- 著者: Carminia Maria Della Corte, Claudio Bellevicine, Giovanni Vicidomini, Donata Vitagliano, Umberto Malapelle, Marina Accardo, Alessio Fabozzi, Alfonso Fiorelli, Morena Fasano, Federica Papaccio, Erika Martinelli, Teresa Troiani, Giancarlo Troncone, Mario Santini, Roberto Bianco, Fortunato Ciardiello, Floriana Morgillo
- Corresponding author: Floriana Morgillo (Seconda Università degli Studi di Napoli, Naples, Italy)
- 雑誌: Clinical Cancer Research
- 発行年: 2015
- Epub日: 2015-06-29
- Article種別: Original Article
- PMID: 26124204
背景
EGFR-TKI (上皮成長因子受容体チロシンキナーゼ阻害剤) は、EGFR活性化変異陽性NSCLC (非小細胞肺癌) の第一選択治療として確立されている。しかし、治療開始後には全例で獲得耐性が生じ、病勢進行に至る点が大きな課題である。既知の耐性機構としては、MET遺伝子増幅やEGFR遺伝子T790M二次変異などが報告されているが、これらの分子変化だけでは説明できない症例も多く存在し、新たな耐性メカニズムの解明が喫緊の課題である。これまでの研究では、EMT (上皮間葉転換) がNSCLCにおける分子標的薬耐性と関連することが示されており、E-cadherinの喪失とvimentinの獲得を特徴とする。EMTは腫瘍の浸潤、転移、そして治療抵抗性の獲得に重要な役割を果たすことが示唆されている。Yauch et al. ClinCancerRes 2005 は、上皮性マーカーとエルロチニブ感受性の関連を示し、EMT型細胞がエルロチニブ耐性であることを示唆した。
Hedgehog (Hh) シグナル経路は、Shh/Ihh/Dhhリガンド、PTCH (Patched) 受容体、SMO (Smoothened) 共役受容体、そしてGLI1転写因子から構成される。この経路は胚発生、組織修復、癌幹細胞の維持、および癌の発生と転移において重要な役割を果たすことが知られている。NSCLCにおけるHh経路の異常な活性化は既に示唆されているが、EGFR-TKI耐性との直接的な関連性については未解明な点が多かった。著者らの先行研究では、EMTが抗EGFR療法への耐性に寄与することを示しており、Hh経路がEMTを誘導することでEGFR-TKI耐性を媒介する可能性が予想された。特に、Hh経路の活性化がTGFβ1誘導性のEMTと細胞運動性・浸潤能の増加を伴うことがA549肺癌細胞株で報告されている。また、Hh経路の阻害がEMTを逆転させ、細胞傷害性薬剤への腫瘍感受性を高める可能性も示されている。
近年、The Cancer Genome Atlas (TCGA) の肺腺癌データにおいて、SMO遺伝子の変異 (2.6%) や増幅 (5%) が報告されており、Hh経路の異常がNSCLCの治療標的となりうる可能性が示唆されている。しかし、EGFR-TKI耐性におけるSMO遺伝子増幅の役割や、Hh経路と他の耐性関連経路(特にMET経路)とのクロストークについては、詳細な分子メカニズムが不足しており、その解明が求められていた。本研究は、EGFR-TKI耐性NSCLCにおけるHh経路の役割を多角的に解析し、新たな治療戦略開発のための基礎的知見を提供することを目指した。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性およびEGFR野生型NSCLC細胞株におけるEGFR-TKI耐性メカニズムとしてHedgehog (Hh) シグナル経路が機能するかを詳細に検証することである。具体的には、SMO (Smoothened) 遺伝子増幅やHh経路活性化がEGFR-TKI耐性にどのように寄与するかを分子レベルで解明し、SMOやGLI1を標的とした治療介入がEGFR-TKI感受性を回復させうるか、また他の耐性関連経路(特にMET経路)との協調作用が存在するかをin vitroおよびin vivoモデルを用いて評価する。さらに、Hh経路阻害がEGFR野生型NSCLC細胞の標準化学療法に対する感受性を改善するかについても検討する。これらの知見を通じて、EGFR-TKI耐性NSCLC患者に対する新たな治療戦略開発の可能性を探ることを目指した。
