• 著者: Shen Zhao, Wenfeng Fang, Hui Pan, et al.
  • Corresponding author: Li Zhang (Department of Medical Oncology, Sun Yat-sen University Cancer Center, Guangzhou)
  • 雑誌: Journal of Thoracic Oncology
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-02-07
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32036069

背景

HER2 exon 20挿入 (ex20ins) 変異はHER2変異肺癌の約90%を占め、全肺癌の約1〜3%に認められる。これらの変異は、EGFR TKIおよびpan-HER TKIに対して一般的に耐性を示すが、一部のex20ins変異体は感受性を示すことが報告されている。例えば、HER2 G776delinsVCおよびG778_P780dupはafatinibに感受性を示す一方、最も頻度の高いex20insであるY772_A775dupはafatinibに耐性であることがWang et al. AnnOncol 2019で示された。EGFR A763_Y764insFQEAのTKI感受性は、αCヘリックスのN末端シフトといった特定の構造的特徴に起因することがYasuda et al. SciTranslMed 2013で示唆されていたが、HER2 ex20insにおけるTKI感受性の分子メカニズムは未解明な点が多かった。また、「G770 (EGFR) およびG778 (HER2) の保持がTKI感受性に関連する」という仮説もKosaka et al. CancerRes 2017で提唱されていたが、これには矛盾するデータも存在し、統一的な見解は確立されていなかった。HER2 ex20insに対する効果的な治療戦略を確立するためには、TKI感受性を規定する構造的要因に関する詳細な理解が不足していた。

目的

本研究の目的は、肺腺癌におけるHER2 exon 20挿入 (ex20ins) 変異の代表的な2種類であるY772_A775dupとG778_P780dupについて、分子動力学 (MD) シミュレーションと分子ドッキング解析を統合的に実施し、これらの変異体間におけるTKI感受性の差異を構造的観点から解明することである。さらに、G778_P780dup変異を有する患者に対するTKI治療の臨床的有効性を検証し、構造解析の結果を臨床データで裏付けることを目指した。

結果

HER2変異の頻度とスペクトラム: 4139例の肺癌サンプルに対するNGS解析の結果、155例 (3.7%) でHER2変異が同定された。HER2 ex20ins変異の中では、Y772_A775dupが74例 (47.7%) で最も頻繁に検出され、次いでG778_P780dupが18例 (11.6%) であった。その他のex20ins変異として、G776delinsVC、A775_G776insYVMA、G778_A779insGSPなど多数のバリアントが少数ずつ存在した。これらのHER2 ex20ins変異は全て肺腺癌患者にのみ認められ、扁平上皮癌では確認されなかった。患者背景は、女性が108例 (69.6%)、中央年齢は58歳であり、データが利用可能な62例中53例 (86%) が非喫煙者であった。

分子動力学シミュレーションによるキナーゼコンフォメーションの解析: 300ns以上の3回繰り返しMDシミュレーション (AMBER16、ff14SB) の結果、Y772_A775dupとG778_P780dupの両変異は、HER2キナーゼのαCβ4ループにアミノ酸挿入を引き起こし、ATP結合部位が活性状態 (DFG-in構成) に偏った構成サンプリングを誘導することが示された。これは、リガンド非依存的なキナーゼの構成的活性化のメカニズムを示唆する。しかし、両変異間には重要な差異が認められた (Figure 2A)。Y772_A775dup (4アミノ酸挿入) はαCβ4ループの延長が大きく、キナーゼの構成サンプリングがより制限され (硬直化)、TKI結合ポケットへのアクセスが構成的に制限されることが示唆された。一方、G778_P780dup (3アミノ酸挿入) はY772_A775dupよりも挿入アミノ酸数が少なく、HER2に特徴的な残基であるG776とG778を保持していた。これにより、G778_P780dupは構成サンプリングの制限が少なく (より柔軟性を保持)、TKI結合ポケットの開閉が可能であることが示された。G778の保持は、TKI結合ポケットの「ゲートキーパー残基」近傍に位置し、共有結合型TKIとの結合に必要な立体構造を維持する上で重要であると考えられた。K753-E770距離の範囲はHER2 WTで16 Å、G778_P780dupで9 Å、Y772_A775dupで6 Åであった。

分子ドッキングによるTKI結合親和性の比較: Afatinib、dacomitinib、pyrotinib、poziotinibの4種類の共有結合型TKIについて、G778_P780dupとY772_A775dupへのドッキングスコアを比較した結果、G778_P780dupは4種全てのTKIにおいてY772_A775dupよりも有意に高いドッキングスコアを示した (Figure 3)。これは、G778_P780dupがこれらのTKIに対してより強い結合親和性を持つことを予測する。例えば、afatinibではG778_P780dup/Y772_A775dupのスコア比は約1.4〜1.8倍の差があった。共有結合シミュレーションでは、G778_P780dup-afatinibおよび-dacomitinib複合体において、EGFR C797に相当するHER2 C805残基との共有結合形成が安定的に観察された。対照的に、Y772_A775dup-afatinib複合体ではこの結合形成が不安定であった。Poziotinibは、EGFR/HER2 exon 20insの両変異に対して比較的小さい分子サイズであるため、結合ポケットへのアクセスが良好であり、両変異におけるドッキングスコアは他のTKIよりも高い傾向を示した。

