• 著者: Veronica Mugoni, Alessandro Guida, Federica Simonetti, Francesca Lessi, Sara Pagliarini, Gloria Bertoli, Claudio Vernieri, Giuseppe Curigliano, Carmine De Angelis, Grazia Arpino, Francesca Demichelis
  • Corresponding author: Francesca Demichelis (University of Trento, Italy)
  • 雑誌: Journal of Extracellular Biology
  • 発行年: 2023
  • Epub日: 2023-09-05
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 38046436

背景

HER2 (ERBB2) は乳癌の重要な治療標的であり、全乳癌の約15-30%でHER2陽性が認められる。トラスツズマブ、ペルツズマブ、T-DM1等の抗HER2療法の適応決定において、正確なHER2状態評価は不可欠である。しかし、従来の組織診断 (IHC・FISH) は侵襲的であり、腫瘍内不均一性や治療中のHER2状態変化への対応が課題であった。また、すべてのHER2陽性腫瘍がERBB2遺伝子増幅を持つわけではなく、転写・翻訳後調節によるHER2過剰発現も存在するため、DNAのみまたはRNAのみの液体生検では見落としが生じる可能性が指摘されていた (Horimoto et al. 2019)。

近年、液体生検は非侵襲的ながん評価ツールとして注目されており、特にcfDNAに基づく検査は様々な癌種で診断的・予後的意義を持つことが示されている (Pascual et al. 2022)。しかし、cfDNA単独の解析では遺伝子発現に関する情報が欠落するため、液体生検の潜在的な有用性が制限されるという課題があった。循環RNAは、循環腫瘍細胞 (CTC) に含まれるRNAや、細胞外小胞 (EV) およびリポタンパク質などの非小胞性細胞外ナノ粒子と関連するRNAとして活発に研究されている (Li et al. 2018, Zhang et al. NatCellBiol 2021)。特にEVのRNAカーゴは、タンパク質をコードする転写産物を含む多様な高品質RNA種を含み (Amorim et al. 2017)、EV脂質二重層によって分解から保護されるという利点がある。さらに、早期非転移性疾患ではCTCが極めて稀であるため (Heidrich et al. 2021)、EV-RNAの解析は有望なアプローチと考えられた。次世代シーケンシング (NGS) や定量的リアルタイムPCR (qRT-PCR) による解析は、進行乳癌におけるEV-RNAの癌関連変化検出の有用性を既に示している (Conley et al. 2017, Xu et al. NatRevClinOncol 2018)。さらに、EVはHER2受容体などの癌バイオマーカーを含む多様なタンパク質のキャリアとしても機能するため、液体生検テストの魅力的な循環成分である (Hofmann et al. 2020)。

多アナライト統合アプローチは、異なる腫瘍シェディング経路を反映するEVとcfDNAの情報を組み合わせることで、単独解析の限界を克服できると考えられた。従来の単一アナライト液体生検 (cfDNA HER2増幅のみ等) では感度に限界があり、早期乳癌でのCTCは極めて稀であるため、EV由来RNAとcfDNAの統合解析が有望なアプローチとして着目された。しかし、単一の血漿アリコートからEVとcfDNAを同時に分離し、両方の情報を統合する、容易に再現可能な非商業的な方法はこれまで未確立であり、この点に知識ギャップが残されていた。特に、EV分離後のcfDNA回収効率を維持しつつ、両アナライトの品質を確保するプロトコールの開発は不足していた。

目的

本研究の目的は、単一血漿アリコートからEV (extracellular vesicles) とcfDNA (cell-free DNA) を同時分離する「ONCE (One Aliquot for Circulating Elements)」プロトコールを確立し、その技術的妥当性を評価することである。さらに、ONCEプロトコールによって分離されたEV-RNA (EV-associated RNA) とcfDNAのddPCR (digital droplet PCR) 統合解析が、早期乳癌患者のHER2陽性検出において、組織診断と同等の精度を達成できるかを評価することを目的とした。具体的には、HER2陽性乳癌患者において、cfDNAのERBB2遺伝子増幅とEV-RNAのERBB2転写産物発現を同時に解析することで、単一アナライト解析では見逃される可能性のあるHER2陽性例を補捉し、診断感度を向上させることを目指した。最終的に、この統合アプローチがマルチアナライトリキッドバイオプシーの臨床応用における有用性を検証することを目的とした。

