- 著者: Malinda Itchins, Marliese Alexander, Steven Kao, Adnan Nagrial, et al.
- Corresponding author: Malinda Itchins (Royal North Shore Hospital, University of Sydney)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-17
- Article種別: Original Article
- DOI: 10.1016/j.lungcan.2026.109500
背景
ROS1融合陽性非小細胞肺がん (NSCLC) は肺腺がんの0.9-2.6%を占める稀だが重要な腫瘍分子サブタイプである。若年・非喫煙者に多く、他のドライバー変異と相互排他的で、脳転移を起こしやすいという臨床的特徴を持つ。crizotinibを嚆矢とするROS1チロシンキナーゼ阻害薬 (ROS1i) は転帰を変革し、早期の小規模コホートで高奏効率と4年超の生存を示した (Shaw et al. AnnOncol 2019)。
その後の治療景観はlorlatinib・repotrectinib・taletrectinib・zidesamtinibなどの後世代 (later-generation) ROS1iの登場により大きく拡大した。早期世代のcrizotinibやentrectinibは依然として広く使用される一方、後世代薬は耐性変異 (G2032Rソルベントフロント変異など) への活性と脳内移行性の改善を目指した設計となっている (Drilon et al. CancerDiscov 2017)。しかし後世代ROS1iの全生存 (OS) データは依然未成熟であり、試験間のhead-to-head比較は期待しにくい状況にある。
こうした状況にもかかわらず、リアルワールドにおける治療シークエンシングや複数ライン間のattrition、長期生存に関する詳細なデータは依然不足している。診断テストへのアクセス・標的治療の可用性・臨床試験参加率は国や地域によって大きく異なり、試験結果と実臨床での転帰はしばしば乖離する。特にROS1のように稀なサブタイプでは、単施設研究は規模が小さく横断的な解析に限界がある。AURORAコホートはオーストラリア全国23施設が参加する多施設前向きコホート研究であり、分子サブタイプ別のリアルワールドデータ収集の核となっている (Yun et al. ClinCancerRes 2020)。
リアルワールドデータが欠けていたのは、進行期ROS1 NSCLC管理の全体像——早期世代から後世代ROS1iへの時系列的移行、ライン別attrition、脳転移をはじめとする予後因子、高PD-L1発現との相互作用——に関する包括的な縦断的エビデンスであった。
目的
オーストラリア多施設前向きレジストリ (AURORA) に登録されたROS1陽性NSCLC患者を対象に、実臨床における患者背景・治療パターン・ライン間attrition・生存転帰を詳細に記述すること、および脳転移・PD-L1発現・治療世代別の予後因子を多変量解析で検討することを目的とした。
結果
コホート構成と患者背景: 2012年から2025年の間にAURORAに登録されたNSCLC症例5,189例のうち、115例 (2.2%) がROS1陽性と判定された。進行期治療を受けたのは104例 (90%) で、中央値年齢57.8歳 (IQR 44.6-65.8)、64.4%が女性、66.3%が非喫煙者、41.3%がアジア系で、79.8%がECOG 0-1であった。診断時脳転移は13.5%に認められ、病歴全体では28.8%に脳転移が発生した。早期病変として根治的治療を受けた27例 (23%) のうち59%が後に再発し、進行期治療コホートに移行した。ROS1確定までの中央値期間は34日 (range 2-3712)、2018年の公費助成承認後は21日に短縮した (Table 1)。融合パートナーが判明した24%のうち最多はCD74 (43%)、次いでSLC34A2 (21%)、EZR (18%)、SDC4 (11%) であった。進行期コホートの中央値追跡期間は48ヶ月 (95% CI 38.2-62.4) で、53%が生存中であった。
