- 著者: Sung Hoon Sim, Sae-Won Han, Do-Youn Oh, Se-Hoon Lee, Dong-Wan Kim, Seock-Ah Im, Doo Hyun Chung, Tae-You Kim, Jong Seok Lee, Young Whan Kim, Dae Seog Heo, Yung-Jue Bang
- Corresponding author: Dong-Wan Kim (Department of Internal Medicine, Seoul National University College of Medicine, Seoul, Republic of Korea)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2009
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 19110337
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) の治療において、上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブ (gefitinib) およびエルロチニブ (erlotinib) は、極めて重要な治療選択肢として確立されてきた。特に、女性、非喫煙者、アジア人、腺癌という4つの良好な臨床的因子(以下、4因子)を有する患者集団においては、EGFR-TKIに対して高い奏効率と無増悪生存期間 (PFS) の延長を示すことが、多くの臨床研究から実証されている。これらの臨床的特徴は、腫瘍におけるEGFR遺伝子変異の存在と極めて強く相関していることが知られている Sharma et al. NatRevCancer 2007。初期の臨床試験であるIDEAL 1試験 Fukuoka et al. JClinOncol 2003 や、既報の臨床試験 Kris et al. JAMA 2003 においても、ゲフィチニブが既治療の進行NSCLC患者に対して優れた抗腫瘍効果をもたらすことが示された。しかしながら、EGFR-TKIに対して初期に劇的な治療反応を示した患者であっても、ほぼ全例が最終的には獲得耐性を生じて病勢が進行する。
ゲフィチニブ治療後に増悪した患者に対する後続の治療選択肢は極めて限定的であり、臨床的な課題となっている。ゲフィチニブとエルロチニブは、いずれも可逆的にEGFRチロシンキナーゼを阻害する第一世代の同クラス薬であるため、これらの薬剤間における交差耐性の存在が強く懸念されてきた。先行研究の一部では、ゲフィチニブ耐性後にエルロチニブを投与することで病勢コントロールが得られる可能性が示唆されていたが Cho et al. JClinOncol 2007、Wong et al. JThoracOncol 2008、これらの報告は対象となった患者集団の背景因子が極めて不均一であり、治療効果の正確な評価は困難であった。特に、EGFR-TKIへの感受性が最も高いとされる「4因子」をすべて満たす均質なアジア人患者集団において、ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ逐次投与が真に有効であるか否かについては、系統的な検証が不足しており、臨床的なデータが決定的に不足していた。また、EGFR変異陽性例における獲得耐性機序として知られるT790M二次変異やMET遺伝子増幅 Engelman et al. Science 2007、Kosaka et al. ClinCancerRes 2006 が、エルロチニブの有効性にどのような影響を与えるかも未解明であった。したがって、この高感受性集団における交差耐性の実態を明らかにすることは、耐性克服を狙った新規治療戦略を構築する上での重要な学術的ギャップとなっていた。
目的
本研究の目的は、EGFR-TKIに対する感受性の臨床的予測因子である「女性」「非喫煙者」「韓国人 (アジア人)」「肺腺癌」の4つの因子をすべて有する進行・再発NSCLC患者において、ゲフィチニブ治療で病勢進行 (PD) となった後のサルベージ治療 (救済化学療法) としてのエルロチニブ (150 mg/日) 逐次投与の有効性を、後方視的に評価することである。主要評価項目としてエルロチニブ治療における無増悪生存期間 (PFS) および病勢コントロール率 (DCR) を設定し、副次的にゲフィチニブ治療時の奏効パターンとエルロチニブ治療時の治療効果との関連性を解析した。さらに、腫瘍組織におけるEGFR遺伝子変異状態(エクソン19欠失、エクソン21 L858R変異、野生型)が、エルロチニブ逐次投与の治療成績に与える影響を探索的に解析することを目的とした。これにより、第一世代EGFR-TKI間の単純な逐次投与という治療アプローチの臨床的限界を検証し、今後の耐性克服に向けた新規治療戦略の必要性を臨床データに基づいて提唱することを目指した。
結果
患者背景と初回ゲフィチニブ治療における治療成績
本研究に登録された進行・再発肺腺癌患者16例 (n=16) は、すべて女性、非喫煙者、韓国人という極めて均質な高感受性集団であった。年齢中央値は53歳 (範囲34〜83歳) であり、エルロチニブ治療開始前のECOG PS (Eastern Cooperative Oncology Group Performance Status) は、PS 1が2例 (12.5%)、PS 2が8例 (50.0%)、PS 3が6例 (37.5%) であった (Table 2)。ゲフィチニブは5例で一次治療、3例で二次治療、7例で三次治療、1例で四次治療として投与されていた。
