• 著者: Xing, Yu, et al.
  • Corresponding author: Jinming Yu (Shandong Cancer Hospital and Institute)
  • 雑誌: Clinical Cancer Research
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-08-17
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32817079

背景

EGFR変異陽性非小細胞肺がん (NSCLC) 患者は、診断時に25〜40%という高頻度で脳転移を合併し、治療後の病勢進行や死亡の主要な原因となることが知られている。特に、第1・2世代EGFR-TKI (チロシンキナーゼ阻害薬) 治療後にT790M耐性変異を獲得した患者では、既存のTKIが血液脳関門 (BBB) を十分に透過せず、脳転移巣への薬剤到達が不十分であることが大きな治療上の課題であった。このBBB透過性の低さは、薬剤の排出トランスポーターへの親和性や、脂溶性の不足に起因すると考えられている Ahluwalia et al. Oncologist 2018。例えば、ゲフィチニブやエルロチニブといった第1世代TKIで治療された患者の25〜35%が、中央値22ヶ月の追跡期間後にCNS病勢進行を示し、そのうちCNS病変が先行していたのはわずか16%であったことが報告されている。

Osimertinibは、EGFR感受性変異およびT790M耐性変異に選択的に作用する強力かつ不可逆的な第3世代EGFR-TKIであり、その優れたBBB透過性が前臨床試験で示されていた Ballard et al. ClinCancerRes 2016。AURA試験群では、T790M陽性NSCLC患者において高い客観的奏効率 (ORR) と良好な無増悪生存期間 (PFS) が報告され Yang et al. JClinOncol 2017、特にAURA3試験では、CNS転移を有するT790M陽性患者において中央値11.7ヶ月という前例のないCNS PFSが達成された Wu et al. JClinOncol 2018。これらの結果は、osimertinibがCNS転移に対して高い有効性を持つことを示唆している。

しかし、T790M陽性かつCNS転移を有する患者集団を対象に、osimertinibの治療効果とバイオマーカーの関連性を前向きに詳細に検討したデータは限られていた。特に、脳脊髄液 (CSF) 中への薬剤浸透率の定量的評価、血漿およびCSF中の循環腫瘍DNA (ctDNA) バイオマーカーの動態とPFSとの関連性、そしてCSFと血漿間でのT790M変異の一致率 (concordance) については、その臨床的意義が未解明であった。これらの知識の不足は、CNS転移を有する患者に対する最適な治療戦略の確立と、個別化医療の推進における重要なギャップとして残されていた。本研究は、この知識の不足を埋めることを目的とした。

目的

本研究 (APOLLO試験) は、EGFR-TKI治療後に病勢進行したT790M変異陽性NSCLC患者でCNS転移を有する集団を対象に、osimertinibの臨床的有効性および安全性を前向きに評価することを目的とした。さらに、血漿およびCSF中のEGFR変異ctDNA/CSF DNAなどのバイオマーカーと治療効果との関連性を探索的に解析し、治療反応予測に有用なバイオマーカーを同定することを目的とした。特に、以下の点を明らかにすることを目指した。

  1. T790M陽性CNS転移患者におけるosimertinibの客観的奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS)、疾患コントロール率 (DCR) を含む臨床的有効性。
  2. OsimertinibのCSF浸透率を薬物動態学的に評価し、そのCNS活性の薬力学的根拠を確立すること。
  3. 治療開始後の血漿中EGFR変異ctDNAの動態が、その後の臨床転帰 (特にPFS) とどのように関連するかを評価すること。
  4. CNS転移患者において、CSFと血漿間でのT790M変異ステータスの一致率を評価し、CNS病変の分子診断におけるCSF液体生検の重要性を明らかにすること。

結果

患者背景と全体的有効性: 2017年1月から9月にかけて、EGFR-T790M陽性かつCNS転移を有するNSCLC患者38例が登録された。患者の平均年齢は59.1歳 (SD 9.32歳) であり、女性が60.5%、非喫煙者が82.9%を占めた。全患者がT790M変異とEGFR感受性変異 (19DelまたはL858R) を有していた。CNS転移の内訳は、脳転移のみが92.1%、軟髄膜転移のみが5.3%、脳転移と軟髄膜転移の両方が2.6%であった。また、31例 (81.6%) が頭蓋外転移を併発していた (Table 1)。中央値8.2ヶ月 (範囲 0.1-15.6ヶ月) の追跡期間後、全体無増悪生存期間 (PFSo) 中央値は8.4ヶ月 (95% CI 5.8-10.9ヶ月) であった (Fig. 2A)。全体ORRは39.4% (33例中13例が部分奏効 [PR]) であり、疾患コントロール率 (DCR) は90.9% (33例中30例) と高値を示した。これらの結果は、既治療のT790M陽性CNS転移患者という困難な集団において、osimertinibが臨床的に意義のある有効性を示すことを裏付けている。

