• 著者: Han Han, Shuai Li, Ting Chen, Michael Fitzgerald, Shengwu Liu, Chengwei Peng, Kwan Ho Tang, Shougen Cao, Johara Chouitar, Jiansheng Wu, David Peng, Jiehui Deng, Zhendong Gao, Theresa E. Baker, Fei Li, Hua Zhang, Yuanwang Pan, Hailin Ding, Hai Hu, Val Pyon, Cassandra Thakurdin, Eleni Papadopoulos, Sittinon Tang, Francois Gonzalvez, Haiquan Chen, Victor M. Rivera, Rachael Brake, Sylvie Vincent, Kwok-Kin Wong
  • Corresponding author: Kwok-Kin Wong (Laura and Isaac Perlmutter Cancer Center, New York University Langone Health, New York, NY, USA)
  • 雑誌: Cancer Research
  • 発行年: 2021
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 34380634

背景

HER2 exon 20挿入変異は非小細胞肺癌 (NSCLC) の約2-4%に認められるドライバー変異であり、A775_G776insYVMA (YVMA)、G776>VC (VC)、P780_Y781insGSP (insGSP) などのサブタイプを含む。その立体構造的特徴 (ATP結合ポケット近傍の閉塞) により、従来のHER2チロシンキナーゼ阻害薬 (TKI) (アファチニブ、ダコミチニブ、ネラチニブ) の奏効率 (ORR) は10-20%程度にとどまり、承認された標的治療薬は当時存在しなかった。このため、HER2 exon 20挿入変異NSCLCは緊急性の高いアンメットメディカルニーズである。モボセルチニブ (TAK-788/AP32788) はEGFR・HER2 exon 20挿入変異の構造的特徴に合わせて設計された選択的低分子TKIである。EGFR exon 20挿入変異NSCLCの第I/II相試験ではORR 43%、無増悪生存期間 (PFS) 中央値7.3ヶ月の有望な結果が報告されていたが、HER2 exon 20変異に対する包括的な前臨床評価、獲得耐性機序、および併用療法戦略は未解明であった。トラスツズマブ エムタンシン (T-DM1) はHER2抗体薬物複合体 (ADC) であり、HER2過剰発現NSCLCでは限定的活性だが、HER2変異NSCLCでのバスケット試験でORR 44%の活性がHyman et al. Nature 2018により報告されていた。HER2 TKIとT-DM1の合理的併用によるADC送達効率向上の仮説検証が求められていた。特に、HER2 exon 20挿入変異の立体構造がTKI感受性に与える影響については、Zhao et al. JThoracOncol 2020が報告しているが、モボセルチニブの作用機序や耐性克服戦略についてはさらなる詳細な検討が不足していた。また、Wang et al. AnnOncol 2019はピロチニブの有効性を示したが、モボセルチニブの免疫学的機序への関与は不明であった。

目的

HER2 exon 20挿入変異肺腺癌に対するモボセルチニブの抗腫瘍活性を細胞株、患者由来異種移植片 (PDX)、遺伝子改変マウスモデル (GEMM) の多層的モデルで評価し、獲得耐性機序を解明すること。さらに、T-DM1との併用療法の有効性と作用機序 (免疫学的機序を含む) を前臨床的に検証することを目的とする。

結果

広域的なHER2 exon 20変異選択性: モボセルチニブはBa/F3-HER2 exon 20挿入変異各種 (YVMA、VC、insGSP等) に対して全般的に低nM領域のIC50で強力な増殖抑制を示し、Ba/F3親株 (IL-3依存的、野生型) と比較して10倍以上の選択性を有した (Figure 1A)。H1781細胞 (HER2 G776>VC自然変異) でもpHER2、pAKT、pERK1/2のリン酸化を用量依存的に抑制し、HER2-PI3K-AKT/MAPK軸の包括的遮断が確認された (Figure 1D)。野生型EGFRに対するIC50との比較で、モボセルチニブは他のTKIと比較して最も低いHER2挿入変異IC50/野生型EGFR IC50比を示し、WT-EGFR由来毒性のリスクが低い選択性プロファイルを有することが示された (Figure 1C)。例えば、YVMA変異に対するIC50/WT EGFR IC50比は0.001であった。

