- 著者: Eberhard G. Trams, Carl J. Lauter, Norman Salem Jr., Ursula Heine
- Corresponding author: Eberhard G. Trams (NIH/NINCDS, Bethesda, MD, USA)
- 雑誌: Biochimica et Biophysica Acta
- 発行年: 1981
- Epub日: N/A
- Article種別: Original Article
- PMID: 6266476
背景
形質膜表面に存在する ecto-ATPase (EC 3.6.1.3) と ecto-5’-nucleotidase (EC 3.1.3.5) は、多様な真核細胞に分布する糖タンパク質酵素であり、ヌクレオチド代謝・細胞認識・シグナル伝達に関与すると考えられていた。これらの酵素はヌクレオチド基質の塩基部分に対して幅広い特異性を示すが、細胞内での主要内因性基質が ATP か AMP かは確立されていなかった (Trams and Lauter 1974)。Ecto-ATPase は糖脂質タンパク質 (glycolipoprotein) として形質膜に強固に結合する一方、ecto-5’-nucleotidase はスフィンゴミエリンと共局在する糖タンパク質で、比較的穏やかな処理で膜から遊離することが報告されていた (Trams 1977)。
先行研究では、これらの ecto-酵素が培養細胞の培地中に遊離する現象が観察されていたが、その放出機構が瀕死細胞の細胞溶解 (cytolysis) によるものか、それとも生理的な能動過程によるものかは未解明であった。形質膜由来とみられる小胞の細胞外蓄積自体は、マウス腹水白血病細胞の腫瘍関連抗原を富化した剥離小胞 (Van Blitterswijk et al. 1979) や培養腸管上皮の微絨毛膜小胞 (Black et al. 1980) として断片的に報告されていたものの、これらは多くが受動的な「膜断片」として扱われていた。特に、形質膜の能動的な出芽 (budding) による酵素放出という概念は当時ほぼ前例がなく、放出粒子の構造・脂質組成・酵素保存性・機能的意義を体系的に結びつけた直接的知見が決定的に不足していた (gap in knowledge)。すなわち、放出膜が「単なる死細胞の破片」なのか「特定膜ドメイン由来の選択的・機能的産物」なのかを判別するための、形態・組成・機能を統合した実験的証拠こそが欠落していた点が本研究着手時点の最大の空白であった。膜のターンオーバー自体は活発で、マクロファージや L 細胞は細胞表面に相当する膜面積をそれぞれ33分・125分で内在化すると計算され (Morre et al. 1979)、剥離した膜の補充は多くの細胞で容易と推定されていた。それでもなお、放出される膜小胞が「単なる死細胞の破片」なのか「特定膜ドメイン由来の選択的産物」なのかを判別する証拠は手薄であった。本研究は、この細胞外への酵素放出が細胞死によらない選択的プロセスであるという仮説を検証し、放出小胞の形態・脂質組成・酵素保存性・異種細胞間機能を体系的に解析することを出発点とした。
目的
本研究の目的は、正常細胞および腫瘍細胞の培養上清に認められる ecto-5’-nucleotidase と ecto-ATPase の放出が、細胞溶解 (cytolysis) 由来ではなく、形質膜の特定ドメインからの能動的かつ選択的な小胞剥離 (exfoliation) によることを複数の独立した証拠 (酵素保存性・他オルガネラマーカー非検出・脂質組成偏移・電子顕微鏡形態) で実証することである。さらに、放出小胞の構造的・生化学的特性を詳細に解析し、これらが受容細胞表面成分を脱リン酸化して細胞間情報伝達や物質輸送に寄与しうる機能粒子であることを検討し、最終的にこの小胞を exosome と命名する概念的枠組みを提示することを目指した。
結果
粒子性の確認と高い放出率: 培養上清中の 5’-nucleotidase 活性の97-99%は0.22 µm フィルターで保持され、約80%が0.45 µm フィルターを通過したことから、放出酵素が膜粒子に結合した形態であることが確認された。C-6 グリオーマ単層では ecto-5’-nucleotidase 活性の最大70%が24時間以内に培地へ放出され、活性蓄積は培養時間と密度に依存して線形増加した (Fig. 1、平均倍加時間27時間)。放出速度は血清濃度 (0-20%) やトリプシン添加で有意に変化せず、能動的放出過程であることを示した。
二相性の電子顕微鏡形態と沈降不均質性: 超遠心回収ペレットの電子顕微鏡像では、平均直径500-1000 nm の不規則形大型小胞が観察され、その内部にさらに平均40 nm の球状小胞を内包する「二相性集団」が特徴的に認められた (Fig. 3、×33,600 および ×78,400)。ATPase 活性は 5’-nucleotidase より速く沈降し (Fig. 2)、粒子集団が単一ではない (不均質である) ことを示した。
