- 著者: Jin-Yuan Shih, Chien-Hung Gow, Pan-Chyr Yang
- Corresponding author: Pan-Chyr Yang (Department of Internal Medicine, National Taiwan University Hospital, Taipei 100, Taiwan; pcyang@ha.mc.ntu.edu.tw)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2005
- Epub日: N/A
- Article種別: Case Report (Correspondence / Letter to the Editor)
- PMID: 16014893
背景
EGFR チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるgefitinib に対する奏効が NSCLC における EGFR キナーゼドメインの体細胞変異——エクソン 19 欠失とエクソン 21 L858R 変異——と強く関連することは、2004 年の Lynch et al. の報告によって確立された (Lynch et al. NEnglJMed 2004)。さらに Sordella et al. は L858R 変異を持つ NSCLC 細胞が in vitro で gefitinib に高い感受性を示し、変異 EGFR が抗アポトーシス経路を直接活性化することを明らかにした (Sordella et al. Science 2004)。
しかし 2005 年初頭、Kobayashi et al. と Pao et al. は gefitinib に一度奏効した後に耐性を獲得した NSCLC 患者の再生検で EGFR エクソン 20 のゲートキーパー変異 T790M (Thr790Met: threonine-to-methionine substitution at codon 790) が出現することを相次いで報告し、T790M が「獲得耐性 (acquired resistance)」の主要機序であることを示した (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005; Pao et al. PLoSMed 2005)。T790M 変異は ATP 結合ポケットへの gefitinib の立体的アクセスを阻害することで耐性をもたらすと理解されていた。
しかしながら、これらの知見はいずれも gefitinib 治療による選択圧下で後天的に出現した「獲得耐性」を記述するものであり、T790M 変異が治療前から自然に腫瘍内に存在しうるか——すなわち「一次耐性 (primary resistance)」の機序ともなりうるか——については知識のギャップ (gap in knowledge) として手薄であった。治療前の腫瘍集団内に T790M 耐性クローンが検出閾値以下の頻度で前存在している可能性は全く不明のままであった。
目的
Gefitinib に対して一次耐性を示した NSCLC 患者の初診時 (治療前) 生検で EGFR 変異解析を行い、T790M 変異が治療前から腫瘍に de novo に存在しうること——すなわち T790M が「一次耐性」の機序として機能しうること——を臨床的に示すことを目的とした。
結果
初診時生検での EGFR 二重変異 (L858R + T790M) の同定: Gefitinib 治療前の初診時生検から抽出した腫瘍 DNA のシーケンシングにより、エクソン 21 に c.2573T>G 変換による L858R 変異、すなわち Leu858Arg (leucine-to-arginine substitution at codon 858) が同定された (Fig. 1A)。これは NSCLC における gefitinib 感受性変異として確立された既知の変異である。同時に、エクソン 20 に c.2369C>T 変換による T790M 変異 (Thr790Met: threonine-to-methionine substitution at codon 790) が同定された (Fig. 1B)。両変異とも、センス鎖・アンチセンス鎖の双方向で独立した 2 回の PCR 産物においてそれぞれ確認され、サブクローニングでも確認された。シーケンシングクロマトグラムにおける変異型/野生型ピーク比は約 50:50 のヘテロ接合性パターンを示し (Fig. 1A, Fig. 1B)、ヌクレオチド配列は N として読まれた。対応するリンパ球 DNA では両変異とも検出されず、腫瘍特異的な体細胞変異であることが確認された。本症例 (n=1) は治療前の生検で L858R (感受性変異) と T790M (耐性変異) が同一腫瘍内に共存していた世界初の臨床証拠を提供した。
Gefitinib に対する一次耐性の臨床転帰: Gefitinib 250 mg/日開始後 1 か月時点の評価では肺腫瘍サイズに変化なく、9 週目の胸部 X 線にて明確な病勢進行が確認された。Gefitinib を中止し、gemcitabine と cisplatin の併用化学療法に切り替えた。治療前からの EGFR T790M 変異の存在が、観察された gefitinib 一次耐性転帰と機序的に合致した。同一症例において初診時生検で T790M が確認されていたことは、当変異が治療誘導なしに腫瘍の自然進化として原発腫瘍に存在し、gefitinib に対する原発性耐性として機能したことを強く示唆した。この結果は Kobayashi et al. NEnglJMed 2005 が in vitro で示した L858R + T790M 二重変異による gefitinib IC50 値の約 100-fold 上昇 (>100-fold IC50 increase in vitro) と機序的に整合した。
