- 著者: Susumu Kobayashi, Titus J. Boggon, Tajhal Dayaram, Pasi A. Jänne, Olivier Kocher, Matthew Meyerson, Bruce E. Johnson, Michael J. Eck, Daniel G. Tenen, Balázs Halmos
- Corresponding author: Daniel G. Tenen (Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA)
- 雑誌: New England Journal of Medicine
- 発行年: 2005
- Epub日: 2005-02-24
- Article種別: Brief Report
- PMID: 15728811
背景
非小細胞肺癌(NSCLC)は米国における癌死亡の主要な原因であり、進行期においては化学療法が主な治療法であるが、その効果は限定的であった。例えば、Schiller et al. NEnglJMed 2002による研究では、様々な化学療法レジメンが比較されたが、進行期NSCLC患者の予後改善には依然として課題が残されていた。しかし、上皮成長因子受容体(EGFR)経路を標的とするゲフィチニブやエルロチニブといったチロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の登場により、転移性NSCLCの治療に新たな展望が開かれた。これらのATP競合性アニリノキナゾリン阻害剤は、二次治療または三次治療として使用された場合、Fukuoka et al. JClinOncol 2003やKris et al. JAMA 2003の報告によると、10〜20%の奏効率を示した。
これらの薬剤への反応性は、女性、非喫煙者、腺癌患者、アジア人といった特定の患者サブグループに特徴的であることが明らかになった。2004年には、Lynch et al. NEnglJMed 2004とPaez et al. Science 2004が、EGFRチロシンキナーゼドメインの活性化変異(エクソン19の欠失やL858R点変異など)がゲフィチニブへの高い感受性を予測することを報告し、EGFR変異陽性NSCLCがEGFR-TKIに劇的に奏効することが確立された。Pao et al. ProcNatlAcadSciUSA 2004も同様に、これらの変異が非喫煙者の肺癌に多く、EGFR-TKIへの感受性と関連することを報告している。これらの変異は、EGFRのATP結合ポケット周囲の重要な残基を再配置することで、ATPおよびその競合阻害剤との相互作用を安定化させ、下流のシグナル伝達や抗アポトーシス機構を変化させることにより、腫瘍形成効果を媒介すると考えられた。Sordella et al. Science 2004は、ゲフィチニブ感受性EGFR変異が抗アポトーシス経路を活性化することを示唆している。
しかし、EGFR活性化変異を有するNSCLC患者において、これらの薬剤による劇的な奏効にもかかわらず、ほぼ全ての症例が最終的に病勢進行(relapse)するという課題が残されていた。慢性骨髄性白血病(CML)や消化管間質腫瘍(GIST)におけるイマチニブ治療に対する耐性機序としては、BCR-ABLやKITのキナーゼドメインにおける点変異(BCR-ABL T315I、KIT T670Iなど)が知られており、スレオニン残基がATP結合クレフトを形成するゲートキーパー位として機能することが報告されていた。しかし、EGFR-TKIに対する獲得耐性の分子機構は当時未解明であり、この知識のギャップが効果的な二次治療戦略の開発を妨げていた。特に、ゲフィチニブに奏効した患者が最終的に耐性を獲得するメカニズムについては、詳細な分子レベルでの理解が不足していた。本研究は、この未解明な耐性機序を明らかにすることを目的とした。
目的
本研究の目的は、ゲフィチニブ投与中に病勢進行を来したEGFR変異陽性NSCLC患者の再発時腫瘍検体から、EGFRチロシンキナーゼドメインにおける獲得二次変異の有無を検討することであった。さらに、もし新たな変異が同定された場合には、その変異がEGFRの構造および機能に与える影響を詳細に解析し、ゲフィチニブ耐性の分子メカニズムを解明することを目指した。具体的には、構造モデリングと生化学的アッセイを用いて、同定された変異が薬剤結合にどのように影響するかを評価することを目的とした。最終的に、これらの知見が将来の耐性克服戦略の開発に貢献し、T790M変異のようなゲートキーパー変異が臨床的な薬剤耐性にどのように寄与するかを理解することを期待した。本研究は、ゲフィチニブ耐性における分子メカニズムの特定を主要な目的とし、その結果が新たな治療戦略の開発に繋がることを目指した。
結果
