• 著者: Paik PK, Arcila ME, Fara M, Sima CS, Miller VA, Kris MG, Ladanyi M, Riely GJ
  • Corresponding author: Gregory J. Riely (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Journal of Clinical Oncology
  • 発行年: 2011
  • Epub日: 2011-04-11
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 21483012

背景

非小細胞肺癌 (NSCLC) におけるドライバー変異の同定は、個別化医療の進展に大きく貢献してきた。特に、EGFR変異はEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) への高い奏効性を示すことが、Lynch et al. NEnglJMed 2004Paez et al. Science 2004Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004らの研究により確立されている。また、EML4-ALK融合遺伝子もSoda et al. Nature 2007によって同定され、ALK阻害薬クリゾチニブが有効であることが示された。KRAS変異も肺腺癌の約25%に認められるが、EGFR-TKIへの一次耐性との関連がPao et al. PLoSMed 2005によって報告されている。これらの主要なドライバー変異に加えて、HER2、FGFR2、PIK3CA、そしてBRAFなどの低頻度変異も同定されている。

BRAF変異は、2002年にDavies et al. Nature 2002によって全がん種で8%、肺癌で3%の頻度で報告されて以来、その臨床的意義が注目されてきた。BRAFはRas/MAPKシグナル伝達経路の下流に位置し、細胞増殖と生存に関わる重要なキナーゼである。メラノーマにおいては、BRAF変異の50%から70%がV600E変異であり、この変異に対してはPLX4032 (ベムラフェニブ) などのRAF阻害薬が80%もの高い奏効率を示すことが報告されている (Flaherty et al. NEnglJMed 2010)。しかし、肺腺癌におけるBRAF変異の亜型分布、特にV600E以外のnon-V600E変異 (例: G469A、D594G) の頻度や臨床的特徴については、大規模なコホートでの体系的な解析が不足しており、その臨床的意義は未解明であった。

Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) では、2009年より肺腺癌患者を対象とした前向き遺伝子解析プログラムを開始し、BRAF、EGFR、KRAS変異およびALK転座の同時測定を実施している。これにより、これらのドライバー変異を有する患者の臨床的特徴、治療反応性、および予後を系統的に評価することが可能となった。本研究は、このプログラムを通じて得られたデータを用いて、BRAF変異肺腺癌患者の包括的な臨床像を明らかにすることを目的とした。特に、BRAF変異の頻度、変異亜型、喫煙歴、人種などの臨床背景、および他の主要なドライバー変異群 (EGFR変異、KRAS変異、ALK転座) との比較を通じて、BRAF変異肺腺癌の独自性を明らかにすることが重要な課題であった。これまでの研究では、肺腺癌におけるBRAF変異の臨床的特徴に関する包括的なデータが不足しており、特に人種間での頻度の違いや、V600E以外の変異亜型が持つ治療反応性への影響については、さらなる詳細な検討が必要とされていた。

目的

本研究の目的は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) における前向き肺癌遺伝子解析プログラムを通じて、多遺伝子検索を受けた肺腺癌患者コホートにおけるBRAF変異の臨床的特徴を詳細に記述することである。具体的には、BRAF変異の頻度、その変異亜型分布 (V600E、G469A、D594Gなど)、および患者の臨床背景 (年齢、性別、人種、喫煙歴、病期、パフォーマンスステータスなど) を明らかにすることを目的とした。

さらに、BRAF変異陽性患者の予後、特に進行期 (IIIB/IV期) 患者における全生存期間 (OS) を評価し、EGFR変異、KRAS変異、およびALK転座を有する患者群と比較することで、BRAF変異の予後因子としての意義を検討する。また、進行期BRAF変異患者における初回治療への反応性 (RECIST v1.1) を後方視的に解析し、治療戦略への示唆を得ることも目的とした。これらの解析を通じて、BRAF変異肺腺癌の生物学的特性と臨床的挙動を理解し、将来的な標的治療開発の基盤となる情報を提供することを目指した。特に、メラノーマで確立されたV600E変異選択的治療薬の肺腺癌における適用可能性を評価するため、変異亜型ごとの臨床的意義を明確にすることも重要な目的であった。

