- 著者: Yeung V, Zaemes J, Yeh J, Giancarlo C, Ahn J, Reuss JE, Kallakury BV, Liu SV, Duttargi A, Khan G, Kim C
- Corresponding author: Chul Kim (Lombardi Comprehensive Cancer Center, Georgetown University, Washington, DC, USA)
- 雑誌: Lung Cancer
- 発行年: 2023
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 37573703
背景
Trophoblast cell-surface antigen 2 (Trop-2; トロホブラスト細胞表面抗原2) は、細胞表面に発現する糖蛋白質であり、乳癌、非小細胞肺癌、消化器癌をはじめとする多種多様な上皮性悪性腫瘍において高発現していることが知られている。Trop-2は、細胞の自己複製、増殖、浸潤、および生存に関与する複雑な細胞内シグナル伝達経路において極めて重要な役割を果たしており、その過剰発現は腫瘍の悪性度や増殖速度の亢進と密接に関連している。近年、このTrop-2を標的とした抗体薬物複合体 (ADC; antibody-drug conjugate) であるsacituzumab govitecanの開発が進み、転移性トリプルネガティブ乳癌や尿路上皮癌、さらにはホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌において顕著な臨床的有用性が示され、米国食品医薬品局 (FDA; Food and Drug Administration) による承認を獲得している。これらの大規模臨床試験の成果は、Rugo et al. JClinOncol 2022 などの既報において詳細に報告されており、がん治療におけるTrop-2標的療法の重要性を確固たるものにしている。
一方で、胸腺腫および胸腺癌を含む胸腺上皮性腫瘍 (TET; thymic epithelial tumor) は、縦隔に発生する極めて稀な胸部悪性腫瘍である。早期のTET症例に対しては外科的切除が標準治療として確立されているが、切除不能な進行期や再発例に対する治療選択肢は極めて限定的である。白金製剤をベースとした一次化学療法後に進行した症例に対する標準的な二次治療やFDA承認治療は未確立であり、新規治療標的の探索が喫緊の課題となっている。近年、胸腺癌に対する免疫チェックポイント阻害薬であるpembrolizumabの有効性が Giaccone et al. LancetOncol 2018 や Giaccone et al. JThoracOncol 2021 で示され、さらに難治性TETに対するpembrolizumabの治療成績が Cho et al. JClinOncol 2019 でも報告されている。しかしながら、PD-L1低発現例ではその治療効果が不十分であるなど、依然として治療選択肢の不足が深刻な問題となっている。
先行研究において、Trop-2が正常胸腺組織や一部の胸腺腫において発現している可能性は示唆されていた。しかし、TETにおけるTrop-2のシステマティックな免疫組織化学 (IHC; immunohistochemistry) 評価はこれまで実施されておらず、その詳細な発現プロファイルや臨床病理学的特徴との関連性は未解明のままであった。この知識の不足が、TET患者に対するTrop-2標的ADC療法の開発や臨床応用を阻む大きな要因となっており、詳細な発現状況の解明が求められていた。
目的
本研究の目的は、胸腺上皮性腫瘍 (TET) と正常胸腺組織におけるTrop-2の発現プロファイルを、免疫組織化学 (IHC) 染色を用いて系統的に比較・定量化することである。これにより、TETにおけるTrop-2の発現強度や陽性率を明らかにし、Trop-2標的ADC療法の新たな治療標的としての有望性を評価する。さらに、既存の重要なバイオマーカーであるPD-L1発現プロファイルとの相関関係を詳細に解析し、Trop-2がPD-L1発現状況とは独立した治療標的になり得るかを検証する。また、重症筋無力症などの臨床的合併症や、World Health Organization (WHO; 世界保健機関) 組織分類、tumor-node-metastasis (TNM; 腫瘍・リンパ節・転移) ステージ分類などの臨床病理学的因子とTrop-2発現との関連性を明らかにすることで、将来的な臨床試験のデザインや対象患者の選定に資する基礎的知見を提供することを目指す。
結果
患者背景と検体特性における臨床病理学的特徴: 本研究では、2011年から2021年の間にMedStar Georgetown University Hospitalで治療を受けたTET患者29例を対象とした。このうち胸腺腫が17例、胸腺癌が12例であった。合計で30のTET検体が収集され、そのうち1例の胸腺癌患者からは、シスプラチン、ドキソルビシン、シクロホスファミドによる多剤併用化学療法を6サイクル施行する前後の2つの異なる時点から検体が見出された (Table 1)。また、対照群として、同コホートの患者から得られた正常胸腺組織13例を評価対象とした。胸腺腫17例のWHO組織分類による内訳は、A型が2例、AB型が6例、B1型が3例、B2型が4例、B3型が2例であった。TNMステージ分類においては、胸腺腫患者の大多数にあたる15例 (88%) がstage Iであり、残り2例 (12%) がstage IVBの進行期であった。これに対し、胸腺癌12例のステージ分布は、stage Iが1例、stage IVAが4例、stage IVBの7例であり、遠隔転移を伴う進行期の症例が大部分を占めていた (Table 1)。このように、胸腺腫コホートは早期症例が中心であるのに対し、胸腺癌コホートは進行期症例が大部分を占めるという対照的な臨床背景を有していた。
