- 著者: Veronique Hofman, Guylene Rignol, Baharia Mograbi, Marius Ilie, et al.
- Corresponding author: Veronique Hofman (IHU RespirERA, Pasteur Hospital, Université Côte d’Azur, Nice, France)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2026
- Epub日: 2026-06-23
- Article種別: Review
- DOI: 10.1016/j.lungcan.2026.109507
背景
抗体薬物複合体 (ADC) は、モノクローナル抗体の標的特異性と細胞毒性ペイロードを組み合わせた革新的治療モダリティとして、過去数年で肺がん治療の最前線に台頭した (Chen et al. FrontOncol 2026)。2022年にtrastuzumab deruxtecan (T-DXd) がHER2変異NSCLCへの初のADCとして承認されたことを皮切りに、c-MET標的Teliso-V (telisotuzumab vedotin) の2025年FDA加速承認、TROP2標的Dato-DXd (datopotamab deruxtecan) の2025年EGFR変異NSCLC承認と、承認数は急速に拡大している (Planchard et al. CancerCell 2026)。
これまでPD-L1・EGFR・ALK・METといった確立された予測バイオマーカーのcompanion diagnostics (CDx) を担ってきた胸部病理医にとって、ADCの多様なターゲット——TROP2・HER2・HER3・c-MET・B7-H3 (CD276)・DLL3・SEZ6・CEACAM5・ITGB6・AXLなど——の網羅的評価は新たな質的・量的課題を突きつけている (Conilh et al. Cell 2026)。ADCによってCDx試験が必須のもの、任意のもの、有効な予測バイオマーカーが未確立のものと区分されるが、いずれの場合も病理医はIHCを中心とした新たな評価体系を習得する必要がある。
先行の課題として、組織生検の量的制約によるbiomarker exhaustion、同一蛋白質に複数のスコアリング系・カットオフ値が並立するハーモナイゼーション不全、antibody cloneの感度・特異度差、前分析ステップのばらつき、EQA (external quality assurance、外部品質評価) および認証負荷の増大——これら5つが病理実装の主要障壁として認識されてきたが、これらを横断的に整理し解決策を提示する立場からの総括的レビューは不足していた。
目的
NSCLC・SCLCに対するADCバイオマーカーの現状を標的別に整理し、胸部病理医が直面するkey challengeを構造化するとともに、multiplex IHC・AI画像解析・liquid biopsyなどの革新的技術がいかにこれらの課題を解決しうるかを提示し、ADCバイオマーカー検査のベストプラクティスの早期確立に向けた提言を行うこと。
結果
ADC構造・作用機序と世代的進化: ADCはモノクローナル抗体・リンカー・細胞毒性ペイロードの3成分から構成される。ADC−抗原複合体の細胞内取り込み (internalisation) 後、エンドソームとリソソームの融合を経てペイロードが放出される。ペイロードが親油性の場合は細胞膜透過による傍観者効果 (bystander effect) が生じ、抗原発現が不均一な腫瘍でも効果が期待できる。第3世代ADCは安定したリンカー・より精密なコンジュゲーション・均一なDAR (drug-to-antibody ratio)・bispecific抗体などの工学的改良を特徴とし、治療係数 (therapeutic index) の向上を目指す。一方、耐性機構(リンカーの過安定化によるペイロード放出不全、抗原発現喪失など)が多数報告されており、ADC設計の継続的改良が求められている (Fig. 1)。