ゲフィチニブ治療における最良効果は、PRが9例 (56.3%)、SDが2例 (12.5%)、PDが5例 (31.2%) であり、DCRは68.8% (95% CI 0.44-0.86) と良好な治療成績を示した (Table 3)。ゲフィチニブ治療におけるPFS中央値は6.3 months (95% CI 2.1-10.6) であり、4因子を有する患者集団における典型的なゲフィチニブ高感受性を示すデータであった (Fig. 1)。
ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ逐次投与における限定的な治療効果
ゲフィチニブ中止からエルロチニブ開始までの期間中央値は4.8ヶ月 (範囲0.1〜16.3ヶ月) であった。ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ治療における最良効果は、PRが1例 (6.2%)、SDが3例 (18.8%)、PDが12例 (75.0%) であり、エルロチニブ治療のDCRは25.0% (95% CI 0.10-0.50) vs. ゲフィチニブ治療の68.8% (95% CI 0.44-0.86) と著明に低下した (Table 3; n=16例)。エルロチニブ治療のPFS中央値は1.7 months (95% CI 0.3-3.2) vs. ゲフィチニブ治療の6.3 months (95% CI 2.1-10.6) と有意に短縮した (log-rank test p=0.001; Fig. 1)。
ゲフィチニブ治療でPRを示した9例のうち、エルロチニブでPRを維持できたのは1例 (11.1%) のみであり、2例がSD、6例がPDとなった。ゲフィチニブ治療PFSとエルロチニブ治療PFSとの相関をスピアマン順位相関係数 (Spearman rank correlation) で評価したところ (n=16)、有意な正相関は認められなかった (r=0.19, p=0.48)。これにより、第一世代可逆的EGFR-TKI間では高度な交差耐性が存在し、ゲフィチニブ感受性の高さがエルロチニブ治療効果を予測しないことが明確に示された。
腫瘍のEGFR遺伝子変異ステータス別の詳細な応答解析
EGFR遺伝子変異解析は、腫瘍組織が十分に得られた10例 (全16例中62.5%) において実施された。このうち5例がEGFR変異陽性 (exon 19 deletion 2例、exon 21 L858R変異 3例)、5例が野生型 (wild type) であり、残り6例は組織不足のため変異状態不明 (mutation status unknown) であった (Table 1)。EGFR変異ステータス別のゲフィチニブ・エルロチニブ治療効果の比較を以下に示す。
- EGFR変異陽性例 (n=5): ゲフィチニブ治療では4例 (80.0%) がPRを示したが、エルロチニブ治療では全例がPRを得られず、PDまたはSDにとどまった。エクソン19欠失を有する2例は、ゲフィチニブでそれぞれ25.9ヶ月、7.7ヶ月の長期PFSを示したが、エルロチニブ逐次投与後はそれぞれTTP 0.4ヶ月 (PD)、TTP 2.6ヶ月 (PD) と急速に進行した。エクソン21 L858R変異を有する3例では、エルロチニブ治療の転帰はそれぞれTTP 0.9ヶ月 (PD)、TTP 3.1ヶ月 (SD)、および病勢安定 (SD、データカットオフ時点で進行未確認) であり、いずれもPRは得られなかった。
- EGFR野生型例 (n=5): ゲフィチニブ治療では全例がPDまたはSDであり、PR例は存在しなかった。エルロチニブ治療においても、5例中4例がPD、1例がSDであり、PFS中央値は約1.1 months (95% CI 0.5-1.7) と極めて不良であった。
- EGFR変異不明例 (n=6): ゲフィチニブ治療では5例がPRを示したものの、エルロチニブ治療では1例がPR、5例がPDであり、DCRは16.7%にとどまった。唯一PRを示した1例 (Case 15) は、ゲフィチニブ中止からエルロチニブ開始までに10.1ヶ月の期間が空いており、その間に化学療法が挟まれていた。
ゲフィチニブ応答パターンとエルロチニブ治療効果の交差耐性相関
ゲフィチニブで初期耐性 (PD) を示した5例は、エルロチニブ治療においても全例がPDであり、初期から両薬剤への完全な交差耐性を示した。ゲフィチニブでSDであった2例のうち、エルロチニブでSDを維持したのは1例のみで、1例はPDとなった。ゲフィチニブでPRを示した9例中、エルロチニブで何らかの病勢コントロール (PR or SD) が得られたのは3例 (33.3%) に過ぎず、残る6例 (66.7%) は速やかにPDへ移行した (Table 1参照)。
このように、ゲフィチニブに高い感受性を示した患者であっても、耐性獲得後はエルロチニブに対してほぼ完全な交差耐性を示すことが臨床的に実証された。EGFR変異陽性かつゲフィチニブ高感受性という好条件を有する患者集団においてさえ、エルロチニブ逐次投与のDCRは25%にとどまり、PFS中央値は1.7 months (95% CI 0.3-3.2) という不良な結果であった。
考察/結論
本研究は、女性、非喫煙者、アジア人、肺腺癌というEGFR-TKI感受性の好適な臨床的4因子をすべて有する進行NSCLC患者において、ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ逐次投与の有効性が極めて限定的であることを明らかにした。エルロチニブ治療におけるDCRは25.0% (95% CI 0.10-0.50)、PFS中央値は1.7 months (95% CI 0.3-3.2) にとどまり、ゲフィチニブ治療時の良好な成績(DCR 68.8%、PFS中央値 6.3 months)と比較して著しく劣っていた (p=0.001)。
