- 著者: Liu XZ, Panina Y, Cai W, et al.
- Corresponding author: Mariia Yuneva (The Francis Crick Institute); Sarah-Maria Fendt (VIB-KU Leuven)
- 雑誌: Cancer Discovery
- 発行年: 2026
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 41778850
背景
転移形成はがん関連死の主要な原因であり、乳がんにおいて肺は一般的な転移部位である (Riihimäki et al. Cancer Med 2018)。転移巣の治療は依然として困難であり、確立された転移に対する治療選択肢は限られている (Waks et al. JAMA 2019)。先行研究では、肺に播種するがん細胞が、II型肺胞上皮 (AT2) 細胞が産生する脂質を必要とすることが示されているが、この知見は前転移ニッチ (pre-metastatic niche) 形成の文脈においてであった (Altea-Manzano et al. Nat Cancer 2023)。顕在化した (overt) 肺転移がAT2細胞由来の脂質に依存するか、またAT2細胞を標的とすることで転移増殖を制御できるかは未解明であった。特に、転移が確立された後のAT2細胞の代謝リプログラミングとその治療標的としての可能性については、さらなる研究が不足している状況であった。
目的
本研究の目的は、乳がん由来の顕在性肺転移がAT2細胞の脂質代謝をどのようにリプログラムするか、特にSREBP-1 (sterol regulatory element-binding transcription factor 1) 標的酵素であるFASN (fatty acid synthase) およびGPAM (glycerol-3-phosphate acyltransferase 1) を介したメカニズムを解明することである。さらに、AT2細胞の脂質代謝を標的とすることで肺転移増殖を抑制できるかを検証する。
結果
ヒト乳がん肺転移組織でのAT2細胞集積と脂質蓄積: UPTIDER登録患者n=5例の肺転移組織において、HTII-280 (AT2マーカー) 免疫染色により、AT2細胞が転移周囲100–200 μm領域に遠隔非がん領域より有意に集積することが確認された (p<0.05)。MALDI-MSIにより3患者組織で97脂質種が検出され、phosphatidylcholine (PC)、phosphatidylethanolamine (PE)、phosphatidylinositol (PI) などサーファクタント関連脂質が転移周囲で遠隔領域より有意に増加した (DESI-MSI、OrbiSIMSでも再現)。5例全例で転移周囲AT2細胞のFASNおよびGPAM陽性率が遠隔領域より有意に高く、ヒト組織での脂質産生シフトが確認された (Figure 1)。
マウスモデルでの転移誘発性AT2細胞集積と増殖駆動機序: 4T1およびLM1乳腺脂肪体注入モデル、ならびにi.v.注入モデルにおいて、AT2細胞が転移周囲に濃縮し (p<0.05)、脂質濃縮領域と空間的に一致した。転移の存在のみ (原発腫瘍非依存的) でAT2細胞の局所集積が誘導され (EMT6.5および4T1 i.v.モデルで確認)、転移増殖に伴い経時的に漸増した (Day 0→21→28→35 post-m.f.p.注入)。Visium空間トランスクリプトミクスとin vivo BrdU取込実験から、転移周囲AT2細胞集積は増殖駆動性であることが示された。BrdU取り込みは転移近傍のAT2細胞で遠隔部位と比較して有意に高かった (p<0.001) (Figure 3)。この増殖は、転移近傍のAT2細胞における Ki67 陽性細胞の割合が、遠隔部位と比較して有意に高いことによっても裏付けられた (p<0.001)。
IL-6・formate→mTOR→SREBP-1→FASN/GPAMシグナル経路の解明: SCENIC解析により、転移肺AT2細胞に最も活性化された転写因子はSREBP-1 (Srebf1) であった。転移conditioned medium (MCM) 処理したex vivo AT2細胞 (n=3 replicates) でcleaved SREBP-1が有意に増加し、FasnおよびGpamの転写も増加した。MCM中の高濃度IL-6 (interleukin 6) とformateがそれぞれ単独でSREBP-1成熟化を誘導し、IL-6はmTOR (mammalian target of rapamycin) 経路 (Torin1で阻害) を介してSREBP-1を活性化した。formate産生源としてMthfd1l KO 4T1細胞由来MCMではSREBP-1活性化が減弱し、腫瘍由来formate産生の貢献が示された (Figure 5)。この経路の活性化は、AT2細胞におけるFASNおよびGPAMの遺伝子発現を顕著に増加させ、脂質合成能力の向上に寄与することが示された。