T790M 変異の機序的解釈とクローン前存在仮説: T790M 変異はゲートキーパー残基 Thr790 (threonine at codon 790) を Met に置換し、ATP キナーゼ結合ポケットへの gefitinib の立体的アクセスを阻害することで耐性をもたらす。本症例の知見は、L858R 変異を持つ EGFR に T790M を in vitro で追加導入すると gefitinib 感受性が著しく低下するという (Kobayashi et al. NEnglJMed 2005) の in vitro データと機序的に一致した。T790M 耐性クローンが治療前の腫瘍集団内に検出閾値以下の頻度で前存在し、gefitinib 治療による選択圧下でそのクローンが拡大する「クローン前存在 (pre-existing clone)」モデルが示唆された。
考察/結論
本報告は、T790M 変異が gefitinib 治療前から腫瘍内に de novo に存在しうることを示した最初の臨床的証拠であり、本研究で初めて「一次耐性」としての T790M の機能を臨床症例から実証した点で、これまで報告されていない新規の知見である。
これまでの研究では T790M 変異は gefitinib に一度奏効した患者が耐性を獲得した際の「後天的変異 (acquired mutation)」として位置づけられていた。これと異なり、本症例では初診時生検——治療歴のない状態——で T790M が L858R と共存して検出された点が対照的であり、既報の「獲得耐性」としての T790M モデルとは本質的な相違がある。T790M が腫瘍の自然進化 (natural evolution) の過程で治療前から形成されうることを示した最初の臨床的証拠であり、新規な耐性様式を提示した。
本知見の臨床的意義は多岐にわたる。第一に、EGFR 変異陽性 NSCLC で第一世代 EGFR-TKI に原発性耐性を示す患者の一部では、治療前からの de novo T790M クローンが機序として関与している可能性が示唆され、臨床現場での耐性機序評価に重要な含意をもつ。第二に、治療前の de novo T790M を高感度 NGS (Next-generation sequencing; 次世代シーケンシング) や液体生検で検出し、一次治療として第三世代 EGFR-TKI (osimertinib) を選択するという臨床応用の方向性を理論的に支持する先駆的知見でもある。bench-to-bedside の観点では、in vitro での T790M 耐性機序解明と本症例の臨床転帰が機序的に一致しており、基礎研究の知見が橋渡しされた好例である。
残された課題と本書簡の limitation は明らかである。n=1 の単一症例という limitation があり、de novo T790M の実際の頻度・分布・予後への影響については今後の検討が必要である。また T790M の検出感度は当時のダイレクトシーケンシング技術では限定的であり、より高感度な手法を用いた場合の検出率については更なる検討が求められる。その後の Marchetti et al. (2005) が治療前 NSCLC 検体の一部に低頻度で T790M を確認し、Turke et al. (2010) がクローン進化モデルを確立したことで、本書簡の予見性が確認された。future research として、高感度 NGS 時代における de novo T790M の頻度と EGFR-TKI 一次治療選択への影響の体系的評価が求められる。
方法
対象は 55 歳女性・非喫煙者で、かすみ目と構音障害を主訴に来院した。MRI (Magnetic resonance imaging; 磁気共鳴画像) で左頭頂後頭葉のリム増強病変を確認し、CT (Computed tomography; コンピュータ断層撮影) で右上葉腫瘤と下頸部・縦隔リンパ節腫大を認めた。経皮的超音波ガイド下に右上葉腫瘤の経胸壁生検を施行し、肺腺癌と診断された。脳腫瘍制御目的に WBRT (whole-brain radiotherapy; 全脳照射) および SRS (stereotactic radiosurgery; 定位放射線手術) を追加施行した。
治療として gefitinib 250 mg/日を開始し、治療効果は開始後 1 か月および 9 週目の時点で胸部単純 X 線で評価した。
分子解析では、初診時生検の腫瘍組織 DNA および対応する末梢血リンパ球 DNA (生殖細胞系対照) を用い、EGFR キナーゼドメイン (エクソン 18〜21) を PCR (Polymerase chain reaction; ポリメラーゼ連鎖反応) で増幅後にダイレクトシーケンシングを実施した。変異確認にはセンス鎖とアンチセンス鎖の双方向・独立した 2 回の PCR 産物のシーケンシングを行い、さらにサブクローニングによる追加確認を実施した。各変異部位における変異型/野生型ピーク比をクロマトグラムで評価した。本報告は n=1 の単一症例の記述的報告 (descriptive case report) であり、仮説検証型の統計解析は行われていない。変異アレル頻度の半定量評価はクロマトグラムの変異型/野生型ピーク高比 (mutation-to-wild-type peak height ratio) を用いて実施した。