- 著者: Arends J, Strasser F, Gonella S, Solheim TS, Madeddu C, Ravasco P, Buonaccorso L, de van der Schueren MAE, Baldwin C, Chasen M, Ripamonti CI, on behalf of the ESMO Guidelines Committee
- Corresponding author: ESMO Guidelines Committee (ESMO Head Office, Lugano, Switzerland)
- 雑誌: ESMO Open
- 発行年: 2021
- Epub日: 2021-04-28
- Article種別: Review
- PMID: 34144781
背景
がんカヘキシア(腫瘍悪液質)は、進行がん患者の約半数に発症する多因子性の症候群であり、食欲低下、体重減少、骨格筋の進行性喪失、全身性炎症、および代謝異常を特徴とする。この複雑な病態は、治療関連毒性の増加、生活の質 (QoL) の低下、さらには生存期間の短縮といった深刻な予後悪化をもたらす。しかし、その複雑な病態生理学的背景から、臨床現場においては過小診断および過小治療のまま放置されることが多く、適切な介入が行われないことが課題であった。
従来のがんカヘキシアの定義や診断基準は、歴史的に一貫性を欠いており、臨床試験や日常診療における標準化が著しく不足していた。特に、単なる飢餓状態 (Starvation) とカヘキシアの代謝的相違に関する理解が不十分であり、効果的な介入戦略の構築を阻む要因となっていた。近年、Global Leadership Initiative in Malnutrition (GLIM) 基準が提唱され、栄養不良を「スクリーニング陽性+1つの表現型基準+1つの病因基準」として再定義したことで、カヘキシアの客観的診断にも応用可能な道が開かれた。
欧州臨床腫瘍学会 (ESMO) は、米国臨床腫瘍学会 (ASCO) が2020年に発表したガイドライン (Roeland et al. JClinOncol 2020) と並行して、欧州における臨床実践や多職種連携体制を反映した、より具体的かつ包括的な推奨を提示する必要があると考えた。特に、患者の期待余命や全身性炎症の程度に応じた段階的な介入アプローチに関するエビデンスは未解明な点が多く、臨床腫瘍医が直面する意思決定のギャップを埋めるためのガイドライン策定が強く求められていた。本ガイドラインは、がんカヘキシアの客観的兆候と主観的症状の両方に対処する多標的かつ多職種のアプローチを重視し、患者の生理的・心理的ニーズを満たすことを目的として策定された。
目的
成人がん患者におけるがんカヘキシアの診断、アセスメント、栄養療法、薬物療法、運動療法、および心理社会的支援に関する、エビデンスレベルに基づく包括的な臨床推奨を提示すること。特に、Global Leadership Initiative in Malnutrition (GLIM) 基準に基づいたカヘキシアの定義を臨床現場に統合し、患者の期待余命(数ヶ月以上、数週間〜数ヶ月、数週間未満)に応じた介入の階層化アプローチを明確に確立することを目指す。
結果
GLIM基準によるカヘキシアの定義と診断: 本ガイドラインでは、Global Leadership Initiative in Malnutrition (GLIM) 基準に基づき、カヘキシアを「全身性炎症(B2病因基準)を伴う疾患関連栄養不良」と定義した (Table 1)。診断には、MUST、NRS-2002、SNAQ、MSTなどの検証済みスクリーニングツールでの陽性判定が必須である。これに加え、表現型基準(A1: 6ヶ月で5%超の体重減少、A2: BMI 20 kg/m²未満、A3: 低筋肉量)のいずれか1つ以上と、病因基準(B1: 食事摂取低下、B2: 全身性炎症)のいずれか1つ以上を満たす必要がある。全身性炎症は、CRPと血清アルブミンに基づく modified Glasgow Prognostic Score (mGPS) で簡便に評価可能であり、mGPSスコアは0(CRP正常)、1(CRP上昇かつアルブミン正常)、2(CRP上昇かつアルブミン低値)と分類される。サルコペニアは「低筋力と低筋量または低筋質」と定義され、抗がん剤治療自体がサルコペニアの重要な原因となる。低筋肉量は、臨床的に明らかな体重減少の前に出現し、高BMI患者(サルコペニア肥満)にも共存し得る。カヘキシアは時間とともに進行し、体重減少が顕著でない早期段階(プレカヘキシア)から、進行期、不応期へと移行する (Figure 3)。