形質膜由来の証明と他オルガネラマーカー非検出: ラットグリオーマ C-6 上清から回収した小胞ペレット (n=4 実験、6.5 mg タンパク質) の 5’-nucleotidase 比活性は1.003 µmol/min/mg protein であった。一方、他オルガネラマーカーである glucose-6-phosphatase・cytochrome c oxidase・N-acetylhexosaminidase は検出限界以下、(Na⁺/K⁺)-ATPase も低値 (25 nmol/min/mg protein) で、5’-nucleotidase/LDH 比は細胞ホモジネートより数倍高く、小胞に DNA は検出されなかった。さらに小胞 ATPase は親細胞膜と同一の二価カチオン (Mg²⁺・Ca²⁺・Mn²⁺) 要求性を示し、上清 5’-nucleotidase の約70%が Concanavalin A カラムに保持された。これらは小胞が死細胞破片ではなく形質膜由来であることを多面的に裏付ける。
脂質組成の選択的偏移: C-6 グリオーマ小胞の脂質組成は全細胞や精製形質膜と明確に異なった (Table III)。スフィンゴミエリンは全細胞11.5%から小胞26.1%へ約2.3倍に有意増加し (mean ± SD)、逆にホスファチジルイノシトールは7.9%から2.4%へ減少した。総脂肪酸ではパルミチン酸 (16:0、15.96%→23.61%) と22炭素系多価不飽和脂肪酸 (4.14%→7.86%) が増加し、オレイン酸 (18:1、31.61%→23.79%) が減少した。この偏移は、小胞が形質膜全体ではなくスフィンゴミエリンに富む特定ドメインから選択的に剥離したことを強く示唆する。
ecto-ATPase の保存と 5’-nucleotidase の相対富化: 複数細胞株でマイクロベシクルの 5’-nucleotidase/ATPase 比を親単層と比較すると、小胞では比が2.6-fold〜7.4-fold 高く (Table I、Rat glioma C-6 P40 で5.6 対1.1、N-18 で7.4 対2.0)、5’-nucleotidase が相対的に富化していた。cell-free 培地での経時測定では ATPase が24時間で約33%の活性を失ったのに対し 5’-nucleotidase は3-20%の喪失に留まり、小胞内では 5’-nucleotidase が2-13-fold 富化された。著者らはこの富化を ATPase の不安定性ではなく、形質膜ドメインにおける ecto-ATPase の保存的配置で説明した。
異種細胞間の脱リン酸化活性: C-6 グリオーマ由来小胞を ³²P 標識 N-18 神経芽腫単層 (n=3 実験) に添加すると、無機 ³²P 放出が対照培地の5012 ± 451 cpm/ml から8433 ± 630 cpm/ml へ増加した (Table IV)。逆に N-18 由来小胞を ³²P 標識 C-6 単層に作用させると、同種 C-6 小胞 (2766 ± 145 cpm/ml) に比べ14062 ± 1200 cpm/ml へと約5倍増加し、異種間で量的・質的差異が示された。小胞のホスホエステルヒドロラーゼ活性が受容細胞表面成分を脱リン酸化しうることを示す結果である。
薬理学的修飾と血漿中検索: Concanavalin A (1 µM、すなわち1000 nM) は C-6 からの酵素放出を93 ± 3%阻害し、cycloheximide (10 µM) は32 ± 24%阻害した。一方 colchicine (1 µM) は141 ± 35%、cytochalasin B (0.5 µg/ml) は95 ± 43%の放出促進を示し、細胞骨格依存的な能動過程であることを示唆した。さらに16例のヘパリン血漿で 5’-nucleotidase 活性3.4-26 nmol/min/ml を検出したが、その大部分は沈降性・フィルター保持性を示さず、循環血中の形質膜由来小胞の存在は本研究では確定できなかった。
考察/結論
先行研究との違い: スフィンゴミエリンの有意な富化、他オルガネラマーカー酵素の非検出、ecto-ATPase の相対的保存、24時間で最大70%という高い 5’-nucleotidase 放出率は、いずれも小胞の exfoliation が細胞溶解による崩壊ではなく形質膜特定ドメインからの能動的・選択的過程であることを支持する。スフィンゴミエリン富化はマウス腹水白血病の細胞外膜小胞 (Van Blitterswijk et al. 1979) や軟骨の matrix vesicles (Anderson 1976)、培養腸管の微絨毛膜蓄積 (Black et al. 1980) でも報告され、概念的に整合する。しかしこれまでの研究の多くが放出膜を受動的な「破片」として扱っていたのとは対照的に、本研究は放出小胞が機能的酵素を保持し異種細胞間の脱リン酸化を介して相互作用する点を示した。後年の総説 (Colombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014、Pegtel et al. AnnuRevBiochem 2019) はこの観察を出発点に位置づけている。
新規性: 本研究で初めて、放出された小胞が単なる膜断片ではなく、機能的酵素活性を保持し受容細胞表面を酵素的に修飾しうる「情報伝達粒子」でありうることを示した。これは神経化学的伝達における小胞性物質転送やグリア-ニューロン間高分子輸送 (Lasek et al. 1977) と類似する、これまで報告されていない細胞間コミュニケーション様式の提唱であった。膜小胞放出が多様な細胞株で普遍的に起こるという観察に基づき、著者らはこの粒子を exosome と命名した。この命名は、後の ESCRT 依存的小胞形成機構 (Saksena et al. BiochemSocTrans 2009) やがん EV による転移制御 (Becker et al. CancerCell 2016) を含む現代 EV 研究の語彙的・概念的起点となった。