結果

BRAF変異の頻度と変異亜型: 697例の肺腺癌患者のうち、18例 (3%、95% CI 2%〜4%) でBRAF変異が同定された。これらのBRAF変異は、V600E (エクソン15) が9例 (50%)、G469A (エクソン11) が7例 (39%)、D594G (エクソン15) が2例 (11%) の3種類の亜型であった (Figure 1A)。メラノーマにおけるBRAF変異の90%以上がV600Eであることと比較すると、肺腺癌ではV600E変異の割合が有意に低く、G469AのようなG→C転座がメラノーマの0.4%と比較して著明に高頻度であることが示された。全18例において、BRAF変異はEGFR変異、KRAS変異、ALK転座と相互排他的であった。この相互排他性は、BRAF変異が肺腺癌における独立したドライバー変異であることを強く示唆する。

患者臨床背景と喫煙歴: BRAF変異を有する18例の患者は、全例が現喫煙者または元喫煙者であり、喫煙歴のない患者はゼロであった (喫煙率100%)。この特徴は、EGFR変異群 (非喫煙者67%、p<0.001) およびALK転座群 (非喫煙者80%、p<0.001) と比較して顕著な差を示した。KRAS変異群 (喫煙者93%) との比較では、喫煙歴に有意差は認められなかった (p=0.61)。BRAF変異患者の喫煙量中央値は38 pack-yearsであり、EGFR変異群の18 pack-yearsやALK転座群の15 pack-yearsと比較して有意に多かった。年齢中央値は64歳 (範囲44〜81歳)、女性が61%であり、病期、年齢、Karnofsky performance status (KPS中央値80%) において、EGFR変異群やKRAS変異群との間に有意な差は認められなかった (Table 1)。この結果は、BRAF変異が喫煙関連の発癌と強く関連していることを裏付けるものである。

人種的特徴: 注目すべきは、BRAF変異患者は全例が白人 (100%) であった点である。これは、EGFR変異群 (白人81%、p=0.047) やALK転座群 (白人77%、p=0.025) と比較して、BRAF変異群における白人の割合が有意に高いことを示唆した。非白人患者の多くはアジア人であった。この人種間の差異は、BRAF変異のスクリーニング戦略を検討する上で重要な考慮事項となる可能性がある。

進行期患者の生存 (OS): 進行期 (IIIB/IV期) でBRAF変異を有する10例のうち、追跡期間中に死亡したのは2例であった。BRAF変異群の進行期における中央値OSは未到達であった。他のドライバー変異群との比較では、EGFR変異群の中央値OSは37ヶ月 (p=0.73)、KRAS変異群は18ヶ月 (p=0.12)、ALK転座群は未到達 (p=0.64) であり、BRAF変異群との間に統計的に有意な差は認められなかった (Figure 2)。2年OS率は、BRAF変異群で57% (95% CI 24%〜100%) であり、EGFR変異群の69% (95% CI 53%〜81%)、KRAS変異群の40% (95% CI 25%〜54%)、ALK転座群の91% (95% CI 60%〜98%) と比較すると中間的な位置づけであった。EGFR変異群のOS中央値は37ヶ月 (95% CI 29-45ヶ月, p=0.001) であり、KRAS変異群の18ヶ月 (95% CI 15-22ヶ月) と比較して有意に長かった。同様に、ALK転座群のOS中央値は未到達であったが、KRAS変異群と比較して有意に長かった (p<0.0001)。追跡期間中央値は全コホートで10ヶ月、BRAF変異群で16ヶ月と比較的短く、これらの生存解析は予備的なものとされた。進行期BRAF変異患者10例中4例が初回化学療法に対して奏効 (部分奏効または安定) を示した (Table 3)。早期病期のBRAF変異患者の生存データは、追跡期間が短く (75%の患者が12ヶ月時点で打ち切り)、死亡例がなかったため、解析には不十分であった。