NSCLCにおける主要ADCターゲット① : c-METとHER2: c-MET過剰発現はNSCLCにおいて最も詳細に検討されたADCバイオマーカーの一つである。LUMINOSITYフェーズII試験では、EGFR野生型の非扁平上皮NSCLCにおいてc-MET高発現(腫瘍細胞の≥50%が3+染色)を示す患者でTeliso-Vの奏効が最良であることが示され (Camidge et al. 2024)、FDAは2025年にTeliso-Vを加速承認した。c-METカットオフは薬剤によって≥50%と3+または≥90%と3+の2種が存在し、さらにH-scoreを用いる試験も存在するため、スコアリングの標準化が急務である。HER2に関しては、当初HER2 exon 20挿入変異を中心に開発が進められ、T-DXdがHER2変異NSCLCに対してFDA承認 (2022) を取得した。その後2024年にはHER2 IHC 3+ (腫瘍細胞≥10%に強陽性) のNSCLCに対してもFDA加速承認が拡大された。HER2 IHCは現在胃がんと同一スコアリング(0〜3+)が適用されるが、他の固形腫瘍のHER2スコアリングとの乖離が病理医および腫瘍医の混乱を招くリスクを孕んでいる。HER2変異がHER2過剰発現・増幅よりも強力な予測バイオマーカーであることは確立されているが、低発現 (IHC 1+/2+) への適応拡大の根拠は依然不十分である (Table 1、Supplementary Fig. 1-2)。
NSCLCにおける主要ADCターゲット② : TROP2・HER3・その他の新興標的: TROP2 (trophoblast cell surface antigen-2) は伝達膜糖蛋白質で非扁平上皮NSCLCに広く発現する。TROP2標的ADCのDato-DXdはTROPION-Lung01 Phase III試験 (n=590例、既治療非扁平上皮NSCLC) においてdocetaxelに対してmedian PFSを改善したが全生存 (OS) の改善は示さず、扁平上皮NSCLCでの有効性も認められなかった。Post-hoc解析でEGFR変異サブセットに利益が集中することが示され、TROPION-Lung05 (同EGFR変異NSCLC) の混合解析からFDAは2025年にEGFR変異NSCLCに対してDato-DXdを加速承認した (Planchard et al. CancerCell 2026)。従来のTROP2 IHCではDato-DXdの奏効予測に限界があり、NMR QCS (Normalized Membrane Ratio Quantitative Continuous Scoring) が奏効予測の改善手段として開発中である。HER3はNSCLCに広く発現し、特にEGFR変異腫瘍での標的として期待された。patritumab deruxtecan (HER3-DXd) は第II相HERTHENA-Lung01においてHER3 IHC発現に依存しない効果を示した (Yu et al. JClinOncol 2023)。しかしHERTHENA-Lung02はOSの有意改善を示さず失敗に終わり、HERTHENA-Lung03が2025年に中止された。その他CEACAM5標的tusamitamab-ravtansine (CARMEN-LC03 Phase III失敗)、B7-H3 (CD276) 標的ADC (MGC018、DS-7300)、AXL標的mecbotamab-V (NCT04681131)、ITGB6標的sigvotatug vedotin (Phase III試験中、NCT06758401) など多様な新興標的が開発中であり、その評価にはIHCスコアリングの標準化が共通課題となっている (Table 1、Peters et al. JClinOncol 2026)。さらにnectin-4・NaPi2b・ROR2・PD-L1・PTK7・FRα等も探索段階にある。
SCLCにおけるADC標的 : B7-H3・DLL3・SEZ6: SCLCでは近年ADC開発が急速に進んでいる。B7-H3 (CD276) はSCLCに広く発現し予後不良と関連する。B7-H3標的ADC(I-DXd (ifinatamab deruxtecan)・HS-20093・DS-7300・miroztamab-clezutoclax)の臨床試験では、トポイソメラーゼI阻害薬ペイロードが標準治療に対して高い有効性を示したが、PFSは短く耐性が発達した。重要なことに、SCLCではB7-H3 IHCスコアと奏効の相関が認められないという知見が得られており、バイオマーカーよりも薬剤送達の問題が効果に影響している可能性が示唆されている。DLL3(delta-like protein 3)はSCLCのneuroendocrine分化マーカーとして高発現するが、DLL3 ADCのrovalpituzumab-tesirine (Rova-T) はDLL3高発現SCLCにおいてもtopotecanに対して低奏効率・短PFS・OS無改善に終わり、不均一性と治療誘発性DLL3喪失が長期的な効果を妨げた。