- 著者: Takayuki Kosaka, Yasushi Yatabe, Hideki Endoh, Kimihide Yoshida, Toyoaki Hida, Masahiro Tsuboi, Hirohito Tada, Hiroyuki Kuwano, Tetsuya Mitsudomi
- Corresponding author: Tetsuya Mitsudomi (Department of Thoracic Surgery, Aichi Cancer Center Hospital, Nagoya, Japan)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2006
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 17020982
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) の一部、特に肺腺癌において、上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子の活性化変異が認められる。これらの変異は、主にエクソン19の欠失変異とエクソン21のL858R点変異であり、全EGFR変異の約90%を占めることが報告されている Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004。EGFR活性化変異を有するNSCLCは、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブやエルロチニブに対して高い感受性を示し、奏効率は約80%に達する Lynch et al. NEnglJMed 2004、Paez et al. Science 2004。これらの薬剤による治療は劇的な腫瘍縮小をもたらし、EGFR変異陽性患者では変異陰性患者と比較して有意に長い生存期間が報告されている。
しかしながら、初期の奏効にもかかわらず、ほとんど全ての患者で治療開始後3〜7ヶ月の平均期間で病勢進行を呈する「獲得耐性」が生じることが臨床上の大きな課題であった Kris et al. JAMA 2003、Fukuoka et al. JClinOncol 2003。この獲得耐性のメカニズムは、長らく未解明な点が多かった。2005年にKobayashiら Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 とPaoら Pao et al. PLoSMed 2005 の2つの研究グループが、EGFR遺伝子のコドン790におけるスレオニンからメチオニンへの二次変異 (T790M) が、ゲフィチニブおよびエルロチニブに対する獲得耐性に関与することを報告した。T790M変異はEGFRのATP結合ポケット内に位置し、メチオニンへの置換により立体障害が生じ、ゲフィチニブやエルロチニブの結合を阻害すると考えられている。
慢性骨髄性白血病 (CML) におけるイマチニブ耐性では、ABLチロシンキナーゼドメインにT315I変異がT790Mに対応する形で生じることが知られている。さらにCMLでは、P-loop、T315、M351、A-loopの4つのクラスターに分類される20〜30種類の多様なABL耐性変異が同定されている。EGFRにおいてもT790M以外の多様な二次変異が存在する可能性が示唆されていたが、当時の報告は少数症例に限られており、その全容は未解明な点が残されていた。また、KRAS遺伝子変異はEGFR-TKIに対する原発性耐性と関連することが報告されていたが Pao et al. PLoSMed 2005、獲得耐性への関与については検証が不足していた。これらの背景から、ゲフィチニブ獲得耐性NSCLCにおけるEGFRおよびKRASの二次変異の系統的な解析が喫緊の課題として残されており、詳細な分子メカニズムの解明が不足している状況であった。
目的
本研究の目的は、ゲフィチニブ獲得耐性を示す非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の腫瘍組織において、EGFR遺伝子エクソン18〜21領域に存在するT790Mを含む二次変異を系統的に同定することである。また、KRAS遺伝子変異の獲得がゲフィチニブ獲得耐性に関与するか否かを評価することも目的とした。さらに、高感度なサブクローニング法およびCycleaveリアルタイムPCRアッセイを用いて、T790M変異がゲフィチニブ治療開始前から腫瘍内に少数クローンとして存在している可能性を検証することを目指した。これらの解析を通じて、ゲフィチニブ獲得耐性の分子メカニズムを詳細に解明し、将来的な耐性克服戦略の基盤となる知見を提供することを意図した。具体的には、T790M以外の新規EGFR二次変異の有無、KRAS変異の獲得状況、およびT790M変異の治療前からの存在頻度を明らかにすることを主要な目的とした。本研究は、臨床現場におけるゲフィチニブ耐性克服のための新たな治療戦略開発に資する知見を提供することを目指す。
結果