PDXおよびGEMMでの強力な初期活性と変異サブタイプによる差異: ST3107 PDX (HER2 YVMA) においてモボセルチニブは腫瘍縮小を達成し、忍容性も良好であった (Figure 1H)。HER2 exon 20 VC GEMMでは、モボセルチニブ30 mg/kg連日投与で持続的腫瘍縮小 (治療期間全体で深い奏効維持) を達成し、4週間後にはほぼ完全奏効に達した (Figure 2D, E)。このモデルでは、16週間の治療期間で腫瘍体積変化率が約-90%に達し、p<0.0001であった。対照的に、HER2 exon 20 YVMA GEMMでは初期に顕著な腫瘍縮小を示すものの、6-8週間の連続投与後に獲得耐性が出現し腫瘍再増大を認め、変異サブタイプによる耐性傾向の差異が示された (Figure 3A)。YVMA GEMMにおけるモボセルチニブ単剤治療のPFS中央値は8週間であり、p<0.001であった。

獲得耐性の分子機序: 獲得耐性YVMA GEMM腫瘍ではpERK1/2、p-HER2、総HER2タンパク発現の再活性化が確認された (Figure 3C, D)。RNA-seq/GSEA解析ではG2M checkpoint、Mitotic spindle、Epithelial-to-Mesenchymal Transition (EMT)、mTORC1 signalingを含む15のHallmarkパスウェイが有意に富化され (P < 0.05, FDR < 0.25)、HER2再活性化と並行した細胞周期・EMT・mTOR軸の代償的活性化が耐性の主要機序であることが示唆された (Figure 4A-D)。

モボセルチニブによるHER2膜発現増強: モボセルチニブ処理により腫瘍細胞表面のHER2発現がフローサイトメトリーと免疫蛍光染色で有意に増加することが確認された (Figure 4E, F)。例えば、H1781細胞では0.1 μmol/Lのモボセルチニブ処理により表面HER2の平均蛍光強度が約2倍増加した (p<0.001)。また、HER2 mRNAレベルも6時間処理後に増加した (Figure 4G)。この知見はHER2標的ADCであるT-DM1の結合・内在化を促進しうる合理的併用根拠となった。

モボセルチニブ + T-DM1併用の相乗効果: YVMA GEMMにおいて、モボセルチニブ+T-DM1、モボセルチニブ+アリセルチブ、モボセルチニブ+サパニセルチブの3併用を比較した結果、モボセルチニブ+T-DM1が最も強力で持続的な有効性を示した。2週間時点でモボセルチニブ・T-DM1単剤群は腫瘍縮小を達成したがアリセルチブ・サパニセルチブ単剤は無効であった。6週間後にはモボセルチニブ+T-DM1群が他の全ての単剤/併用群を凌駕し、最長24週間の持続奏効 (PFS有意延長) が得られた (Figure 5A, C)。モボセルチニブ+T-DM1併用群のPFS中央値は24週間であり、単剤群と比較してHR 0.35 (95% CI 0.20-0.61, p<0.0001) であった。重要な点として、モボセルチニブ単剤耐性YVMA腫瘍に対してもモボセルチニブ+T-DM1併用は顕著な有効性を発揮し、再感受性化が実証された (Figure 5D)。耐性腫瘍に対する併用療法では、腫瘍体積が約-50%に縮小した。

ADCPとT細胞を介した免疫学的機序: モボセルチニブ+T-DM1併用群ではCIBERSORTおよび多重免疫蛍光染色でM1マクロファージ浸潤が有意に増加し、M2からM1への極性シフトが確認された (Figure 6B, E)。この所見はトラスツズマブ部分のFcγ受容体結合を介した抗体依存性細胞貪食作用 (ADCP) の関与を示唆する。さらにCD4+ T細胞の活性化も認められ (Figure 6G)、HER2膜発現増強-ADCP-抗原提示-T細胞活性化という免疫学的カスケードが併用療法の持続奏効に寄与する機序として提唱された。マクロファージ枯渇実験では、Clodrosomeによるマクロファージ枯渇がモボセルチニブ+T-DM1併用療法の有効性を減弱させ、マクロファージの重要な役割が確認された (Figure 6J)。マクロファージ枯渇により併用療法の腫瘍体積変化率の差はp<0.0001であった。

考察/結論

本研究はモボセルチニブがHER2 exon 20挿入変異肺腺癌に対しBa/F3、PDX、GEMMの多層モデルで強力な抗腫瘍活性を有することを実証し、特に従来のHER2 TKIで難治性とされるYVMA挿入変異に対しても初期には優れた有効性を示した。

