• 著者: Y. Wang, T. Jiang, Z. Qin, J. Jiang, Q. Wang, S. Yang, C. Rivard, G. Gao, T. L. Ng, M. M. Tu, H. Yu, H. Ji, C. Zhou, S. Ren, J. Zhang, P. Bunn, R. C. Doebele, D. R. Camidge, F. R. Hirsch
  • Corresponding author: Shengxiang Ren (Shanghai Pulmonary Hospital, Tongji University School of Medicine, Shanghai, China); Caicun Zhou (Shanghai Pulmonary Hospital, Tongji University School of Medicine, Shanghai, China); Fred R. Hirsch (University of Colorado Cancer Center, Aurora, CO, USA)
  • 雑誌: Annals of Oncology
  • 発行年: 2019
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 30596880

背景

HER2 (ERBB2) 変異は、非小細胞肺がん (NSCLC) の約2-3%に認められる重要なドライバー変異であり、特にエクソン20の12塩基対インフレーム挿入であるA775_G776insYVMA変異が最も頻繁に検出される。この変異は、PI3K-AKT経路およびRAS-MAPK経路の下流シグナルを活性化させ、腫瘍増殖を促進することが知られている Kris et al. JAMA 2014。HER2変異陽性進行NSCLC患者の予後は不良であり、ステージIV診断からの全生存期間 (OS) 中央値は1.6-1.9年と報告されている。

これまで、HER2変異陽性NSCLCに対する標的治療薬の開発は困難であった。アファチニブ、ダコミチニブ、ネラチニブといった既存のHER2標的チロシンキナーゼ阻害剤 (TKI) は、奏効率 (ORR) が10-20%前後と限定的な臨床効果しか示しておらず、トラスツズマブ単剤や化学療法との併用も明確な臨床的有用性を確立できていない Kris et al. AnnOncol 2015。抗体薬物複合体であるトラスツズマブ エムタンシン (T-DM1) は、バスケット試験においてORR 44%を示したが、奏効の持続期間は限定的であった。これらの既存薬の有効性が不足している主な理由として、HER2 exon 20挿入変異がATP結合ポケット近傍に立体障害を引き起こし、EGFR exon 20変異と同様に、従来型TKIに対して構造的な難治性を有することが示唆されている Kosaka et al. CancerRes 2017。このため、HER2変異陽性NSCLC患者に対する効果的な治療戦略は依然として未確立であり、新たな治療薬の開発が喫緊の課題である。

ピロチニブは、EGFR、HER2、HER4を不可逆的に阻害する新規のpan-HER TKIである。この薬剤は、HER2陽性乳がんにおいて既にその有効性が示されているが、HER2変異陽性NSCLCにおける前臨床および臨床での評価はこれまで実施されていなかった。HER2 exon 20挿入変異の立体構造的特性を克服し、持続的なHERシグナル阻害を達成できる可能性が期待されるピロチニブの、HER2変異陽性NSCLCに対する抗腫瘍活性を包括的に評価する必要があった。HER2変異は、EGFR/ALK/ROS1トリプルネガティブNSCLC患者では最大6.7%に達することが報告されており、このサブグループにおける治療選択肢の不足は特に深刻である。既報では、HER2変異肺がん患者が第一選択ペメトレキセドベース化学療法でALKまたはROS1再配列肺がん患者と比較して劣悪な転帰を示したこともあり、効果的なHER2標的薬に対する強いニーズが指摘されてきた。

目的

本研究の目的は、不可逆的pan-HER TKIであるピロチニブが、HER2 exon 20挿入変異を有するNSCLCに対してどの程度の抗腫瘍活性を示すかを包括的に検証することである。具体的には、患者由来オルガノイドおよび患者由来異種移植 (PDX) モデルを用いた前臨床的検討により、ピロチニブのin vitroおよびin vivoでの有効性を評価する。さらに、プラチナベース化学療法に不応・再発のHER2変異陽性進行NSCLC患者を対象とした第II相臨床試験 (NCT02535507) を実施し、ピロチニブの安全性、客観的奏効率 (ORR)、無増悪生存期間 (PFS) などの臨床的有効性を評価することを目的とした。これらの結果を通じて、HER2 exon 20挿入変異NSCLCに対するピロチニブの治療薬としての可能性を明らかにすることを目指した。

結果

ピロチニブのオルガノイドにおける優位性: HER2 A775_G776insYVMA変異を有する患者由来オルガノイドを用いたin vitro試験において、ピロチニブはアファチニブと比較して有意に優れた増殖抑制効果を示した (p=0.0038)。IC50値はピロチニブが112.5 nM、アファチニブが89.1 nMと類似していたが、ヒトの臨床実用濃度 (ピロチニブ180 nM vs アファチニブ29 nM) で比較すると、ピロチニブが顕著に高い細胞増殖抑制効果を発揮した (Figure 1E)。3Dオルガノイドでも同様の結果が得られ、ピロチニブがより有意な細胞増殖抑制を示した。ピロチニブは、pHER2、pERK、pAKTのリン酸化を用量依存的に抑制し、pan-HER阻害による下流シグナル経路の広範な遮断を示唆した (Figure 2I)。

