• 著者: H. A. Yu, M. E. Arcila, M. D. Hellmann, M. G. Kris, M. Ladanyi, G. J. Riely
  • Corresponding author: H. A. Yu (Memorial Sloan-Kettering Cancer Center, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Annals of Oncology
  • 発行年: 2014
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 24478319

背景

EGFR変異は肺腺癌の約20%に認められ、そのうち90%以上(exon 19 deletionおよびL858R)がEGFR TKI感受性を示すことが知られている。これらの感受性EGFR変異を有する患者において、EGFR TKIによる治療は化学療法と比較して無増悪生存期間(PFS)の延長をもたらすことが複数の研究で示されている(Maemondo et al. NEnglJMed 2010)。しかし、初期奏効後には全てのEGFR変異陽性腫瘍がエルロチニブ治療に対して耐性を獲得する。この獲得耐性の最も一般的なメカニズムは、EGFR exon 20のT790Mゲートキーパー変異の出現であり、これはエルロチニブやゲフィチニブによる一次治療後に病勢進行した患者の約60%で検出される(Yu et al. ClinCancerRes 2013)。

一方、EGFR TKI曝露前の治療歴のない腫瘍において、ベースライン(de novo)のEGFR T790M変異が報告されることがある(Shih et al. NEnglJMed 2005)。しかし、その検出頻度は使用される検出法の感度によって大きく異なり、Sanger direct sequencingでは0.4%(Inukai et al. CancerRes 2006)から、colony hybridization法では79%(Fujita et al. JThoracOncol 2012)と報告されており、その臨床的意義は未解明な点が多かった。高感度な検出法(例: SARMS (Scorpion Amplification Refractory Mutation System)、TaqMan、mutant-enriched PCR)を用いた研究では、TKI奏効率が57〜70%、無増悪生存期間中央値が7〜12ヶ月と、標準的なEGFR TKI感受性変異患者に近い奏効が報告される一方で(Su et al. JClinOncol 2012Rosell et al. ClinCancerRes 2011Maheswaran et al. NEnglJMed 2008)、Sanger sequencingで検出されたベースラインT790M変異を有する患者では、既報9例中0例がTKIに奏効しないなど、検出法による臨床的意義の差異が問題となっていた(Sequist et al. JClinOncol 2008Wu et al. ClinCancerRes 2011)。

ルーチン臨床分子検査ではT790M変異の検査が組み込まれており、標準的なアッセイで検出される患者の臨床経過を明確にすることは、適切な治療選択の意思決定において極めて重要である。しかし、この特定の患者集団におけるエルロチニブ治療の有効性に関するデータは不足しており、その予後への影響も十分に確立されていなかった。この知識ギャップを埋めることが本研究の重要な課題である。

目的

本研究の目的は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Center (MSKCC) で実施されたルーチン臨床分子検査(主にmass spectrometry-based assay)によって同定された、EGFR TKI未治療の非小細胞肺癌患者におけるベースラインEGFR T790M変異の頻度を明らかにすることである。さらに、これらの患者がエルロチニブ単剤療法を受けた際の奏効率、無増悪生存期間(PFS)、および全生存期間(OS)を評価し、その臨床的意義を明らかにすることを目的とした。特に、検出法の感度と臨床転帰との関連性についても考察し、最適な治療戦略の提言に資する知見を提供することを目指した。本研究は、ルーチン臨床検査で検出されるベースラインT790M変異が、エルロチニブに対する一次耐性をもたらすかどうかを評価する、後方視的コホート研究として実施された。

結果

ベースラインEGFR T790M変異の頻度: 2009年1月から2013年4月にかけてmass spectrometry-based genotypingを受けた2744例の肺癌患者のうち、579例でEGFR変異が同定された。内訳は、EGFR exon 19 deletionが300例、EGFR L858Rが227例、その他の非T790M変異が52例、そしてEGFR T790M変異が64例であった。T790M変異が検出された64例のうち、53例はEGFR TKI治療後の獲得耐性例であり、残りの11例が治療歴のないベースラインT790M変異を有していた。この結果、全肺癌患者におけるベースラインEGFR T790M変異の頻度は0.5% (11/2744, 95% CI 0.22%–0.71%) と非常に稀であり、EGFR変異陽性腫瘍全体では2%に相当した。

