- 著者: Takayuki Nakagawa, Shigeki Takeuchi, Tetsuya Yamada, Shinji Nanjo, Daisuke Gomi, Yoko Yoshida, et al.
- Corresponding author: Seiji Yano (Kanazawa University)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2013
- Epub日: 2013-02-04
- Article種別: Original Article
- PMID: 23382048
背景
EGFR遺伝子変異陽性の非小細胞肺がん (NSCLC) に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) は、劇的な治療効果を示すものの、約20〜30%の患者で内因性薬剤耐性が認められ、また奏効した患者でも最終的には獲得耐性を発現する。獲得耐性のメカニズムとしては、EGFR T790M変異、MET遺伝子増幅によるバイパスシグナル活性化、小細胞肺がんへの形質転換、上皮間葉転換 (EMT) などが報告されているが、内因性耐性のメカニズムは十分に解明されていない点が課題であった。Sequist et al. SciTranslMed 2011
BIM (BCL2-interacting mediator of cell death) は、BCL-2ファミリーに属するBH3ドメインのみを持つプロアポトーシス性タンパク質であり、EGFR-TKIによって誘導されるアポトーシスの主要なエフェクターであることが知られている。EGFRシグナルが遮断されると、MEK-ERK経路の不活性化を介してBIMタンパク質が蓄積し、アポトーシスが実行される。しかし、東アジア人集団の約12.9%にBIM遺伝子のイントロン2に2903 bpの欠失多型 (BIM deletion polymorphism) が存在することが報告されている。この多型は、BH3ドメインを含むプロアポトーシス性のBIMアイソフォーム (BIMEL、BIMγ) の産生を抑制し、EGFR-TKI誘導アポトーシスを阻害する可能性が示唆されていた。先行研究では、このBIM欠失多型がEGFR-TKI治療後の無増悪生存期間 (PFS) 短縮と関連することが示されているが、この多型がEGFR-TKIに対する内因性耐性の直接的な原因となるか、またその耐性を克服するための治療戦略が確立されていない点が知識のギャップとして残されていた。
ヒストン脱アセチル化酵素 (HDAC) は、クロマチンリモデリングを介して遺伝子発現をエピジェネティックに制御する酵素である。HDAC阻害薬は、ヒストンアセチル化を亢進させることで、様々な遺伝子の転写を活性化することが知られている。例えば、HDAC阻害薬であるボリノスタット (vorinostat) は、マントル細胞リンパ腫細胞においてプロアポトーシス性BH3-only遺伝子であるBIMのプロモーター領域のヒストンアセチル化を誘導し、その転写を活性化することが報告されている。このことから、HDAC阻害薬がBIM欠失多型によるBIM発現低下を回復させ、EGFR-TKI感受性を増強する可能性が考えられた。しかし、EGFR変異陽性NSCLCにおけるBIM欠失多型とEGFR-TKI内因性耐性の直接的な関連性、およびHDAC阻害薬によるBIM回復を介した耐性克服の可能性については、in vitroおよびin vivoでの詳細な検証が不足しており、治療戦略の確立が課題として残されていた。Maemondo et al. NEnglJMed 2010
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性NSCLCにおいて、BIM欠失多型がEGFR-TKI誘導アポトーシスを阻害し、内因性薬剤耐性を引き起こすことをin vitroおよびin vivoで実証することである。さらに、HDAC阻害薬であるボリノスタットがBIM欠失多型を有する細胞におけるプロアポトーシス性BIMアイソフォーム (BIMEL、BIMγ) の発現を回復させ、EGFR-TKIであるゲフィチニブ (gefitinib) に対する感受性を増強するかを検証する。また、EGFR-TKI治療を受けたEGFR変異陽性NSCLC患者の臨床データを用いて、BIM欠失多型の有無と治療成績 (特にPFS) との相関を評価し、BIM欠失多型がEGFR-TKI耐性のバイオマーカーとなりうるか、およびHDAC阻害薬との併用療法がBIM欠失多型を有する患者に対する新たな治療戦略となりうる可能性を探索することを目指す。
結果