スクリーニングとアセスメントの推奨: 余命3〜6ヶ月以上の全がん患者に対し、定期的(3ヶ月毎または病期評価時)な栄養リスクスクリーニングが推奨される [V, B]。リスクありと判定された患者は栄養専門家に紹介し、包括的なアセスメントを実施する。これには、体重、過去数ヶ月間の体重変化、体組成(BIA、CT、DEXAを用いた筋肉量評価)、エネルギー・蛋白質摂取量を含む食事摂取量、パフォーマンスステータス (PS)(ECOG/WHOスコア)、全身性炎症の有無と程度、および食欲不振、悪心、味覚異常、嚥下障害、便秘などの栄養影響症状の客観的評価が含まれる (Table 2)。治療後は月1回の再評価が推奨される [V, B]。栄養介入の侵襲度は、患者の余命に応じて調整する必要がある (Figure 1)。例えば、余命が数週間未満の場合には、口渇の緩和や摂食関連の苦痛軽減など、快適さを重視したケアに焦点を当てるべきである。
栄養介入の階層的アプローチ: 患者の食事が不十分な場合、栄養介入が推奨される。安全であれば経口摂取が第一選択であり、食事指導と経口栄養補助食品 (ONS) が含まれる。食事指導は、高エネルギー・高蛋白質食品の選択、食事回数の増加、栄養影響症状の治療に重点を置くべきである。食事指導は単独でも、特に放射線療法中の患者において、食事摂取量、体重、QoLの改善に有効である。ONSは食事指導の補助としてエネルギー摂取量を増やし、体重増加を促すことができる [II, B]。化学療法、放射線療法、または化学放射線療法を受けている患者には、体重増加、除脂肪体重 (LBM) の減少抑制、QoL改善のためにn-3脂肪酸強化ONS (N3P-ONS) が提供され得る [II, C]。エネルギー必要量は25-30 kcal/kg/日、蛋白質は少なくとも1.2 g/kg/日、可能であれば2 g/kg/日が推奨された [V, B]。カヘキシア患者には、脂質を非蛋白質カロリーの約50%とする食事パターンが推奨される。これは、脂質利用効率が保持される一方、炭水化物利用がインスリン抵抗性により障害されるためである [II, B]。
経管栄養と静脈栄養 (PN) の適応: 経口摂取が不可能な場合、腸管機能が保持されていれば経管栄養が推奨される (Figure 5)。頭頸部がんや上部消化管がん患者で嚥下障害がある場合、特に抗がん剤治療を受けている患者には、体重維持または体重減少抑制のために経管栄養が強く推奨される [I, A]。4週間以上の経管栄養が必要な場合は、経鼻胃管 (NTF) よりも経皮内視鏡的胃瘻造設術 (PEG) が推奨される [II, C]。重度の消化管機能不全により経口摂取も経管栄養も不可能な場合にのみ、静脈栄養 (PN) が考慮される [II, A]。PNは、ECOG PS 0-2、低レベルの全身性炎症(正常な血清アルブミン値、mGPS < 2)、および転移性疾患がない患者でQoLや生存期間が著しく損なわれると予想される場合に推奨される [V, B]。進行がん患者におけるPNの有効性を示すエビデンスは限定的であり、QoLや生存期間の改善は示されず、有害事象が増加したとの報告もある。観察研究では、PNを受けた患者の全生存期間 (OS) は1ヶ月で57%-75%、3ヶ月で34%-67%、6ヶ月で12%-34%と報告されたが、患者タイプに依存した。
運動療法によるアナボリズム支援: 身体活動は、がん患者においてQoL、筋力、有酸素運動能力の改善に安全かつ有効であることが示されている。カヘキシア患者に対する運動療法に関するランダム化比較試験 (RCT) は限られているが、多モードリハビリテーションプログラムは身体持久力や抑うつスコアを改善することが報告されている。専門家による指導の下、中等度の身体運動はがんカヘキシア患者に安全であり、筋肉量の維持・改善に推奨される [II, B]。週2-3回のレジスタンス運動と中等度の有酸素運動が推奨され、運動処方は理学療法士または十分に訓練された専門家によって行われるべきである [II, B]。運動強度は5-8 METS程度が目安となる。運動は筋肉代謝、インスリン感受性、貧血、性腺機能低下症、全身性炎症を調節することでカヘキシアの影響を軽減すると仮説が立てられている。
