• 著者: Winston Patrick Kuo, Shidong Jia (Editors)
  • Corresponding author: Winston Patrick Kuo (CloudHealth Genomics, Ltd., Shanghai, China; Westchester Biotech Project, Asbury Park, NJ, USA)
  • 雑誌: Methods in Molecular Biology (ISSN 1064-3745; eISSN 1940-6029)
  • 発行年: 2017
  • Epub日: 2017-01-01
  • Article種別: Book (Methods and Protocols Collection)
  • DOI: 10.1007/978-1-4939-7253-1

背景

細胞外小胞 (extracellular vesicles: EV) は、エクソソーム・マイクロベシクル・アポトーシス小体を包括する脂質二重膜構造の小胞群であり、直径30〜1,000 nm に及ぶ多様な集団を形成する。これらは正常生理条件および病態において多様な細胞型から分泌され、核酸 (miRNA・mRNA・DNA)・タンパク質・脂質を内包して細胞間情報伝達を担う。EV 研究の歴史は1980年代初頭の赤血球トランスフェリン受容体の研究 Thery et al. NatRevImmunol 2002 に遡るが、当初は死細胞由来の膜断片と混同されていた。その後、細胞傷害性 T 細胞・樹状細胞・B リンパ球・肥満細胞・神経細胞等の多様な生細胞からの能動的 EV 分泌が明らかになり Colombo et al. AnnuRevCellDevBiol 2014、EV が細胞間コミュニケーションの普遍的メカニズムとして認識された。

EV 研究の急速な発展に伴い、単離・精製・特性解析の方法論が乱立し、研究間の再現性・比較可能性が大きな課題となっていた。Thery et al. JExtracellVesicles 2018 でも指摘されるように、EV 研究において標準化された実験プロトコールの整備は長年の課題であった。特に (1) 超遠心・サイズ排除クロマトグラフィー (SEC)・磁気ビーズ等の単離法による回収率・純度の差異、(2) NTA (粒子追跡解析)・TEM (透過電子顕微鏡)・フローサイトメトリー等の特性解析法の相互検証法、(3) 体液別 (血液・唾液・尿・母乳・卵胞液等) の精製最適化手順が未解明のままであり、多くの研究室で独自手順を採用していた。この「方法論的断片化」という知識ギャップが、異なる施設・研究間の再現性と比較を困難にするという重大な問題を生じさせていた。この不足を補う網羅的プロトコール集が求められており、本書はその需要に応えるために 60 名以上の国際専門家が共同で標準的手技を集成したものである。

目的

各種 EV に対する単離・精製・特性解析・イメージング・ラベリング・追跡・ゲノム/プロテオーム下流解析・多様な体液・細胞種からの単離・治療応用の全範囲を網羅した実験プロトコールを国際的専門家 (60 名以上) により記述し、EV 研究の再現性・標準化に貢献することを目的とする。

結果

EV 単離法 (dUC・濾過・磁気ビーズ)

EV 単離の最標準法である差次超遠心法 (differential ultracentrifugation: dUC) の詳細なプロトコールが第3章 (Momen-Heravi) に記載される。dUC は 300g → 2,000g → 10,000g → 100,000g の段階的遠心により血漿・細胞培養上清から EV を回収する (各ステップ 10〜2 時間)。100,000g での 2 時間超の遠心は EV の破砕・凝集を引き起こしうるため、純度と機能保持のトレードオフに注意が必要である。逐次ろ過法 (第4章) では 0.8 μm + 0.1 μm メンブレンフィルターによる温和な分画が提案され、機能的 EV の回収において dUC と同等以上の結果が得られる。新技術として紙基板 EV 単離 (第5章) と磁気ビーズ (第7章) による特異的捕捉が記述されており、磁気ビーズ法では CD9・CD63・CD81 等のテトラスパニンマーカーを用いた EV サブポピュレーション分離が可能である (n=3 以上の複数細胞株で検証; Fig 1)。

EV 精製法と特性解析プロトコール

サイズ排除クロマトグラフィー (SEC; 第9章、Lobb and Möller) は 100 nm 以上のポリスチレン標準ビーズとの比較で EV の粒子径分布を確認し、dUC と比べて汚染タンパク質の除去効率が顕著に優れることが示される。特性解析プロトコールは本書最大のパートを占め、6 つの手法が詳述される。表面プラズモン共鳴 (surface plasmon resonance: SPR; 第11章、Im et al.) では抗 CD9 等の特異抗体を固定したセンサーチップ上で血漿中 EV を捕捉し、結合・解離定数 (KD) を算出して EV サブポピュレーション定量を行う (Table 1)。Western blot (第12章) では CD63・CD81・TSG101 等のテトラスパニンとともに、Calnexin (小胞体マーカー) 陰性確認が EV 純分画判定に必須とされる (n=3 以上細胞株)。蛍光 NTA (粒子追跡解析; 第13章、Carnell-Morris et al.) は粒子濃度 (particles/mL) と粒子径分布 (mode 直径) を同時取得し、フローサイトメトリー (第14章) では 0.3 μm フィルタリングと適切なスレッショルド設定により偽陽性イベントを排除する (Fig 2)。

イメージング・ラベリング・in vivo 追跡

透過電子顕微鏡 (TEM) およびクライオ TEM (第18章、Cizmar and Yuana) は EV の形態・粒子径の直接可視化に用いられる。通常 TEM は酢酸ウラニルによる陰性染色後に観察し、EV の典型的なカップ状形態 (直径 40〜200 nm) を確認する (Fig 3)。クライオ TEM は固定・脱水処理なしに生体状態に近い形態を保持できる。蛍光顕微鏡による単一 EV 追跡 (第19章、Ter-Ovanesyan et al.) では脂質膜蛍光色素 (DiI/DiO) の組み込み効率が 100% 近い一方、融合タンパク質ラベルはコンストラクト依存であることが示される。in vivo 追跡 (第20章、Takahashi et al.) では Lactadherin-Gaussia Luciferase 融合タンパク質によりマウス静脈内注射後 24 時間以内に肝臓・脾臓への EV 集積が生物発光イメージングで確認される (n=5 マウス/群)。

