- 著者: Eric J. Roeland, Kari Bohlke, Vickie E. Baracos, Eduardo Bruera, Egidio del Fabbro, Suzanne Dixon, Marie Fallon, Jørn Herrstedt, Harold Lau, Mary Platek, Hope S. Rugo, Hester H. Schnipper, Thomas J. Smith, Winston Tan, Charles L. Loprinzi
- Corresponding author: ASCO Guidelines Staff (2318 Mill Road, Suite 800, Alexandria, VA 22314; guidelines@asco.org)
- 雑誌: Journal of Clinical Oncology
- 発行年: 2020
- Epub日: 2020-05-20
- Article種別: Review
- PMID: 32432946
背景
がん悪液質 (cancer cachexia) は、食欲低下、体重減少、および骨格筋量の減少を特徴とする多因子性の症候群であり、進行がん患者の約半数に発症すると報告されている Fearon et al. Lancet Oncol 2011。この症候群は、倦怠感、身体機能障害、治療関連毒性の増加、QoL (Quality of Life) の低下、さらには生存期間の短縮をもたらす深刻な合併症である。がん悪液質の定義は時代とともに変遷しており、2008年のSociety of Cachexia and Wasting Disordersは、6ヶ月間で5%以上の体重減少に加え、疲労、食欲不振、筋力低下、除脂肪体重減少、全身性炎症徴候のうち3つ以上を診断基準とした Evans et al. Clin Nutr 2008。その後、2011年の国際Delphiコンセンサスでは、がん悪液質を「過去6ヶ月間で5%以上の体重減少、またはBMI 20 kg/m²未満で2%以上の体重減少、または筋肉量減少と2%以上の体重減少」と暫定的に定義し、前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つの病期に分類した。
しかし、これら従来の定義や分類にはがんの病期や治療目標 (治癒的か緩和的か) が含まれておらず、症状の臨床的影響、QoLの低下、身体活動の障害を捉えきれていない点が課題として残されている。がん悪液質の複雑な病態生理には、複数の要因が関与している。食欲低下は重要な要素であり、視床下部の食欲調節機能の異常や、がんまたはその治療に伴う症状 (疼痛、悪心、嘔吐、抑うつ、味覚異常など) による摂食量の低下が寄与する。また、悪液質は単純な栄養失調とは異なり、異常な代謝が関与している。これには、神経ホルモン性調節異常、エネルギー消費量の増加、異化亢進などが含まれる。腫瘍からの過剰発現やがんによって引き起こされる炎症は、異化作用を促進する炎症性サイトカインやエイコサノイドの増加を引き起こす Fearon et al. Cell Metab 2012。
このように、がん悪液質の評価と管理は臨床医にとって大きな課題であり、その治療法は未解明な部分が多い。既存の治療法は極めて限定的であり、効果的な介入が不足している状況である。このエビデンスの不足と臨床現場における管理アプローチの不均一性を解消するため、ASCO (American Society of Clinical Oncology) は、成人進行がん患者の悪液質管理に関するエビデンスに基づいたガイドラインを策定し、臨床管理の標準化を目指した。本ガイドラインは、利用可能なエビデンスを体系的に評価し、臨床医が日常診療で直面する意思決定を支援することを目的としている。
目的
本ガイドラインの目的は、成人進行がん患者の悪液質に対する臨床管理に関して、エビデンスに基づいた指針を提供することである。具体的には、以下の3つの介入カテゴリーについて、その有効性をシステマティックレビューし、臨床推奨を提示することを目指した。
- 栄養介入: 食事指導、栄養補助食品、経管栄養、経静脈栄養など、栄養に関連する介入が、体重、除脂肪体重 (LBM: Lean Body Mass)、食欲、身体機能、QoLなどの臨床アウトカムを改善するかどうかを評価する。