対照的に、DLL3 × CD3 bispecific T cell engagerであるtarlatamabはADCとは異なる機序でSCLC治療のbreakthroughとなっている。SEZ6標的ABBV-706 は前臨床で高活性を示し、早期臨床データも良好な奏効率を示した(Byers et al. NatMed 2026)。SEZ6 IHCにおける閾値設定、不均一性、適応的ダウンレギュレーションがバイオマーカーとして機能するかは今後の課題である。TROP2 ADCは白金感受性・白金抵抗性の両サブグループでSCLCに対して一定の効果を示すが、PFSは短い (Table 1)。CD56 (NCAM1) はSCLC症例の95%で過剰発現するが、lorvotuzumab-mertansineを用いた1st生成ADCは有望なシグナルを示した程度に留まっている。
胸部病理医が直面する実装上の課題: ADCの台頭によって病理検査の実装に複合的な課題が生じており、主要4カテゴリを以下に整理する (Table 2)。
組織管理の課題: 気管支生検は小型で腫瘍細胞数が可変であり、cryobiopsy技術により試料量を最適化できるが、従来の鉗子生検より高コスト・合併症リスクが高い。cytological specimensへのIHC適用は組織生検との比較検証が不可欠であり、cytoblocksがsmearより推奨される。
スコアリングの多様性: c-MET IHCのカットオフは≥50% 3+と≥90% 3+の2種が薬剤別に存在し、HER2は0〜3+のスコアリングを使用するが腫瘍型によって異なるスコアリング系が適用されている。複数の採点基準の並立は臨床現場での混乱を招くとともに、施設間・施設内の比較再現性を困難にする。
抗体クローンと分析条件: 同一標的に複数の抗体クローンが市販されており、感度・特異度のばらつきがある。CE-IVDまたはFDA承認クローンのみが適法であり、一部のCDx試験では特定のIHC装置上でのみ承認クローンが使用可能なため、地域・施設アクセスに格差を生む。pre-analytical variables(cold ischemia時間・ホルマリン固定時間・保存温度)もエピトープへの影響が大きく、ISO 15189・CAP推奨に準拠した管理が必要である。
post-analytical課題: TAT(turnaround time)の確保・多数のEQAスキーム・IVDR規制遵守・複数の認証要件が重複して病理士のworkload増加を招く。国際ガイドラインの不在(各機関が独自テストアルゴリズムを設定)が格差を助長している (Fig. 3)。
解決策: 多重IHC・AI/計算病理・液体生検の可能性と限界: 切片消費・コスト・EQA管理・アルゴリズム承認という4つの障壁に対し、以下の技術アプローチが提唱されている。
Multiplex IHC: Sequential single-marker IHCにより複数の抗体を1切片に順次適用し切片消費を削減するアプローチが普及しつつある。Multiplex免疫蛍光法 (QIF) や chromogenic IHC、将来的にはSRM MSなどのプロテオミクスツールの応用も期待されるが、コスト・スコアリング設定・CE-IVD承認・QC/EQAの複雑さが障壁となっている。
AIと計算病理: NMR QCS (Normalized Membrane Ratio Quantitative Continuous Scoring) はTROP2 IHCにおいて従来法では予測困難だった群でも奏効者を同定できる可能性を示した。ただしTROP2のNMR QCSはEPR20043クローン (Roche Ventana)・Ventana Benchmark装置・Roche DiagnosticsスキャナーおよびDefiniens/Rocheの固有AIアルゴリズムという4要素の統合システムに依存しており、汎用性が限定的である。他のターゲット(HER2・HER3・EGFR)にはQIF法が期待される。ESMOは2026年にAIバイオマーカーの基本要件に関する推奨を発表した (Aldea et al. 2026)。
空間的トランスクリプトミクス: FFPE切片から複数標的のRNA発現を同時に評価する方法として注目されるが、腫瘍細胞比率≥50%の要求と現行の高コストが実用化の障壁となっている。
Liquid biopsy: 血中循環腫瘍細胞 (CTC) のIHCによるADCバイオマーカー評価は理論的に可能であるが、NSCLCではCTC数が少なく実用性は低い。SCLCではCTCが豊富であり実現可能性が高い。ELISAによる血漿中タンパク質定量も探索的手法として追究されている (Fig. 2)。