PDXモデルにおける強力な抗腫瘍効果: HER2 exon 20 YVMA挿入変異を有するLU6429 PDXモデルにおいて、ピロチニブ80 mg/kg投与群は、24日間で平均52.2%の腫瘍縮小を達成し、顕著な抗腫瘍効果を示した (Figure 2E)。これはアファチニブ投与群 (平均25.4%の腫瘍増加、p=0.0471) およびT-DM1投与群 (平均10.9%の腫瘍増加、p=0.0138) と比較して有意に優れた結果であった (Figure 2D)。ピロチニブ投与マウス (n=6 mice) の血漿中薬物濃度は平均2316.7 ng/mlであり、アファチニブ投与マウス (n=6 mice) の76.9 ng/mlと比較して約30倍高かった (p<0.0001)。この高い曝露量とピロチニブの優れた脂溶性 (log P 4.475 vs アファチニブ3.101) が、その強力な有効性に寄与している可能性が示唆された。また、ピロチニブ投与群では体重の有意な減少は認められず、良好な忍容性を示した (Figure 2F)。IHC解析では、ピロチニブがpHER2、pERK、pAKTのリン酸化を強力に抑制していることが確認された (Figure 2I)。

PK/PD相関: PDXモデルにおける薬物動態/薬力学 (PK/PD) 相関解析では、ピロチニブの血漿中濃度は投与後2時間でピークに達し (3433 ng/ml)、腫瘍内濃度は6時間で最大となり、同時にpHER2のリン酸化が最大に抑制された (Figure 3A, B)。ウェスタンブロットおよびIHC解析により、HER2およびその下流シグナルであるERK、AKTのリン酸化が投与後6時間で有意に抑制されることが示された (Figure 3C-F)。

第II相試験の有効性: HER2変異陽性進行NSCLC患者15例を対象とした第II相臨床試験において、ピロチニブ400 mg/日は持続的な抗腫瘍効果を示した。患者の内訳は、A775_G776insYVMA変異が10例、G776Cが1例、G776>VCが1例、L755Pが1例、S310Fが1例、P780_Y781insGSPが1例であった。主要評価項目であるORRは53.3% (8例が部分奏効 [PR]) であり、病勢制御率 (DCR) は73.3% (3例が安定 [SD]) であった (Figure 4A)。奏効までの期間中央値は1.0ヶ月、奏効持続期間 (DoR) 中央値は7.2ヶ月 (範囲2.1-20.0ヶ月) であった。PFS中央値は6.4ヶ月 (95% CI 1.60-11.20ヶ月) であり、OS中央値は12.9ヶ月 (95% CI 2.05-23.75ヶ月) であった (Figure 4D)。特に、最も頻度の高いA775_G776insYVMA変異を有する10例に限定した場合のORRは50%、PFS中央値は4.1ヶ月 (95% CI 1.42-6.10ヶ月) であった (Figure 4B, C)。全患者のうち5例 (33%) が1年以上治療を継続し、G776C、G776>VC、L755Pなどの異なる変異サブタイプを有する患者でも奏効が確認され、幅広い活性が示された。ベースラインで脳転移を有していた2例のうち1例はSDを達成した。先行してアファチニブ治療後に病勢進行した1例もピロチニブで奏効を示した (Figure 4F)。

安全性プロファイル: ピロチニブに関連する有害事象は9例 (60%) に認められたが、全てgrade 1-2であり、grade 3-4の有害事象、投与中止、または用量減量を要する事象は認められなかった。主な有害事象は、下痢27%、ヘモグロビン低下27%、低カルシウム血症27%、倦怠感14%、発疹14%であった。他のHER2 TKI (アファチニブ、ダコミチニブ) で頻繁に報告される皮疹や消化器毒性と比較して、ピロチニブは良好な忍容性プロファイルを示した。

考察/結論

本研究は、不可逆的pan-HER TKIであるピロチニブが、HER2 exon 20挿入変異を有するNSCLCに対して、前臨床モデル (患者由来オルガノイドおよびPDX) および第II相臨床試験の両面で優れた抗腫瘍活性を有することを初めて実証した。

先行研究との違い: 本試験で得られたORR 53.3%およびPFS中央値6.4ヶ月という結果は、HER2 exon 20挿入変異NSCLC患者を対象とした他のHER2 TKIの臨床試験成績と比較して、顕著に優れている。例えば、アファチニブのORRは0-19%、ダコミチニブのORRは12%、ネラチニブのORRは0-3.8%と報告されており、ピロチニブはこれらの既存薬を大きく上回る効果を示した。T-DM1のバスケット試験におけるORR 44%と比較しても、同等以上の成績である。この優位性は、ピロチニブがEGFR、HER2、HER4を不可逆的に阻害するpan-HER TKIであること、および既存TKIよりも高い血漿中濃度と優れた脂溶性 (log P 4.475) を有し、細胞膜透過性が高いことに起因すると考えられる。これにより、HER2 exon 20挿入変異による立体的な難治性を克服し、より強力かつ持続的なHERシグナル遮断が実現されたと推察される。