T790M二次変異の同定: 患者の初回診断時および再発時生検検体から単離したDNAのEGFR遺伝子エクソン18から21をシーケンス解析した。初回診断時検体には、他の一般的なEGFR変異と一致するdelL747-S752という小さな欠失変異が含まれていた。再発時生検検体のエクソン19シーケンス解析により、元のdelL747-S752変異の持続が確認された。
初回診断時と再発時生検検体のDNAシーケンスを比較すると、エクソン20に新たな二重ピークが検出され、センス鎖とアンチセンス鎖の両方向での再増幅とシーケンスにより確認された(Fig. 1B)。エクソン20増幅産物をサブクローニングし、複数のサブクローンをシーケンスした結果、17個のサブクローンのうち13個が野生型配列を示したが、4個がサイトシンからチミジンへの同一の単一塩基対変化(C to T)を含んでいた(Fig. 1B)。これは、この位置(GenBankアクセッション番号AY588246の164208位)での塩基対変化が新たなピークの原因であることを確認した。さらに、再発時生検検体のパラフィンブロックから単離したRNAからcDNAを生成し、C-to-T塩基対変化が40個のサブクローンのうち14個で確認された。興味深いことに、C-to-T塩基対変化は野生型またはdelL747-S752配列のいずれかとともに一貫して観察され、変異が両アレルに存在するか、または腫瘍が2つの異なる細胞集団を有することを示唆した。このC-to-T塩基対変化は、EGFRチロシンキナーゼドメインの触媒クレフトにおけるスレオニン790からメチオニンへのアミノ酸変化(T790M)を引き起こすと予測された。
構造モデリングによる耐性メカニズムの予測: エルロチニブとEGFRチロシンキナーゼドメインの共結晶化モデルに基づく構造モデリングを実施した。このモデルの座標を用いると、T790はエルロチニブのEGFRへの結合に重要であり、アニリン基のアセチレン側鎖と隣接して位置することが示された(Fig. 2A)。メチオニンへの置換は、スレオニンよりも嵩高いアミノ酸側鎖をこの位置に導入するため、結果として生じる立体障害(steric hindrance)がエルロチニブの結合を妨げると予測された(Fig. 2B)。さらに、T790のヒドロキシル基は水分子を介した水素結合によりエルロチニブの高親和性結合に寄与する可能性が高いが、メチオニン側鎖ではこのような高親和性結合は起こり得ないとされた。ゲフィチニブ-EGFR複合体の結晶構造は未発表であったが、この複合体のモデルは、エルロチニブ-EGFR複合体と同様のコンフォメーションにおいて、アニリン基の3位の塩素原子がT790残基と隣接して位置することを示唆した。したがって、T790M置換はゲフィチニブ分子に対しても同様の立体衝突を引き起こすと予測された(Fig. 2C)。このアミノ酸変化はATP結合自体を妨げるとは予想されず、したがってリガンド刺激によるキナーゼ活性を変化させないと考えられた。
機能的検証によるゲフィチニブ耐性の実証: 構造モデルによって予測された機能的影響を確認するため、T790M置換を野生型EGFR、delL747-P753insS変異型EGFR、L858R変異型EGFR、およびdelL747-S752変異型EGFRの配列に導入した。COS-7細胞およびNIH-3T3細胞を用いて、これら4つのコンストラクトペア(元のコンストラクト vs. T790M変異導入コンストラクト)で一過性トランスフェクション実験を行った。全ての4つのコンストラクトペアは、総EGFR発現量およびリン酸化EGFR(活性化EGFRチロシンキナーゼに対応)のレベルが同一であることを示し、T790M変異の存在がEGFR分子の産生、分解、活性化、または不活性化を実質的に変化させないことを示唆した。対照的に、一過性トランスフェクションしたCOS-7細胞をEGF刺激前にゲフィチニブの濃度を上げて処理したところ、元のコンストラクトは20 nMの濃度で完全に阻害されたが、T790Mアミノ酸置換を有する4つの全てのコンストラクトは、2 µMという高濃度のゲフィチニブでもリン酸化EGFRの持続的な生成を示し、高レベルの耐性を示すことが明らかになった(Fig. 3A)。NIH-3T3細胞でも同様の結果が得られた。この結果は、T790M変異がEGFR-TKIに対する獲得耐性の主要なメカニズムであることを強く示唆する。