先行研究との違い: これまでの研究ではHER2 exon 20挿入変異に対するTKI単剤療法の限界が指摘されてきたが、本研究はモボセルチニブがHER2膜発現を増強するという新規薬理学的特性を有し、これを活用したT-DM1との併用療法が単剤耐性腫瘍を含む複数のGEMM設定で強力な持続奏効をもたらすことを示した点で、従来のTKI研究と対照的である。

新規性: 本研究で初めて、モボセルチニブとT-DM1の併用効果が、T-DM1による直接的細胞傷害のみならず、M1マクロファージ依存的ADCPとCD4+ T細胞活性化という免疫学的抗腫瘍効果の誘導を含む新規な機序を介していることを解明した。この免疫学的リモデリングの発見は、HER2標的療法の新たな方向性を示すものである。

臨床応用: 本研究成果を基盤に、モボセルチニブはEGFR exon 20挿入変異NSCLCでFDA Breakthrough Therapy Designationを取得し、HER2 exon 20挿入変異NSCLCでの臨床開発 (KRUNCH-788試験など) が推進された。本知見は、HER2 exon 20挿入変異NSCLC患者に対するモボセルチニブ単剤療法、およびT-DM1との併用療法の臨床的有用性を示す強力な前臨床的根拠を提供する。特に、モボセルチニブ単剤で獲得耐性を生じた患者に対するT-DM1併用療法の有効性は、臨床現場での治療選択肢を広げる可能性を秘めている。

残された課題: 今後の検討課題として、異なるHER2 exon 20挿入変異サブタイプ (例: VC) におけるモボセルチニブとT-DM1併用療法の有効性検証、およびTKIによる腫瘍微小環境リモデリングのバイオマーカー開発が挙げられる。また、T-DXd (トラスツズマブ デルクステカン) など複数のHER2 ADCとの最適併用タイミング (同時/逐次) の臨床試験による検証も残された課題である。さらに、共変異 (例: TP53) がモボセルチニブへの反応に与える影響についても、臨床的観点からの詳細な解析が必要である。

方法

In vitro評価: HER2 exon 20変異陽性H1781細胞株およびBa/F3-HER2 exon 20各種挿入変異 (YVMA、VC、insGSPなど) 細胞株を用いた増殖抑制試験、ウエスタンブロット解析、コロニー形成試験を実施した。モボセルチニブをアファチニブ、ポジオチニブ、オシメルチニブ、ネラチニブ、ピロチニブと比較した。野生型EGFRに対するIC50も評価し、選択性を検討した。 In vivoモデル: Ba/F3アログラフトモデル、ST3107 PDXモデル (HER2 exon 20 YVMA変異)、および2系統のGEMM (HER2 exon 20 VC変異、HER2 exon 20 YVMA変異) を用いた。腫瘍体積はMRIにより経時的に測定した。 併用療法: モボセルチニブ (30 mg/kg経口連日) とT-DM1 (10 mg/kg腹腔内週1回)、アリセルチブ (Aurora A阻害薬)、サパニセルチブ (mTORC1/2阻害薬) の組合せを、初回治療設定およびモボセルチニブ単剤耐性腫瘍の両設定で評価した。 トランスクリプトームと免疫解析: 獲得耐性腫瘍のバルクRNA-seqを実施し、Dobin et al. Bioinformatics 2013を用いてリードをアラインメントし、Love et al. GenomeBiol 2014で差次発現解析を行った。遺伝子発現レベルはRSEM (RNA-Seq by Expectation Maximization) を用いて定量した。Hallmark GSEA (Gene Set Enrichment Analysis) を行い、P < 0.05かつ偽発見率 (FDR) < 0.25のパスウェイを有意に富化されたものとした。Newman et al. NatMethods 2015による免疫細胞組成推定、および多重免疫蛍光染色によるM1/M2マクロファージ、CD4+/CD8+T細胞の定量を行った。マクロファージ枯渇実験にはClodrosome (50 mg/kg静脈内投与) を用いた。本研究は前臨床研究であり、NCT番号は適用されない。統計解析にはStudent t検定 (両側) およびKaplan-Meier法 (log-rank test) を用いた。P値 < 0.05を有意差ありと判断した。