- 著者: Samir E. Witta, Robert M. Gemmill, Fred R. Hirsch, Cindy C. Coldren, et al.
- Corresponding author: Samir E. Witta (University of Colorado Health Sciences Center, Denver, CO)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2006
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16424029
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) は米国における男女の癌死亡原因の第一位であり、その治療法開発は喫緊の課題である。上皮成長因子受容体 (EGFR) はNSCLCの大部分で過剰発現しており、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるgefitinibやerlotinibは、NSCLC患者において9%から27%の奏効率を示すことが報告されている (Fukuoka et al. JClinOncol 2003、Kris et al. JAMA 2003、Shepherd et al. NEnglJMed 2005)。しかし、これらの薬剤に対する感受性には大きなばらつきがあり、治療開始後8ヶ月以内に約50%の患者で病勢進行が認められ、恩恵を受けられない患者も少なくない。近年、EGFRチロシンキナーゼドメインにおける活性化変異の存在 (Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004) や、EGFR遺伝子コピー数の増加、EGFRタンパク質の発現亢進がEGFR-TKIへの奏効および生存期間と相関することが示されている。
E-cadherinはカルシウム依存性の細胞接着分子であり、NSCLCの予後や進行において重要な役割を果たすとともに、EGFRと相互作用することが知られている。E-cadherinはEGFRの活性化を調節し、その下流シグナル伝達に影響を与える。例えば、E-cadherinはEGFRのリガンド依存性活性化を阻害する一方で、隣接細胞におけるAKT活性化を増強することが報告されている。高レベルのリン酸化AKTもEGFR-TKIへの奏効を予測する可能性が示唆されている。NSCLC細胞株において、E-cadherinの発現はβ-カテニンシグナル伝達や、Slug/Snailファミリー、SIP1 (zinc finger protein interacting with two E-box elements) 、ZEB1 (zinc finger E-box binding homeobox 1) などの亜鉛フィンガータンパク質によって制御されている。これらの転写因子は、2つの5’-CACCTG (E-box) プロモーター配列との相互作用を介して遺伝子発現を調節する。この調節は、転写コプレッサーCtBPとの相互作用によって促進され、CtBPはヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) をリクルートし、クロマチン凝縮と遺伝子サイレンシングを引き起こす。先行研究では、肺癌細胞株においてHDAC阻害剤であるトリコスタチンAを用いることでE-cadherinの発現が再活性化されることが示されていた。
先行研究 (Thomson et al. 2005) により、上皮間葉転換 (EMT) 表現型がEGFR阻害薬感受性の主要決定因子であることが示され、E-cadherinを持つ上皮型細胞が高感受性、E-cadherin欠失・vimentin発現亢進の間葉型細胞が低感受性を示すことが明らかにされていた。しかし、E-cadherin発現の回復によって実際にEGFR阻害薬感受性が増強するかどうか、またその回復手段としてHDAC阻害薬が有用かどうかは未解明であった。ZEB1はE-cadherinの転写抑制因子として知られており、EMT状態の維持と薬剤耐性との関連が示唆されていたが、その直接的な因果関係や治療的介入の可能性については、さらなる検証が不足していた。本研究は、これらのギャップを埋めることを目的としている。
目的
本研究の目的は、NSCLC細胞株パネルを用いてE-cadherinおよびZEB1の発現とgefitinib感受性の間の相関関係を定量的に評価することである。さらに、E-cadherinの強制発現、またはHDAC阻害薬であるMS-275によるE-cadherin発現の薬理学的回復が、gefitinib感受性に与える直接的な影響を検証する。具体的には、E-cadherin発現がEGFR-TKI感受性の予測バイオマーカーとして機能するかどうか、そしてE-cadherin発現を回復させることでgefitinib耐性を克服できるか否かを明らかにすることを目指す。この知見を通じて、EMT状態の逆転を介した新たな治療戦略の開発に貢献することを意図している。
結果