結果

ONCEプロトコールの技術的妥当性: 健常ドナー (HD) n=20での3種EV分離法 (CB、UC、SEC) の比較では、SECが最高EV粒子回収数を示した (NTA測定; p<0.0001 by two-way ANOVA)。しかし、EV平均粒子径はいずれも小型EV相当で一致した (Figure 1c)。CB法はUC法と同等のEV回収と最高のcfDNA回収を両立し、かつ操作速度・スケーラビリティに優れるためONCE標準法に選択された (Figure 1b, g)。乳癌患者コホート (n=44 patients) でのEV濃度はHER2陽性群で平均2.40×10^8 EV/mL、HER2陰性群で平均3.10×10^8 EV/mLであり、有意差は認められなかった (t検定)。EV-RNA収量はHER2陽性群で平均0.729 ng/mL vs HER2陰性群で平均0.866 ng/mL (有意差なし)、cfDNA収量はHER2陽性群で平均3.9 ng/mL vs HER2陰性群で平均2.9 ng/mL (有意差なし) であった (Figure 2d, e)。ONCE施行後のcfDNA収量はコントロール (EV分離前直接抽出) と有意差なく、EV分離工程がcfDNA回収を妨げないことを確認した (Figure S2b-g)。EV数とcfDNA収量の間に有意な相関はなく (R ≈ 0)、両分析物の独立性を示した (Figure 1h)。MACSPlex exosome assayでは全患者でテトラスパニン (CD9、CD63、CD81) およびTsg101、Flotillin発現を確認し、EV品質が一貫していることを示した (Figure 2c)。

EV-RNA・cfDNA NGSによる概念実証: 代表的なHER2陽性2例 (PMB2.8、PMB2.36) ではWES (平均カバレッジ537x) でcfDNA中のERBB2遺伝子増幅が確認され、RNA-Seq (平均深度88Mリード) ではEV-RNA中のERBB2転写産物が検出された (Figure 3a, b)。HER2陰性2例 (PMB2.26、PMB2.30) では増幅/転写産物とも検出されなかったが、PMB2.26ではIHCで50%の腫瘍細胞にHER2陽性染色が認められ、EV-RNAでもERBB2シグナルが検出された点は、遺伝子増幅なしのHER2過剰発現ケースをEV-RNAが補捉できることを示唆する。さらに、イメージングフローサイトメトリー (Amnis ImageStream X MkII) によりHER2陽性患者由来EVの表面にHER2タンパクを同定した (HER2陽性vs陰性EV部分集団; p=0.0041)。この解析は、HER2陽性EVサブポピュレーションがHER2陰性EVと比較して有意に豊富であることを示し、EVタンパク解析がEV-RNAとは独立した追加情報源として機能する可能性を示した (Figure 3c)。

ddPCRによるHER2検出性能: ddPCRコホート (HER2陽性24例、HER2陰性14例、HD 7例) での解析では、HER2陰性患者の57%がHDとグループ化された一方、HER2陽性患者の83% (20/24例) がEV-RNA (ERBB2/EEF2) またはcfDNA (ERBB2/EIF2C1) のいずれかでHDを超えるシグナルを示した (Figure 4a)。各アナライト単独の検出率: EV-RNAのみ=25% (6/24 samples)、cfDNAのみ=20% (5/24 samples)、両方陽性 (Combo AND) =約30%であった。特にEV-RNAはFISH陽性 (ERBB2遺伝子増幅あり) だがcfDNAでは増幅を検出できなかった症例 (PMB2.19、PMB2.70、PMB2.89) を補捉可能であり、cfDNAのみの解析では見逃しとなるケースを補完した (Figure 4b)。HER2陰性患者ではcfDNA ERBB2増幅は0例で認められず、一部 (8例) でEV-RNAのみ軽度上昇を示したが、HER2陽性患者の最低発現レベル以下に留まり高い特異度を維持した。

統合分類性能 vs 組織診断: F1スコア評価では、Combo OR (DNA or RNA のいずれかが閾値超) が最高の分類性能を達成した (液体生検、violet triangle)。これはTCGA組織データのCombo AND (両方陽性) アプローチ (yellow circle、最良の組織ベース予測因子) と同等の性能であった (Figure 4c)。液体生検Combo ORの分類性能は組織シーケンシングと比較して非劣性であることが確認された (Table S5)。この結果は、ONCEプロトコールが低腫瘍量の早期乳癌患者においても、組織生検に匹敵する精度でHER2ステータスを評価できることを強く示唆している。

考察/結論

本研究は、ONCEプロトコールを用いた単一採血からのEV-RNA + cfDNA統合解析が、早期乳癌のHER2陽性検出において組織診断と同等の精度を達成できることを示した初の研究である。全HER2陽性腫瘍がERBB2遺伝子増幅を持つわけではないという事実 (転写・翻訳後調節によるHER2過剰発現ケースが存在) が、EV-RNAとcfDNAを組み合わせる根本的な意義である。EV-RNAはHER2転写発現を、cfDNAはHER2遺伝子増幅を独立したメカニズムで反映するため、情報が相補的となり (Combo ORで83%検出)、各単独解析 (EV-RNA: 25%・cfDNA: 20%程度) を大幅に上回る。

