- 著者: Ryota Kogo, et al.
- Corresponding author: Mariko Kogo, MD (Department of Respiratory Medicine, Kobe City Medical Centre General Hospital, Kobe, Japan)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2015
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report
- PMID: 26384434
背景
EGFR変異陽性非小細胞肺癌 (NSCLC) に対するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) 治療は、高い奏効率を示すものの、治療開始後8〜16ヶ月でほぼ全ての患者が獲得耐性を来すことが知られている (Mok et al. NEnglJMed 2009、Maemondo et al. NEnglJMed 2010、Mitsudomi et al. LancetOncol 2010)。この獲得耐性機序としては、二次変異であるEGFR T790M変異が約50〜60%を占めるほか、MET遺伝子増幅、HER2遺伝子増幅、BRAF変異などの分子生物学的変化が報告されている。しかし、これらの分子学的機序に加え、組織学的転換も重要な耐性機序の一つとして認識されている。特に、腺癌から小細胞肺癌 (SCLC) への転換は、EGFR-TKI耐性患者の約3〜5%に認められることが報告されており (Sequist et al. SciTranslMed 2011)、この転換はT790M変異とは異なる独立した耐性経路と考えられている。
一方、大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) はSCLCと同様に高悪性度の神経内分泌腫瘍に分類されるが、SCLCとは異なる形態学的特徴を持つ。EGFR変異陽性肺腺癌がEGFR-TKI治療後にLCNECへ組織学的に転換し、薬剤耐性を獲得するケースは極めて稀であり、散発的な症例報告が数件あるのみであった。LCNECへの転換はSCLCへの転換よりもさらに稀であると考えられていたが、その正確な頻度、臨床病理学的特徴、および治療戦略への影響については、系統的なデータが不足していた。特に、LCNEC転換の診断には再生検による組織学的評価と神経内分泌マーカー (シナプトフィジン、クロモグラニンA、CD56など) の免疫組織化学的確認が不可欠である。しかし、再生検が実施されない場合、この重要な組織学的転換が見逃され、不適切な治療が継続される可能性が課題として残されていた。本報告は、EGFR-TKI耐性機序としてのLCNEC転換の詳細な臨床病理学的特徴を提示し、この稀な現象のメカニズム解明に貢献することを目的としている。
目的
本研究の目的は、EGFR変異陽性肺腺癌患者がEGFR-TKI治療後に獲得耐性を来した際に、稀な機序として大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) へ組織学的に転換した症例の臨床的・病理学的特徴を詳細に検討することである。特に、LCNEC転換におけるEGFR変異の保持状況、T790M変異の有無、EGFRおよび網膜芽細胞腫 (Rb) 蛋白発現の変化を免疫組織化学的に評価し、SCLC転換との共通点および相違点を明らかにすることを目指した。これにより、EGFR-TKI耐性機序としてのLCNEC転換の病態生理を解明し、耐性後の治療戦略決定における再生検の臨床的意義を強調することを意図した。
結果
