- 著者: Raffaella Sordella, Daphne W. Bell, Daniel A. Haber, Jeffrey Settleman
- Corresponding author: Jeffrey Settleman (Massachusetts General Hospital Cancer Center / Harvard Medical School, Boston, MA, USA)
- 雑誌: Science
- 発行年: 2004
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 15284455
背景
非小細胞肺がん (NSCLC) の治療において、上皮成長因子受容体 (EGFR) チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) であるゲフィチニブ (gefitinib) は一部の患者で劇的な臨床的奏効を示すことが報告された。特に、Lynch et al. NEnglJMed 2004 および Paez et al. Science 2004 は、EGFRキナーゼドメイン内の特定の体細胞変異、特にL858R点変異およびエクソン19のフレーム内欠失がゲフィチニブ感受性と強く相関することを同時期に同定した。しかし、これらのEGFR変異が細胞内シグナル伝達経路にどのような質的変化をもたらし、ゲフィチニブ感受性、従来の化学療法に対する耐性、およびアポトーシス応答を規定するのかについての分子機序は、当時未解明な点が多かった。
野生型EGFRは、リガンドである上皮成長因子 (EGF) 刺激時に、Ras-ERK経路、PI3K-Akt経路、およびSTAT経路など、複数の下流シグナル伝達経路を活性化することが知られている。しかし、ゲフィチニブ感受性変異型EGFRが野生型と同様のシグナルパターンを示すのか、あるいは特定の経路を選択的に活性化するのかについては、詳細な解析が不足していた。特に、変異型EGFRが細胞生存に必須の抗アポトーシス経路を恒常的に活性化している可能性が示唆されていたが、その具体的な分子実体は不明であった。また、ゲフィチニブ感受性変異を持つ腫瘍が、臨床的に従来の化学療法に耐性を示すという観察結果の分子的根拠も確立されていなかった。例えば、Fukuoka et al. JClinOncol 2003 や Kris et al. JAMA 2003 などの臨床試験では、ゲフィチニブの有効性が示されたものの、その作用機序や耐性メカニズムに関する分子レベルでの理解は依然として不足していた。これらの知識ギャップを埋めることは、EGFR変異陽性NSCLCの病態生理を理解し、より効果的な治療戦略を開発する上で重要な課題であった。本研究は、これらの未解明な点を分子レベルで解明することを目的とした。
目的
本研究の目的は、ゲフィチニブ感受性EGFR変異 (L858RおよびdelL747-P753insS) が、野生型EGFRと比較してどのような異なる細胞内シグナル伝達パターンを活性化するかを詳細に解析することである。具体的には、変異型EGFRが特定のリン酸化部位を介してAktおよびSTATシグナル伝達経路を選択的に活性化し、細胞生存を促進するメカニズムを明らかにすることを目指した。さらに、変異型EGFRを発現するNSCLC細胞におけるアポトーシス誘導機序と、従来の化学療法薬に対する耐性の分子的基盤を解明することを目的とした。これにより、変異型EGFRが細胞生存に必須の「オンコジーン・アディクション」の分子実体を確立し、ゲフィチニブの作用機序におけるAkt/STAT経路阻害の重要性を検証することを意図した。本研究は、変異型EGFRが細胞生存に必須のシグナルを特異的に伝達し、ゲフィチニブによるこれらのシグナルの阻害が薬剤の有効性に寄与する可能性を分子レベルで解明することを目的とした。
結果
変異型EGFRのリガンド非依存的恒常活性化と特異的リン酸化プロファイル: L858R変異型EGFRおよびdelL747-P753insS変異型EGFRをNHBE細胞およびNMuMg細胞に安定発現させた結果、EGFによる外来刺激なしにEGFRの自己リン酸化 (Y1068、Y992など) が恒常的に維持されることが確認された (Fig 1B)。EGF刺激下での自己リン酸化パターンの定量比較では、変異型EGFR細胞においてEGFRのY992 (PLCγ動員部位) およびY1068 (Grb2/SH2結合部位) のリン酸化が野生型と比較して著明に増大しており、PI3K/AktおよびSTAT3/5への優先的なシグナル伝達が示唆された。特に、L858R変異型でのみY845 (Src基質部位、mTORC2調節に関連) のリン酸化が特異的に増加した。野生型EGFRは高濃度EGF刺激でpERK1/2を強く活性化するのに対し、変異型EGFRはpERK1/2の活性化が相対的に低く、Akt/STAT優位のシグナルパターンを示した (Fig 2A, B)。この「Akt/STAT高活性・ERK低活性」が変異型EGFRの特徴的下流シグナリングであることが、内因性の変異型EGFRを発現するNSCLC細胞株 (NCI-H1975、NCI-H1650) においても確認された (Fig 2C, D)。NCI-H1975細胞におけるpAktの活性化は、野生型細胞と比較して約3倍高値であった。
