- 著者: K. Kunimasa, H. Nakamura, K. Sakai, M. Kimura, T. Inoue, M. Tamiya, K. Nishino, T. Kumagai, S. Nakatsuka, H. Endo, M. Inoue, K. Nishio, F. Imamura
- Corresponding author: K. Kunimasa (Department of Thoracic Oncology, Osaka International Cancer Institute, Osaka, Japan)
- 雑誌: Annals of Oncology
- 発行年: 2018
- Epub日: 2018-08-07
- Article種別: Case Report
- PMID: 30099497
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) に対するPD-1阻害薬の有効性は、複数の臨床試験で低いことが報告されており、EGFR変異陽性はPD-1阻害薬に対する相対的な抵抗性因子として認識されてきた Haratani et al. AnnOncol 2017。しかし、EGFR活性化変異陽性NSCLCにおいてもPD-L1高発現を示す症例が存在することは報告されていたが Azuma et al. AnnOncol 2014、EGFR変異とPD-L1発現の共存が治療成績にどう影響するかは未解明であった。特に、EGFR変異陽性かつPD-L1高発現という稀なプロファイルを持つ症例における、EGFR-TKI耐性後のPD-1阻害薬の奏効機序に関する詳細な分子病理学的解析は不足していた。
NSCLCの腫瘍内不均一性 (intratumor heterogeneity, ITH) の観点では、ゲノム進化追跡研究 (TRACERx) によりEGFR変異が一般に早期クローナルイベントとして存在することが示されていた Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017。しかし、EGFR変異がサブクローナルに留まり、PD-L1高発現クローンと空間的に解離して共存するという腫瘍内不均一性の実例、およびその不均一性がEGFR-TKIとPD-1阻害薬双方の治療効果に与える影響を分子・蛋白レベルで実証した報告はこれまで存在しなかった。このような腫瘍内不均一性とEGFR-TKI / PD-1阻害薬の治療効果を統合的に説明する分子機序は未解明であり、クローン動態の同時可視化手法も不足していた。本研究は、この知識のギャップを埋めることを目的とする。
目的
本研究の目的は、EGFR変異クローンとPD-L1高発現クローンの腫瘍内不均一性が、EGFR-TKIとPD-1阻害薬の治療効果に与える影響を1症例において分子・病理学的に解析し、臨床的示唆を提示することである。具体的には、EGFR変異陽性かつPD-L1高発現のNSCLC患者がEGFR-TKI耐性後にPD-1阻害薬で劇的な奏効を示した症例を対象に、次世代シーケンシング (NGS) とドロップレットデジタルPCR (ddPCR) による遺伝子変異解析、および免疫蛍光二重染色による腫瘍内クローンの空間分布解析を実施し、その治療効果の背景にある分子メカニズムを解明することを目指した。この解析を通じて、腫瘍内不均一性が個別化治療戦略に与える影響を評価する。
結果
初診時の腫瘍プロファイルとEGFR-TKI治療: 62歳のアジア系女性患者 (喫煙者、62 pack-years) は、右腸骨転移と肺結節を伴う進行肺腺癌と診断された。CT誘導生検 (右腸骨転移) により、PNA-LNA PCRクランプ法でEGFR exon 19欠失が同定され、PD-L1 TPSは90%であった。Erlotinibと右腸骨への放射線治療を開始したが、わずか2か月後のCTで多発新病変が出現し、早期のEGFR-TKI耐性を示した。この時点でT790M変異は検索されなかった。