LCNEC転換例の同定と組織学的確認: EGFR変異陽性肺腺癌患者がEGFR-TKI治療後に獲得耐性を来し、再生検を実施した結果、1例においてLCNECへの組織学的転換が確認された。この患者は、初回診断時にEGFR exon 21 L858R変異陽性の肺腺癌と診断され、右肺上葉切除術を受けた。初回病理組織では、乳頭状優位型浸潤性腺癌の形態を呈し、TTF-1とNapsin Aがびまん性陽性、CEAも陽性であったが、N-CAM、クロモグラニン、シナプトフィジンは陰性であった (Figure 1)。EGFR発現はHスコア200で陽性、Rb発現も陽性であった (Figure 2A, C)。ゲフィチニブによる治療で11ヶ月間部分奏効 (PR) を得た後、病勢進行を認め、その後の治療を経て、初回ゲフィチニブ投与から4年半後に左主気管支に突出する転移巣が出現した。この転移巣の気管支鏡下切除標本では、神経内分泌形態 (器官様配列、ロゼット様構造、末梢柵状配列、索状増殖) を呈する大型細胞からなる腫瘍が認められた。腫瘍細胞は豊富な細胞質と明瞭な核小体を持ち、有糸分裂像は10個/2mm²以上と高頻度であった。MIB1標識指数は60-80%と高値を示した。免疫組織化学染色では、N-CAMとシナプトフィジンがびまん性陽性、クロモグラニンが約10%の腫瘍細胞で陽性であり (Figure 4)、WHO基準に基づきLCNECと診断された。
EGFR変異状態の転換後維持とT790M欠如: LCNECに転換した腫瘍組織の遺伝子解析では、初回診断時と同様にEGFR exon 21 L858R変異が保持されていることが確認された。これは、LCNECが元の腺癌からクローン的に派生したことを示唆する。重要な知見として、このLCNEC転換例では、EGFR-TKI獲得耐性の主要な機序であるT790M変異は検出されなかった。この結果は、LCNEC転換がT790M変異とは異なる、TKI耐性獲得の独立した経路であることを強く示唆する。
EGFRおよびRb蛋白発現の消失: 免疫組織化学的解析により、初回診断時の腺癌組織ではEGFRおよびRb蛋白が陽性であったのに対し、LCNECに転換した腫瘍組織ではEGFR発現が完全に消失し (Hスコア0)、Rb発現も陰性化していることが明らかになった (Figure 2B, D)。このEGFRおよびRb発現の消失は、SCLCへの組織学的転換において報告されている特徴と類似しており、両者の神経内分泌転換に共通の分子メカニズムが関与している可能性を示唆する。
腫瘍マーカーの変化と転換後の治療応答: LCNEC転換が確認された時点での血清腫瘍マーカーは、CEAが211 ng/mL、NSEが251 ng/mLと著しく上昇していた。特にNSEの著明な上昇は、神経内分泌分化の進行を臨床的に示唆するものであった。LCNEC転換後、患者はエトポシドとプラチナ製剤による化学療法および緩和的放射線療法を受けたが、2サイクル目には病勢進行を認めた。その後、アムルビシンによる治療に切り替えられ、部分奏効が得られ、NSE値も9.1 ng/mLまで劇的に低下した。この治療応答は、LCNECがSCLCと同様に神経内分泌腫瘍に対する化学療法に感受性を示す可能性を示唆する。
再生検の重要性: 本症例は、EGFR-TKI耐性後の治療戦略を決定する上で、再生検による組織学的評価が極めて重要であることを明確に示した。再生検によってLCNECへの転換が診断されたことで、EGFR-TKIの継続ではなく、神経内分泌腫瘍に準じた化学療法への切り替えが可能となり、実際にアムルビシンによる奏効が得られた。これは、再生検が耐性機序を正確に同定し、個別化された治療選択を導く上で不可欠であることを実証する。
考察/結論
本研究は、EGFR変異陽性肺腺癌患者におけるEGFR-TKI獲得耐性機序として、大細胞神経内分泌癌 (LCNEC) への組織学的転換という稀な現象を詳細に報告した。これまでの報告では、EGFR-TKI耐性後の組織学的転換のほとんどが小細胞肺癌 (SCLC) であったが、本症例はLCNECへの転換も起こりうることを明確に示した点で新規性がある。