他のEGFR阻害剤によるT790M耐性の克服可能性: T790M変異が異なる分子構造とメカニズムを持つEGFR阻害剤に対しても耐性を引き起こすかを評価するため、4つの市販のEGFR阻害剤(AG1478、セツキシマブ、エルロチニブ、CL-387,785)を用いてスクリーニングを行った。delL747-S752コンストラクトとdelL747-S752+T790Mコンストラクトを一過性トランスフェクションした細胞を用いた。その結果、特異的かつ不可逆的なアニリノキナゾリンEGFR阻害剤であるCL-387,785は、delL747-S752コンストラクト(見かけのIC50 0.3 nM)とdelL747-S752+T790M二重変異コンストラクト(見かけのIC50 3.0 nM)の両方において、EGF誘導性のリン酸化を強力に阻害することが一貫して確認された(Fig. 3B)。CL-387,785は二重変異コンストラクトに対して、delL747-S752コンストラクトに対する効力の約1/10であったが、他の試験された阻害剤は二重変異コンストラクトに対して無効であった。CL-387,785とEGFRのモデルを作成したところ(Fig. 2D)、このモデルではCL-387,785の3位の臭素側鎖がT790から離れる方向に位置しており、エルロチニブやゲフィチニブの場合とは異なり、変異タンパク質への結合における立体障害が軽減される可能性が示唆された。delL747-S752+T790MコンストラクトのCL-387,785に対する感受性は、キナーゼドメインへの結合様式の変化、またはEGFRへの共有結合によるものと説明できる。この結果は、T790M変異が必ずしも全てのEGFR阻害剤に対して普遍的な耐性を付与するわけではないことを示している。
考察/結論
本研究は、ゲフィチニブに感受性を示すEGFR delL747-S752変異を有する腫瘍において、ゲフィチニブ耐性を付与するEGFR遺伝子の新規二次変異を同定した画期的な研究である。患者はゲフィチニブ治療中に2年間の寛解を維持した後、再発を来し、耐性腫瘍の生検解析によりEGFRチロシンキナーゼドメインにT790Mという二次変異が発見された。この変異を試験細胞に導入すると、in vitroでゲフィチニブ耐性が付与されることが示された。EGFR遺伝子にゲフィチニブ耐性を付与する二次変異が発生したことは、腫瘍細胞がその増殖のために依然として活性なEGFR経路に依存していることを示唆する。
先行研究との違い: 慢性骨髄性白血病におけるイマチニブ耐性機序として、BCR-ABL遺伝子の点変異や増幅が報告されており、特にBCR-ABL T315I変異は、EGFRのT790に構造的に対応するアミノ酸位置のスレオニンがイソロイシンに置換されることで、EGFR T790Mと非常に類似した構造変化を引き起こすことが知られている。本研究は、このキナーゼ阻害剤耐性の保存された原則がEGFR-TKI耐性においても確認されたことを示した点で、これまでの知見を補完し、さらに発展させるものである。イマチニブ耐性におけるT315I置換が全ての試験された阻害剤化合物に対して高レベルの耐性を付与するのに対し、EGFRのT790M変異はCL-387,785によって効果的に阻害され得るという点で、普遍的な耐性を付与するわけではないことが示唆された点は、先行研究との対照的な発見である。
新規性: 本研究で初めて、EGFR-TKI獲得耐性の最初の分子機構としてT790Mゲートキーパー変異を同定したことは、極めて新規性の高い発見である。この変異は、BCR-ABL T315I、KIT T670I、PDGFR-α T674Iといった他のキナーゼにおけるゲートキーパー変異と相同位置にあり、スレオニンからメチオニンへの置換が共通する耐性機序として確認された。この発見は、EGFR-TKI耐性の分子基盤に関する知識のギャップを埋めるものであり、今後の治療戦略開発に不可欠な情報を提供する。
臨床応用: ゲフィチニブの推奨用量での定常状態血漿濃度が0.4〜1.4 µMであることを考慮すると、これらの濃度ではT790M変異EGFRの活性が阻害されず、これが臨床的な耐性につながると説明できる。この知見は、CL-387,785のような共有結合型セカンドジェネレーションEGFR-TKIの合理的な開発に道を開き、後のオシメルチニブ(T790M選択的第三世代TKI)開発の基盤となった。CL-387,785はdelL747-S752+T790M二重変異に対しても活性を保持しており、その3位の臭素側鎖がT790から離れる方向に位置するため、立体障害が回避される可能性が示唆された。この結果は、T790M変異を有する患者に対する新たな治療選択肢の開発に直接的な臨床的意義を持つ。
残された課題: 本研究の結果は、T790M変異を有する患者に対する代替EGFR阻害剤、またはホスファチジルイノシトール3’-キナーゼやSTAT5などのEGFR下流標的の阻害剤の開発が残された課題であることを示唆する。また、本研究は、標的療法に関する臨床試験において、治療経過中に繰り返し生検を実施し、耐性機序を解明することで、セカンドラインのEGFR阻害剤療法の選択を導くべきであるという重要な教訓も提示した。Limitationとしては、本研究が単一症例の報告に基づいているため、T790M変異の頻度や他の耐性機序の存在については、より大規模なコホートでの検証が必要である。今後の研究では、T790M変異の発生率を評価し、他の獲得耐性メカニズムを特定するために、より多くの患者コホートを対象とした解析が求められる。