EGFR変異の消失とPD-L1高発現の維持: Erlotinib耐性後に実施された胸壁転移のCT誘導生検をQIAseq comprehensive cancer panelで解析したところ、EGFR変異は検出されなかった (変異頻度 <1%)。一方、PD-L1 TPSは95%と高値を維持していた。KRAS、TP53を含む90%以上の変異は初診時の右腸骨生検と胸壁生検で共通しており、同一クローン起源であることが確認されたが、EGFR変異のみが消失していた。
ddPCRによるEGFR変異のサブクローナル性: ddPCRによるEGFR Del19変異指数の詳細な定量では、初診時の右腸骨生検で0.18%であった変異頻度が、EGFR-TKI耐性後の胸壁生検では0.06%に減少していた (95% CI: 0.01-0.12%) (Figure 1)。この変異頻度は標準的なNGSの検出閾値 (1%) を大幅に下回るものであり、通常の解析では「EGFR変異陰性」と判定されるレベルであった。この結果は、EGFR変異が極めて低頻度のサブクローナル変異として存在することを示唆している。
免疫蛍光二重染色による腫瘍内不均一性の視覚的実証: 抗EGFR Del19特異抗体と抗PD-L1抗体を用いた免疫蛍光二重染色を両生検検体に実施した。初診時の右腸骨生検では、抗EGFR Del19特異抗体陽性クローンと抗PD-L1抗体陽性クローンが空間的に明確に分離した不均一な分布を示した (Figure 2a)。EGFR変異クローンは腫瘍の一部に限定され、PD-L1高発現クローンとは異なる領域に局在していた。
クローン動態の変化: EGFR-TKI耐性後の胸壁生検では、EGFR変異クローンが極めて少数となり、PD-L1高発現クローンが腫瘍の大部分を占めていた (Figure 2b)。この免疫蛍光解析により、同一腫瘍内にEGFR変異主体クローンとPD-L1高発現主体クローンが共存し、空間的に偏在するという腫瘍内不均一性が、蛋白レベルで視覚的に初めて実証された (Figure 2c)。EGFR-TKI治療によりEGFR変異クローンが選択的に抑制され、PD-L1高発現クローンが優勢になった動態が示唆された。
Pembrolizumab二次治療によるCR達成: Pembrolizumab二次治療を開始したところ、第一コース投与後に右股関節痛が劇的に改善した。3コース後のCT評価では、原発巣と全転移巣の完全消失 (CR) を達成した (Figure 3)。これは、EGFR変異クローンが少数サブクローンとなり、PD-L1高発現クローンが腫瘍の主体となった状況で、PD-1阻害薬が著明な抗腫瘍効果を発揮した初の形態学的・分子的実証例である。EGFR-TKI短期耐性 (2か月)・T790M陰性・PD-L1 TPS高値 (95%) という複合特性がpembrolizumab奏効の前提条件として働いたことが示唆される。
考察/結論
先行研究ではEGFR変異NSCLCへのPD-1阻害薬の奏効率は低いとされており、EGFR変異が腫瘍免疫微小環境を抑制する機序が示唆されていた Haratani et al. AnnOncol 2017。これに対し本症例は、EGFR変異NSCLCにおいてEGFR変異がサブクローナル変異として存在しうること、そしてEGFR変異クローンの縮小とPD-L1高発現クローンの台頭という腫瘍内不均一性の動的変化により、PD-1阻害薬が劇的な奏効 (CR) を示す可能性を初めて提示した。
先行研究との違い: TRACERx研究においてEGFR変異が早期クローナルイベントとして報告されているのと異なり Jamal-Hanjani et al. NEnglJMed 2017、本症例ではEGFR変異がサブクローナルであり、ddPCRでも0.06〜0.18%という極低頻度にしか検出されず、通常NGS (変異頻度閾値1%) では「EGFR変異陰性」と判定される領域にあった。このことは、超高感度アッセイ使用時の低頻度変異の臨床解釈に注意が必要であることを示唆する。
新規性: 新規な知見として、本症例は免疫蛍光二重染色によりEGFR変異クローンとPD-L1高発現クローンの空間的分離を蛋白レベルで初めて視覚的に実証し、この腫瘍内不均一性がEGFR-TKI短期耐性とPD-1阻害薬著効双方の機序を説明しうることを示した。EGFR変異陽性かつPD-L1高発現NSCLCでのPD-1阻害薬の奏効率は既存研究でも示唆されていたが Yoneshima et al. LungCancer 2018、分子レベルでのサブクローナル構造との関連を実証した本例は新たな視点を提供する。