先行研究との違い: ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ治療に関しては、いくつかの先行研究 Cho et al. JClinOncol 2007、Wong et al. JThoracOncol 2008 において、DCR 28〜35%程度の一定の病勢コントロール効果が報告されていた。しかし、これらと異なり、本研究はEGFR-TKI感受性が最も高いとされる4つの臨床的因子をすべて満たす均質な患者集団のみを厳格に選択して解析を行った点が特徴である。その結果、高感受性集団であってもエルロチニブの逐次投与による上乗せ効果は極めて乏しいことが示され、既報の不均一集団で観察された効果が、EGFR変異高感受性集団では再現されないことが明らかになった。第一世代TKI間の強い交差耐性が浮き彫りとなり、単純な薬剤スイッチでは耐性を克服できないことが示された。
新規性: 本研究で初めて、臨床的にEGFR遺伝子変異陽性である可能性が極めて高い均質なアジア人肺腺癌患者集団において、ゲフィチニブ耐性後のエルロチニブ逐次投与が臨床的に不満足な結果に終わることが明確に示された。ゲフィチニブ治療によって長期の病勢コントロールが得られた症例であっても、獲得耐性後にはエルロチニブに対して迅速に病勢進行を示すことから、T790M二次変異やMET遺伝子増幅といった耐性機序が両薬剤に対して共通して作用していることを、臨床データを通じて強く示唆した点が新規の知見である Engelman et al. Science 2007、Kosaka et al. ClinCancerRes 2006。
臨床応用: 本研究の知見は、日常の臨床現場において、ゲフィチニブ治療後に病勢進行した患者に対し、安易に同クラスの可逆的EGFR-TKIであるエルロチニブへ切り替える治療戦略を選択すべきではないという明確な臨床的意義を提供する。この結果は、不可逆的EGFR阻害薬や、耐性メカニズムであるMET阻害薬などの新規薬剤開発の必要性を強く支持するものであり、後の第二世代・第三世代EGFR-TKIの開発や臨床応用に向けた重要なマイルストーンとなった。
残された課題: 本研究の主な限界 (limitation) は、16例という小規模な後方視的コホート研究である点、および組織検体の不足により一部の症例でEGFR変異状態が不明であった点である。また、T790M変異やMET遺伝子増幅といった具体的な耐性メカニズムの分子生物学的な同定が全例で行われていないため、耐性機序別の詳細なエルロチニブ感受性の解析は今後の検討課題として残されている。今後は、耐性獲得時の生検 (re-biopsy) を用いた分子標的プロファイリングに基づく、より個別化された治療戦略の前向きな検証が必要であり、更なる検討が求められる。
方法
本研究は、ソウル国立大学病院およびソウル国立大学盆唐病院において、2005年4月から2008年5月までの期間に治療を受けた進行または再発のNSCLC患者を対象とした、後方視的コホート研究 (retrospective cohort study) である。本研究プロトコルは、ソウル国立大学医学部および病院の治験審査委員会 (IRB: Institutional Review Board) によって承認され、ヘルシンキ宣言の倫理原則を遵守して実施された。
対象患者の選択基準:
- 病理組織学的に肺腺癌 (pulmonary adenocarcinoma) と確定診断された進行または再発のNSCLC患者。
- 女性、非喫煙者 (never-smoker)、韓国人 (アジア人) の臨床的特徴をすべて有する。
- RECIST (Response Evaluation Criteria in Solid Tumors) 基準に基づく測定可能病変を有する。
- 一次治療以降の化学療法としてゲフィチニブ (250 mg/日) の投与を受け、その後に病勢進行 (PD) が確認されている。
- ゲフィチニブ耐性後に、後続治療としてエルロチニブ (150 mg/日) の投与を病勢進行まで受けている。 以上の基準を満たす連続した16例 (n=16) を解析対象とした。
治療法および効果判定: すべての患者は、ゲフィチニブ治療で病勢進行が確認された後、エルロチニブ150 mg/日を連日経口投与された。治療効果の評価は、医療記録、胸部X線、および胸部CT (computed tomography) 画像を後方視的にレビューし、RECIST基準に従って完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、病勢安定 (SD)、病勢進行 (PD) に分類した。病勢コントロール率 (DCR) は、CR + PR + SDの割合として定義した。主要評価項目である無増悪生存期間 (PFS) は、各TKIの投与開始日から病勢進行または死亡が確認された日までの期間と定義した。
EGFR遺伝子変異解析: ソウル国立大学病院病理部にて保管されていたホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE: formalin-fixed paraffin-embedded) 腫瘍組織切片からDNAを抽出し、ダイレクトシーケンス法を用いてEGFRのエクソン19欠失およびエクソン21 L858R変異の有無を解析した。
統計解析: 無増悪生存期間 (PFS) の生存曲線は、カプラン・マイヤー法 (Kaplan-Meier method) を用いて推定し、ゲフィチニブ治療時とエルロチニブ治療時のPFSの比較にはログランク検定 (log-rank test) を用いた。95%信頼区間 (CI: confidence interval) の算出、ならびに各種統計解析にはSPSS version 15.0 for Windows (SPSS Inc., Chicago, IL, USA) を使用し、p<0.05を統計学的有意差ありと判定した。