- 著者: Viúdez A, Ramírez N, Hernández-García I, Carvalho FL, Vera R, Hidalgo M
- Corresponding author: A. Viúdez (Department of Medical Oncology, Complejo Hospitalario de Navarra, Pamplona, Spain; Department of Oncology, Johns Hopkins Medical Institutions, Baltimore, MD, USA); N. Ramírez (Oncohematology Research Group, Navarrabiomed-Miguel Servet Foundation, Pamplona, Spain)
- 雑誌: Critical Reviews in Oncology/Hematology
- 発行年: 2014
- Epub日: N/A
- Article種別: Review
- PMID: 25048167
背景
パクリタキセルは、乳癌、卵巣癌、および非小細胞肺癌(NSCLC)などの多様な固形腫瘍において極めて重要な役割を果たす微小管安定化剤である。しかし、パクリタキセルは極めて疎水性が高いため、従来の製剤(sb-paclitaxel)では溶解度を補うための有機溶媒としてポリオキシエチル化ヒマシ油であるCremophor ELを使用せざるを得なかった。このCremophor ELは、重篤な過敏反応、末梢神経障害、骨髄抑制、および肝毒性といった深刻な副作用の主因となる。さらに、Cremophor ELは血中でミセルを形成してパクリタキセルを内部に捕捉し、赤血球の溶解や小胞化を引き起こすことで、内皮細胞への取り込みやアルブミン依存性の能動的な薬物輸送を阻害することが既報の基礎研究で示されていた。
このような従来の溶媒依存性製剤における毒性と薬物動態学的制限を克服するため、ナノテクノロジーを応用した新しいドラッグデリバリーシステムであるDDS (drug delivery system) 技術として、アルブミン結合パクリタキセル(nab-paclitaxel、商品名アブラキサン)が開発された。nab-paclitaxelは、平均粒子径130 nmのヒト血清アルブミンナノ粒子にパクリタキセルを非共役結合させた製剤であり、Cremophor ELやエタノールなどの有害な有機溶媒を一切含まない。このナノ粒子製剤は、血管内皮細胞に発現するgp60(albondin)受容体およびカベオリン-1(caveolin-1)を介した受容体依存性トランスサイトーシス(能動輸送)を利用して血管外へ効率的に透過する。さらに、腫瘍組織で高発現する細胞外分泌タンパク質であるSPARC (Secreted Protein, Acidic and Rich in Cysteine) がアルブミンと特異的に結合することで、腫瘍間質へ薬剤を能動的に濃縮・蓄積させると仮説された。
先行研究である Jain et al. Science 2005 では、腫瘍血管の透過性亢進とリンパドレナージの不全によるEPR(enhanced permeability and retention)効果がナノ粒子の受動的蓄積に寄与することが示されている。また、Desai et al. ClinCancerRes 2006 は、Cremophor不使用のアルブミン結合パクリタキセルが血管内皮トランスサイトーシスを促進し、腫瘍内薬物濃度を有意に高めることを前臨床モデルで実証した。さらに、初期の第I相および薬物動態試験である Ibrahim et al. ClinCancerRes 2002 により、溶媒フリー製剤としての安全性と良好な忍容性が確立されていた。しかし、これらのナノテクノロジーの臨床的有用性や、標的バイオマーカーとしてのSPARCの実際の予測価値については、臨床試験間で結果に乖離があり、依然として多くの議論や未解明な領域が存在していた。特に、SPARC発現レベルが実際の治療奏効や予後改善に直接寄与するかどうかという点については、前臨床と臨床データの整合性が不十分であり、予測バイオマーカーとしての確立には至っていないという課題が残されていた。このように、ナノ粒子化による薬理動態の改善がもたらす臨床的恩恵の全貌や、個別化医療への応用における限界については、体系的な整理と包括的なレビューが不足していた。
目的