頭蓋内有効性 (iORR): 頭蓋内病変の評価が可能であった32例において、頭蓋内ORR (iORR) は68.8% (95% CI 50.0-83.9) と非常に高かった。これには3例の完全奏効 (CR) (脳転移2例、軟髄膜転移1例) と19例のPRが含まれる。頭蓋内DCRは96.9% (32例中31例) であった。この高いiORRは、osimertinibの優れたBBB透過性がCNS転移に対して強力な抗腫瘍効果をもたらすことを明確に示している。先行研究であるAURA3試験におけるCNS転移患者の頭蓋内ORRが40%であったことと比較しても、本研究のiORRは高い値を示しており、CNS転移に特化した患者集団におけるosimertinibのCNS活性の優位性を強調するものである。

CSF浸透率の薬物動態学的評価: 探索的解析として、12例の患者から採取されたCSFおよび血漿サンプルを用いてosimertinibの薬物濃度を測定した。治療開始6週時点でのosimertinibのCSF浸透率 (CSF/血漿濃度比) 中央値は31.7% (範囲 19.8-57.8%) であった。これは、第1・2世代EGFR-TKI (ゲフィチニブ: 1-3%、エルロチニブ: 2-5%) と比較して約10〜15倍高い浸透率であり、osimertinibのCNS転移に対する高い臨床効果の薬力学的根拠を提供する。また、CSF中のosimertinib濃度と血漿中の濃度には強い相関 (r=0.83, p<0.0001) が認められた (Fig. 3)。興味深いことに、頭蓋内CRまたはPRを達成した患者では、SDまたはPDの患者と比較して、CSF浸透率中央値が36.5%と高く、SD/PD患者の25.8%よりも良好な傾向が示された。

血漿ctDNAバイオマーカーと治療効果予測: 治療開始後6週時点での血漿中EGFR変異 (感受性変異およびT790M変異) の検出状況とPFSoとの関連性を評価した。その結果、6週時点で血漿EGFR変異が検出不能 (ctDNA消失) となった患者群では、変異が持続的に検出された患者群と比較して、PFSoが有意に良好であった (未到達 vs 4.5ヶ月; HR 0.2, 95% CI 0.0-1.1, p<0.05) (Fig. 4C)。この早期のctDNA消失がその後の長期PFSoと強く相関するという知見は、血漿ctDNAモニタリングがosimertinib治療効果の早期サロゲートバイオマーカーとして有用である可能性を示唆する。12週時点のctDNA評価でも同様の傾向が認められ、早期のctDNA動態モニタリングが治療継続や戦略変更の判断に役立つツールとなりうることが示唆された。

CSFと血漿間のT790M変異の一致率の低さ: ベースライン時におけるT790M変異ステータスのCSF DNAと血漿ctDNA間での一致率を評価した結果、一致率はわずか8.3% (12例中1例のみ一致) と著しく低かった (Fig. 4A)。この低い一致率は、CNS腔 (CSF) と末梢血漿 (ctDNA) が独立した腫瘍由来DNAのコンパートメントを形成していることを示唆する。血漿ctDNAでT790M陰性であっても、CSF DNAではT790M陽性という乖離が複数例で認められ、CNS転移の分子診断には末梢血漿だけでなくCSF液体生検が不可欠である可能性が示唆された。実際に、ベースラインでCSF中にT790M変異が検出された2例 (うち1例は血漿T790M陰性) は、良好な頭蓋内奏効と長期PFSoを示した (Fig. 5)。この知見は、CNS転移患者の耐性機序解析や治療選択においてCSFサンプリングが極めて重要であることを強調する。

安全性プロファイル: Osimertinibの安全性プロファイルは、これまでの報告と一致しており、新たな安全性シグナルは認められなかった (Supplementary Table S2)。全患者の89.5% (34/38例) で有害事象が認められ、うち31.6% (12/38例) がGrade ≥3の治療関連有害事象 (TRAE) であった。主なGrade ≥3のTRAEは、皮疹 (7.9%)、下痢、口内炎であった。Grade ≥3のTRAEによる治療中止は1例のみであり、大多数の患者で忍容性良好に治療が継続された。

考察/結論

APOLLO試験は、T790M陽性かつCNS転移を有する既治療NSCLC患者という特定の困難な集団に対し、osimertinibの有効性 (PFSo中央値8.4ヶ月、頭蓋内ORR 68.8%) を前向きに評価した初の研究である。本研究で示された高い頭蓋内ORRは、osimertinibの優れたBBB透過性を臨床的に裏付けるものであり、CSF浸透率中央値31.7%という数値は、他のEGFR-TKIと比較して顕著に高い浸透性を示す。このCSF浸透率は、osimertinibがCNS転移に対して強力な効果を発揮する薬力学的根拠を提供する。先行研究であるAURA3試験の頭蓋内ORR 40%と比較して本研究のiORRが高い値を示したことは、より厳選されたCNS転移患者集団での検討であることを反映している。