EGFR siRNAによるアポトーシス誘導の変異型選択性: EGFR特異的siRNAにより変異型EGFR発現NSCLC細胞株のEGFRを90%以上ノックダウンすると、caspase活性およびAnnexin V陽性率が著明に増大し、選択的なアポトーシスが誘導された (Fig 3B, C)。例えば、L858R特異的siRNAをトランスフェクションしたNCI-H1975細胞では、96時間以内に細胞生存率が90%減少した (p<0.001)。同等のsiRNA処置を野生型EGFR発現NSCLC細胞 (NCI-H358など) に適用しても、アポトーシス誘導は限定的であり、Annexin V陽性率は変異型EGFR細胞で40%以上であったのに対し、野生型EGFR細胞では10%未満であった。この差異は、変異型EGFR細胞が野生型EGFR細胞に比べてEGFRシグナルに高度に依存している、いわゆる「オンコジーン・アディクション」の状態にあることを直接実証した。n=4の独立した実験で同様の結果が得られた。
ゲフィチニブ処置によるAkt/STAT抑制とアポトーシス誘導: 変異型EGFR発現細胞にゲフィチニブを添加すると、pEGFR、pAkt、pSTAT3/5が用量依存的に抑制され、アポトーシスが誘導された (Fig 3D, 4A)。pAktおよびpSTATの抑制におけるIC50値は1~10 nMと低濃度であったのに対し、pERKの抑制にはより高濃度が必要であった。野生型EGFR発現細胞では、ゲフィチニブ添加後もpAktおよびpSTATの抑制は不完全であり、アポトーシス誘導も弱かった。Akt阻害薬 (LY294002) またはSTAT阻害薬 (AG490) 単独添加でも、変異型EGFR発現細胞に選択的アポトーシスが生じたが (Fig 4B, C)、野生型EGFR細胞には効果がなかった。一方、MEK/ERK阻害薬 (U0126) は変異型・野生型いずれの細胞にも選択的効果を示さなかった。これにより、ゲフィチニブ誘発アポトーシスがAkt/STAT経路遮断に依存し、ERK経路遮断とは独立していることが確立された。変異型EGFR発現細胞は、野生型EGFR発現細胞と比較してゲフィチニブに対して約100倍高い感受性を示した (IC50 2 nM vs 200 nM)。
化学療法に対する変異型EGFR発現細胞の耐性: シスプラチン (0.1~10 µg/mL) またはドキソルビシン (0.01~1 µM) 添加後の細胞生存率比較では、変異型EGFR発現細胞は野生型EGFR発現細胞および親NHBE細胞と比較して統計学的に有意な化学療法耐性を示した (Fig 4D, E)。例えば、シスプラチンに対するIC50値は、変異型EGFR細胞で野生型の2~5倍高値であった (p<0.01)。変異型EGFR発現細胞においても、シスプラチン添加後もpAktおよびpSTATは高値を維持しており、抗アポトーシスシグナルが化学療法誘発アポトーシスを相殺していることが示唆された。Akt阻害薬またはSTAT阻害薬との組み合わせにより化学療法誘発アポトーシスが回復し、変異型EGFRによるAkt/STAT活性化が化学療法耐性の分子的根拠であることが証明された。この知見は、ゲフィチニブ感受性変異型EGFR腫瘍が一般的に化学療法に不応答であるという臨床的観察を分子レベルで説明するものであった。Fasリガンドによるアポトーシス誘導に対しても、変異型EGFR発現細胞は抵抗性を示した (Fig 4F)。
考察/結論
新規性: 本研究は、ゲフィチニブ感受性EGFR変異 (L858Rおよびエクソン19欠失型) が、野生型EGFRとは異なり、AktおよびSTATシグナル伝達経路を選択的に恒常活性化する一方で、ERK経路の活性化は相対的に低いという独特のシグナルパターンを持つことを初めて示した。このAkt/STAT依存性生存シグナルが、変異型EGFR腫瘍における「オンコジーン・アディクション」の分子的実体であり、ゲフィチニブによるAkt/STAT経路の遮断が選択的なアポトーシス誘導をもたらすことを実証した。この発見は、Paez et al. Science 2004やLynch et al. NEnglJMed 2004が変異の存在と臨床的相関を示したのとは相補的に、変異型EGFRのシグナリング機構とゲフィチニブ感受性の機能的根拠を提供した点で新規性が高い。