新規性: 本研究で初めて、患者由来オルガノイドおよびPDXモデルという臨床的関連性の高い前臨床モデルを用いて、ピロチニブのHER2 exon 20挿入変異NSCLCに対する強力な抗腫瘍効果をin vitroおよびin vivoで確認した。特に、臨床実用濃度でのアファチニブに対する優位性や、多様なHER2変異サブタイプ (A775_G776insYVMA、G776C、G776>VC、L755P、P780_Y781insGSPなど) に対する幅広い活性が示されたことは、これまでの報告にはない新規の知見である。これは、ピロチニブが特定の変異型に限定されず、HER2 exon 20挿入変異全体に対して有効である可能性を示唆する。

臨床応用: 本研究の結果は、HER2 exon 20挿入変異NSCLC患者に対するピロチニブの臨床応用における大きな可能性を示唆する。既存治療の選択肢が限られているこの患者集団において、ピロチニブは有望な治療選択肢となる可能性がある。良好な安全性プロファイルと高い奏効率は、臨床現場での導入を強く支持するものである。特に、先行治療で病勢進行した患者においても奏効が認められたことは、ピロチニブがセカンドライン以降の治療として有効である可能性を示している。

残された課題: 今後の検討課題として、ピロチニブの脳転移に対する有効性の評価、治療中の獲得耐性機序の解明、T-DM1など他のHER2標的薬との併用戦略の検討、および早期治療ラインにおけるピロチニブの位置付けの確立が挙げられる。本試験の結果を基盤として、現在多施設共同第II相試験 (NCT02834936) が進行中であり、HER2 exon 20挿入変異NSCLC患者に対するピロチニブの標準治療化に向けたさらなるエビデンス構築が期待される。

方法

前臨床モデルの構築と評価: HER2 A775_G776insYVMA変異を有する進行肺腺癌患者検体から、患者由来オルガノイドおよびPDXモデル (LU6429) を樹立した。オルガノイドは、3D培養系で増殖抑制効果を評価するために、ピロチニブ、アファチニブを様々な濃度で72時間処理し、CellTiter-Glo Luminescent Cell Viability Assayを用いて細胞生存率を測定した。PDXモデルでは、BALB/cヌードマウスの皮下に腫瘍を移植し、腫瘍が150-250 mm³に達した時点で、ピロチニブ (5, 20, 80 mg/kg 経口、毎日)、アファチニブ (15 mg/kg 経口、毎日)、およびT-DM1 (10 mg/kg 腹腔内、週1回) を24日間投与した。腫瘍体積と体重を3-4日ごとに測定し、腫瘍縮小効果を評価した。また、治療終了時の腫瘍組織および血漿中の薬物濃度を液体クロマトグラフィー質量分析計 (LC-MS/MS) で分析し、腫瘍組織におけるリン酸化HER2 (pHER2)、リン酸化ERK (pERK)、リン酸化AKT (pAKT) の発現を免疫組織化学 (IHC) およびウェスタンブロット法で解析した。PDX実験の比較には、GraphPad Softwareを用いた一元配置分散分析 (one-way ANOVA) を使用した。

第II相臨床試験 (NCT02535507): 本試験は、単群非盲検の第II相臨床試験として実施された。対象患者は、18歳以上80歳以下の組織学的に確認されたHER2変異陽性進行NSCLC患者で、少なくとも1レジメン以上の標準治療後に病勢進行した症例とした。Eastern Cooperative Oncology Group (ECOG) パフォーマンスステータスは0-2、RECIST v1.1に基づく測定可能病変を少なくとも1つ有することが条件であった。先行HER2標的治療は許容された。HER2変異の検出は、ADx HER2 Mutation Detection Kit (Amoy Diagnostics, Xiamen, China) または次世代シーケンシング (NGS) で行い、必要に応じてSangerシーケンシングで確認した。HER2変異の種類には、エクソン20およびエクソン19のチロシンキナーゼドメイン変異が含まれた。患者はピロチニブ400 mg/日を連日経口投与され、病勢進行、忍容できない毒性、死亡、または同意撤回まで治療を継続した。主要評価項目は、治験責任医師判定によるORR (RECIST v1.1) とし、副次評価項目は、無増悪生存期間 (PFS)、全生存期間 (OS)、奏効持続期間 (DoR)、および安全性 (CTCAE v4.03) とした。腫瘍評価は、ピロチニブ投与開始後4週目に行い、その後は6-8週ごとに実施した。完全奏効 (CR) または部分奏効 (PR) は、初回奏効から少なくとも4週間後に確認する必要があった。PFSは治療開始日から病勢進行またはあらゆる原因による死亡までの期間と定義し、OSは治療開始日からあらゆる原因による死亡までの期間と定義した。