先行研究との違い: 従来のcfDNA単独解析では遺伝子発現情報が不足していたが、本研究はEV-RNAを統合することで、遺伝子増幅を伴わないHER2過剰発現例も検出可能であることを示した点で、これまでのアプローチと異なる。また、単一血漿アリコートから両アナライトを効率的に分離するONCEプロトコールを確立したことは、Mohrmann et al. ClinCancerRes 2018のような既存の統合プラットフォームと比較して、非商業的な手法で同様の成果を達成した点で新規性がある。

新規性: 本研究で初めて、単一血漿アリコートからEVとcfDNAを同時分離するONCEプロトコールを開発し、早期乳癌患者におけるHER2陽性検出の感度を大幅に向上させることを実証した。このプロトコールは、市販の試薬・機器を使用する再現可能な手法であり、ddPCRとの組み合わせで高感度・高特異度なHER2評価を可能にする。また、EV表面のHER2タンパク解析がEV-RNAとは独立した追加情報源となり得ることも新規な発見である。

臨床応用: 単一アリコート使用によるメリットは多岐にわたる。具体的には、(1) 採血量の最小化 (小児・重症患者への対応)、(2) コスト削減 (採血回数の半減・lab処理工程の簡略化)、(3) 同一アリコートから2アナライトを評価することで、cfDNAまたはEV量が低い場合の原因が腫瘍側の低shedding率か技術的degradationかを識別可能、(4) inter-sample variabilityの排除による結果の再現性向上といった臨床的意義がある。本研究でのEV-RNA + cfDNA Combo ORのHER2陽性検出はF1スコアで液体生検中最高を達成し、TCGA組織シーケンシングのCombo AND (tissue gold standard) と同等の性能を示したことは、ONCEプロトコールがマルチアナライトリキッドバイオプシーの臨床応用における貴重なツールとなり得ることを強く裏付けている。

残された課題: 今後の検討課題として、より大規模なコホートでの検証 (現コホートn=38はddPCR解析対象)、転移性乳癌や治療後再評価場面での有用性 (HER2状態のダイナミクス追跡)、HER2低発現 (HER2-low: IHC 1+または2+/FISH陰性、新規T-DXd適応) の正確な識別、ならびに他の腫瘍種・バイオマーカーへの拡張が必要である。EV表面のHER2タンパク解析 (イメージングフローサイトメトリー) も追加の診断情報源として有望であり、多プラットフォーム統合が次の課題となる。また、Thery et al. JExtracellVesicles 2018ガイドラインに沿ったEVのさらなる詳細な特性評価も重要である。

方法

ONCEプロトコールとして、単一血漿アリコート (1.8 mL) から電荷ベース (CB) 法、超遠心法 (UC)、サイズ排除クロマトグラフィー (SEC) の3種のEV分離法を検討し、CB法を最適法として選択した。CB法は、UC法と同等のEV回収と最高のcfDNA回収を両立し、かつ操作速度・スケーラビリティに優れるため、ONCEの標準法として採用された。

対象は2017-2019年にSanta Chiara病院で前向きに登録された非転移性早期乳癌患者56例(HER2陽性27例、HER2陰性17例、IHC 2+でFISH未実施12例)ならびに健常ドナー (HD) 27例である。プロトコール妥当性評価にはHD n=20を使用し、ddPCR解析コホートにはHER2陽性患者n=24、HER2陰性患者n=14、HD n=7を使用した。血液サンプルはK2EDTA (ethylenediaminetetraacetic acid) チューブまたはStreckチューブに採取され、室温で2段階遠心分離により血漿が分離された。

EV分離後の血漿残余液からcfDNAをQIAamp Circulating Nucleic Acid kitで抽出した。EV-RNAは、EVから抽出され、Agilent RNA pico assayで定量された。ddPCR (Bio-Rad) により、cfDNA中のERBB2遺伝子増幅 (ERBB2 vs 参照遺伝子EIF2C1) とEV-RNA中のERBB2転写産物発現 (ERBB2 vs 参照遺伝子EEF2) を定量化した。HDの最大値を陽性閾値として設定し、“Only RNA”、“Only DNA”、“Combo AND”、“Combo OR” の4分類でHER2状態を評価した。分類精度はF1スコア (Recall x Precision の調和平均) で評価し、TCGA (The Cancer Genome Atlas) 乳癌組織データ (n=537) の分類性能と比較した。

概念実証のため、代表的なHER2陽性2例とHER2陰性2例の患者サンプルから抽出されたcfDNAに対してWES (whole-exome sequencing) (平均カバレッジ537x) を、EV-RNAに対してRNA-Seq (平均深度88Mリード) を実施した。EV表面のHER2タンパク質検出には、HER2/ErbB2-PE結合抗体とCellMaskプラズマ膜染色を用いたイメージングフローサイトメトリー (Amnis ImageStream X MkII) を使用した。

統計解析はGraphPad Prism version 8.0ソフトウェアおよびRソフトウェアを用いて実施された。一元配置ANOVAまたはt検定が適切に応じて使用された。データ可視化にはggplot2およびcomplexHeatmapパッケージが使用された。