治療パターンとシークエンシング: 1L ROS1iは104例中77例 (74%) に投与され、そのうち早期世代 (crizotinib/entrectinib) が63例 (60.6%)、後世代 (lorlatinib 3例・repotrectinib 7例・zidesamtinib 4例) が14例 (13.5%) を占めた。残りの26%はchemotherapy (23.1%) または免疫療法 (2.9%) を1Lに受け、主としてROS1iが利用不能な前時代を反映する。全ラインを通じて96.2%がROS1iを投与され、63.4%が後世代ROS1iを経験した。臨床試験への参加は1Lで15%、全ライン通算では53%と高率であった (Table 2)。1L早期世代ROS1i投与後の2L治療では後世代ROS1iへの移行が主体で、lorlatinib 31%・zidesamtinib 28%・repotrectinib 13%が選択された。治療ライン数の中央値は2 (range 1-8) で、33%が1ラインのみ受け取り、32%が1L終了後に2Lを受けられなかった (2Lから3Lへの移行失敗は47%)。1Lが中断された理由は疾患進行81%・毒性12.5%・ROS1iへの切替6.3%であった (Fig. 1 Sankey diagram)。
生存転帰——全体および治療別: 進行期コホート全体 (n=104) での中央値PFSは15.7ヶ月 (95% CI 10.8-21.3)、中央値OSは56.1ヶ月 (95% CI 41.4-77.0) であった (Fig. 2A-2B)。1L ROS1i群 (n=77) では中央値PFS 17.2ヶ月 (95% CI 13.4-25.8)・OS 56.1ヶ月 (95% CI 41.4-69.2) に対し、非ROS1療法群 (n=27) では中央値PFS 4.8ヶ月 (95% CI 3.0-10.1) にとどまった。1L後世代ROS1i群 (n=14) では中央値PFS 48.1ヶ月 (95% CI 7.5-NR)、OS 79.9ヶ月 (95% CI 19.8-NR) と最も良好な成績が得られた (Fig. 2E-F)。1L早期世代→2L後世代ROS1iの連続療法を受けた群 (n=28) でも中央値OS 48.1ヶ月 (95% CI 28.6-NR) を示した (Fig. 2G)。早期病変から再発した群では中央値OS 77.0ヶ月 (95% CI 28.5-NR) であり、de novo進行期群 (n=88) の54.8ヶ月 (95% CI 41.4-63.0) と同等以上の転帰であった (Table 3)。
脳転移とPD-L1発現の影響: 診断時脳転移を有する患者はPFS (10.8ヶ月 [95% CI 1.4-15.9] vs 17.0ヶ月 [95% CI 11.5-25.8]) およびOS (26.0ヶ月 [95% CI 7.9-NR] vs 65.2ヶ月 [95% CI HR 3.1、95% CI 1.3-7.3、p=0.010]) の著明な短縮を示した (Fig. 2H)。多変量解析でも脳転移はPFS (HR 2.26、95% CI 1.15-4.44、p=0.018) およびOS (HR 2.75、95% CI 1.15-6.58、p=0.023) の独立した予後不良因子であった。高PD-L1発現 (≥50%) を有する患者はPD-L1 0-49%の患者と比較してPFS (12.1ヶ月 vs 22.0ヶ月) およびOS (41.4ヶ月 vs 62.2ヶ月) が著明に短縮した。多変量Cox解析では高PD-L1がOSの独立した不良予後因子として確認された (HR 2.29、95% CI 1.08-4.81、p=0.029) (Fig. 2I-2J、Table 4)。1L後世代ROS1i対非標的療法では、PFS改善が多変量解析で有意であった (HR 0.22、95% CI 0.07-0.64、p=0.006)。
臨床試験参加の影響: 臨床試験参加患者と非参加患者のOSは比較可能であった (57.3ヶ月 vs 56.2ヶ月)。試験参加群ではPFSが短い傾向を示したが、これは複数ラインにわたる参加・早期世代治療を経た後の試験登録・サバイバルバイアスなどを反映するものと解釈された。
考察/結論