臨床応用: 本知見は、リポソームに臓器特異的アドレスを付与する標的送達技術 (Heath et al. 1980) の生物学的原型を提示し、bench-to-bedside の橋渡しとして臨床的含意を持つ。細胞認識アドレスとして働く ecto-5’-nucleotidase の糖鎖部位と、受容細胞のリン酸化受容体を脱リン酸化する触媒部位が協調して物質転送を促進するという仮説は、薬物送達・酵素補充療法・EV ベース診断といった現代の臨床戦略へ直接連なるモデルである。
残された課題: 今後の検討課題として、in vivo 循環血中における形質膜由来マイクロベシクルの存在と生理的役割の確定が筆頭に挙げられる。本研究では血漿 5’-nucleotidase 活性を検出したが、その大部分が沈降性・フィルター保持性を欠き、小胞としての存在証明には至らなかった (limitation)。小胞がどのように生成・輸送され標的細胞へ作用するかの分子機構、内包される他分子の同定、異種小胞間で観察された量的・質的差異の本態も未解明である。本研究は exosome 命名の直接的起源として記録される歴史的論文であり、その後40年以上にわたる EV 研究の基礎を築いた。
方法
細胞株は N-18・NB-41A3 (mouse neuroblastoma)、C-6 (rat glioma、low-passage P-38〜P-55 / high-passage P-65〜P-160)、B-16 (mouse melanoma)、CL (human melanoma)、KIN (human foreskin fibroblast)、AG-1437 (human fibroblast)、D-34 (mouse astroblast)、RA-B (rat aortic cell) を使用し、75 cm² プラスチックフラスコまたは530 cm² NUNC バイオアッセイディッシュで単層培養した。実験前に無血清培地で数回洗浄し、酵素蓄積は無血清の superfusate 中で測定して血清由来酵素の混入を排除した。
酵素活性は、[³²P]AMP を基質とする 5’-nucleotidase 活性と [γ-³²P]ATP を基質とする ATPase 活性を、Weil-Malherbe and Green (1951) の改変法でインタクト単層細胞または単離小胞について測定した。EV 単離法 (isolation method) は段階的遠心分離 (differential centrifugation) で、培養上清をまず低速遠心 (Sorvall SS-34、5×10⁹ g·h 以下で細胞・デブリ除去) し、上清を Spinco Ti-70 ロータで310,000×g・90分の超遠心 (ultracentrifugation) により小胞を沈殿回収した。粒子性は 0.22 µm および 0.45 µm メンブレンフィルターろ過で確認した。特性評価マーカー (characterization marker) として、形質膜マーカーである 5’-nucleotidase・ATPase の保存と Concanavalin A 結合性 (Sepharose-4G-Con A カラム) を陽性指標に、他オルガネラ混入の陰性指標として glucose-6-phosphatase・cytochrome c oxidase・N-acetylhexosaminidase・(Na⁺/K⁺)-ATPase 活性と DNA を測定した。形態は glutaraldehyde 固定後に電子顕微鏡で評価した。なお本研究の段階的遠心 (differential centrifugation) による単離と、形質膜マーカー陽性・他オルガネラマーカー陰性の二方向特性評価は、現行の ISEV2023 (MISEV2023, Minimal Information for Studies of Extracellular Vesicles 2023) ガイドラインが EV 試料に求める isolation method の明示と positive/negative マーカーによる characterization の最小要件に概念的に合致する。
脂質組成は、クロロホルム-メタノール抽出 (2:1, v/v) 後に Rouser et al. (1967) の二次元 TLC でリン脂質を分離し、Nelson (1972) 法でリン酸含量を定量した。脂肪酸組成は Morrison and Smith (1964) 法で BF₃-メタノールによりメチル化し、Hewlett Packard 5840 ガスクロマトグラフ (SP 2330 カラム、190°C) で分析した。薬理学的修飾として Concanavalin A、cytochalasin B、colchicine、cycloheximide を添加し放出量への影響を評価した。異種細胞間機能は、³²Pi 標識した受容単層に他系統由来小胞を添加し培地中の無機 ³²P 放出量を測定して評価した。定量値は実験間で平均±標準偏差 (mean ± SD) として集計し、群間比較には Student t-test を用いた。