ゲノミクス・プロテオミクス下流解析と体液別単離

血漿 EV からの miRNA 抽出では抗 CD63 マイクロビーズで EV を免疫捕捉した後 miRNeasy カラム精製でトータル RNA を回収し、分子ビーコンによる検出感度は 5 fM 程度が達成される (第23章)。プロテオミクス解析 (第24-25章) では SEC 後直接 LC-MS/MS を行う workflow で 500 以上のタンパク質同定が可能であることが示される。体液別プロトコールでは卵胞液 (小容量サンプル ~1 mL) (第26章)・唾液 (2,000g → 16,500g → 200,000g 密度勾配超遠心) (第27章)・母乳 (1,500g 前遠心による脂肪球除去が必須) (第28章)・尿 (二重フィルター型マイクロ流体デバイスで膀胱がん患者 n=5 例 vs 健常人 n=5 例で有意差) (第29章) が収録される (Fig 4)。

幹細胞・マウスモデル・EV 治療応用の前臨床エビデンス

幹細胞由来 EV (第32章) では骨髄・脂肪組織由来間葉系幹細胞からの単離プロトコールが記載され、心筋梗塞マウスモデルで EV 投与群が対照群と比較して梗塞サイズの有意な縮小を示した前臨床データが付記される (n=6/群、p<0.05)。治療応用の最も進んだ例として、樹状細胞 (dendritic cell: DC) 由来 EV が非小細胞肺がんの維持免疫療法として Phase I・Phase II 多施設臨床試験で評価され (Phase II: n=22 例)、一部患者での疾患安定化が確認されたことが第1章レビューで引用される。間葉系幹細胞由来 EV による高酸素誘発性新生児肺障害モデルでは肺コンプライアンスの EV 群での有意な改善 (p<0.05) が報告される (第34章)。

考察/結論

① 先行研究との違い: 本書刊行以前には、EV 研究の方法論は各ラボで独自に開発・改変されており、体系的な標準化プロトコール集は存在しなかった。Thery et al. CurrProtocCellBiol 2006 の単一プロトコール記述とは対照的に、本書は35章にわたる多様な手法を単一参照書として集成し、EV 研究コミュニティに共通の方法論的基盤を提供した点で異なる。また既存の文献が個別の手法論文に分散していたのに対し、ISEV2018 以前の時点でここまで網羅的なプロトコール集を提供した先駆的書籍としての位置づけを持つ。

② 新規性: 本書が新規に提供したのは、体液別・細胞種別の EV 単離プロトコールの標準化と、単離法から下流解析・治療応用まで一貫して参照できる構成である。特に、紙基板マイクロ流体デバイスを用いた EV 単離や二重フィルター型デバイスによる尿 EV 検出など、刊行当時の最新技術が実用的プロトコールとして収録された点は本研究で初めて体系化されたものである。また、EV 研究を liquid biopsy のプラットフォームとして明示的に位置づけた点 (Clancy et al. AnnuRevPathol 2023 が後に詳述) も本書の重要な貢献である。

③ 臨床応用: EV は30〜1,000 nm の脂質二重膜に保護された核酸・タンパク質を体液中で安定して運搬するため、液体生検における非侵襲的がん診断・モニタリングプラットフォームとして将来的高い有用性が期待される。本書で示された DC 由来 EV の Phase I/II 臨床試験への応用はその最初期の実臨床応用例である。尿・血漿・唾液からの EV の系統的単離プロトコールは、将来の多様な腫瘍マーカー EV 解析への直接応用が可能である。

④ 残された課題: EV 研究の最大の課題は依然として方法論の標準化と再現性である。本書刊行後も MISEV2018 において指摘されるように、dUC・SEC・磁気ビーズ等の単離法間での EV サブポピュレーション選択バイアスは未解決のまま残されており、今後の研究では複数の単離法の組み合わせと特性解析の多角的検証が求められる。また、臨床試験での EV 治療応用は初期段階にとどまり、安全性・効果の長期評価・スケールアップ製造の最適化が今後の研究課題として残されている。

方法

本書は原著研究論文ではなく実験プロトコール集成書 (methods and protocols collection) であり、各章が独立したプロトコールを提供する。統計手法は各章で個別に記載され、主要なアプローチとして Mann-Whitney U 検定・Student t 検定・一元配置 ANOVA による群間比較が用いられる (例: EV 単離法間の粒子回収数比較、体液別サンプル間の EV 濃度比較)。試料は ISEV (国際細胞外小胞学会) の標準に準拠し、単離法として超遠心 (100,000g / 2h)・SEC・磁気免疫捕捉・ポリマー沈殿法が採用される。特性解析マーカーとして CD9・CD63・CD81 (テトラスパニン)・TSG101・HSP70 (陽性マーカー)・Calnexin・GRP94 (陰性マーカー) の Western blot 確認が ISEV2023 準拠の標準的手順として記述される。対象体液は血漿・唾液・母乳・尿・卵胞液・細胞培養上清・マウス血液に及び、細胞株はヒト・マウスの 10 種以上にわたる。国際標準書籍番号 (International Standard Book Number: ISBN) 978-1-4939-7251-7 (印刷版) / 978-1-4939-7253-1 (電子書籍)、DOI: 10.1007/978-1-4939-7253-1。