EGFR活性化変異とT790M二次変異の検出: ゲフィチニブ獲得耐性を示した14例の腫瘍全てにおいて、EGFR遺伝子の活性化変異が確認された。内訳は、エクソン19欠失変異が9例、L858R点変異が5例であった。これらのうち、7例(50%)の腫瘍で二次T790M変異が検出された (Table 1)。治療前検体が入手可能であった症例(7例中5例)では、いずれの治療前検体からもT790M変異は検出されず、T790M変異がゲフィチニブ治療中に獲得されたことを強く示唆した。ほとんどの症例において、T790M変異バンドの強度は野生型バンドよりも弱く、耐性クローンが腫瘍内の少数集団である可能性が示唆された (Fig. 2)。
サブクローニング解析による新規二次変異の探索: サブクローニング法を用いて、EGFRエクソン18〜21領域におけるT790M以外の新規二次変異を探索した。結果として、直接シーケンスで検出された全てのT790M変異はサブクローニング法でも確認されたが、新規のT790M変異やその他の二次変異は同定されなかった。特に、患者2および3のサンプルでは50クローン以上を解析したが、新たな変異は見つからなかった (Table 2)。この結果は、T790Mがゲフィチニブ獲得耐性における主要なEGFR二次変異であることを裏付けるものである。
T790Mと活性化変異の対立性: T790M変異と既存の活性化変異との対立関係は、症例によって異なっていた。3例(患者1、5、14)では、T790M変異は活性化変異を有するクローンのみに存在した。一方、残りの4例(患者6、7、11、12)では、T790M変異が活性化変異を有するクローンと有さないクローンの両方で検出された。特に患者6では、T790M変異を有する5つのクローンのうち4つが活性化変異陰性であった。これは、PCRエラーやDNA修復エラーによる人工的なアレル分離の可能性、あるいはT790M変異が両アレルに発生する可能性、または腫瘍の不均一性を示唆するものであった。
偶発的に検出された他の点変異: 患者9でL833V変異、患者11でR776H変異が検出された。L833VはCMLにおけるイマチニブ耐性変異であるABLのF359に対応する。しかし、これらの変異は治療前検体にも同程度の比率で存在しており、獲得耐性とは関連しない原発性変異であると結論された。治療前後の変異バンド強度の変化は認められず、これらの変異はゲフィチニブ治療による選択圧とは無関係であると考えられた。
KRAS変異の評価: 解析対象とした14例の腫瘍全てにおいて、KRAS遺伝子のコドン12、13、61に変異は検出されなかった。この結果は、KRAS変異がゲフィチニブ獲得耐性には関与しないことを示唆した。KRAS変異はEGFR-TKIに対する原発性耐性と関連することが報告されているが、本研究では獲得耐性における役割は認められなかった。
T790M変異と臨床的特徴の関連: T790M変異は、女性(女性10例中7例、男性4例中0例)、非喫煙者(非喫煙者8例中5例、喫煙歴あり6例中2例)、およびEGFRエクソン19欠失変異を有する患者(欠失変異9例中6例、L858R変異5例中1例)でより高頻度に認められる傾向があった。しかし、先行化学療法歴の有無とは関連が認められなかった(先行化学療法あり8例中4例、なし6例中3例)。ゲフィチニブ治療期間の中央値は、T790M陽性群で346日、T790M陰性群で368日とほぼ同等であり、T790M変異がゲフィチニブ治療期間(病勢進行までの期間と相関すると考えられる)と直接相関しない可能性が示唆された (Fig. 3)。この傾向は統計的に有意な差は認められなかった (p=0.88)。
治療前検体におけるT790M変異の検索: 患者1の治療前腫瘍(肺全摘時)のサブクローニング解析では、103クローン中T790M変異クローンは検出されなかった。この検体では、89%のクローンに活性化欠失変異が認められた。また、患者1の術中に採取された4つのリンパ節転移検体もCycleaveリアルタイムPCRでT790M陰性であった。さらに、ゲフィチニブ治療を予定していた術後再発患者52例の治療前検体においてもCycleaveリアルタイムPCRを実施したが、T790M変異は検出されなかった。これは、少なくとも検出限界(約5%の変異細胞)では、治療前にT790M変異を有する稀なクローンが存在する可能性は低いことを示唆する。ゲフィチニブ治療期間の中央値は、T790M陽性群で346日、T790M陰性群で368日であり、両群間で治療期間に有意差は認められなかった (HR 0.98, 95% CI 0.52-1.85, p=0.88)。
考察/結論
本研究は、ゲフィチニブ獲得耐性を示す非小細胞肺癌患者の腫瘍において、T790M二次変異が約50%の症例で検出される主要な耐性メカニズムであることを明らかにした。一方で、EGFRエクソン18〜21領域においてT790M以外の新規二次変異は認められず、KRAS遺伝子変異の獲得も確認されなかった。この結果は、Kobayashi et al. NEnglJMed 2005(1/1例)およびPao et al. PLoSMed 2005(3/6例)の先行報告と一致する。CMLにおけるABLキナーゼドメインに20〜30種類の多様な耐性変異が存在するのと対照的に、EGFRではT790Mが支配的であることは、NSCLCとCMLの間でキナーゼ阻害薬に対する耐性獲得メカニズムに本質的な違いがある可能性を示唆する新規の知見である。
T790M変異バンドが野生型バンドよりも弱い症例が多いにもかかわらず腫瘍が耐性化する機序については、いくつかの可能性が考察される。一つは、T790M変異細胞が治療前からごく少数クローンとして存在し、ゲフィチニブによる選択圧で増加するという「クローン選択」の仮説である。もう一つは、活性化変異アレルが増幅し、その一部にT790M変異が発生するという可能性である。さらに、T790M変異に加えて、リガンド結合型EGFRの内在化異常、EGFR遺伝子増幅、AKT経路の活性化など、複数のメカニズムが協調的または独立的に作用して獲得耐性を引き起こす可能性も考えられる。