先行研究との違い: これまで、EGFR-TKIの作用機序は主にEGFRのキナーゼ活性阻害と考えられていたが、本研究は、変異型EGFRが特定の抗アポトーシス経路(Akt/STAT)を選択的に活性化し、この経路の阻害がゲフィチニブの有効性に不可欠であることを明らかにした点で、従来の理解とは異なる新たな視点を提供した。また、変異型EGFR発現細胞が従来の化学療法に耐性を示すメカニズムを分子レベルで解明したことも、これまでの研究では手薄であった領域を補完するものである。
臨床応用: 本研究はまた、このAkt/STATによる恒常的生存シグナルが、変異型EGFR発現細胞における従来の化学療法誘発アポトーシスへの抵抗性をもたらすことも示した。この知見は、「ゲフィチニブ感受性でありながら化学療法耐性を示す」という、EGFR変異陽性NSCLCのパラドックスな臨床像の分子的根拠を明確に提供するものである。このことは、変異型EGFR陽性NSCLC患者に対する治療戦略において、従来の化学療法単独では効果が限定的である可能性を示唆し、EGFR-TKIがこれらの患者にとって重要な治療選択肢であることを裏付ける臨床的意義を持つ。例えば、ゲフィチニブ感受性を示す患者群では、従来の化学療法と比較してゲフィチニブ単剤療法が優位である可能性が示唆される。
残された課題: 今後の検討課題として、STAT3とSTAT5の各々の抗アポトーシス機能への寄与をより詳細に解析する必要がある。また、変異型EGFRがAkt/STAT経路を優先的に活性化する構造的な理由、例えば変異による活性部位の構造変化がY992やY1068周辺のリン酸化を増強し、PI3KサブユニットやSTATとのタンパク質間相互作用を促進する可能性について、さらなる構造生物学的および生化学的検討が今後の研究課題である。さらに、化学療法耐性克服のためのEGFR-TKIと化学療法の最適な組み合わせ、およびAkt/STAT経路の選択的抑制が耐性克服に利用できるかどうかの臨床的検討も、今後の方向性として重要である。
方法
変異型EGFRの発現系構築: L858R変異型EGFRおよびdelL747-P753insS (エクソン19欠失型) EGFRをコードするcDNAを、正常ヒト気管支上皮細胞 (NHBE) およびマウス乳腺上皮細胞 (NMuMg) に安定発現させ、野生型EGFR発現細胞と比較した。また、内因性の変異型EGFRを発現するNSCLC細胞株 (例: NCI-H1975 (L858R)、NCI-H1650 (delE746-A750)) および野生型EGFRを発現するNSCLC細胞株 (例: NCI-H358、NCI-H1666、NCI-H1734) を実験に用いた。これらの細胞株は、EGFRシグナル伝達経路の異なる活性化状態を比較する上で重要なツールとして機能した。
リン酸化プロファイル解析: EGFによるリガンド刺激後、または非刺激下でのEGFRの自己リン酸化部位 (Y845、Y992、Y1045、Y1068、Y1173) のリン酸化レベルを、リン酸化特異的抗体を用いたウェスタンブロット法により定量的に比較した。さらに、EGFRの下流シグナル伝達経路であるAkt (Ser471リン酸化)、ERK1/2 (Thr202/Tyr204リン酸化)、およびSTAT3/5 (Tyr694リン酸化) の活性化パターンも同様に解析した。これらの解析は、変異型EGFRが特定のシグナル経路を選択的に活性化するメカニズムを明らかにするために不可欠であった。
siRNA実験: EGFR特異的small interfering RNA (siRNA) を用いて、変異型または野生型EGFRの発現をノックダウンした。L858R特異的siRNAおよびdelE746-A750特異的siRNA、ならびに野生型EGFRを標的とするsiRNAを設計し、それぞれの細胞株にトランスフェクションした。siRNA処理後の細胞生存率をMTTアッセイで評価し、アポトーシス誘導をcleaved caspase-3の免疫染色およびAnnexin Vアッセイにより評価した。n=3の独立した実験を各条件で実施し、統計的信頼性を確保した。
阻害薬試験: ゲフィチニブ (gefitinib) を含むEGFR-TKI、Akt阻害薬 (LY294002)、STAT阻害薬 (JAK1/2阻害薬であるAG490)、およびMEK/ERK阻害薬 (U0126) を用いて、変異型EGFR発現細胞と野生型EGFR発現細胞における細胞増殖およびアポトーシスへの影響を比較した。阻害薬の濃度は、ゲフィチニブで0.02 nMから2 µM、LY294002で0.1 µMから10 µM、AG490で1 µMから100 µMの範囲で設定し、用量反応曲線を評価した。
化学療法感受性: 従来の化学療法薬であるシスプラチン (cisplatin) およびドキソルビシン (doxorubicin) を様々な濃度で添加し、変異型EGFR発現細胞と野生型EGFR発現細胞の細胞生存率およびアポトーシス応答を比較した。Fasリガンドによるアポトーシス誘導も評価した。統計解析には、各実験の平均値と標準偏差を算出し、有意差検定にはt検定を用いた。p<0.05を有意差ありと判断した。