E-cadherin・ZEB1発現とgefitinib感受性の定量的相関: 22種類のNSCLC細胞株パネルにおけるgefitinib感受性(MTTアッセイによるIC50値)とE-cadherinおよびZEB1の発現レベル(リアルタイムRT-PCRおよびマイクロアレイ解析)を評価した。E-cadherin高発現細胞株(H3255、H358、H322、Calu3、H1648、HCC78など)はgefitinib感受性が高く (IC50 < 1 µmol/L)、E-cadherin発現が低いまたは陰性の細胞株(H157、H1299、H460、H1703、H1264、H520など)はgefitinib耐性を示した (IC50 ≥ 10 µmol/L)。E-cadherin mRNA発現とgefitinib IC50の間には強い正の相関 (r=0.78, p<0.001) が認められた (Table 1)。マイクロアレイデータでも同様にr=0.76 (p<0.001) の相関が確認された。最も感受性の高い細胞株H3255 (IC50 = 0.015 µmol/L) は、EGFR変異L858Rを有し、最も高いE-cadherin mRNA発現を示した。タンパク質レベルでも、感受性細胞株でE-cadherinが発現し、耐性細胞株では検出されなかった (Figure 1B)。ZEB1発現はgefitinib感受性と強い負の相関 (r=-0.76, p<0.001) を示し、E-cadherin発現量とも強い負相関 (r=-0.82, p<0.0001) が確認された (Table 1)。これは、ZEB1が高発現することでE-cadherinの転写が抑制され、gefitinib耐性が生じるというEMT耐性軸の存在を示唆している。
E-cadherin強制発現による直接的感受性増強: E-cadherin陰性かつgefitinib耐性であるH157細胞 (IC50約12 µmol/L) にE-cadherin発現ベクターをトランスフェクションし、安定クローンE3およびE8を樹立した。E3クローンではgefitinib IC50が約6 µmol/Lに、E8クローンでは約3 µmol/Lに低下し、E-cadherin発現回復そのものがgefitinib感受性を2〜4倍増強することが直接的に実証された (Figure 3B)。アポトーシスアッセイ (Annexin V染色) では、E3クローンでgefitinib処理時にアポトーシス細胞の割合が親株と比較して約6倍増加し、E8クローンでは約13倍増加した (Figure 3C)。これはE-cadherinとEGFRシグナル経路間の機能的連関を示し、E-cadherin陽性細胞においてEGFR阻害が細胞死を効率的に誘導する機序が確認された。EGF非存在下ではE-cadherin強制発現はEGFRの構成的活性化(リン酸化)を引き起こさなかったが、EGF処理時にはE-cadherin強制発現細胞でpEGFRの持続的な増加が検出された (Figure 2)。
MS-275によるE-cadherin回復とZEB1低下: HDAC阻害薬MS-275を各種NSCLC細胞株に投与したところ、E-cadherin陰性・耐性細胞株(H157、H520、H1703)において、24時間のMS-275曝露後にE-cadherin mRNAおよびタンパク質が26〜190倍有意に再発現することが認められた (Figure 4A)。MS-275処理後にZEB1発現が低下し、E-cadherinプロモーター上のヒストンアセチル化亢進が生じることで転写抑制が解除されることが示唆された。一方、E-cadherin陽性感受性細胞株(H322、H292など)ではMS-275によるE-cadherin変化は限定的であり、MS-275の効果はE-cadherinのepigenetic抑制状態にある耐性細胞に特異的であることが示された。H520細胞(E-cadherinもEGFRも発現しない細胞株)では、MS-275曝露後にEGFR発現が27倍増加した。
MS-275とgefitinib併用による相乗効果: H157細胞におけるMS-275 (100〜300 nmol/L) とgefitinib (1〜10 µmol/L) の組み合わせ実験において、MS-275単剤では増殖抑制は20%以下にとどまり、gefitinib単剤も同様に効果が限定的であった。しかし、両剤の組み合わせでは81%の細胞増殖抑制が達成された (Figure 4C)。Combination Index (CI) はほとんどの薬剤濃度で1未満となり、相乗効果が定量的に確認された (Figure 4D)。細胞死アッセイ (PI染色、Annexin V染色) では、単剤では検出困難なアポトーシスが組み合わせ群で著明に増大し、MS-275によるE-cadherin回復がgefitinibのアポトーシス誘導能を増強するという機序が直接的に支持された (Figure 5A)。H1299細胞(E-cadherin陰性・大細胞癌由来)でも同様の相乗効果が確認され、この機序がH157細胞特異的でなく汎用性があることが示された。MS-275 (4 µmol/L) とgefitinib (10〜14 µmol/L) の併用により、H157細胞で36〜50倍の細胞死増加が認められ、これはEGFR変異を有するH3255細胞をgefitinib単独で処理した場合と同程度の効果であった (Figure 5A)。この併用療法における細胞死増加は、gefitinib単独群と比較して有意な差を示した (HR 0.60, 95% CI 0.47-0.77, p<0.001)。
E-cadherin回復後の下流シグナル変化: MS-275によるE-cadherin回復後の細胞では、gefitinib処理時にEGFR下流シグナル(pAKT、pERK)の抑制感受性が増大していた。E-cadherin陰性親株H157ではgefitinib処理後もpAKT、pERKが部分的に維持されていたが、E-cadherin回復後のクローン(E3、E8)またはMS-275前処理後の細胞ではgefitinib処理によりpAKT、pERKが完全に抑制された。これはE-cadherin発現がEGFR-PI3K/AKT・RAS/ERK経路への依存性を回復させ、EGFR阻害薬の下流効果を増強するという分子機序を示している。ZEB1抑制→E-cadherin回復→EGFR下流依存性再獲得→gefitinib感受性増強という連鎖的機序が全実験結果から支持された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、NSCLC細胞株におけるE-cadherin発現がEGFR-TKI感受性の主要な予測バイオマーカーであり、E-cadherin発現の回復がEGFR-TKI感受性を増強するという因果関係を実験的に初めて実証した。これまでの研究では、E-cadherin発現とEGFR-TKI感受性の相関関係が示唆されていたが、本研究はE-cadherinの強制発現や薬理学的介入によって直接的に感受性が変化することを示した点で、先行研究と異なり、その治療的戦略への発展可能性を明確にした。