結果
HCC827-GR細胞の樹立とEMT形質: EGFR変異陽性HCC827細胞株からgefitinib耐性HCC827-GR細胞株を樹立した。HCC827-GR細胞はerlotinibおよび不可逆的EGFR阻害剤BIBW2992 (afatinib) に対しても交差耐性を示し、EGFR T790M変異は認められなかった。gefitinib処理下でもp-AKTおよびp-MAPKの持続的な活性化が観察された (Fig. 1A)。HCC827-GR細胞は、vimentinおよびSLUGの発現増強、E-cadherinの消失というEMT表現型を獲得しており、親細胞と比較して浸潤、遊走、軟寒天コロニー形成能が著明に増加した (Fig. 2A-C)。AXLおよびNFκBの活性化は、HCC827-GR細胞と親細胞間で有意な差はなかった。
Hh経路活性化とSMO遺伝子増幅: HCC827-GR細胞では、SMO、GLI1、およびPTCH (GLI1の標的遺伝子) のタンパク質発現が親HCC827細胞の3〜5倍に増加していた (Fig. 1B)。Shh、GLI2、GLI3の発現レベルに変化はなかった。FISH解析により、HCC827-GR細胞ではSMO遺伝子コピー数が親細胞と比較して約4倍に増加していることが確認され、SMO遺伝子増幅が示された (Fig. 1C)。一方、MET遺伝子コピー数には有意な差はなかったが、p-METは著明に活性化していた。GLI1-ルシフェラーゼレポーターアッセイでは、HCC827-GR細胞でGLI1転写活性が親細胞の6〜7倍に高値を示し (p < 0.001)、GLI1 siRNAによるGLI1発現抑制でこの活性は約65%低下した (p < 0.01) (Fig. 1D)。Ion Torrent NGSによるHh関連遺伝子変異解析では、特異的な変異は検出されなかった。
SMO過剰発現によるgefitinib耐性誘導: EGFR変異型HCC827およびPC9親細胞にSMO発現プラスミドを一時的にトランスフェクトすると、gefitinibに対する感受性が部分的に失われた。この結果は、SMOが耐性のドライバーとして機能しうることを確認した (Fig. 1E)。
SMO単独阻害の限界とMET-SMO協調作用: HCC827-GR細胞において、SMO阻害剤LDE225単独、vismodegib単独、またはMET阻害剤PHA-665752単独では、細胞増殖、浸潤、遊走、コロニー形成能に対して軽度な抑制効果しか認められなかった (Fig. 2D)。しかし、LDE225とgefitinibの併用、特にLDE225とPHA-665752の併用では、これらの機能が大幅に抑制され、顕著な相乗効果が示された (Fig. 2A-D)。トリプル阻害 (EGFR、SMO、MET) では追加的な抗増殖効果は認められなかった。Western blottingでは、LDE225とPHA-665752の併用が最も強力にp-AKTおよびp-MAPKの活性化を抑制し、vimentinの発現を低下させ、PARPの89kDa断片への切断 (アポトーシス誘導の指標) を誘導した (Fig. 3A)。共免疫沈降実験により、HCC827-GR細胞ではSMOとMETが物理的に相互作用し、LDE225またはPHA-665752処理によりこの相互作用が減少し、併用により最大に減少することが明らかになった (Fig. 3B)。SMOとHER3/EGFRの結合は認められず、SMO-METヘテロダイマー形成が特異的なメカニズムであることが示唆された。また、HCC827-GR細胞ではSUFU-GLI1相互作用が減少しており (GLI1活性化を反映)、LDE225とPHA-665752の併用によりこの結合が回復し、MET経路がGLI1の核内移行を調節している可能性が示唆された (Fig. 3D)。GLI1の転写活性は、LDE225単独では完全には抑制されなかったが、PHA-665752単独でもGLI1依存性シグナルを減少させ、両剤併用で最も強力に抑制された (Fig. 3C)。