正常胸腺組織と比較したTETにおけるTrop-2の有意な高発現: 正常胸腺組織 (n=13) におけるTrop-2の免疫組織化学的発現は非常に限定的であり、8例 (62%) が完全に陰性 (スコア0)、5例 (38%) が弱陽性 (スコア1+) にとどまり、中等度 (スコア2+) や強陽性 (スコア3+) の発現を示した症例は皆無 (0%) であった (Fig. 1)。これとは対照的に、胸腺腫 (n=17) では1例 (6%) がスコア0、3例 (18%) がスコア1+、12例 (71%) がスコア2+、1例 (6%) がスコア3+であり、中等度から強陽性 (スコア2+/3+) を示した割合は76%に達した。さらに、胸腺癌 (n=13検体) では全例 (100%) でTrop-2の発現が確認され、スコア1+が3例 (23%)、スコア2+が7例 (54%)、スコア3+が3例 (23%) であり、スコア2+/3+の割合は合計で77%であった。正常胸腺組織、胸腺腫、胸腺癌の3群間におけるTrop-2 IHCスコアの比較では、統計学的に極めて有意な差が認められた (Kruskal-Wallis検定、p<0.001) (Table 1)。ペア比較においては、正常組織と胸腺腫の間 (p<0.001)、および正常組織と胸腺癌の間 (p<0.001) で有意な発現上昇が確認されたが、胸腺腫と胸腺癌の間には有意な差は認められなかった (Wilcoxon検定、p=0.421)。この結果は、TETにおいて腫瘍特異的にTrop-2が高発現していることを強く支持している。
Trop-2発現とPD-L1発現プロファイルとの独立性および相関解析: PD-L1の免疫染色スコアに関して、正常胸腺組織 (n=13) では1例 (8%) が0%、12例 (92%) が1-50%の発現を示し、50%を超える高発現例は存在しなかった。胸腺腫 (n=17) では、1例 (6%) が0%、9例 (53%) が1-50%、7例 (41%) が≥50%の高発現を示した。胸腺癌 (n=13検体) では、1例 (8%) が0%、3例 (23%) が1-50%、9例 (69%) が≥50%の高発現を示した。Trop-2発現とPD-L1発現との相関関係を詳細に解析した結果、胸腺腫コホート (n=17 patients) において有意な相関は認められず (Spearman r=0.09, p=0.333)、胸腺癌コホート (n=12 patients) においても同様に有意な相関は検出されなかった (Spearman r=0.31, p=0.126) (Fig. 2)。この結果は、Trop-2の発現がPD-L1発現とは独立したパターンを呈していることを示しており、PD-L1発現が低く免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待しにくい症例においても、Trop-2が有望な代替治療標的となり得ることを示唆している。
臨床的合併症および治療介入前後におけるTrop-2発現の推移: 胸腺腫患者における重症筋無力症の合併とTrop-2発現との関連性についてロジスティック回帰分析を用いて検討したが、両者の間に統計学的に有意な関連は認められなかった (p=0.788)。また、化学療法前後の2時点で腫瘍検体が採取された1例の胸腺癌患者 (n=1 patient) において、治療前のTrop-2発現スコアは2+であり、6サイクルの化学療法を施行した後の再発・進行時における検体でもTrop-2発現スコアは2+に維持されていた。このことは、強力な化学療法の介入後であってもTrop-2の発現が維持される可能性を示唆している。なお、本研究コホートにおけるTrop-2発現と患者の生存期間との相関については、サンプルサイズ (n=29 patients) が小さく、追跡期間中のイベント数が不足し、かつ十分な追跡期間が得られなかったため、統計学的な有意性を評価することは困難であった。
WHO組織分類およびステージ別のTrop-2発現詳細: WHO組織分類別のTrop-2発現を詳細に検討すると、胸腺腫の各亜型において、A型 (n=2 patients) ではスコア2+が1例、スコア3+が1例、AB型 (n=6 patients) ではスコア1+が1例、スコア2+が5例、B1型 (n=3 patients) ではスコア1+が1例、スコア2+が2例、B2型 (n=4 patients) ではスコア1+が1例、スコア2+が3例、B3型 (n=2 patients) ではスコア0が1例、スコア2+が1例であった (Table 1)。このように、胸腺腫の組織型に関わらず、広範な亜型においてTrop-2の中等度以上の発現 (スコア2+以上) が維持されていることが確認された。また、TNMステージ別に見ると、早期であるstage Iの胸腺腫 (n=15 patients) においても、11例 (73%) がスコア2+以上の高発現を示しており、進行期であるstage IVB of 胸腺腫 (n=2 patients) でも全例がスコア2+以上の発現を示していた。