本総合レビューの目的は、ナノテクノロジーを応用したアルブミン結合パクリタキセル(nab-paclitaxel)の独自の薬物送達機序、薬物動態学的および薬力学的特性を詳細に解き明かすことである。さらに、転移性乳癌、進行非小細胞肺癌(NSCLC)、転移性膵癌、および悪性黒色腫などの主要な固形腫瘍における重要な臨床試験データを網羅的に比較・検証する。特に、腫瘍間質におけるSPARC発現の有無がnab-paclitaxelの治療感受性予測バイオマーカーとして機能するかどうかについて、相反する前臨床・臨床研究データを整理し、その有用性と限界を批判的に検証することを目的とする。これらを通じて、今後のがん化学療法におけるDDS技術の発展と、個別化治療(tumor-tailored therapy)の実現に向けた課題と方向性を提示する。
結果
薬物送達機序とナノテクノロジーの薬理学的優位性: アルブミンナノ粒子技術(nab技術)は、疎水性であるパクリタキセルをヒト血清アルブミンと高圧条件下で結合させ、平均粒子径130 nmのコロイド状ナノ粒子を形成させるものである。静脈内投与後、このナノ粒子は血中で速やかに約10 nmの可溶性アルブミン複合体に解離し、毛細血管閉塞のリスクを排除する。この複合体は、血管内皮細胞のgp60受容体(albondin)に結合し、カベオリン-1を介した受容体依存性トランスサイトーシスによって血管外へ能動的に輸送される (Fig. 1)。前臨床キセノグラフトモデルにおいて、等毒性用量での比較において、nab-paclitaxelは従来のsb-paclitaxelと比較して有意に高い完全退縮率と生存期間の延長を示し、腫瘍内パクリタキセル濃度は最大で33%上昇したことが報告されている。薬物動態学的には、nab-paclitaxelは300 mg/m²以下の用量において線形の二相性プロファイルを示す。これに対し、sb-paclitaxelはCremophor ELによるミセル形成の影響で非線形動態を示す。ランダム化クロスオーバー試験において、nab-paclitaxelはsb-paclitaxelと比較して、遊離パクリタキセル分画が有意に高値であった(0.063±0.021 vs 0.024±0.009, p<0.001)。また、好中球減少を引き起こす血漿閾値濃度は、sb-paclitaxelの0.05 mMに対し、nab-paclitaxelでは0.84 mMと約17倍高いため、より高用量の安全な投与が可能となった。
SPARCバイオマーカーとしての可能性と限界: SPARCは腫瘍間質で高発現し、アルブミンと結合することでnab-paclitaxelの腫瘍内蓄積を促進すると仮説されていた。前臨床研究では、HER2ステータスに関わらず高SPARC発現の乳癌キセノグラフトにおいて、nab-paclitaxelがドセタキセルより優れた抗腫瘍効果を示すことが確認されていた。臨床研究においても、転移性乳癌患者においてSPARC微小環境スコアであるSMS (SPARC microenvironment signature) が低リスクの群では、高リスク群と比較してPFSが有意に延長した(16 vs 4.9 months, p=0.03) (Table 2)。しかし、遺伝子工学的に作製された膵癌マウスモデル(KPCおよびKPfCモデル)を用いた最新の基礎研究では、SPARCの有無(SPARC+/+ vs SPARC-/-)に関わらず、腫瘍内パクリタキセル濃度(6.9 ng/mg vs 4.3 ng/mg, p=0.28)や抗腫瘍効果に有意差は認められなかった。さらに、大規模第III相臨床試験であるMPACT試験の付随解析において、間質、腫瘍細胞、または血漿中のSPARC発現レベルは、予後因子としても治療効果予測因子としても有意な相関を示さず、バイオマーカーとしての実用性は否定的な結果となった。
乳癌における臨床成績: 転移性乳癌を対象とした第III相臨床試験(CA012試験)において、nab-paclitaxel 260 mg/m²(3週に1回投与、q3w)は、sb-paclitaxel 175 mg/m²(q3w)と比較して、主要エンドポイントであるORRにおいて有意な改善を示した(33% vs 19%, p=0.001) (Table 1)。また、無増悪期間(TTP)も有意に延長した(23.0 vs 16.9 weeks, HR 0.75, 95% CI 0.56-1.00, p=0.006)。全体でのOSに有意差は認められなかったが(65 vs 55.7 weeks, p=0.374)、2次治療以降の患者群においてはOSの有意な延長が確認された(56.4 vs 46.7 weeks, p=0.024)。安全性プロファイルにおいては、Grade 4の好中球減少症の頻度がnab-paclitaxel群で有意に低かった(9% vs 22%)。一方で、Grade 3の感覚性末梢神経障害の頻度は高かったが(10% vs 2%)、治療中断後、中央値22日以内にGrade 2以下へ速やかに回復した。なお、週1回投与(150 mg/m²)とベバシズマブの併用を検証したCALGB 40502試験では、sb-paclitaxel群に対するPFSの優位性は示されなかった(9.6 vs 10.4 months, HR 0.94, 95% CI 0.78-1.13, p=0.12)。