本研究の重要な新規知見として、T790M変異が活性化変異と異なるcis/trans関係を示しうる可能性が挙げられる。すなわち、T790M変異が同一アレル上だけでなく、別のアレル上にも存在しうるという複雑な腫瘍不均一性が示唆された。また、治療前の腫瘍検体において、高感度なCycleaveリアルタイムPCRアッセイ(検出限界約5%)やサブクローニング法を用いてもT790M変異クローンが検出されなかったことは、治療前のT790M変異クローンの存在頻度が非常に低いことを示唆する。著者らの以前の報告 Kosaka et al. CancerRes 2004 では、ごく稀にL858RとT790Mの複合変異が治療前から存在し、悪性度の高い腫瘍となる症例が報告されており、より高感度な検出法(例えばデジタルPCRなど)の必要性が今後の検討課題として残されている。
臨床的意義として、T790M変異を克服できる不可逆的EGFR阻害薬(後のオシメルチニブなどの第3世代TKIの開発に繋がる)の開発の重要性が強調される。本研究の結果は、T790M変異がゲフィチニブ獲得耐性の主要なメカニズムであることを明確に示した点で、その後の臨床応用研究の方向性を決定づける重要な情報を提供する。また、複数の耐性メカニズムが協調的に作用する場合を考慮し、HGF/MET阻害薬やPI3K/AKT阻害薬などとの併用療法戦略の検討も重要である。本研究でT790M変異が検出されなかった残りの約50%の獲得耐性症例におけるメカニズム解明は、今後の研究の方向性を示す重要な課題である。これらの未解明な耐性機序(例えばMET遺伝子増幅、HGF過剰発現、小細胞癌形質転換、上皮間葉転換など)の解明が、ゲフィチニブ獲得耐性克服に向けた次なるステップとなる。
方法
患者選定と検体採取: 本研究はレトロスペクティブコホート研究として実施された。ゲフィチニブ治療により初期効果を示した後、病勢進行を呈した「獲得耐性」非小細胞肺癌患者14例(全例腺癌)を対象とした。ゲフィチニブの効果は、腫瘍径の30%以上の縮小、または血清CEA値の半減以下と定義された。これらの患者から、ゲフィチニブ治療後の腫瘍検体を取得した。また、10例については対応する治療前腫瘍検体も入手できた。ゲフィチニブ治療期間の中央値は367日(範囲: 69〜921日)であった。さらに、ゲフィチニブ治療を予定していた術後再発NSCLC患者52例の治療前検体も、T790M変異の有無を高感度アッセイで評価するために使用された。全ての患者からインフォームドコンセントを取得し、施設倫理委員会の承認を得た。
EGFR遺伝子変異解析: 腫瘍検体からゲノムDNAおよび全RNAを抽出した。EGFRチロシンキナーゼドメインのエクソン18〜21領域を、PCRまたは逆転写PCR (RT-PCR) 法を用いて増幅した。ゲノムDNAのPCRにはAmpliTaq Goldを使用し、RNAのRT-PCRにはQiagen OneStep RT-PCRキットを用いた。増幅されたPCR産物は、BigDye Terminator v3.1/1.1サイクルシーケンスキットを用いて直接シーケンス解析を行った。PCR条件は、95℃ 11分を1サイクル、95℃ 30秒、60℃ 30秒、72℃ 40秒を45サイクル、72℃ 4分を1サイクルとした。RT-PCR条件は、50℃ 30分、95℃ 15分を1サイクル、94℃ 50秒、62℃ 50秒、72℃ 1分を40サイクル、72℃ 10分を1サイクルとした。
高感度T790M変異検出: T790M変異およびその他の二次変異の検出感度を高めるため、以下の手法を併用した。
- サブクローニング法: PCR産物をTOPO TA Cloningキット (Invitrogen) でサブクローン化し、各サンプルから約20〜54クローン(患者1および3では50クローン以上)を無作為に選択し、個別に直接シーケンス解析を行った。サブクローニング後のPCR条件は、95℃ 11分を1サイクル、95℃ 50秒、62℃ 50秒、72℃ 70秒を45サイクル、72℃ 4分を1サイクルとした。これにより、T790M変異と既存の活性化変異との対立性(cis/trans関係)も評価した。
- CycleaveリアルタイムPCRアッセイ: EGFRエクソン20のT790M変異を特異的に検出するため、Cycleave PCR Coreキット (TaKaRa) を用いたリアルタイムPCRアッセイを実施した。このアッセイは、約5%の変異細胞を検出可能な高感度を有していた。この方法は、ゲフィチニブ治療前の52例の検体におけるT790M変異のスクリーニングにも適用された。
KRAS遺伝子変異解析: KRAS遺伝子のコドン12、13、61における変異を評価するため、RNA検体にはRT-PCR直接シーケンス法を、DNA検体にはCycleaveリアルタイムPCRアッセイ(コドン12特異的プローブ使用)を適用した。
統計解析: 臨床的特徴とT790M変異の関連性を評価するため、フィッシャーの正確検定 (Fisher’s exact test) を用いて群間比較を行った。ゲフィチニブ治療期間とT790M変異の有無との関連は、カプラン・マイヤー (Kaplan-Meier) 曲線とログランク検定 (log-rank test) を用いて評価された。