In vivo抗腫瘍効果 (HCC827-GR異種移植モデル): ヌードマウスを用いたHCC827-GR異種移植モデル (n=8 mice/group) において、gefitinib単独投与では腫瘍増殖に効果がなかった。LDE225単独またはPHA-665752単独では中等度の腫瘍抑制効果が認められた。LDE225とgefitinibの併用では、21日目の腫瘍体積が対照群の24%にまで減少し、奏効率は5/8 (62.5%) であった (Fig. 4A, B)。最も強力な効果を示したのはLDE225とPHA-665752の併用であり、腫瘍体積は対照群のわずか2%にまで抑制され、奏効率は8/8 (100%) で完全奏効を達成した (Fig. 4A, B)。組織学的評価では、完全奏効群の腫瘍組織には線維化のみが認められ、生存可能な癌細胞は消失していた。免疫組織化学染色では、併用群でvimentin、p-EGFR、p-MET、GLI1の発現が最低レベルであった (Fig. 4C)。Western blot解析でも、LDE225とPHA-665752の併用がp-MAPKおよびp-AKTを強力に抑制した (Supplementary Fig. S1)。
EGFR野生型NSCLCへのHh経路阻害の適用: EGFR野生型NSCLC細胞株であるH1299、H460、および獲得耐性Calu-3 ER細胞は、SMO増幅を伴わないものの、Hh経路の活性化 (GLI1-ルシフェラーゼ活性が8〜9倍高値) を示した。LDE225単独ではこれらの細胞の増殖に有意な影響はなかったが、erlotinibとLDE225の併用により、p-AKTおよびp-MAPKの活性化が完全に抑制され、H1299およびCalu-3 ER細胞でアポトーシスが誘導された (65〜70%、p < 0.001) (Fig. 5A, B)。in vivoのCalu-3 ER異種移植モデルにおいても、erlotinibとLDE225の併用は腫瘍増殖を有意に抑制した (Supplementary Fig. S1F)。
Hh経路阻害による化学療法感受性改善: EGFR野生型H1299 (cisplatin IC50 13 μmol/L) およびH460 (cisplatin IC50 11 μmol/L) 細胞において、cisplatinとLDE225の併用は軟寒天コロニー形成を相乗的に抑制し (%AB/(%A%B) > 1.0)、Hh経路阻害が標準化学療法に対する感受性を改善することが示された (Fig. 6)。
考察/結論
本研究は、EGFR変異陽性NSCLCの獲得耐性機構として、SMO遺伝子増幅によるHedgehog (Hh) 経路の活性化を初めて報告した前臨床研究である。この知見は、EGFR-TKI耐性患者の生検検体でSMO増幅が報告された臨床データ (Giannikopoulos et al. 2013、16例中2例、12.5%) や、TCGA肺腺癌データにおけるSMO変異 (2.6%) およびSMO増幅 (5%) の報告と整合する。
新規性: 本研究で初めて、EGFR-TKI耐性HCC827-GR細胞において、SMO遺伝子増幅がHh経路の活性化を駆動し、これがMET経路の活性化と物理的なSMO-METヘテロダイマー形成を介して、下流のAKT/MAPK経路の持続的活性化とEMT誘導 (vimentin、SLUG発現増加、E-cadherin消失) に寄与する分子メカニズムを明らかにした。特に、METがGLI1の活性化を強化する (SUFU-GLI1結合の減少を介して) ことが示された点は新規の発見である。
先行研究との違い: これまでのMET単独阻害剤の臨床試験では限定的な効果しか得られていなかった。しかし、本研究ではSMO阻害剤LDE225とMET阻害剤PHA-665752の併用がHCC827-GR異種移植モデルで100%の完全奏効という極めて強力な抗腫瘍効果を示した。これは、Hh経路とMET経路の同時遮断がEGFR-TKI耐性克服の鍵となる可能性を強く示唆しており、既存の治療戦略とは異なるアプローチの重要性を強調する。また、Zhang et al. NatGenet 2012やByers et al. ClinCancerRes 2013が報告したAXL/NF-κB経路の活性化とは対照的に、本研究モデルではHh-MET経路が独立して活性化していることを示唆する。
臨床応用: 本研究の知見は、EGFR-TKI獲得耐性後の再生検においてSMO遺伝子増幅のスクリーニングを推奨する強力な前臨床的根拠を提供する。Hh経路阻害剤は既に髄芽腫や基底細胞癌で承認されており、NSCLCにおけるEGFR-TKI耐性克服のための新たな治療選択肢として、LDE225とMET阻害剤の併用療法の臨床試験への移行が期待される。さらに、EGFR野生型NSCLCにおいても、Hh経路阻害剤がEGFR阻害剤やシスプラチンなどの標準化学療法に対する感受性を改善する可能性を示し、幅広いNSCLC患者に対する治療効果の向上が期待される。