考察/結論
① 先行研究との違い: 個別ADCの臨床試験成績を報告する先行の多数論文とは異なり、本レビューは病理医の視点から、承認済みおよび開発段階の複数ADCのバイオマーカーエコシステムを横断的に整理し、試験・ターゲット・スコアリング法・技術解決策を体系的に位置づけた点が特徴的である。これまでのレビューはいずれかの単一ターゲットに特化するか、臨床試験成績の概説に留まり、胸部病理医という専門的視点から多ADCバイオマーカーの実装課題を包括的に論じたものはこれまで報告されていないという新規性を持つ。
② 新規性: 本論文が新規に示した洞察として、①複数のスコアリング系並立問題(c-METの≥50% vs ≥90%カットオフ、HER2のNSCLC/胃がん統一スコアリングと他腫瘍系の乖離)がEQAとCDx実装の根本的障壁であるという系統的指摘、②NMR QCSがTROPION-Lung01で従来IHCでは同定困難だったDato-DXd奏効者を特定した点に示された計算病理のバイオマーカー識別力の可能性、③B7-H3 IHC発現とSCLC ADC奏効の相関不在という観察が「バイオマーカー発現ではなくADC設計・薬剤送達の方が効果を規定する」という概念転換を示唆すること——が挙げられる。またHERTHENA-Lung02のOS失敗、HERTHENA-Lung03中止、CEACAM5の失敗からHER3・CEACAM5がNSCLCのADC標的として有望ではなかったという否定的エビデンスを明示した点も臨床的含意が大きい。
③ 臨床応用: 本レビューの提言は、①各施設が単一生検から複数のADCバイオマーカーを評価するアルゴリズムを確立すること(優先順位付け = FDA/EMA承認CDx > 開発段階試験的バイオマーカー)、②IHC実施能力の高い施設でのon-site検査と、設備・専門知識を持たない施設からのアウトソーシングの両立を制度化すること、③NMR QCSのような統合的AI-CDxシステムの多施設検証と承認外クローン・装置での再現性確認が当面の優先課題であること——を示す。また、すべてのADCがCDxを必要とするわけではなく「universal治療戦略」対「personalized治療戦略」の選択という根本的問いも浮上している。
④ 残された課題: 今後の研究において最も重要なのは、①各ADCターゲットに対する国際的に合意されたスコアリング基準と単一のCDxプラットフォームの確立(特にc-MET・TROP2)、②multiplex IHC・NMR QCS・QIFを臨床ADCトライアルで検証し、正式なCDxとしての登録を目指す取り組み、③SCLCのADCバイオマーカー戦略の再検討——B7-H3 IHCスコアが奏効予測に機能しないという観察に基づき、代替バイオマーカー(組織型・突然変異プロファイル・送達効率指標など)の探索、④liquid biopsyによる非侵襲的ADCバイオマーカーモニタリング法の確立、⑤コスト・地域格差を踏まえた全世界的な検査アクセスの公平確保——である。
方法
研究デザイン: レビュー論文 (Review article)。Lung Cancer誌。Epub: 2026-06-23。資金: フランス国立研究機構 (ANR-23-IAHU-0007)、FHU OncoAge、COALA network、LABREXCMP24-001 (Inca_18791)。
方法: 系統的文献レビューの明示的な方法論は記述されていないが、PubMed・MEDLINE・FDA/EMA承認文書・国際ガイドライン (ESMO・NCCN・CAP) を参照し、129文献を引用。ADCバイオマーカーの臨床試験データ、病理評価基準、IHCスコアリング系、CDx承認状況についての包括的レビューとして構成されており、FDA・EMA公式ドキュメントを承認状況の情報源として参照した。
主要引用試験: LUMINOSITY (Teliso-V、c-MET NSCLC)、TROPION-Lung01/05 (Dato-DXd、TROP2/EGFR変異NSCLC)、HERTHENA-Lung01/02/03 (HER3-DXd)、CARMEN-LC03 (CEACAM5)、TAHOE (DLL3・Rova-T、SCLC)、DESTINY-Lung01/02/03 (T-DXd、HER2 NSCLC)、TeliMET NSCLC-01 (進行中)、NCT06758401 (ITGB6・Sigvotatug-V、Phase III)。