ベースラインT790M変異患者の特性と併存変異: 上記のmass spectrometry-based assayで同定された11例に加え、2004年から2013年の間に他の分子診断法(direct sequencing 4例、LNA-based enhanced sequencing 3例)で同定された患者を含め、合計20例のTKI未治療のベースラインT790M変異を有する肺癌患者が解析対象となった (Table 2)。患者の年齢中央値は57歳(範囲41-90歳)、女性が60% (12/20)、非喫煙者が65% (13/20) であった。診断時の病期はStage I-IIが40% (8/20)、Stage IIIが5% (1/20)、Stage IVが55% (11/20) であった。注目すべきは、全20例においてベースラインT790M変異は常に感受性EGFR変異(L858Rが16例[80%]、exon 19 deletionが4例[20%])と共存していた点である。同時期のEGFR変異陽性患者593例からなる対照コホートと比較すると、ベースラインT790M変異を有する患者ではL858R変異がexon 19 deletionよりも有意に高頻度で認められた (p=0.003)。

エルロチニブ治療成績: 20例中13例が転移性または再発性肺癌に対してエルロチニブ単剤療法を受けた。残りの7例はエルロチニブ単剤療法または他のEGFR標的療法を受けなかった。エルロチニブ治療を受けた13例のうち、2例は画像再評価前に臨床的病勢進行により死亡し、最良効果は病勢進行と判断された。奏効率(完全奏効+部分奏効)は8% (1/13, 95% CI 0%–35%) と極めて低かった。唯一の部分奏効を示した患者はL858R変異を併存しており、ファーストライン治療としてエルロチニブを5ヶ月間投与された後に病勢進行した。病勢安定(SD)は31% (4/13, 95% CI 12%–58%) に認められ、8例が病勢進行(PD)であった。エルロチニブ単剤療法における無増悪生存期間中央値は1.5ヶ月 (Figure 1A) と短く、Stage IV診断からの全生存期間中央値は16ヶ月 (Figure 1B) であった。この全生存期間は、EGFR野生型患者と同等であり、感受性EGFR変異を有する患者で報告されている約32ヶ月と比較して約半分であった。

検出法と奏効の関連性: 本研究で用いられたルーチン臨床検査法(主にmass spectrometry-based assay)で検出されたベースラインT790M変異患者の奏効率は8%、無増悪生存期間中央値は1.5ヶ月と極めて不良であった。これに対し、高感度アッセイを用いた先行研究では異なる結果が報告されている (Table 1)。例えば、Maheswaran et al. NEnglJMed 2008(SARMS法)は奏効率70%、無増悪生存期間中央値8ヶ月を報告し、Rosell et al. ClinCancerRes 2011(TaqMan法)は奏効率64%、無増悪生存期間中央値12ヶ月を報告している。また、Su et al. JClinOncol 2012(MALDI-TOF + direct sequencing)は奏効率57%、無増悪生存期間中央値7ヶ月を報告した。これらの差異は、アッセイの感度と腫瘍内のT790M変異を含む細胞のサブクローン検出能力の違いを反映しており、T790M変異アレル頻度(0.1%以下からクローン優位まで)がTKIへの奏効に影響を与える可能性を示唆している。

偽陽性の懸念とGermline T790M: 高感度アッセイでは、ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織由来DNAにおけるTaqポリメラーゼエラーや「変異ピーク」による偽陽性が問題となることがある。先行報告(Ye et al. 2013)では、同じFFPE試料でmutant-enriched PCRによるT790M陽性率が42%であったのに対し、新鮮凍結試料では3%に低下しており、両者間の乖離が部分的にアーティファクトであることを示唆している。また、ベースラインT790M変異を有する患者の最大50%がgermline T790M変異を持つことが報告されている(Oxnard et al. JThoracOncol 2012)。ルーチンアッセイで50%のアレル頻度に相当する変異として検出される症例は、germline由来である可能性が高く、臨床遺伝学的検査の適応となる。本研究では、同意を得た5例中3例でgermline testingによりT790M変異が陽性であった。

考察/結論

本研究は、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerにおけるルーチン臨床分子検査(主にmass spectrometry-based genotyping)で検出されるベースラインEGFR T790M変異が、肺癌全体の1%未満、EGFR変異陽性腫瘍の2%と稀な存在であることを明らかにした。これらの変異は常に感受性EGFR変異(特にL858Rが有意に高頻度)と共存していた。ルーチンアッセイで検出されたベースラインT790M変異を有する患者では、エルロチニブへの奏効率が8% (95% CI 0%–35%)、無増悪生存期間中央値が1.5ヶ月、全生存期間中央値が16ヶ月と、TKIはほぼ無効であり、全生存期間もEGFR野生型患者に近い不良な予後であることが示された。この結果は、T790M変異を有するベースライン腫瘍が、独立した臨床的サブセットとして扱われるべきであることを強く示唆している。