喫煙歴と変異亜型の関連性: G469A変異におけるG→C転座は、喫煙に関連する発癌物質によるDNA損傷を反映している可能性が示唆された。また、in vitroデータでは、G469A変異を有する肺癌細胞株 (H1755) がV600E変異選択的なRAF阻害薬であるPLX4032に対して耐性を示すことが報告されており、non-V600E変異に対してはC-RAF (c-Raf) を介したシグナル伝達を標的とするソラフェニブのような異なる治療戦略が必要となる可能性が議論された。D594G変異はキナーゼ活性が低い可能性も指摘された。これらの知見は、BRAF変異肺腺癌の治療において、変異亜型を考慮した個別化アプローチの重要性を示唆している。

考察/結論

本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) の前向き遺伝子解析プログラムによって収集された、当時最大規模のBRAF変異肺腺癌コホートの臨床的特徴を詳細に解析した重要な報告である。本研究の結果は、肺腺癌におけるBRAF変異の頻度が約3%であり、全例が喫煙者であるという特徴を明確に示した。これは、EGFR変異やALK転座が非喫煙者に多いことと対照的であり、BRAF変異が喫煙関連の発癌と強く関連していることを示唆する。

先行研究との違い: メラノーマにおけるBRAF変異の90%以上がV600Eであるのに対し、本研究の肺腺癌コホートではV600E変異の割合が50%と著明に低く、G469AやD594Gといったnon-V600E変異が高頻度で認められた点が、これまでのメラノーマ研究とは大きく異なっていた。特にG469A変異はメラノーマでは稀であるため、肺腺癌におけるBRAF変異の亜型分布がメラノーマとは異なることが本研究で初めて示された。また、全BRAF変異患者が白人であったことも、他のドライバー変異群と比較して特徴的であった。この人種間の差異は、先行研究では十分に検討されていなかった点である。

新規性: 本研究で初めて、BRAF変異肺腺癌患者の包括的な臨床背景、変異亜型分布、および予後を大規模かつ前向きに解析したことは新規性が高い。特に、BRAF変異がEGFR、KRAS、ALK変異と相互排他的であること、そして喫煙者においてその頻度が高いという臨床的特徴は、BRAF変異を独立したドライバー変異として位置づける上で重要な知見である。また、V600E以外のBRAF変異亜型が肺腺癌で高頻度であるという発見は、今後の治療戦略を検討する上で極めて重要であり、これまで報告されていない知見である。

臨床応用: 本研究の知見は、BRAF変異肺腺癌の治療戦略に重要な臨床的含意を持つ。メラノーマ向けに開発されたV600E選択的BRAF阻害薬が、肺腺癌のnon-V600E変異に対しては効果が限定的である可能性を示唆している。これは、今後の臨床試験において、BRAF変異亜型に基づいた層別化や、non-V600E変異に対する異なるRAF/MEK経路阻害薬 (例: ソラフェニブ) の検討が必要であることを示唆する。また、喫煙歴の有無がBRAF変異のスクリーニング戦略に影響を与える可能性も考えられる。特に、EGFRおよびKRAS野生型でALK転座陰性の喫煙者におけるBRAF変異の頻度は約10%に達する可能性があり、これらの患者群に対する包括的な遺伝子検査の重要性が強調される。