BIM欠失多型によるアポトーシス欠損とゲフィチニブ内因性耐性: EGFR変異を有するNSCLC細胞株において、BIM欠失多型の有無がゲフィチニブ感受性に与える影響を評価した。BIM欠失多型非保有細胞株であるPC-9およびHCC827では、ゲフィチニブ処理によりプロアポトーシス性BIMアイソフォーム (BIMEL、BIMγ) のmRNAおよびタンパク質発現が用量・時間依存的に増加し、カスパーゼ-3/7活性化を伴うアポトーシスが誘導された (Fig 1B)。一方、BIM欠失多型保有細胞株であるPC-3およびHCC2279では、同一濃度のゲフィチニブ処理後もBIMEL、BIMγの誘導が著明に減弱し、カスパーゼ-3/7活性化もほとんど認められなかった (Fig 1B)。この結果は、BIM欠失多型がBH3ドメインを含むスプライスバリアントの産生を優先的に抑制し、ゲフィチニブ誘導アポトーシス経路の機能不全を引き起こすことを示唆した。BIM siRNAによるノックダウン実験では、BIM非保有細胞株においてもゲフィチニブによるカスパーゼ-3/7活性化が抑制され (Fig 1C)、BIMがEGFR-TKI誘導アポトーシスに不可欠な役割を果たすことが確認された。これらのデータは、BIM欠失多型がEGFR変異NSCLC細胞におけるゲフィチニブ内因性耐性の原因であることを明確に示した。
臨床患者コホートにおけるPFSの有意差: EGFR変異陽性NSCLC患者を対象に、BIM欠失多型の有無とEGFR-TKI治療後のPFSとの関連を解析した。BIM欠失多型陽性患者群 (n=23) の中央値PFSは6.6ヶ月であったのに対し、BIM欠失多型陰性患者群 (n=155) では11.9ヶ月であり、両群間に統計学的に有意な差が認められた (p=0.0027)。この結果は、BIM欠失多型がEGFR-TKI治療に対する不良な予後因子であることを示しており、特に東アジア人集団においてEGFR-TKI効果のばらつきの一因となる可能性を強く示唆した。BIM欠失多型は、EGFR変異の種類 (exon 19 deletion vs L858R) にかかわらず、PFS短縮と関連する傾向が認められた。
ボリノスタットによるin vitroでのBIM発現回復と感受性増強: HDAC阻害薬であるボリノスタットがBIM欠失多型保有細胞株のゲフィチニブ感受性を回復させるかを検証した。PC-3およびHCC2279細胞にボリノスタットを投与したところ、用量依存的かつ時間依存的にアセチル化ヒストンH3の増加が認められ、同時にプロアポトーシス性BIMアイソフォーム (BIMEL、BIMγ) のmRNAおよびタンパク質発現が回復した (Fig 2A)。RT-PCR解析では、ボリノスタット処理によりBH3ドメインを含むexon 4含有転写産物の発現が、exon 3含有転写産物よりも優先的に誘導されることが示された (Fig 2C)。このことは、ボリノスタットがBIM遺伝子座のクロマチン構造を変化させ、BIMスプライシングパターンをBH3ドメイン含有アイソフォームの産生に有利な方向へシフトさせる可能性を示唆している。
ボリノスタットとゲフィチニブ併用による定量的相乗効果: BIM欠失多型保有細胞株 (PC-3、HCC2279) において、ゲフィチニブ単剤およびボリノスタット単剤では限定的なアポトーシス誘導しか認められなかったが、両剤の併用によりカスパーゼ-3/7活性が著明に増加し、Annexin V陽性細胞率も顕著に上昇した (Fig 2D)。ウェスタンブロット解析では、併用群でBIM発現の増加とPARPおよびカスパーゼ-3の切断が確認された (Fig 2B)。Chou-Talalay法によるCombination Index (CI) 解析では、CI値が1未満であり、両剤の併用が相乗効果を示すことが定量的に確認された。BIM欠失多型非保有細胞株においても併用によるアポトーシス増強が認められたが、欠失多型保有細胞株での感受性回復効果がより顕著であった。BIMのノックダウンにより、併用療法によるカスパーゼ-3/7活性化が抑制されたことから、BIMが併用療法によるアポトーシス誘導の主要なメディエーターであることが示された。
in vivo異種移植モデルにおけるボリノスタット+ゲフィチニブ併用療法の有効性: BIM欠失多型保有細胞株 (PC-3) および非保有細胞株 (HCC827) を用いたヌードマウス異種移植モデルで、併用療法のin vivo効果を評価した。HCC827細胞由来の腫瘍では、ゲフィチニブ単剤投与により腫瘍がほぼ完全に退縮した (Fig 3A)。一方、PC-3細胞由来の腫瘍では、ゲフィチニブ単剤投与では腫瘍増殖抑制効果は限定的であり、完全な退縮は認められなかった (Fig 3B)。しかし、ボリノスタットとゲフィチニブの併用投与群では、PC-3腫瘍において有意な腫瘍退縮が誘導された (p<0.05、腫瘍容積比較) (Fig 3B)。免疫組織化学染色では、併用群のPC-3腫瘍でBIM発現の増加、Ki-67陽性率の低下、およびアポトーシス指標である切断型カスパーゼ-3およびTUNEL陽性細胞の増加が確認された (Fig 4A, B, C, D)。これらのin vivoデータは、BIM欠失多型によるEGFR-TKI耐性が、HDAC阻害薬とEGFR-TKIの併用によって克服できることを前臨床的に強力に支持するものである。
考察/結論
本研究は、BIM欠失多型がEGFR変異NSCLCにおけるEGFR-TKI内因性耐性の直接的な原因であることをin vitroおよびin vivoで体系的に実証した。特に、BIM欠失多型陽性患者のEGFR-TKI治療後のPFSが有意に短縮する (6.6ヶ月 vs 11.9ヶ月、p=0.0027) という臨床的知見は、東アジア人集団におけるEGFR-TKI効果の不均一性を説明する重要な発見である。この知見は、BIM欠失多型がEGFR-TKI治療の有効性を予測するバイオマーカーとして有用であることを示唆する。