先行研究との違い: これまでの高感度アッセイを用いた研究では、ベースラインT790M変異が検出された場合でも、比較的良好なTKI奏効が報告されてきた(例えば、Maheswaran et al. NEnglJMed 2008では奏効率70%、PFS 8ヶ月)。しかし、本研究で用いられた標準感度のアッセイで検出されるT790M変異は、これらの先行研究とは対照的に、TKIへの奏効が極めて不良であった。この差異は、検出法の感度と腫瘍内の変異アレル頻度の違いを反映していると考えられる。高感度アッセイで検出されるT790Mは、腫瘍内のごく小さなサブクローン(アレル頻度0.1〜0.2%程度)である可能性が高く、この場合TKI奏効率は57〜70%と比較的保たれるが、PFSは8〜12ヶ月と標準より短縮する。一方、ルーチンのMALDI-TOFやdirect sequencingで検出されるレベルのT790Mは、クローン的に優位であるか、あるいはgermline由来である可能性が高く、TKI奏効はほとんど期待できない。

新規性: 本研究で初めて、ルーチン臨床分子検査で検出されるベースラインT790M変異が、EGFR変異陽性肺癌患者においてエルロチニブに対する一次耐性をもたらし、極めて不良な臨床転帰と関連することを明確に示した。また、ベースラインT790M変異がL858R変異と共存する頻度がexon 19 deletionよりも有意に高いという新規の知見も得られた。

臨床応用: 本知見は、ベースラインT790M変異がルーチン臨床検査で検出された患者に対する治療戦略に重要な臨床的含意を持つ。このような患者には、標準的なエルロチニブ治療ではなく、細胞傷害性化学療法または次世代TKI(CO-1686/rociletinib、AZD9291/osimertinibなど)の臨床試験への参加を初期治療として考慮することを推奨する。さらに、ベースラインT790M変異患者の最大50%がgermline T790M変異を持つ可能性があるため、臨床遺伝学的検査への紹介と適切な遺伝カウンセリングが重要である。

残された課題: 本研究は後方視的な単一施設研究であるため、その結論には限界がある。より大規模な前向き検証研究により、これらの知見をさらに確認する必要がある。また、T790M変異アレル頻度とTKI奏効との定量的な関係を詳細に解析することも今後の検討課題である。EGFR変異陽性肺癌が分子的に不均一であり、T790M変異以外にもuncommon EGFR mutationsなど、個別化された治療戦略が求められる領域であることを改めて示した。

方法

患者同定とデータ収集: 本研究は後方視的コホート研究として実施された。MSKCCにおいて2009年1月から2013年4月までに肺癌と診断され、mass spectrometry-based genotyping(MALDI-TOF法、EGFR exon 18-21のホットスポット点変異検出)を受けた連続2744例の患者を対象とした。このうち、T790M変異が陽性であった症例から、EGFR TKIによる治療歴がある獲得耐性例を除外し、治療歴のないベースラインT790M症例のみを選定した。さらに、他施設でT790M変異が検出され、MSKCCで治療を受けた症例、および上記日付範囲外の症例も追加し、合計20例を最終解析対象とした。臨床データは、医療記録から臨床的特徴、エルロチニブ治療経過、RECIST 1.1に基づく画像評価(2〜3ヶ月毎)、エルロチニブ開始から病勢進行までのPFS、Stage IV診断日から死亡日または最終フォローアップ日までのOSを収集した。本研究はMSKCCのInstitutional Review Board/Privacy Boardの承認を得て実施された。

分子診断モダリティ: EGFR T790M変異の検出には、複数の分子診断法が用いられた。主な方法は、標準感度のルーチンアッセイであるmass spectrometry-based mutation profilingであった。その他、EGFR exon 19および20の欠失・挿入を同定するPCR-based restriction fragment length analysis、野生型DNAの増幅を抑制することで高感度にT790M変異を検出するLNA (Locked Nucleic Acid)-based PCR sequencing(Arcila et al. ClinCancerRes 2011)、およびdirect sequencingが含まれた。これらのアッセイは、腫瘍組織検体から抽出されたDNAを用いて実施された。

EGFR T790M頻度の推定: ベースラインEGFR T790M変異の頻度を推定するため、2009年1月から2013年4月にかけてルーチン臨床検査としてmass spectrometry-based genotypingを受けた肺癌患者2744例の電子医療記録を検索した。T790M陽性例は全て手動でレビューされ、EGFR TKI未治療のベースラインT790M変異を有する患者のみを特定した。

統計解析: 無増悪生存期間(PFS)は、EGFR TKI治療開始日からRECIST 1.1に基づく病勢進行日までの期間と定義された。全生存期間(OS)は、転移性または再発性疾患の診断日から死亡日または最終フォローアップ日までの期間と定義された。生存中の患者は最終フォローアップ日で打ち切られた。生存解析にはKaplan–Meier法が用いられ、EGFR変異タイプの頻度比較にはFisher’s exact testが使用された。