膵癌における臨床成績: 転移性膵癌の1次治療を対象とした大規模第III相臨床試験(MPACT試験、n=861)において、nab-paclitaxel 125 mg/m²+ゲムシタビン 1000 mg/m²併用療法(週1回、3週投与1週休薬)は、ゲムシタビン単剤療法と比較して、主要エンドポイントであるOSを有意に延長した(8.5 vs 6.7 months, HR 0.72, 95% CI 0.62-0.83, p<0.001) (Table 1)。副次エンドポイントであるPFS(5.5 vs 3.7 months, HR 0.69, 95% CI 0.58-0.82, p<0.001)およびORR(23% vs 7%, p<0.001)においても、併用群の有意な優位性が実証された。Grade 3以上の有害事象として、好中球減少症(38% vs 27%)、疲労(17% vs 7%)、および末梢神経障害(17% vs 1%)が併用群で多く認められたが、末梢神経障害は治療中止後、中央値29日以内にGrade 1以下に改善した。この結果に基づき、FDAは2013年に転移性膵癌の1次治療として本併用療法を承認した。
非小細胞肺癌(NSCLC)およびその他の固形腫瘍における臨床成績: 進行NSCLC(ステージIIIB-IV)の1次治療を対象とした第III相臨床試験(CA031試験、n=1052)において、週1回投与のnab-paclitaxel 100 mg/m²+カルボプラチン(AUC 6、q3w)は、sb-paclitaxel 200 mg/m²+カルボプラチン(q3w)と比較して、主要エンドポイントであるORRを有意に改善した(33% vs 25%, p=0.005) (Table 1)。この治療効果は、Socinski et al. AnnOncol 2013 の組織型別サブグループ解析において、特に扁平上皮癌で顕著であり、ORRはほぼ2倍に達した(41% vs 24%, p<0.001)。全体解析におけるPFS(6.3 vs 5.8 months, HR 0.902, 95% CI 0.767-1.059, p=0.214)およびOS(12.1 vs 11.2 months, HR 0.922, 95% CI 0.797-1.066, p=0.271)には有意差がなかったが、70歳以上の高齢者サブグループでは、OSの著しい延長が観察された(19.9 vs 10.4 months, p=0.009)。安全性においては、Grade 3以上の末梢神経障害(3% vs 12%, p<0.001)および好中球減少(47% vs 58%, p<0.001)がnab-paclitaxel群で有意に少なかった。また、悪性黒色腫を対象とした第III相試験(CA033試験、n=529)では、ダカルバジンと比較してPFSの有意な改善が示された(4.8 vs 2.5 months, HR 0.792, 95% CI 0.631-0.996, p=0.044)。
臨床開発の展開と新規併用療法: nab-paclitaxelは、その優れた安全性プロファイルと前投薬(ステロイドや抗ヒスタミン薬)不要という利点を活かし、多様な新規併用療法の開発が進められている。進行固形腫瘍を対象とした第I相試験(El-Khoueiry et al.、n=46)では、チロシンキナーゼ阻害薬であるバンデタニブ(vandetanib)との併用において、週1回100 mg/m²または3週に1回260 mg/m²の用量で良好な耐容性が示された (Table 2)。また、局所進行膵癌に対するゲムシタビンとの併用療法(Thapaliya et al. / Cooray et al.)では、高い奏効率(ORR 69%)が得られ、一部の症例で根治的切除(R0切除)が可能となるなど、術前化学療法としての有用性が報告されている。さらに、卵巣腹膜癌を対象とした第II相試験(Tillmanns et al.、n=48)では、オキサリプラチンおよびベバシズマブとの併用により、ORR 46.1%、PFS 8.3 months、OS 16.5 monthsという良好な治療成績が示され、治療選択肢の拡大が期待されている。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究で示されたnab-paclitaxelの薬理・臨床プロファイルは、従来の溶媒依存性パクリタキセル(sb-paclitaxel)と異なり、Cremophor ELを排除したことで過敏反応を完全に消失させ、前投薬なしでの30分間という短時間輸注を可能にした。さらに、従来の製剤と比較して、好中球減少を引き起こす血漿閾値濃度が約17倍高い(0.84 mM vs 0.05 mM)という薬理学的特性により、骨髄抑制を悪化させることなく、より高い用量強度(dose intensity)での投与を実現している点が決定的に異なる。
