- 著者: Masako Inukai, Kenichi Toyooka, Shinichi Toyooka, Shoichi Masuda, et al.
- Corresponding author: Shinichi Toyooka (Okayama University Graduate School of Medicine, Okayama, Japan)
- 雑誌: Cancer Research
- 発行年: 2006
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 16912157
背景
非小細胞肺癌 (NSCLC) における上皮成長因子受容体 (EGFR) 遺伝子変異は、EGFRチロシンキナーゼ阻害薬 (EGFR-TKI) であるゲフィチニブ (gefitinib) への感受性と密接に関連することが、Lynch et al. NEnglJMed 2004やPaez et al. Science 2004、Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004らの研究により確立されている。しかし、EGFR活性化変異を有する全てのNSCLC患者がゲフィチニブに奏効するわけではなく、一部の患者は原発性耐性を示すことが知られていた。この原発性耐性や、治療後に獲得される耐性のメカニズムの一つとして、EGFR遺伝子のエクソン20におけるT790M変異(790番目のスレオニンがメチオニンに置換)が注目されていた。T790M変異は、EGFRのATP結合ポケットの構造を変化させ、ゲフィチニブとATPの競合結合を阻害することで、薬剤耐性を引き起こす「ゲートキーパー変異」として認識されていた。
これまでの研究では、T790M変異は主にゲフィチニブやエルロチニブ (erlotinib) 治療後の獲得耐性として、進行病変から検出されることが報告されていた(Kobayashi et al. NEnglJMed 2005、Pao et al. PLoSMed 2005)。しかし、治療開始前の腫瘍検体において、T790M変異が微小クローンとして存在するかどうか、また、その微小クローンの存在がゲフィチニブに対する原発性耐性に関与するかどうかは未解明であった。従来の直接シーケンス法では、腫瘍細胞全体の10〜20%未満を占める微小な変異クローンを検出することは困難であり、このため、治療前のT790M微小クローンを検出するための高感度な分子診断法の開発が不足していた。
また、Bell et al. NatGenet 2005は、遺伝性のT790M変異が家族性肺癌の比較的遅い発症に関連する可能性を示唆しており、T790M変異が腫瘍形成において減弱した機能を持つ可能性も指摘されていた。これらの背景から、治療前のT790M微小クローンの存在とその臨床的意義を明らかにすることは、EGFR-TKI治療の個別化と耐性克服戦略の確立において重要な課題であった。特に、治療前の微小クローンとしてのT790M変異の検出は、その後の治療選択に大きな影響を与える可能性があり、高感度な検出技術の開発が切望されていた。
目的
本研究の目的は、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の治療前腫瘍組織において、高感度変異濃縮PCR法を開発・応用し、EGFR T790M変異を微小クローンとして検出することである。具体的には、その検出頻度、臨床病理学的特徴との関連、およびゲフィチニブ (gefitinib) 感受性との関連を詳細に解析し、T790M微小クローンがゲフィチニブの原発性耐性に関与する可能性を検証する。これにより、EGFR-TKI治療の個別化と耐性メカニズムの解明に貢献することを目指す。本研究は、T790M変異が獲得耐性だけでなく、治療前から存在する微小クローンとして原発性耐性に関与するという仮説を検証し、新たな治療戦略開発の基礎となる知見を提供することを意図する。
結果
直接シーケンスと変異濃縮PCRのT790M検出率比較: 非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者280例の腫瘍組織を対象に、EGFR T790M変異の検出を2種類の方法で比較した。従来の直接シーケンス法では、280例中わずか1例 (0.36%) でT790M変異が検出されたに過ぎなかった。この1例はT790MとL858Rの二重変異であった。一方、本研究で開発した高感度変異濃縮PCR法では、280例中10例 (3.6%) にT790M変異が検出され、直接シーケンス法の約10倍の検出率を示した。この結果は、直接シーケンス法では検出が困難な、腫瘍細胞の10〜20%未満を占める微小クローンが、高感度法では0.1%以上の頻度で検出可能であることを明確に実証した。T790M陽性例のうち、直接シーケンスで検出されたのは1例のみであり、残りの9例は変異濃縮PCRによって初めて検出された微小クローンであった (Fig 2)。非悪性肺組織53例ではT790M変異は検出されなかった。