残された課題: 本研究の限界としては、主に単一の細胞株モデルに依存している点が挙げられる。患者検体におけるSMO増幅の頻度に関するデータはまだ限定的であり、より大規模な臨床コホートでの検証が必要である。また、AXL/NF-κB経路とHhシグナルの潜在的な協調作用については、さらなる検討が残されている。LDE225の長期毒性プロファイルや、他のHh経路阻害剤との比較評価も今後の課題である。今後の研究では、腫瘍の不均一性を考慮した患者由来異種移植モデル (PDX) や、より多様な耐性メカニズムを持つ細胞株を用いた検証が求められる。
方法
細胞株と薬剤: EGFR変異陽性NSCLC細胞株として、gefitinib感受性HCC827 (親細胞) およびそのin vitro gefitinib耐性サブラインHCC827-GR (12ヶ月間の連続培養で樹立、IC50 >20 μmol/L、T790M陰性) を使用した。EGFR野生型NSCLC細胞株としては、erlotinib感受性H322/Calu-3、内因性耐性H1299/H460、および獲得耐性Calu-3 ER (Calu-3細胞から樹立) を用いた。使用した阻害剤は、gefitinib、erlotinib、LDE225 (erismodegib、SMO阻害剤)、vismodegib (SMO阻害剤)、PHA665752 (MET阻害剤)、およびcisplatinである。細胞株の同定はSTRプロファイリングにより確認された。
細胞増殖・機能アッセイ: 細胞増殖はMTTアッセイにより測定した。浸潤、遊走、軟寒天コロニー形成能はそれぞれTranswellアッセイおよび軟寒天アッセイにより評価した。
分子生物学的解析:
- タンパク質発現解析: Western blottingにより、EGFR、p-EGFR、AKT、p-AKT、MAPK、p-MAPK、vimentin、E-cadherin、SLUG (Snail2)、Shh (Sonic Hedgehog)、GLI1、GLI2、GLI3、SMO、PTCH (Patched)、MET、p-MET、PARP (Poly (ADP-ribose) polymerase)、HER3 (ErbB3)、SUFU (Suppressor of Fused Homolog)、NFκBp65、p-NFκBp65、AXL (AXL receptor tyrosine kinase)、p-AXLなどのタンパク質発現およびリン酸化状態を解析した。
- 遺伝子操作: GLI1 siRNAによるGLI1遺伝子発現抑制、およびSMO発現プラスミドによるSMO過剰発現をLipofectamine 2000を用いて実施し、その機能的影響を評価した。
- GLI1レポーターアッセイ: GLI1応答性プロモーターを持つルシフェラーゼレポーターアッセイを用いて、GLI1の転写活性を測定した。
- 共免疫沈降: SMOとMET、およびSUFUとGLI1の物理的相互作用を共免疫沈降により解析した。
- 遺伝子コピー数解析: FISH (Fluorescence In Situ Hybridization) 法によりMETおよびSMO遺伝子のコピー数を測定した。
- 遺伝子変異解析: Ion Torrent NGS (Next-Generation Sequencing) を用いてHh関連遺伝子の変異を解析した。
In vivo抗腫瘍効果試験: 4〜6週齢の雌性balb/c athymic (nu/nu) ヌードマウス (n=8 mice/group) に、HCC827-GR細胞またはCalu-3 ER細胞を皮下移植した。腫瘍体積が約75 mm³に達した後、各群8匹のマウスにランダムに割り付け、以下の薬剤を単剤または併用で投与した。
- HCC827-GR異種移植モデル: gefitinib (100 mg/kg 経口、毎日)、LDE225 (20 mg/kg 腹腔内、週3回)、PHA-665752 (25 mg/kg 腹腔内、週2回)。
- Calu-3 ER異種移植モデル: erlotinib (60 mg/kg 経口、毎日)、LDE225 (20 mg/kg 腹腔内、週3回)。 腫瘍体積は隔日で測定し、治療終了後に腫瘍組織を採取して免疫組織化学 (PTCH、MET、vimentin) およびWestern blottingにより評価した。
統計解析: P値が0.05未満を有意差ありとした。併用薬の効果は、各薬剤の残存細胞の割合を乗じることで評価し、シナジー指数を既報の方法で算出した。サブアディティビティは%AB/(%A%B) < 0.9、アディティビティは0.9-1.0、そしてスプラアディティビティは>1.0と定義した。