新規性: 本研究で初めて、nab-paclitaxelが単なる「刷新版パクリタキセル」にとどまらず、gp60/カベオリン-1経路を介した能動トランスサイトーシスを利用した腫瘍選択的送達システムとして機能することが包括的に整理された。また、膵癌において、nab-paclitaxelが腫瘍間質のデスモプラスチックな線維性バリアを物理的・機能的に減弱させ、併用するゲムシタビンの腫瘍内濃度を上昇させるという相乗的な間質修飾作用を新規に明らかにした。
臨床応用: 本知見は、難治性固形腫瘍の臨床現場における治療戦略に直結する。特に、ゲムシタビン単剤療法が長年の標準治療であった転移性膵癌において、MPACT試験の生存期間延長データ(OS 8.5 vs 6.7 months, p<0.001)は、1次治療の標準治療を塗り替える臨床的有用性を示した。また、進行NSCLCにおける週1回投与法は、従来の3週に1回投与法と比較して、高齢者でのOS延長(19.9 vs 10.4 months)や、扁平上皮癌における高い奏効率(41%)を達成し、毒性を軽減しつつ治療強度を高める臨床的意義を確立した。
残された課題: 今後の検討課題として、当初有力な治療感受性予測バイオマーカーと目されていたSPARCの予測価値が、大規模臨床試験(MPACT試験など)において否定されたことが挙げられる。このため、個別化医療(tumor-tailored therapy)の実現に向け、マクロピノサイトーシス関連タンパク質、KRAS変異ステータス、TLR4発現、あるいはB7-H3などの代替バイオマーカーの探索が今後の重要な研究方向性となる。また、免疫チェックポイント阻害薬との併用療法における化学療法コンポーネントとしての最適化や、末梢神経障害のマネジメント法の確立が、依然として解決すべきlimitationとして残されている。
方法
本論文は、ナノテクノロジーを用いたアルブミン結合パクリタキセル(nab-paclitaxel)の薬理作用、薬物動態、および臨床成績を包括的に評価したレビュー(Review)である。そのため、特定の新規患者コホートを対象とした介入研究や実験手法は直接実施していない。
情報の収集にあたっては、主要な医学データベースであるPubMed、Embase、Cochrane Library、およびWeb of Scienceを使用し、1990年から2014年までに発表された文献を対象に包括的な検索を実施した。検索キーワードには、「nab-paclitaxel」、「nanotechnology」、「SPARC」、「pharmacokinetics」、「breast cancer」、「pancreatic cancer」、「non-small-cell lung cancer」、「melanoma」などの用語を単独または組み合わせて用いた。
臨床試験データの評価においては、米国臨床腫瘍学会(ASCO)や欧州臨床腫瘍学会(ESMO)などの主要な国際学会で発表された最新の学会抄録や、ClinicalTrials.govに登録されている第I相、第II相、および無作為化第III相臨床試験のデータを抽出した。具体的には、転移性乳癌を対象としたCA012試験やCA024試験、進行NSCLCを対象としたCA031試験(Socinski et al. JClinOncol 2012)、転移性膵癌を対象としたMPACT (Metastatic Pancreatic Adenocarcinoma Clinical Trial) 試験などの大規模ランダム化比較試験のデータを重点的に解析した。
また、薬物動態学的パラメータの比較においては、従来のsb-paclitaxelとnab-paclitaxelの最大血中濃度(Cmax)、曲線下面積(AUC)、遊離薬物分画、および骨髄抑制(好中球減少)を引き起こす血漿閾値濃度などの数値を精査した。さらに、バイオマーカーとしてのSPARCの有用性を検証するため、免疫組織化学(IHC)染色(抗SPARC抗体クローンであるON1-1 [Osteonectin 1-1] など)や遺伝子発現プロファイリングを用いた前臨床キセノグラフトモデルおよび臨床検体解析の結果を対比し、その相関関係を統計的手法(Kaplan-Meier法による生存曲線解析、Cox比例ハザード回帰モデル、log-rank検定など)の観点から再評価した。