本研究の新規性は、治療開始後6週時点での血漿EGFR変異の消失が、その後のPFSoの有意な改善 (HR 0.2, 95% CI 0.0-1.1, p<0.05) と相関することを示した点にある。この知見は、血漿ctDNAモニタリングがosimertinib治療効果の早期予測バイオマーカーとして臨床応用できる可能性を示唆する。これにより、治療効果の早期評価と、治療戦略変更のタイミング決定に有用なツールを提供できる。

また、ベースライン時におけるCSFと血漿間のT790M変異の一致率が8.3%と著しく低かったことは、CNS腔と末梢血漿が独立した腫瘍由来DNAのコンパートメントを形成していることを明確に示している。この結果は、血漿ctDNAでT790M陰性であっても、CNS転移の真の分子特性を把握するためにはCSFサンプリングが不可欠であるという臨床的意義を強調する。特に、CNS腫瘍生検が困難な場合や血漿T790Mが陰性であるCNS転移患者において、CSF検査はosimertinib治療の適格性を判断するための重要な手段となりうる。

残された課題としては、本研究が単群試験であり、比較対照群がないため、結果の一般化には限界がある点が挙げられる。また、探索的バイオマーカー解析におけるCSFサンプルの患者数が限られていたため、より大規模なコホートでの検証が必要である。特に、CSFと血漿間でT790Mステータスが乖離する患者群におけるosimertinibの有効性を、前向きにさらに詳細に検討することが今後の課題である。将来的には、osimertinib耐性後のCNS転移管理、CNS指向性の新規治療との組み合わせ戦略、および血漿ctDNA早期消失の予測的価値を検証する前向きバイオマーカー試験が求められる。

方法

APOLLO試験 (ClinicalTrials.gov登録番号: NCT02972333) は、2017年1月から2019年4月にかけて実施された前向き、単群、非盲検、多施設共同試験である。対象患者は、EGFR-TKIによる前治療後に病勢進行し、組織または血漿ctDNA検査でEGFR T790M変異陽性が確認され、かつ脳転移または軟髄膜転移を含むCNS転移を有するステージIVのNSCLC患者38例であった。患者は18歳以上、WHOパフォーマンスステータス0-2、最低3ヶ月の余命が期待される者とされた。測定可能な脳転移病変を有し、以前に放射線治療を受けている場合は病勢進行または無効であった病変が対象とされた。軟髄膜転移患者も対象に含まれたが、CSF細胞診による確定診断とMRIで評価可能な病変の存在が必須であった。主要な除外基準には、過去6ヶ月以内のosimertinib治療、全脳照射 (WBRT) の既往、重度または制御不能な全身性疾患、および神経学的に不安定な症候性CNS転移が含まれた。

全患者に対し、osimertinib 80 mgを1日1回経口投与した。治療は病勢進行または忍容できない有害事象が発生するまで継続された。主要評価項目は、頭蓋内病変および/または頭蓋外病変の進行までの期間として定義される全体無増悪生存期間 (PFSo) であった。副次評価項目には、全体ORR、頭蓋内ORR、頭蓋外ORR、疾患コントロール率 (DCR)、全生存期間 (OS)、および有害事象 (AE) のモニタリングが含まれた。腫瘍評価はベースライン時および12週ごとにRECIST ver. 1.1に従って実施され、頭蓋内病変と頭蓋外病変は個別に評価された。

探索的バイオマーカー解析として、血漿ctDNAおよびCSF DNAの連続サンプリングをベースライン、治療開始後6週、および病勢進行時に実施した。これらのサンプルから次世代シーケンシング (NGS) を用いて体細胞変異およびコピー数異常 (CNA) を解析した。特に、EGFR変異のバリアントアレル頻度 (VAF) の変化を追跡した。また、一部の症例ではCSFおよび血漿中のosimertinib薬物濃度を測定し、CSF浸透率 (CSF/血漿濃度比) を評価した。薬物濃度測定には液体クロマトグラフィー質量分析法 (LC/MS-MS) が用いられた。

統計解析は、データカットオフ時点 (2018年5月3日) で実施された。解析にはStatistical Analysis System (SAS) version 9.2が使用された。PFSoなどの時間依存性データはカプラン・マイヤー法を用いて要約され、群間の比較にはログランク検定が用いられた。連続変数は中央値 (四分位範囲) または平均値 (標準偏差) で、カテゴリカル変数は頻度とパーセンテージで要約された。有害事象はCTCAE ver. 4.0に従って評価された。