- 薬物介入: 食欲刺激薬、同化作用薬、サイトカイン阻害薬など、悪液質に特化した薬物療法が、同様の臨床アウトカムを改善するかどうかを評価する。
- その他の介入: 運動療法や補完代替療法など、上記以外の介入が臨床アウトカムに与える影響を評価する。
これらの評価を通じて、がん悪液質患者の治療忍容性向上、生存期間延長、QoL最適化に資する最適なアプローチを特定し、エビデンスに基づいた推奨を策定することを最終的な目標とした。本ガイドラインは、特に進行がん患者における悪液質の複雑な病態生理を考慮し、既存の治療選択肢の限界を克服するための新たな知見を提供することを目指している。
結果
文献検索の結果、1,374件の関連する可能性のある引用文献が特定され、そのうち144件が詳細に評価された。最終的に、20件のシステマティックレビューと13件の追加RCT (16報の論文) の合計36件が、本ガイドラインのエビデンスベースとして採用された。含まれたRCTの多くは、バイアスリスクが中程度から高く、サンプルサイズが小さく、患者の脱落率が高い傾向が認められた。
理学・食事指導による体重増加効果: 管理栄養士による食事指導は、患者と介護者に対し、悪液質管理のための実践的かつ安全なアドバイスを提供することを目的として推奨される (非公式コンセンサス、エビデンスの質: 低、推奨の強さ: 中程度)。これには、高タンパク・高カロリーで栄養密度の高い食品に関する教育や、ケトジェニック、ビーガン、アルカリ、パレオなどの流行のダイエットや未証明の極端なダイエットを避けるよう助言することが含まれる。2018年のメタアナリシス (n=9 RCT) では、食事指導および/または経口栄養補助食品であるONS (Oral Nutritional Supplements) が体重を平均1.31 kg (95% CI 0.24-2.38) 増加させることが示された。しかし、進行がん悪液質に特化した2014年のシステマティックレビューでは、効果に一貫性がなく、結論は保留された (Table 1)。
経管・経静脈栄養のルーチン使用非推奨: 進行がん悪液質患者に対するルーチンの経管栄養または経静脈栄養は推奨されない (非公式コンセンサス、エビデンスの質: 低、推奨の強さ: 中程度)。1990年の経静脈栄養に関するメタアナリシスでは、これが生存期間の短縮と感染性合併症の増加に関連することが報告された。具体的には、経静脈栄養群で生存期間のHR 1.20 (95% CI 1.05-1.37, p=0.007) と有意に短縮された。しかし、2019年の更新されたシステマティックレビューでは、可逆的腸閉塞や短腸症候群など、特定の状況下で短期的な経静脈栄養試用が許容される可能性が指摘された。終末期における栄養中止は適切な対応である (Table 1)。
プロゲスチン・コルチコステロイドの短期試用: 食欲不振および/または体重減少を経験している患者に対しては、プロゲステロンアナログ (例: メゲストロール酢酸エステル) またはコルチコステロイドの短期試用が考慮される (エビデンスの質: 中程度、推奨の強さ: 中程度)。2013年のCochraneシステマティックレビュー (n=23 RCT、n=3,428例のがん患者を含む) では、メゲストロール酢酸エステルはプラセボと比較して食欲改善のRR 2.57 (95% CI 1.48-4.49)、体重増加のRR 1.55 (95% CI 1.06-2.26)、QoL改善のRR 1.91 (95% CI 1.02-3.59) であった。しかし、死亡リスクのRR 1.42 (95% CI 1.04-1.94)、血栓塞栓イベントのRR 1.84 (95% CI 1.07-3.18)、浮腫のRR 1.36 (95% CI 1.07-1.72) と、有害事象のリスク増加も報告された (Table 2)。推奨用量は200-600 mg/日であり、液体製剤が安価でバイオアベイラビリティが高い。コルチコステロイド (デキサメタゾン3-4 mg相当/日) は、1974年のMoertelらによる試験 (n=116例) 以降、食欲改善効果が示されているが、体重増加効果は限定的であり、長期使用による毒性発現のため、生命予後が数週間から数ヶ月の患者に限定して推奨される。