薬物療法による症状緩和と代謝改善: カヘキシア治療薬としていくつかの薬剤が検討されているが、一貫して食欲や体重に有益な効果を示したのはコルチコステロイドとプロゲスチンのみである。コルチコステロイドは、強力な抗炎症作用により食欲と全身状態の一時的な改善を示すが、効果は通常2-3週間で消失し、長期使用は筋肉量減少やインスリン抵抗性などの副作用リスクを伴う [I, B]。プロゲスチン(メゲストロール酢酸エステル (MA) など)は、食欲と体重増加を促進するが、筋肉量やQoL、身体機能の改善は一貫して示されていない [I, B]。MAに関する23件のRCTを対象としたCochraneレビューでは、食欲改善の相対リスク (RR) は2.57 (95% CI 1.76-3.76)、体重増加のRRは1.55 (95% CI 1.25-1.92) であった。しかし、血栓塞栓症や浮腫、副腎機能不全などの重篤な副作用リスクも考慮する必要がある。カンナビノイド、アンドロゲン、非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)、プロキネティクスについては、カヘキシア治療としての有効性を示す十分なエビデンスがない [II, C; II, D; III, C]。オランザピンは、食欲と悪心改善の可能性が示唆されており、進行がん患者の慢性悪心治療として考慮され得る [II, B]。アナモレリンは日本で非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんのカヘキシア患者に承認されているが、欧州では承認されていない。
多職種連携と心理社会的支援: カヘキシア患者とその家族は、食習慣の変化や社会的な交流における困難から、心理社会的苦痛を経験することが多い。医療従事者は、カヘキシアの複雑な性質や予後に関するコミュニケーションの難しさから、この問題から目を背けがちであると報告されている。しかし、患者と家族は病態に関する正直で問題中心のコミュニケーションを求めており、早期の心理社会的苦痛の特定と介入がQoL改善に繋がる。訓練を受けた医療従事者による心理社会的介入は、患者と家族が非自発的な体重減少に対処し、対処資源を強化するのに役立つ [III, B]。多職種チーム(栄養士、理学療法士、緩和ケア看護師、心理学者、腫瘍医など)による統合的なケアが、カヘキシア管理の成功に不可欠である (Figure 6)。
MENAC試験およびその他の多モード介入: カヘキシアの複雑な病態生理に対応するため、複数の治療アプローチを同時に組み合わせる多モード治療の有効性が近年検証されている。代表的なランダム化比較試験であるMENACパイロット試験(n=46)では、非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)、食事指導、エイコサペンタエン酸 (EPA) 強化経口栄養補助食品、および運動療法を組み合わせた6週間の多モード介入が実施された。この試験では、介入群において標準治療群と比較して有意な体重維持・改善効果が示された。また、未治療の転移性食道・胃がん患者328例を対象とした大規模RCTでは、早期からの多職種による栄養・心理介入を組み合わせた支持療法群が、標準治療群と比較して全生存期間 (OS) を有意に延長させることが示された。これらの結果は、単一の介入ではなく、栄養・運動・心理・抗炎症治療を包括的に統合した多モードアプローチがカヘキシア管理において極めて重要であることを裏付けている。
考察/結論
先行研究との違い: 本ESMOガイドラインは、従来の定義の不一貫性や標準化の不足という課題に対し、Global Leadership Initiative in Malnutrition (GLIM) 基準をカヘキシアの定義に統合した点で、これまでのアプローチと大きく異なる。特に、全身性炎症をカヘキシアの病因基準として明確に位置づけたことは、病態生理学的理解に基づいた診断を促進する。また、ASCOガイドライン (Roeland et al. JClinOncol 2020) とは異なる欧州の臨床実践を反映した具体的な推奨を提示している点も相違点である。本ガイドラインは、患者の期待余命に応じた介入の侵襲度を調整する階層的アプローチを強調し、終末期における快適さを重視したケアの重要性を明確にしている点で、従来の画一的なアプローチとは一線を画している。
新規性: 本研究で初めて、GLIM基準に基づくカヘキシアの包括的な診断フレームワークを確立し、患者の期待余命に応じた多職種・多モード介入の階層化アプローチを新規に提示した。これにより、カヘキシアの早期段階(プレカヘキシア)から終末期までの継続的なケアパスウェイが明確化された。これは、これまで報告されていない、より個別化された治療戦略を可能にする画期的な提言である。また、栄養介入、運動療法、薬物療法、心理社会的支援を統合した多モード治療の重要性を強調し、アナボリックな状態を達成するための相乗効果の概念を提示した点も新規な知見である。
臨床応用: 本ガイドラインは、臨床現場におけるカヘキシアの早期かつ正確な診断を促し、栄養士、理学療法士、緩和ケア専門家、腫瘍医を含む多職種チームによる統合的ケアの実施を強力に推進する。特に、栄養介入、運動療法、薬物療法、心理社会的支援を組み合わせた多モードアプローチは、患者のQoL向上と予後改善に繋がる臨床応用が期待される。これにより、カヘキシア患者に対する標準的な治療指針が提供され、より質の高いケアが実現されるであろう。また、患者と家族へのカヘキシアに関する正直で問題中心のコミュニケーションの重要性を強調し、心理社会的苦痛の軽減に貢献する。