新規性: 本研究で初めて、HDAC阻害薬であるボリノスタットが、BIM欠失多型を有するEGFR変異NSCLC細胞において、プロアポトーシス性BIMアイソフォーム (BIMEL) の発現を回復させ、ゲフィチニブ誘導アポトーシス感受性を増強することをin vitroおよびin vivoの両方で明確に示した。このメカニズムは、ボリノスタットによるヒストンアセチル化の亢進がBIM遺伝子座のクロマチン構造を変化させ、BH3ドメインを含むスプライスバリアントの転写を回復させることによると考えられる。これは、エピジェネティック修飾を介した薬剤感受性回復という新規の治療概念を提示するものである。
先行研究との違い: 従来のEGFR-TKI耐性克服戦略がEGFR T790M変異やMET増幅などの獲得耐性メカニズムに焦点を当てていたのと異なり、本研究は内因性耐性の一因であるBIM欠失多型に起因するアポトーシス経路の欠損を標的とした点が特徴である。また、Sharma et al. Cell 2010が報告したようなクロマチンを介した薬剤耐性状態の克服や、Witta et al. CancerRes 2006が示したEMT克服とは異なる、BIM発現回復という直接的なアポトーシス経路の再活性化を介した耐性克服メカニズムを提示した。
臨床応用: ボリノスタットは既にFDAによって承認されている薬剤であり、ゲフィチニブとの併用療法は比較的容易に臨床試験に移行できる可能性がある。本研究の結果は、BIM欠失多型を有するEGFR変異NSCLC患者を対象としたバイオマーカー主導型臨床試験の設計を強く支持するものである。このような層別化された治療戦略は、EGFR-TKIの効果が限定的であった患者群に対して、新たな治療選択肢を提供する臨床的意義を持つ。
残された課題: 今後の検討課題として、ボリノスタットがBIMスプライシングに与える正確な分子メカニズムの解明が挙げられる。また、in vivoモデルでは副作用が認められなかったものの、臨床での併用療法の安全性と忍容性の評価が必要である。さらに、BIM欠失多型がEGFR-TKI以外の分子標的薬や化学療法に対する感受性にも影響を与える可能性があり、その広範な臨床的意義を評価するためのさらなる研究が求められる。本研究は、BIM欠失多型がNSCLC患者の予後バイオマーカーとして重要であることを示唆しており、今後の研究の方向性として、この多型を考慮した個別化医療の確立が期待される。
方法
EGFR変異を有するNSCLC細胞株として、PC-9、HCC827 (BIM欠失多型非保有)、およびHCC2279、PC-3 (BIM欠失多型保有) を用いた。これらの細胞株のBIM欠失多型はPCR法により遺伝子型を解析した。ゲフィチニブ単剤、ボリノスタット単剤、および両剤併用による細胞増殖抑制効果はMTTアッセイで評価し、アポトーシス誘導はCaspase-Glo 3/7アッセイによるカスパーゼ-3/7活性測定およびPE-Annexin V Apoptosis Detection Kitを用いたフローサイトメトリーにより解析した。BIMアイソフォームのmRNA発現レベルはRT-PCR法で、タンパク質発現レベルはウェスタンブロット法で評価した。特に、BH3ドメインを含むBIMELおよびBIMγアイソフォームの発現変動に注目した。
ゲフィチニブとボリノスタットの併用効果は、Chou-Talalay法に基づくCombination Index (CI) を用いて定量的に評価した。CI値が1未満であれば相乗効果、1であれば相加効果、1より大きければ拮抗効果と判断した。BIMの機能的役割を検証するため、BIM siRNAを用いた遺伝子ノックダウン実験およびBIMEL過剰発現実験を実施し、カスパーゼ-3/7活性への影響を評価した。
in vivo実験では、雄性BALB/cAJcl-nu/nuヌードマウスにBIM欠失多型保有細胞株 (PC-3) および非保有細胞株 (HCC827) を皮下移植して異種移植モデルを構築した。腫瘍体積が100〜200 mm³に達した後、マウスをランダムに群分けし、ゲフィチニブ (25 mg/kg) および/またはボリノスタット (40 mg/kg) を1日1回経口投与した。腫瘍増殖抑制効果は、腫瘍体積を定期的に測定することで評価した。腫瘍組織におけるアポトーシスはTUNEL染色により、細胞増殖はKi-67免疫染色により評価した。また、腫瘍組織のタンパク質発現はウェスタンブロット法で解析した。
臨床患者コホート解析では、EGFR変異陽性NSCLC患者を対象に、末梢血または腫瘍組織から抽出したゲノムDNAを用いてBIM欠失多型の有無をPCR法で遺伝子型判定した。EGFR-TKI治療を受けた患者の無増悪生存期間 (PFS) を、BIM欠失多型陽性群と陰性群で比較した。統計解析にはMann-Whitney検定および一元配置分散分析 (ANOVA) を用い、p値が0.05未満を統計学的に有意とした。