アナモレリンの臨床データと非推奨: グレリン受容体作動薬であるアナモレリンは、これまでで最も厳密に評価されたがん悪液質治療薬である。2017年の2件のメタアナリシスでは、体重、LBM、患者報告QoLの改善が報告された。しかし、Temel et al. (2016) による2件の第III相RCT (合計n=979例、進行非小細胞肺がん悪液質患者) では、LBMの改善は示されたものの、握力の改善は認められなかった。この結果を受け、米国食品医薬品局 (FDA) はがん悪液質治療薬としての承認を見送った。そのため、本ガイドラインではアナモレリンは推奨されない。なお、Katakami et al. Cancer 2018でも同様の結論が示されている (Table 1)。
カンナビノイド製剤の有効性欠如: カンナビノイドに関する3件のRCTがシステマティックレビューに含まれた。2018年の試験 (n=47例、進行非小細胞肺がん悪液質患者) では、ナビロンは食欲、体重変化、総エネルギー摂取量においてプラセボとの有意な差を示さなかった。2006年の試験 (n=243例、進行がん患者) では、テトラヒドロカンナビノールであるTHC (Delta-9-tetrahydrocannabinol) 単独またはカンナビジオールとの併用が評価されたが、早期に中止された。2002年の試験 (n=469例、治癒不能ながん患者) では、ドロナビノールは体重増加、食欲、QoLにおいてメゲストロール酢酸エステルよりも劣っていた。これらの結果から、カンナビノイドは弱く非推奨とされた (Table 1)。
オランザピン併用療法のデータ: メゲストロール酢酸エステル単独とメゲストロール酢酸エステル+オランザピンの併用を比較した2010年のRCT (n=80例、進行肺がんまたは消化器がん患者) では、併用群で8週間後の5%以上の体重増加率が85% vs 41%と優越性が示された。また、2019年のシンポジウムで発表されたRCT (n=30例、慢性悪心患者) では、オランザピン群で食欲スコアが1-2から6-8へ有意に改善した (p<0.001)。しかし、現時点ではエビデンスが不十分であるため、本ガイドラインでは非推奨とされたが、将来的な可能性は示唆されている (Table 1)。
選択的アンドロゲン受容体モジュレーター等の評価: アンドロゲンまたは選択的アンドロゲン受容体モジュレーターであるSARM (Selective Androgen Receptor Modulator) に関する3件のRCTがレビューされた。フルオキシメステロンは食欲改善においてメゲストロール酢酸エステルよりも劣っていた。ナンドロロンデカン酸エステル (n=37例) は体重減少傾向を抑制したが、統計的に有意ではなかった。エノボサルム (第II相RCT) はLBMの増加を示したが、第III相試験は報告されていない。2020年のテストステロンに関する第II相RCT (n=28例) では、体重・LBMの維持と身体機能の改善が示されたが、エビデンス不十分のため非推奨とされた (Table 1)。
抗炎症薬およびその他の薬剤のエビデンス: 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) (2件の2013年メタアナリシス、1件の2018年セレコキシブ追加RCT) は一部効果を示すが、エビデンス不十分のため推奨なし。サリドマイドは2005年の膵がん試験 (n=50例) で体重維持を示したが、Cochraneシステマティックレビューではエビデンス不十分とされた。シプロヘプタジン、ヒドラジン硫酸塩、メラトニン、腫瘍壊死因子 (TNF) 阻害剤、インスリンは効果なしまたはエビデンス不十分とされた。ヒドラジン硫酸塩は強く非推奨、TNF阻害剤は中程度非推奨である (Table 1)。
運動療法を含む非薬物介入の推奨制限: 運動療法については、2014年のCochraneシステマティックレビューで適格な試験が特定されず、本ガイドラインのシステマティックレビューでも適格な試験は特定されなかった。したがって、臨床試験の文脈外では、がん悪液質管理のための運動療法を含むその他の介入について推奨はできない (Table 1)。
考察/結論
本ASCOガイドラインは、進行がん悪液質に対する利用可能な介入のエビデンスを包括的に整理し、その限界を明確に示した点で重要な意義を持つ。特に、「強く推奨できる薬物は存在しない」という現状を率直に提示したことは、臨床医が患者と共有意思決定を行う上で現実的な基盤を提供する。
