縮小が認められ、奏効が持続していることが確認された (Figure 2 E, F)。
脳転移の完全消失: 特筆すべき所見として、ベースラインで確認された15〜20個の脳転移がentrectinib投与により完全消失した。最大の転移巣は左後頭部、右視床、左小脳にあり、直径最大1.7cmであった (Figure 3 A-C)。26日目の造影頭部CTではこれらの転移巣のほぼ完全な消失が示され (Figure 3 D-F)、155日目には全ての脳転移の完全消失が持続していた (Figure 3 G-I)。この患者は6ヶ月以上にわたりentrectinibによる治療を継続しており、部分奏効が維持され、奏効期間は4.1ヶ月以上であった。
安全性プロファイル: entrectinib 400 mg/m²の用量では、Grade 3-4の有害事象は認められなかった。治療に関連する可能性のある有害事象は、Grade 1の味覚異常、Grade 1の錯感覚、およびGrade 2の疲労感であり、これらはすべてその後解決した。全体として、entrectinibは良好な忍容性プロファイルを示し、重篤な副作用は認められなかった。
考察/結論
本研究は、entrectinibがNTRK1再配列陽性NSCLCに対して顕著な抗腫瘍活性を示すことを、症例報告として初めて実証した。特に、本患者において15〜20個の脳転移が完全消失したという結果は、entrectinibの優れた中枢神経系 (CNS) 透過性と活性を示す重要な知見であり、他のチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) と比較した際の潜在的な優位性を示唆する。これは、NTRK融合遺伝子がNSCLCにおける腫瘍増殖と生存を駆動し、TrkA阻害の標的となり得ることを強く支持するものである。
先行研究との違い: これまで、NTRK1再配列はNSCLCにおいて稀なドライバー遺伝子として報告されていたが、その臨床的意義や標的治療への応答性は十分に確立されていなかった。本研究は、Vaishnavi et al. NatMed 2013が報告したNTRK1再配列の頻度 (3%) とは異なり、大規模なスクリーニングコホートにおいて0.1%という低い頻度で同定された。この違いは、スクリーニング対象集団や検出方法 (FISH vs AMP) の違いに起因する可能性があり、AMP法が融合RNA転写産物を検出するのに対し、FISHは融合転写産物の発現を伴わない染色体再配列も検出する可能性があるためと考えられる。
新規性: 本研究で初めて、新規のSQSTM1-NTRK1融合遺伝子をNSCLC患者で同定し、その患者がentrectinibに対して迅速かつ持続的な奏効を示したことを報告した。この知見は、NTRK融合遺伝子が多様なパートナー遺伝子と結合し、発癌性ドライバーとして機能し得ることを示唆する。また、entrectinibが脳転移に対して強力な効果を発揮するという新規の臨床的エビデンスを提供したことは、CNS転移を有するNTRK融合陽性癌患者にとって大きな臨床的意義を持つ。
臨床応用: 本知見は、NTRK1再配列陽性NSCLC患者に対するentrectinibの臨床応用に直結する。特に、CNS転移はNSCLC患者の予後を悪化させる主要因の一つであり、entrectinibが脳転移を完全に消失させたという結果は、この薬剤がCNS転移を有する患者にとって極めて有用な治療選択肢となり得ることを示している。この症例報告は、その後のROZLYTREK (entrectinib、2019年FDA承認) やVITRAKVI (larotrectinib、2018年FDA承認) の承認に繋がる臨床エビデンスの出発点となった。NTRK融合が0.1%という低頻度であっても、稀なドライバーを持つNSCLC患者へのentrectinibの適応が強く支持される。
残された課題: 今後の検討課題として、NTRK2・NTRK3融合に対するentrectinibの活性の評価、entrectinibに対する耐性機序の解明、そして本研究が1例の症例報告であるというlimitationを克服するための、より大規模なNTRK1再配列陽性NSCLC患者コホートでの臨床的評価が必要である。また、NTRK遺伝子再配列の検出において、AMPのようなマルチプレックスNGSベースのアッセイのさらなる普及が、稀な融合遺伝子を持つ患者を効率的に特定するために重要である。
方法
本研究では、2013年7月1日から2015年9月15日の期間に収集された1,378例のNSCLC腫瘍検体を対象に、NTRK1遺伝子再配列の検出を行った。再配列のスクリーニングには、既報のanchored multiplex PCR (AMP) 法を用いた Zheng et al. NatMed 2014。このAMP法は、ALK、ROS1、RET、NTRK1を含む複数の癌遺伝子の既知の融合エクソンを標的とする次世代シーケンシングライブラリを構築する。AMP法でNTRK1再配列が疑われた症例については、FISH法を用いてさらに確認を行った。FISH法では、NTRK1遺伝子を挟む5’ (RP11-1047J23) および3’ (RP11-1038N13) 側のBACクローンをそれぞれ緑色と赤色で標識したブレイクアパートプローブを使用し、再配列の有無を評価した。
NTRK1遺伝子再配列が同定された患者のうち1例は、局所進行性または転移性腫瘍を有する成人患者を対象としたentrectinibの第1相用量漸増試験 (NCT02097810) に登録された。この試験の適格基準には、NTRK1、NTRK2、NTRK3、ROS1、またはALKの分子異常を有する局所進行性または転移性固形腫瘍、RECIST v1.1に基づく測定可能病変、およびECOGパフォーマンスステータス (PS) ≤ 2が含まれた。制御された無症候性中枢神経系 (CNS) 病変を有する患者も、抗けいれん薬治療を受けていない限り許容された。患者にはentrectinib 400 mg/m²を1日1回経口投与した。有害事象はCommon Terminology Criteria for Adverse Events (CTCAE) v4.0を用いて評価し、治療効果はRECIST v1.1に従って測定した。本研究はIgnyta, Inc.がスポンサーとなり実施された。