病期別T790M微小クローン検出率と臨床的意義: 変異濃縮PCR法によるT790M微小クローン検出率を病期別に解析したところ、早期病期 (I-II期; n=169例) では1例 (0.59%) のみであったのに対し、進行期 (III-IV期および再発; n=111例) では9例 (8.1%) と有意に高頻度で検出された (p=0.0013)。この結果は、T790M微小クローンが腫瘍の進行とともに増加する可能性、あるいは進行期腫瘍がより高い遺伝的不安定性を持つ可能性を示唆している。性別、喫煙歴、組織型(腺癌、扁平上皮癌、腺扁平上皮癌、大細胞癌)によるT790M検出率に有意な差は認められなかった (Table 1)。進行期におけるT790M変異の検出頻度が高いことは、腫瘍の進化過程でT790M変異が後天的に生じ、微小クローンとして蓄積される可能性を示唆する。
ゲフィチニブ奏効・非奏効者間のT790M検出率の有意差: ゲフィチニブ治療を受けたEGFR活性化変異陽性NSCLC患者26例(奏効者19例、非奏効者7例)を対象に、T790M微小クローンの有無と治療応答の関係を解析した。ゲフィチニブ非奏効者7例中3例 (43%) にT790M微小クローンが変異濃縮PCRで検出された。一方、ゲフィチニブ奏効者19例ではT790M変異は1例も検出されなかった (0/19, 0%)。非奏効者と奏効者の間でT790M検出率に統計的に有意な差が認められた (p=0.014)。この結果は、治療前からT790M微小クローンが存在する患者では、ゲフィチニブに対する原発性耐性が生じる可能性が高いことを強く示唆している。T790M微小クローンを保有する患者9例のうち、ゲフィチニブ治療を受けた8例では、2例が進行性疾患 (PD)、6例が病勢安定 (NC) であり、奏効例は認められなかった (Table 2)。このデータは、T790M微小クローンがゲフィチニブ治療に対する原発性耐性のバイオマーカーとして機能しうることを示唆する。
T790M微小クローンとEGFR活性化変異・KRAS変異の関係: T790M微小クローンを保有する10例のうち、4例はEGFR活性化変異(エクソン19欠失またはL858R変異)も同時に有しており、そのうち1例は直接シーケンスでT790MとL858Rの二重変異として検出された。2例はKRAS変異を伴い、残りの4例はEGFRおよびKRASの既知の変異を認めなかった。このことは、T790M微小クローンがEGFR活性化変異やKRAS変異とは独立して存在しうる一方で、活性化変異と共存するケースも存在することを示している。この多様な遺伝的背景は、T790M変異の発生が腫瘍の進化の異なる段階で起こりうることを示唆する。
高感度検出法の技術的検証と有用性: 開発した変異濃縮PCR法は、野生型アレル1000コピーに対して変異アレル1コピーの感度(0.1%)を有することが確認された。この感度は、直接シーケンス法では検出できない微小な変異クローンを検出するために十分であった。ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE) 検体からのDNAでも安定して検出が可能であり、臨床検体への適用性が示された。非悪性肺組織ではT790M変異は検出されず、本アッセイの特異性も確認された。
考察/結論
本研究は、非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者の治療前腫瘍組織において、高感度変異濃縮PCR法を用いてEGFR T790M変異を微小クローンとして初めて同定した重要な研究である。この知見は、T790M変異がゲフィチニブ (gefitinib) 治療後の「獲得耐性」として出現するだけでなく、治療前から微小クローンとして存在し、薬剤選択圧によって増殖するという「pre-existing resistance clone selection」モデルの強力な根拠を提供した。これは、Shih et al. NEnglJMed 2005が報告した原発性耐性メカニズムとも関連する。
先行研究との違い: これまでの研究では、T790M変異は主にゲフィチニブ治療後の進行病変から検出される獲得耐性変異として報告されてきたが、本研究は治療前の腫瘍組織に微小クローンとしてT790Mが存在し、それが原発性耐性に関与することを示した点で、これまでの報告と異なる新たな知見である。特に、進行期NSCLCにおいてT790M微小クローンの検出率が早期病期と比較して有意に高かった (8.1% vs 0.59%, p=0.0013) ことは、腫瘍の不均一性が病期進行とともに増大するという腫瘍進化の観点からも重要である。