先行研究との違い: 従来のガイドラインや個々の研究が特定の介入に焦点を当てがちであったのと対照的に、本ガイドラインは栄養介入、薬物介入、その他の介入を横断的に評価し、エビデンスの質と推奨の強さを統一的な基準で示した点で、これまでの報告と異なるアプローチを取っている。また、ルーチンの経管栄養や経静脈栄養を推奨しないという明確な指針は、過剰な医療介入を避けるという点で、先行研究の知見をさらに具体化したものである。
新規性: 本研究で初めて、進行がん悪液質管理において管理栄養士による栄養指導を第一選択として推奨し、プロゲステロンアナログとコルチコステロイドの短期試用のみを条件付きで推奨するという簡潔な治療アルゴリズムを新規に提示した。これは、これまで報告されていない実用的な臨床フレームワークであり、限られたエビデンスの中で、臨床現場で最も実践的かつ安全なアプローチを提示しようとする試みである。
臨床応用: 本ガイドラインは、患者と介護者へのコミュニケーション指針を明示した点で、臨床的有用性が高い。例えば、「食事の強要は逆効果であること」「無理な摂食勧奨がQoLを悪化させること」「終末期には味覚よりもマッサージやリップクリームなどの触覚的ケアが有効であること」といった具体的なアドバイスは、臨床現場での意思決定支援ツールとして非常に価値がある。また、メゲストロール酢酸エステルやデキサメタゾンの費用対効果についても言及しており、医療経済的な側面も考慮した実践的なガイドラインである。
残された課題: 今後の検討課題として、いくつかの点が挙げられる。第一に、がん悪液質の定義とエンドポイントの標準化が依然として必要である。特に、LBM、患者報告アウトカム (PRO: Patient-Reported Outcomes)、QoLといった複合的な評価項目をFDAの承認プロセスに組み込むためのさらなる研究が求められる。第二に、CTスキャンによる体組成解析を用いた早期スクリーニングの実装研究を進め、前悪液質段階での介入の有効性を検証する必要がある。第三に、新規バイオマーカーの同定と検証、およびアナモレリンやオランザピンなどの新規薬剤の米国承認に向けた追加エビデンスの蓄積が重要である。最後に、食事指導、運動療法、薬物療法を組み合わせた多モード介入のRCTを実施し、その相乗効果を評価することも今後の研究の方向性として挙げられる。本ガイドラインは、既存エビデンスの限界を認識しつつ、臨床医が日常診療で直面する意思決定を支援する実践的枠組みを提示した点で、ASCOの支持療法ガイドラインシリーズの重要な一翼を担う。
方法
本ガイドラインは、多職種からなるExpert Panelによって開発された。パネルには患者代表者およびASCOガイドラインスタッフも含まれた。文献検索は、主要な電子データベースであるPubMedおよびCochrane Libraryを用いて、1966年から2019年10月17日までに発表されたランダム化比較試験 (RCT) およびRCTのシステマティックレビューを対象とした。
文献選択基準:
- 対象患者: 進行がんに伴う食欲不振、体重減少、体組成変化を有する成人患者。
- 介入: 食事指導、経管栄養または経静脈栄養、運動、補完代替療法、薬物療法 (食欲刺激薬、同化作用薬、サイトカイン阻害薬など)、多モードアプローチ。
- サンプルサイズ: 合計20例以上の患者を含む研究。
除外基準:
- 学会抄録で、その後査読付きジャーナルに掲載されていないもの。
- 社説、解説、書簡、ニュース記事、症例報告、ナラティブレビュー。
- 英語以外の言語で出版されたもの。
- 既に含まれているシステマティックレビューで扱われているもの。
エビデンス評価と推奨策定: ASCOのExpert Panelが選定されたエビデンスをレビューし、BRIDGE-Wiz手法を用いて推奨を策定した。推奨のタイプ、エビデンスの質、推奨の強さ、潜在的バイアスの評価が各推奨に付記された。主要評価項目は、体重、LBM、食欲、身体機能、QoLなど、がん悪液質において広く認められている臨床変数を含んだ。
統計手法: RCTのメタアナリシスでは、相対リスク (RR) や平均差 (mean difference) を算出し、95%信頼区間 (95% CI) を用いて効果量を評価した。個々の研究の質は、バイアスリスク評価ツールを用いて評価された。例えば、メゲストロール酢酸エステルに関するCochraneレビューでは、食欲改善のRR 2.57 (95% CI 1.48-4.49) が報告された。また、生存期間の評価にはKaplan-Meier曲線とlog-rank testが用いられた。