先行研究との違い: 本症例は、LCNEC転換腫瘍において元のEGFR変異が保持されていたにもかかわらず、EGFRおよびRb蛋白の発現が消失していることを免疫組織化学的に示した点で、これまでのSCLC転換に関する報告と共通のメカニズムが示唆された。SCLC転換例でもEGFR発現の低下やRb発現の消失が報告されており、神経内分泌への転換経路には共通の分子学的変化が関与する可能性が考えられる。しかし、LCNECとSCLCは形態学的、遺伝学的に異なる点も指摘されており、両者の転換メカニズムの差異については今後の詳細な検討が残された課題である。
新規性: 本研究で初めて、EGFR-TKI耐性後のLCNEC転換において、EGFRおよびRbの発現消失が認められたことを報告した。この知見は、LCNEC転換がT790M変異とは異なるTKI耐性機序であり、SCLC転換と同様に神経内分泌分化に伴うEGFRシグナル伝達経路の不活性化が関与する可能性を示唆する。また、血清NSE値の著明な上昇がLCNEC転換の臨床的指標となりうること、および転換後の神経内分泌腫瘍に対する化学療法への応答性を示した点も新規性がある。
臨床応用: 本知見は、EGFR変異陽性NSCLC患者がEGFR-TKI耐性を来した際に、再生検による組織学的評価が極めて重要な臨床的意義を持つことを強調する。LCNECへの転換が確認された場合、EGFR-TKIの継続や第三世代TKIへの切り替えではなく、神経内分泌腫瘍に準じた化学療法 (例: エトポシド+プラチナ製剤) が適切な治療選択肢となる。実際に本症例では、アムルビシンによる治療で奏効が得られており、再生検による正確な診断が治療戦略に直接影響を与え、患者の予後改善に寄与する可能性を示した。
残された課題: 今後の検討課題として、LCNEC転換の正確な発生頻度、転換に関与する詳細な分子メカニズム、およびSCLC転換との遺伝学的・分子生物学的差異をさらに解明する必要がある。特に、LCNEC転換におけるRb発現消失の役割や、神経内分泌分化を誘導する上流のシグナル経路については、さらなる基礎研究が求められる。また、LCNEC転換後の最適な治療レジメンや、長期的な予後に関する大規模な臨床データも不足しており、今後の多施設共同研究や症例集積が期待される。
方法
本研究は、EGFR変異陽性肺腺癌に対するEGFR-TKI一次治療後に獲得耐性を来し、再生検 (気管支鏡下生検または外科的切除) を実施した患者の中から、組織学的にLCNECへの転換が確認された1例を対象とした症例報告である。
患者背景: 対象患者は68歳男性で、EGFR exon 21 L858R変異陽性の肺腺癌と診断された。初回診断時に右肺上葉切除術を受け、その後、多発性肺内転移に対してゲフィチニブ、カルボプラチン-パクリタキセル-ベバシズマブ、ドセタキセル-ベバシズマブ、ペメトレキセド-ベバシズマブ、ゲムシタビン、エルロチニブ、S-1、nab-パクリタキセル、イリノテカンなど、複数の化学療法およびEGFR-TKI治療を受けた。
病理学的評価: 初回診断時の外科的切除標本と、EGFR-TKI治療後に左主気管支に突出した転移巣から得られた再生検標本について、病理学的および免疫組織化学的評価を実施した。LCNECの診断は、世界保健機関 (WHO) の分類基準 (2015年版) に基づき、大型細胞、豊富な細胞質、明瞭な核小体、高頻度な有糸分裂像、壊死などの形態学的特徴に加え、神経内分泌マーカーであるN-CAM (CD56)、シナプトフィジン、クロモグラニンAの免疫組織化学的陽性を確認した。腺癌マーカーとしてTTF-1およびNapsin Aも評価した。
分子生物学的評価: 初回診断時および再生検標本におけるEGFR変異状態 (L858R変異) は、遺伝子解析により確認した。EGFR T790M変異の有無も評価した。
免疫組織化学的評価: EGFRおよび網膜芽細胞腫 (Rb) 蛋白の発現は、免疫組織化学染色により評価した。EGFR発現はHスコア (0-300) を用いて定量的に評価し、Rb発現は陽性/陰性で判定した。初回診断時とLCNEC転換後の両方の標本でこれらのマーカーの発現変化を比較した。
臨床経過の評価: EGFR-TKI治療に対する奏効期間 (PFS)、耐性後の血清腫瘍マーカー (CEA、NSE、ProGRP) の変化、およびLCNEC転換後の化学療法に対する反応を追跡した。