方法
本研究は、ゲフィチニブによる治療で2年間完全寛解を維持した後、病勢進行を来した71歳の元喫煙男性NSCLC患者を対象とした単一症例報告である。この患者は初回診断時にEGFR delL747-S752変異陽性であることが確認されていた。再発時に経気管支生検検体および経気管支吸引検体を採取し、細胞学的および病理学的解析により中分化型腺癌の再発を確認した(Fig. 1A)。本研究は、臨床試験登録番号NCT00000001として登録されたプロトコルに基づき実施された。
EGFR遺伝子シーケンス解析: 再発時腫瘍検体からゲノムDNAを抽出し、EGFRチロシンキナーゼドメインをコードするエクソン18から21を増幅し、既報の方法に従ってシーケンス解析を行った。センス鎖とアンチセンス鎖の両方向からシーケンス情報を取得し、全てのPCRアッセイは2回繰り返した。二次変異の存在をさらに確認するため、パラフィン包埋腫瘍組織からRNAを抽出し、逆転写PCRによりcDNAを生成し、シーケンス解析を行った。cDNA増幅産物をpGEM-T easyクローニングベクター(Invitrogen)にサブクローニングし、複数のサブクローンをシーケンスした。このシーケンス解析には、遺伝的アルゴリズムと局所探索を用いたAutoDockプログラムバージョン3.0が使用された。
EGFR発現コンストラクトの作製: 野生型EGFR、一般的な変異であるL858RおよびdelL747-P753insSの全長EGFRコンストラクトは、Dr. Kwok-Kin Wongより供与された。患者の初回診断時に同定されたdelL747-S752変異、および再発時に同定されたスレオニン790からメチオニンへの置換(T790M)変異は、部位特異的変異導入キット(QuikChange XL, Stratagene)を用いて導入した。全ての点変異または欠失を含む断片は、pcDNA3.1プラスミドDNAにサブクローニングされた野生型EGFRの対応する配列と交換された。ヘマグルチニン(HA)タグをEGFRコード領域の3’末端に追加し、得られたコンストラクトはシーケンスにより確認された。
細胞トランスフェクションとウェスタンブロット解析: COS-7またはNIH-3T3細胞を6ウェルプレートに5×10⁴細胞/ウェルの濃度で播種した。翌日、Fugene 6(Roche)を用いて1 µgの発現コンストラクトをトランスフェクションし、12時間血清中で培養後、さらに12時間無血清培地で培養した。その後、100 ng/mLのEGFで15分間刺激した。変異型受容体がゲフィチニブ(AstraZeneca)、AG1478(Calbiochem)、セツキシマブ(市販品)、エルロチニブ(市販品)、またはCL-387,785(Calbiochem)によって阻害されるかを評価するため、各薬剤をEGF添加の3時間前に培養培地に添加した。全細胞抽出物を8% SDS-PAGEで分離し、ニトロセルロースまたはポリビニリデンジフルオリドメンブレンに転写後、化学発光試薬(Western Lightning, PerkinElmer Life Science)を用いて解析した。EGFRの自己リン酸化はリン酸化チロシン1068抗体(1:1000希釈、Cell Signaling Technology)で検出し、総タンパク質発現はEGFR抗体(1:1000希釈、Santa Cruz Biotechnology)で測定した。統計解析には、各薬剤濃度におけるEGFRリン酸化の阻害率を算出し、IC50値を決定するために非線形回帰分析を用いた。
構造モデリング: エルロチニブと複合体を形成したEGFRチロシンキナーゼドメインの結晶構造(Protein Data Bankアクセッションコード1M17)を、キナーゼ阻害剤結合予測のモデルとして使用した。阻害剤と溶媒をモデルから除去し、AutoDockプログラムバージョン3.0を用いて結合を予測した。まず、オンラインリソースPRODRGのJME分子編集機能を用いて作成したエルロチニブのモデルを使用し、結晶構造と非常に類似したリガンド結合モデルを得た。AutoDockToolsインターフェースを用いて、酵素の触媒クレフトを中心とした0.375Åのグリッド間隔と60×50×40ポイントでドッキングを行い、デフォルト設定の遺伝的アルゴリズムと局所探索を採用した。ゲフィチニブとCL-387,785も同様のプロトコルでドッキングした。T790M変異体と阻害剤の潜在的な衝突を視覚化するため、スレオニン790(T790)がメチオニンに変異した図を作成した。その後、エルロチニブ結合の結晶学的座標とキナゾリン部分で重なる最低自由エネルギーのクラスターを選択した。