残された課題: 今後の検討課題として、V600E以外のBRAF変異亜型 (G469A、D594G) に対する効果的な標的治療の確立が挙げられる。これらの変異に対するRAF阻害薬やMEK阻害薬の臨床的有効性を評価する試験が不可欠である。また、BRAF変異肺腺癌における免疫チェックポイント阻害薬の有効性についても検討が必要である。喫煙歴が高い患者群は腫瘍変異負荷 (TMB) が高い傾向にあるため、免疫療法への応答性が期待される。さらに、本研究の追跡期間中央値が短く、BRAF変異群の死亡例が少なかったため、予後に関する解析は予備的なものに留まる。より長期的な追跡と大規模なコホートでの検証が必要である。人種間のBRAF変異頻度の差についても、アジア人を含む多様な人種コホートでのさらなる研究が残された課題である。本研究は後方視的デザインであり、患者選択のバイアスが存在する可能性も limitation として挙げられる。

方法

本研究では、2009年5月から2010年5月の期間にMemorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) で肺腺癌と診断され、かつBRAF、EGFR、KRAS変異解析およびALK転座の蛍光in situハイブリダイゼーション (FISH) 検査を受けた連続697例の患者データを後方視的にレビューしたレトロスペクティブコホート研究である。

患者および臨床データ収集: 全患者の臨床的特徴 (年齢、性別、人種、パフォーマンスステータス、喫煙歴、病期、治療歴) は、前向きに実施された問診票を含む医療記録から収集された。喫煙歴は、初診時に実施された前向き質問票のレビューを通じて取得された。進行期 (IIIB/IV期) のBRAF変異陽性患者については、初回治療前および治療中のCTスキャンをレビューし、RECIST (Response Evaluation Criteria In Solid Tumors) version 1.1に基づき最良の客観的奏効を評価した。全てのカルテレビューおよび組織検体収集は、施設内倫理委員会/プライバシー委員会によって承認されたプロトコルまたは免除の下で実施された。

遺伝子解析:

  • BRAF変異解析: MassARRAYシステム (Sequenom, San Diego, CA) を用いたマトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法 (MALDI-TOF MS) により実施された。BRAF遺伝子のコドンV600、D594、G469を含む変異を標的とするようにプライマーが設計された。プライマー配列はAppendix Table A1 (オンラインのみ) に記載され、詳細なプロトコルは既報である (Arcila et al. J Mol Diagn 2011)。
  • EGFR変異解析: エクソン19欠失およびエクソン21 L858R変異は、以前に報告されたポリメラーゼ連鎖反応 (PCR) ベースのアッセイにより検出された (Pan et al. J Mol Diagn 2005)。
  • KRAS変異解析: エクソン2のコドン12および13における変異は、サンガー配列決定法により同定された (Pao et al. PLoS Med 2005)。
  • ALK転座解析: デュアルカラーブレイクアパートFISHアッセイを用いて検出された。陽性例は、2p23のALK遺伝子座の再配列を示すスプリットシグナル、または5’DNA配列の欠失を示す単一の赤色シグナルが5%以上の細胞に存在する場合と定義された。FISH陽性細胞が5%から15%の症例を含む、組織が利用可能な全症例において、EML4-ALK転座の存在を確認するために、特定のEML4-ALK転写産物に対するPCRまたはALK特異的抗体 (クローンD5F3) を用いた免疫組織化学 (IHC) が実施された。EGFRおよびKRAS変異、EML4-ALK転座は相互排他的であるため、EGFRおよびKRAS野生型 (WT) の患者のみがALK再配列の検査を受けた。

統計解析: 変異ステータス (BRAF、EGFR、KRAS、EML4-ALK) によって決定されたグループ間での臨床的特徴の比較には、Fisherの正確検定およびWilcoxon-Mann-Whitney検定が用いられた。全生存期間 (OS) はKaplan-Meier法を用いて算出された。患者はIIIB/IV期または再発診断日から死亡または最終追跡日まで追跡された。生存データは既存の医療記録または社会保障死亡インデックスを通じて取得され、2010年6月時点で更新された。グループ間の比較はログランク検定により実施された。統計解析はSAS統計ソフトウェア (SAS Institute, Cary, NC) を用いて行われた。多変量解析は、BRAF変異群における死亡例が比較的少なかったため、実施されなかった。