臨床応用: 臨床応用の観点から、EGFR-TKI短期耐性 (2か月以内)・T790M陰性・PD-L1 TPS高値 (≥50%) が重なる症例では、EGFR変異がサブクローナルである可能性を考慮し、ddPCRによる精密変異インデックス測定とPD-1阻害薬への転換を検討する価値がある。このような複合的な臨床プロファイルを持つ患者群において、腫瘍内不均一性の評価が個別化治療戦略の決定に重要な役割を果たす可能性が示唆される。
残された課題: 残された課題として、サブクローナルEGFR変異を持つNSCLCにおけるPD-1阻害薬の奏効率・奏効持続期間を前向きコホートで検証すること、EGFR変異クローンとPD-L1発現クローンの空間的不均一性の定量化法の標準化、および液体生検を用いた経時的クローン動態モニタリングとの相関解析が挙げられる。本症例は単例報告であり一般化には限界があるが、腫瘍内不均一性を考慮した個別化治療戦略の重要性を提示した点で意義深い。
方法
本研究は、進行肺腺癌患者1例を対象とした症例報告であり、後方視的コホート研究デザインに準ずる。患者は62歳のアジア系女性で、62 pack-yearsの喫煙歴があった。本研究は倫理委員会の承認を得て実施され、患者からは書面によるインフォームドコンセントが得られた。
診断と初期治療: 初診時、右腸骨転移と肺結節が確認された。CT誘導生検により、右腸骨転移巣からEGFR exon 19欠失がPNA-LNA (peptide nucleic acid-locked nucleic acid) PCRクランプ法で同定された。この方法は感度97%、特異度100%と報告されている Tanaka et al. Cancer Sci 2007。同時に、PD-L1腫瘍細胞比率 (TPS) が90%であることが確認された。患者はErlotinibと右腸骨への放射線治療を開始した。
EGFR-TKI耐性後の再生検と分子解析: Erlotinib開始から2か月後、多発新病変が出現したため、胸壁転移のCT誘導生検が実施された。この再生検検体に対し、以下の分子解析を行った。
- 腫瘍遺伝子解析: QIAseq comprehensive cancer panel (QIAGEN N.V., Hilden, Germany) を用いた次世代シーケンシング (NGS) を実施した。QIAseq comprehensive cancer panelは、既知の癌関連遺伝子のホットスポット変異、コピー数変異、融合遺伝子を検出するために設計された。カバレッジ中央値は3,154xであり、変異アレル頻度検出閾値は0.29%であった。ホットスポット変異の検出限界は1%と設定された。KRAS、TP53を含む90%以上の変異が初診時の右腸骨生検と胸壁生検で共通しているかを確認した。
- EGFR変異の絶対定量: ドロップレットデジタルPCR (ddPCR) を用いて、EGFR Del19 (exon 19 deletion) 変異指数の絶対定量を行った。ddPCRは、微量なDNAサンプルから特定の遺伝子変異を高い感度で検出できる技術である。Poisson統計解析により、変異コピー数とその95%信頼区間 (CI) を精密に算出した。このddPCRは、標準的なNGSでは検出困難な低頻度変異の検出を可能にする。
- 免疫蛍光二重染色: 初診時の右腸骨生検検体とEGFR-TKI耐性後の胸壁生検検体の両方に対し、免疫蛍光二重染色を実施した。抗EGFR Del19特異抗体 (Cell Signaling Technology #2085) と抗PD-L1抗体 (Abcam ab210931) を用いて、腫瘍内クローンの空間分布を同時に可視化した。DAPI (4,6-diamidino-2-phenylindole) で核を染色し、各クローンの相対的な存在比率と空間的配置を評価した。
二次治療: 分子解析の結果に基づき、患者はPembrolizumabによる二次治療を開始した。治療効果はCTスキャンにより評価され、RECIST 1.1基準に従って判定された。