G778_P780dup患者におけるTKI治療の臨床応答: G778_P780dup変異を有する患者で治療データが利用可能な10例のうち、6例 (60%) が持続的な腫瘍応答 (PR/CR) を示した (Table 1)。投与されたTKIは、afatinib 5例、dacomitinib 2例、poziotinib 1例、pyrotinib 2例であった (一部重複あり)。奏効例では、複数例で6ヶ月以上の治療継続期間が確認された。例えば、患者1はafatinibで8ヶ月間PRを維持し、その後poziotinibで9ヶ月間SDを維持した (Figure 4A)。患者6はpyrotinibで8ヶ月間PRを維持し、患者8もpyrotinibで6ヶ月間PRを維持した (Figure 4B)。患者10はdacomitinibで著明な腫瘍縮小を認め、4ヶ月間治療を継続中であった (Figure 4C)。G778_P780dup患者の奏効率は60% (n=10) であったのに対し、Y772_A775dup (n=74) 患者のafatinibに対する奏効率 (ORR) は約5〜15%と既報と一致する低い応答率であり、構造予測を臨床的に支持する結果であった。

考察/結論

本研究は、HER2 ex20insにおけるTKI感受性の差異がキナーゼの構成景観 (conformational landscape) の違いによって説明されることを初めて明らかにした。特に、「αCβ4ループの長さとHER2 776および778位の残基がTKI感受性を決定する」という新規の構造的法則を示した。G778_P780dup変異は、αCβ4ループの3アミノ酸伸長とG776/G778残基の保持により、構成的柔軟性とTKI結合ポケットの維持を両立し、afatinib、dacomitinib、pyrotinib、poziotinibといったTKIへの感受性を獲得すると考えられる。これに対し、Y772_A775dup変異はこれらのTKIに対して構成的に不利な状況にあることが示唆された。臨床的には、G778_P780dup患者10例中6例 (60%) でTKI治療に対する持続的な奏効が認められ、これは構造解析による予測を強く支持する結果である。

先行研究との違い: 従来のHER2 ex20insに関する研究では、TKI感受性の差異が明確に説明されていなかったが、本研究はキナーゼの構成景観という新たな概念を導入し、その差異を分子レベルで詳細に解明した点で、これまでの報告と異なる。特に、EGFR ex20insとHER2 ex20insは生物学的特性が異なるため、それぞれの変異特異的な構造解析が重要であるという知見は、これまでの一律的なアプローチとは対照的である。

新規性: 本研究で初めて、HER2 ex20insのTKI感受性がαCβ4ループの長さとHER2 776および778位の残基によって規定されるキナーゼ構造コンフォメーションの多様性によって説明されることを新規に同定した。この知見は、HER2 ex20insの活性化メカニズムと薬剤応答の異質性に対する新たな構造的洞察を提供する。

臨床応用: 本研究の知見は、個々のHER2 ex20ins変異体に対するTKI選択の指針を提供し、臨床現場での治療方針決定に貢献する可能性がある。特に、G778_P780dup変異を有する患者には、afatinib、dacomitinib、pyrotinib、poziotinibなどのTKIが有効である可能性が高いことを示唆する。また、現在開発中のex20ins選択的薬剤 (poziotinib、TAK-788、amivantamabなど) の開発においても、本研究で得られた構造的洞察は有用な情報となる。

残された課題: 今後の検討課題として、Y772_A775dupのようなTKI耐性変異体に対して、従来のATP結合部位を標的とするTKIではなく、Jia et al. Nature 2016で示されたようなアロステリック阻害剤の開発がより合理的な戦略である可能性が示唆される。また、in vitroでのTKI結合親和性だけでなく、in vivoでのHER2シグナル伝達抑制をさらに複雑化させる要因 (共存変異、免疫微小環境、活性/不活性キナーゼコンフォメーション間の平衡変化など) についても、さらなる調査が残された課題である。

方法

本研究では、4139例の肺癌サンプル (OrigiMedデータベース n=2035、Sun Yat-sen University Cancer Center (SYSUCC) n=2104) からの次世代シーケンシング (NGS) ゲノムプロファイリングデータを解析し、HER2 ex20ins変異を特定した。NGSはハイブリッドキャプチャーベースのプラットフォームを用いて実施された。本研究はSYSUCCの施設内倫理委員会によって承認され、ヘルシンキ宣言に準拠して実施されたレトロスペクティブコホート研究である。HER2 ex20insの構造モデルは、ヒトHER2キナーゼの結晶構造 (PDB ID: 3PP0) をテンプレートとして、Molecular Operating Environment (MOE) ソフトウェアバージョン2019.01を用いてホモロジーモデリングにより構築された。MDシミュレーションはAMBER16ソフトウェア (ff14SB force field) を用いて、各システムにつき300ns以上のシミュレーションを3回繰り返し実施された。キナーゼコンフォメーションの記述には、αCヘリックスのroot-mean-square deviation (rmsd) とK753-E770間の距離が用いられた。分子ドッキング解析では、4種類のチロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) であるafatinib、dacomitinib、pyrotinib、poziotinibについて、G778_P780dupとY772_A775dup変異体への結合親和性を予測した。ドッキングスコアはLondon ΔGスコアにより評価され、その後のフォースフィールドリファインメントが実施された。臨床応答の評価は、G778_P780dup変異を有する患者に対するTKI治療のアウトカムを後方視的に収集し、RECIST 1.1基準に基づいて最良奏効を判定した。治療効果の評価には、log-rank testが用いられた。