胸腺癌においては、stage I (n=1 patient) でスコア2+、stage IVA (n=4 patients) でスコア2+が3例、スコア3+が1例、stage IVB (n=7 patients) でスコア1+が3例、スコア2+が3例、スコア3+が1例であった。これらの結果から、TETにおけるTrop-2の高発現は、病期 (ステージ) や組織学的悪性度に関わらず、初期段階から一貫して維持されている生物学的特徴であることが示唆された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、正常胸腺組織におけるTrop-2発現が弱陽性 (1+) にとどまり、中〜強発現 (2+/3+) が皆無であったのとは対照的に、胸腺腫の94%および胸腺癌の100%という極めて高い割合でTrop-2が発現しており、さらにその約75%以上が中等度から強陽性 (2+/3+) の高発現を示すことを明らかにした。これは、一部の正常組織での発現を報告したこれまでの知見と異なり、TETにおける腫瘍特異的なTrop-2の高発現を定量的に示したものである。
新規性: 本研究は、胸腺腫および胸腺癌を含むTETにおけるTrop-2の発現プロファイルを系統的かつ詳細に評価した本研究で初めての報告である。また、TETにおけるTrop-2発現とPD-L1発現との間に有意な相関がないことを新規に見出し、Trop-2が独立した治療標的として機能し得ることを示した。
臨床応用: これらの知見は、TETに対するTrop-2標的ADC (sacituzumab govitecanなど) の臨床応用に向けた強力な合理的根拠を提供するものである。特に、PD-L1低発現で免疫チェックポイント阻害薬の効果が期待できない難治性TET患者において、Trop-2標的ADCが極めて有望な代替治療選択肢となり得るという臨床的意義は大きい。
残された課題: 一方で、本研究にはいくつかの残された課題およびlimitationが存在する。第一に、単一施設における後方視的解析であり、症例数が29例と少数にとどまる点である。第二に、サンプルサイズやイベント数の不足により、Trop-2発現と患者の長期的な生存アウトカム (OSやPFS) との直接的な相関を評価できなかった点である。今後の検討課題として、より大規模な多施設共同コホートにおける検証や、現在著者らが立案しているTrop-2 ADCの医師主導臨床試験を通じた、実際の治療効果とTrop-2発現強度との相関性の解明が求められる。
方法
本研究は、2011年から2021年の間にMedStar Georgetown University Hospitalで治療を受けたTET患者を対象とした単一施設の後ろ向きコホート研究である。本研究は介入を伴う臨床試験ではないため、ClinicalTrials.govなどの登録IDは非適用であるが、当施設の機関審査委員会 (IRB; institutional review board) の厳格な承認を得て実施された。腫瘍検体が利用可能な29例 (胸腺腫17例、胸腺癌12例) から得られた30検体 (1例は治療前後の2時点分) を収集した。また、対照群として13例の正常胸腺組織も評価した。主要評価項目は、TETにおけるTrop-2発現の定量化および正常胸腺組織との比較である。
Trop-2のIHC評価には、SP295 rabbit IgG anti-human Trop-2抗体 (abcam) を使用した。ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE; formalin-fixed paraffin-embedded) 切片 (5μm) を脱パラフィン・再水化し、HighFlex pH (DAKO) を用いたPTLinkによる熱活性化抗原回復 (HIER; heat-induced epitope retrieval) 前処理を行った後、DAKO HRP標識ポリマーを用いて染色を実施した。なお、染色の陽性コントロールとして、Trop-2を高発現することが知られているヒト乳癌細胞株 MCF-7 のFFPE切片を同時に染色し、染色の恒常性を確認した。陽性の基準は、腫瘍細胞の10%以上に膜染色が認められることとし、染色の強度に基づいてスコア0 (陰性)、1+ (弱)、2+ (中等度)、3+ (強) に分類した。
PD-L1のIHC評価には、SP142抗体を使用し、複合陽性スコア (CPS; combined positive score) ≥5%を陽性と定義した。すべての免疫染色標本は、2名の病理医によってブラインド下で独立して評価された。
統計解析においては、正常組織、胸腺腫、胸腺癌の3群間におけるTrop-2 IHCスコアの比較にKruskal-Wallis検定 (Kruskal-Wallis test) を、2群間のペア比較にはWilcoxon符号付き順位検定 (Wilcoxon test) を使用した。PD-L1発現とTrop-2発現の相関は、Spearmanの順位相関係数 (Spearman’s rank correlation) を用いて評価した。胸腺腫におけるTrop-2発現と重症筋無力症の合併との関連は、ロジスティック回帰分析 (logistic regression) を用いて検討した。すべての統計学的検定は両側検定で行われ、p<0.05を有意差ありと定義した。