① 先行研究との違い: 従来の多くのROS1リアルワールドコホートは単施設・小規模・crizotinib時代の患者を中心としていたのと異なり、本研究は10年超の縦断的データを持つ多施設前向きレジストリから後世代ROS1iを含む現代的な治療シークエンシングを捉えた。中国の大規模コホート (n=550) ではcrizotinibが1L治療の74%を占めていたのと対照的に、本コホートではentrectinib (49%) やrepotrectinib (7%) など新薬の使用が主体であり、時代と医療アクセスの相違が反映されている。また欧州・アジアのリアルワールドコホートのOS中央値24-46ヶ月に比べ、本コホートのOS 56.1ヶ月は世界的に見ても最良水準に位置する。また、PD-L1高発現がROS1 NSCLCにおいてOS不良と独立して関連するという本報告は、現代コホートではこれまでに報告されていない新知見である点で先行報告と対照的である。
② 新規性: 本研究で初めて、現代的な多施設前向きコホートにおいてPD-L1 TPS ≥50%がROS1陽性NSCLCの独立した予後不良因子 (OS HR 2.29) であることを新規に示した。これはEGFR変異NSCLCで報告されているPD-L1とTKI効果の負の相関と一致する観察であり、腫瘍免疫微小環境とオンコジーン依存性TKI感受性の相互作用を示唆する。また、後世代ROS1i 1L治療でOS中央値79.9ヶ月という最長水準の生存転帰を新規に報告した点も本研究の独自の貢献である。さらに、1L治療後の32%が2Lに到達できないという高いattrition率を明確に示し、clinical trial参加率53%という高い研究参加が良好転帰に貢献した可能性を定量化した。
③ 臨床応用: 後世代ROS1iを1Lに使用することで3年超の無増悪生存と7年近いOSが期待できるため、利用可能な場合には後世代ROS1iを1Lに優先することが支持される。高PD-L1発現 (≥50%) はROS1陽性NSCLCにおいて予後予測マーカーとして臨床的に活用できる可能性があり、このサブグループでのより強力なROS1i治療または免疫微小環境を標的とした併用戦略の探索が求められる。臨床試験への積極的な参加 (本コホート53%) が良好な生存転帰に貢献した可能性があり、稀少がんにおける臨床試験インフラの整備が重要である。脳転移を有する患者の著明なOS短縮 (26mo vs 65mo) は脳内移行性の高い後世代ROS1iの活用と、系統的な脳MRI評価の必要性を強く示唆する。
④ 残された課題: 後世代ROS1i群 (n=14) はサンプルサイズが小さく確定的な結論を出すには限界がある。高PD-L1とROS1 NSCLCの予後不良の生物学的機序——MAPK・JAK/STAT・PI3K/AKT経路の活性化が腫瘍のROS1シグナル依存性を低下させる可能性——は今後の転座研究で検証が必要である。分子情報 (co-mutation、耐性メカニズム) および液体生検データが本コホートでは限定的であり、治療選択の最適化には再生検を含む分子プロファイリングデータの充実が今後の課題である。また、CNS特異的転帰 (CNS進行までの期間) の詳細な評価や、患者報告転帰・QOLデータの組み込みも今後の研究に必要な方向性である。
方法
研究デザイン: 多施設前向きコホート研究 (AURORA、ACTRN12625000038493)、オーストラリア23施設参加、2012-2025年。倫理委員会: Peter MacCallum Cancer Centre Human Research Ethics Committee (HREC/17/PMCC/42)。
対象: 18歳以上のROS1陽性NSCLC患者115例 (うち進行期治療対象104例)。ROS1陽性はFISH (80%) またはNGS (20%) で施設確認。
エンドポイント: PFSは進行期1L治療開始から進行または死亡まで (RECIST非前向き評価なのでreal-world PFS)。OSは1L治療開始から死亡または最終追跡まで。
ROS1i分類: 早期世代 (crizotinib・entrectinib)、後世代 (lorlatinib・repotrectinib・zidesamtinib)。
統計: Kaplan-Meier法による生存推定・逆Kaplan-Meier法による中央値追跡推定。多変量Cox比例ハザードモデル (最大4共変量、性別・脳転移・PD-L1を事前選択)。Sankey図によるラインシークエンス可視化 (Flourish software)。統計解析: Stata version 18 / R version 4.5.1。