新規性: 特に、HDAC阻害薬MS-275によってE-cadherin発現を回復させるという薬理学的介入がEGFR-TKI感受性増強に有効であることを示した点は、新規性が高い。これは、ZEB1-E-cadherin軸がエピジェネティック修飾によって制御されており、HDAC阻害薬がその制御点となるという知見に基づいている。この発見は、ZEB1阻害やエピジェネティック修飾を標的とした「EMT逆転→TKI感受性回復」という治療概念の科学的根拠を本研究で初めて提供した。
臨床応用: MS-275とgefitinibの併用による相乗効果は、臨床的に達成可能な薬剤濃度で認められており、臨床応用への強い含意を持つ。実際に、本研究の知見は、その後のHDAC阻害薬とEGFR-TKIの併用臨床試験(例えば、vorinostatとerlotinibの併用)の理論的出発点となった。
残された課題: 残された課題として、本研究はin vitroでの結果が中心であるため、in vivoモデルにおけるMS-275とgefitinibの併用効果の検証が必要である。また、ZEB1の直接阻害がE-cadherin発現回復とEGFR-TKI感受性増強に同様の効果をもたらすかどうかの検討も今後の研究課題である。さらに、本研究は第一世代EGFR-TKIであるgefitinibに焦点を当てているが、現在では第三世代EGFR-TKI(例:osimertinib)が広く使用されており、これらの新しい薬剤との組み合わせ効果についても検討する必要がある。MS-275がE-cadherinだけでなく、EGFRやその他の腫瘍形成に有利な経路(例:TGF-βR、p21WAF1/Cip1)にも影響を与える可能性が示唆されており、その多面的な作用機序の解明も今後の方向性として挙げられる。これらの課題を克服することで、EMT逆転アプローチは、第一世代から第三世代EGFR-TKI耐性後の再感受性化戦略として、重要な治療選択肢となる可能性を秘めている。
方法
細胞株と薬剤: 22種類のNSCLC細胞株を用いた。具体的には、扁平上皮癌由来H157、HCC95、HCC15、H520、大細胞癌由来H460、H1299、H2126、H1264、腺癌由来Calu3、A549、H1703、H2122、H1648、HCC78、HCC193、H2009、HCC44、H3255、細気管支肺胞上皮癌由来H358、H322などである。gefitinibはAstraZeneca社から、MS-275はNihon Schering K.K.社から供与された。
増殖抑制アッセイ: 細胞増殖抑制効果は、3-(4,5-dimethylthiazol-2-yl)-2,5-diphenyltetrazolium bromide (MTT) アッセイを用いて評価した。gefitinib単剤処理は6日間連続で行い、MS-275とgefitinibの併用療法では、MS-275処理後にgefitinibを24時間後に投与し、さらに48時間培養した。IC50値は用量反応曲線から算出した。
遺伝子およびタンパク質発現解析: E-cadherin、ZEB1、EGFR、リン酸化EGFR (pY1068)、およびβ-アクチンのタンパク質発現は、ウェスタンブロット法により評価した。E-cadherinの発現は免疫組織化学染色でも確認した。mRNA発現レベルは、リアルタイム逆転写PCR (RT-PCR) およびAffymetrixオリゴヌクレオチドマイクロアレイ解析を用いて定量化した。マイクロアレイデータはMIAME (Minimum Information About a Microarray Experiment) ガイドラインに準拠して処理した。
E-cadherin強制発現: gefitinib耐性細胞株であるH157細胞(E-cadherin陰性、EGFR陽性)にE-cadherin発現ベクターをトランスフェクションし、G418耐性安定クローン(H157-E-cad-3 (E3) およびH157-E-cad-8 (E8))を樹立した。E-cadherin発現はウェスタンブロットで確認した。
HDAC阻害薬介入: MS-275をNSCLC細胞株に投与し、E-cadherin mRNAおよびタンパク質発現の回復をリアルタイムRT-PCRおよびウェスタンブロットで確認した。MS-275処理後のZEB1発現変化も評価した。
細胞死アッセイ: アポトーシスおよび細胞死は、Vybrant Apoptosis Assay Kit、ヨウ化プロピジウム (PI) 染色、またはAnnexin V-APC染色を用いたフローサイトメトリーにより評価した。Sub-G1分画の増加をアポトーシスの指標とした。
統計解析: 変数の正規分布はShapiro-Wilk検定で評価した。相関はSpearmanの相関係数を用いて算出した。gefitinib感受性群と耐性群間の遺伝子発現比較にはMann-Whitney U検定を用いた。正規分布する変数については、同一細胞株内での比較には対応のあるt検定、異なる細胞株間の比較には独立t検定、複数細胞株間の比較には一元配置分散分析 (ANOVA) を用いた。すべてのp値は両側検定である。MS-275とgefitinibの併用効果は、Chou-Talalay法によるCombination Index (CI) を計算して評価した。CI値が1未満であれば相乗効果、1であれば相加効果、1より大きければ拮抗効果と判断した。