薬理学的FASN/GPAM阻害による肺転移増殖抑制効果: GPAM阻害薬FSG67 (5 mg/kg/day i.p.) とFASN阻害薬TVB-3664 (3 mg/kg/day 経口) は、正常マウス肺形態に影響を与えなかったが、肺間質液の総パルミチン酸・パルミトオレイン酸含有脂質をそれぞれ約28%および35%低減した (n=5 mice per group)。4T1 m.f.p.モデルでの原発腫瘍切除後投与実験でFSG67は肺転移増殖を71%抑制し、TVB-3664は75%抑制した (p<0.001)。がん細胞自身のGPAM/FASN阻害・欠損は転移能に影響しなかったことから、効果は肺微小環境のAT2細胞を介するものと結論した。TVB-3664処理マウスの転移巣では、CPT1A (carnitine palmitoyltransferase 1A) およびKAT2A (lysine acetyltransferase 2A) の発現が有意に減少しており (p<0.01)、AT2細胞由来脂質の減少ががん細胞の分子状態を変化させることを示唆した (Figure 6c)。
AT2細胞特異的FASN欠損マウスによる遺伝学的証明: Sftpc-CreERT2; FASNflox/floxマウス (AT2細胞特異的Fasn欠損、n=8 mice) では、肺間質液の総パルミチン酸・パルミトオレイン酸が対照比60%以上減少した。LM1 m.f.p.注入モデルで28日後の転移増殖がコントロール比64%減少し (p<0.001)、AT2細胞のFASN依存的脂質産生が肺転移増殖の律速要因であることが確立された (Figure 6)。この結果は、AT2細胞の脂質代謝を標的とすることが、肺転移の治療において有効な戦略となりうることを強く支持する。
考察/結論
本研究は、顕在性肺転移が周囲AT2細胞を増殖させ、IL-6・formate→mTOR→SREBP-1→FASN/GPAMの経路で脂質供給細胞へリプログラムすることを空間解析と遺伝学的証明で実証した初の研究である。
新規性: 本研究で初めて、乳がん由来肺転移がAT2細胞を脂質供給細胞に再プログラムし、その結果、AT2細胞の増殖と脂質放出が促進されることを新規に同定した。AT2細胞特異的FASN欠損のみで64%の転移抑制が得られたことは、宿主肺細胞の脂質代謝が転移増殖の律速ステップとなりうることを示唆する。このメカニズムはこれまで報告されていない。
先行研究との違い: これまで、AT2細胞は前転移ニッチ形成に寄与することが報告されていたが、本研究は、原発腫瘍の有無にかかわらず、顕在化した転移巣の増殖においてAT2細胞が脂質供給細胞として機能することを明らかにした点で、これまでの知見と異なり、転移疾患の進行段階におけるAT2細胞の役割を明確化した。
臨床応用: 本知見は、がん細胞や免疫細胞を標的とする既存の治療戦略と相補的に、肺常在細胞であるAT2細胞を新規治療標的として提示する。FASN阻害薬TVB-2640は非小細胞肺がん (KRAS変異) や進行乳がんの臨床試験 (NCT03808558、NCT03179904) で評価中であり、本研究の知見はその微小環境における作用機序を支持する。これは、AT2細胞の脂質代謝を標的とすることが、肺転移治療の新たな臨床応用戦略となる可能性を示唆する。
残された課題: 今後の検討課題として、AT2細胞が肺腺がんの細胞起源とされることから、AT2細胞の脂質代謝が原発性肺がん形成にも関与する可能性が挙げられる。また、転移周囲AT2細胞のサーファクタント脂質が乳がん転移細胞の脂質酸化 (CPT1A/KAT2Aを介したpalmitoylation) を促進するという先行研究との統合的理解が、転移微小環境治療の設計に重要である。
方法
乳がん術後死後組織提供プログラムUPTIDER (NCT04531696) に登録された患者5例の肺転移組織を用い、HTII-280 (AT2マーカー) およびPanCK (がん細胞マーカー) 免疫染色により、転移周囲 (100-200 μm) と遠隔非がん領域でのAT2細胞分布を比較した。MALDI-MSI (matrix-assisted laser desorption/ionization mass spectrometry imaging)、DESI-MSI (desorption electrospray ionization mass spectrometry imaging)、OrbiSIMS (orbitrap secondary ion mass spectrometry) による空間脂質プロファイリングを患者およびマウス (4T1、LM1、EMT6.5モデル) で実施した。マウスモデルにはBALB/cまたはFVB/NJ系統のn=6-8週齢マウスを使用し、4T1細胞 (CRL-2539) やLM1細胞 (MMTV-Mycマウスモデル由来) を乳腺脂肪体 (m.f.p.) または静脈内 (i.v.) に注入した。AT2細胞のSREBP-1活性化機構を、転移conditioned medium (MCM) を用いたex vivo 3D Matrigel培養系で解析した。FASNおよびGPAMの薬理学的阻害 (TVB-3664、FSG67) と、AT2細胞特異的FASN欠損マウス (Sftpc-CreERT2; FASNflox/flox) を用いた遺伝学的検証を行った。Visium空間トランスクリプトミクスデータとscRNA-seqデータを用いて、AT2細胞の代謝リプログラミングに関与する転写因子およびシグナル経路を同定した。SCENIC解析には、Subramanian et al. ProcNatlAcadSciUSA 2005およびLiberzon et al. CellSyst 2015で報告された手法を適用した。また、RNA-seqデータ解析にはDobin et al. Bioinformatics 2013およびLove et al. GenomeBiol 2014で開発されたツールを用いた。統計解析にはStudent t-testまたはMann-Whitney U testを適用し、多重比較補正にはBenjamini-Hochberg法を用いた。