残された課題: 薬物療法に関しては、コルチコステロイドやプロゲスチン以外に、有効性と安全性が確立された薬剤が限られており、特に多剤併用療法の有効性に関する大規模なランダム化比較試験が残された課題である。アナモレリンのように地域によって承認状況が異なる薬剤もあり、国際的なエビデンスの統合と標準化が求められる。また、個別化された介入の最適なタイミングや強度、特にPNのQoL改善効果の限定性に関するさらなる研究が必要である。今後の検討では、バイオマーカーを用いたカヘキシアのサブタイプ分類に基づいた、より精密な治療戦略の開発が期待される。本ガイドラインは、Roeland et al. JClinOncol 2020 と共に、がんカヘキシア管理の国際的な標準化に貢献するものである。
方法
本ガイドラインは、ESMOの標準的なガイドライン作成手法に従い、多職種専門家パネル(腫瘍医、栄養士、緩和ケア専門家、運動療法士、看護師など)によって作成された。2021年2月にESMO Guidelines Committeeの承認を得ている。エビデンスの評価には、PubMed、Embase、Cochrane Library などの主要データベースを用いた包括的な文献検索が実施され、システマティックレビュー、ランダム化比較試験 (RCT)、および既存の臨床ガイドラインが統合された。推奨レベル (I–V) および推奨度 (A–E) の決定には、ESMO標準システムが適用された。
検索データベースとしては PubMed、Embase、Cochrane Library を使用し、検索式の構築、重複文献の除去、タイトル・アブストラクトスクリーニング、フルテキスト審査という厳格な手順を経てエビデンスを抽出した。さらに、エビデンスの質と推奨強度の評価には、GRADE (Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation) システムに準拠した評価基準を適用し、透明性の高い推奨度決定プロセスを担保した。
カヘキシアの診断フレームワークとして、Global Leadership Initiative in Malnutrition (GLIM) 基準を全面的に採用した。GLIM基準では、まず検証済みのスクリーニングツール(MUST (Malnutrition Universal Screening Tool)、NRS-2002 (Nutrition Risk Screening 2002)、SNAQ (Short Nutritional Assessment Questionnaire)、MST (Malnutrition Screening Tool) など)を用いて栄養リスクをスクリーニングする。リスク陽性と判定された患者に対し、表現型基準(A1: 6ヶ月以内の5%超の体重減少、A2: BMI 20 kg/m²未満、A3: 低筋肉量)および病因基準(B1: 食事摂取低下または吸収障害、B2: 全身性炎症)を評価し、それぞれ1つ以上を満たす場合に栄養不良と診断する。このうち、B2(全身性炎症)を病因基準として満たす疾患関連栄養不良のサブタイプを「カヘキシア」と定義した。
全身性炎症の客観的評価には、C反応性タンパク質 (CRP) と血清アルブミン値に基づく mGPS (modified Glasgow Prognostic Score) を採用した。また、骨格筋量および体組成の評価方法として、コンピュータ断層撮影 (CT) 画像解析、DEXA (dual-energy X-ray absorptiometry; 二重エネルギーX線吸収測定法)、BIA (bioelectrical impedance analysis; 生体電気インピーダンス法) の適応を整理した。
介入方法の検討においては、患者の期待余命に応じた階層的アプローチを構築した。薬物療法に関しては、コルチコステロイド、プロゲスチン(メゲストロール酢酸エステル (MA) など)、カンナビノイド、アンドロゲン、オランザピン、非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs)、プロキネティクス、アナモレリンなどの有効性と安全性をシステマティックに評価した。運動療法については、中等度(5-8 METS (metabolic equivalents; メッツ))のレジスタンス運動および有酸素運動の処方基準を策定し、心理社会的支援や多職種連携モデルの統合方法について合意を形成した。