新規性: 本研究で初めて、高感度変異濃縮PCR法を用いることで、直接シーケンス法では検出できない微小なT790Mクローンを臨床検体から検出することに成功した。この高感度検出法により、治療前のT790M微小クローンがゲフィチニブ非奏効者で有意に高頻度で検出された (43% vs 0%, p=0.014) ことは、T790Mが治療前から原発性耐性に関与するという新規のメカニズムを示唆する。この発見は、T790M変異が単なる獲得耐性マーカーではなく、治療前のスクリーニング対象となりうることを示唆する点で画期的である。
臨床応用: 本研究の知見は、EGFR-TKI治療の個別化医療において重要な臨床的含意を持つ。ゲフィチニブ感受性予測には、EGFR活性化変異の同定だけでなく、治療前のT790M微小クローンの高感度検索が有用である可能性が示唆される。T790M微小クローンを事前に検出することで、ゲフィチニブへの原発性耐性を予測し、より適切な治療戦略(例えば、第3世代EGFR-TKIの早期導入など)を選択できる可能性がある。これは、その後のオシメルチニブ (osimertinib) の開発とT790M陽性患者への応用(FLAURA試験など)の科学的根拠の一部となった。
残された課題: 今後の検討課題として、T790M微小クローンの検出感度のさらなる向上(現在のデジタルPCR (ddPCR) は10⁻⁵〜10⁻⁶の感度を達成可能)と、T790M微小クローン保有患者に対する最適な治療戦略の確立が挙げられる。また、腫瘍内不均一性やFFPE検体における核酸損傷の影響を考慮すると、実際のT790M微小クローン保有頻度は本研究で示された3.6%よりもさらに高い可能性があり、より高感度な手法を用いた大規模な検証が必要である。本研究のlimitationとして、ゲフィチニブ治療を受けた患者数が限られていた点や、T790M微小クローンが腫瘍形成に直接関与するか否かの機能的検証が不足している点が挙げられる。
方法
本研究では、岡山大学病院で切除または生検された非小細胞肺癌 (NSCLC) 患者280例の腫瘍組織(ホルマリン固定パラフィン包埋切片を含む)からDNAを抽出した。本研究は後方視的コホート研究として実施され、Institutional Review Boardの承認と患者からのインフォームドコンセントを得て進められた。T790M変異の検出には、従来の直接シーケンス法と、本研究で開発した高感度変異濃縮PCR法 (mutant-enriched PCR) の2種類を比較して用いた。直接シーケンス法は、変異クローンが全腫瘍細胞の20%以上を占める場合に検出可能である。一方、変異濃縮PCR法は、制限酵素Bst UIとMboIによる野生型アレル (allele) の選択的消化と、その後のPCR増幅を組み合わせることで、変異アレルを濃縮する原理に基づいている (Fig 1)。この方法により、野生型アレル1000コピー中に変異アレル1コピー、すなわち変異クローンが0.1%以上存在する場合でも検出可能であることを、プラスミドDNAを用いた希釈系列実験で確認した。
臨床検体におけるT790M変異の検出後、その結果を患者の臨床病理学的因子(性別、喫煙歴、組織型、病期、EGFR活性化変異タイプ、KRAS変異の有無)と関連付けて解析した。特に、病期については国際対がん連合 (UICC) のTNM分類第6版 (Sobin and Wittekind, 2002) に基づき、早期病期 (I-II期) と進行期 (III-IV期および再発) に分類して比較した。
さらに、ゲフィチニブ治療を受けたNSCLC患者95例のうち、特にEGFR活性化変異陽性でゲフィチニブ治療応答が評価可能であった26例(奏効者19例、非奏効者7例)を対象に、T790M微小クローンの有無とゲフィチニブ奏効率 (RECIST基準) との関連を解析した。腫瘍応答はWHO基準 (Miller et al., 1981) に基づき、完全奏効 (CR)、部分奏効 (PR)、病勢安定 (NC)、進行性疾患 (PD) に分類された。統計解析にはFisherの正確検定を用い、p値が0.05未満を有意差ありと判断した。DNA抽出は凍結検体、パラフィン包埋検体、胸水検体から行い、非悪性肺組織53例も対照として用いた。EGFRエクソン18-21およびKRASエクソン2の変異は、既報の直接シーケンス法で検索した。本研究のプロトコルは岡山大学病院の倫理委員会により承認され、患者からの同意が得られた。