• 著者: Gang Wang, Serena Lucotti, Linda Bojmar, Gabriel C. Tobias, Richard T. Piszczatowski, Shani Dror, Haiying Zhang, David Lyden
  • Corresponding author: Gang Wang (Peking University), Haiying Zhang, David Lyden (Weill Cornell Medicine)
  • 雑誌: Nature Reviews Cancer
  • 発行年: 2026
  • Epub日: N/A
  • Article種別: Review
  • DOI: 10.1038/s41568-026-00952-w

背景

がんは局所の腫瘍増殖にとどまらず、宿主の複数臓器の恒常性を撹乱する「全身疾患」であるという認識が近年強まっている。腫瘍微小環境 (TME) の腫瘍細胞・間質・血管・免疫細胞は、サイトカインやホルモンに加えて細胞外小胞・粒子 (EVP: extracellular vesicles and particles) を分泌し、bioactive cargo を遠隔臓器に水平伝播することで全身病態を駆動する。腫瘍由来 EVP の代表的機能として、前転移ニッチ (PMN: pre-metastatic niche) 形成が確立している。PMN は血管透過性亢進・血管新生・細胞外マトリクス (ECM) 再構築・免疫調節・代謝リプログラミングを協調させる遠隔臓器の特殊化した微小環境である。

先行研究として、① Hoshino et al. Cell 2020 は EVP 上の integrin が臓器特異的転移 (organotropism) を規定することを示し、EVP proteome ががん種の biomarker になることを実証した。② Zhang et al. CellRep 2019 は EVP の非小胞性亜分画である exomere が機能的 cargo を運搬することを同定し、EVP heterogeneity の理解を深めた。③ Zhou et al. CancerCell 2014 は腫瘍分泌 miR-105 が内皮 tight junction 蛋白 ZO1 を破壊して血管バリアを崩壊させることを示した。しかし従来のレビューは EVP による TME・骨髄・循環系の免疫リプログラミングに焦点を当ててきた一方で、EVP がどのように多臓器 (肝・膵・脂肪・骨格筋・神経系) を横断して全身的な代謝・血栓・悪液質・傍腫瘍症候群を統合的に引き起こすかを俯瞰した整理は手薄であった。加えて宿主・食事・運動・微生物叢由来 EVP との双方向 crosstalk、および EVP を治療標的・運搬体とする holistic な治療戦略の全体像も体系化が不足していた。本総説はこの gap を埋め、がんの全身影響を臓器横断的に統合することを目的とする。

目的

腫瘍由来 EVP が前転移ニッチにおける免疫調節不全、血栓症・心血管疾患、肝代謝機能障害、糖代謝異常、悪液質、神経系傍腫瘍症候群という多臓器病態をいかに駆動するかを機序レベルで整理する。さらに宿主・食事・微生物叢由来 EVP と腫瘍細胞の双方向的相互作用を論じ、EVP を biomarker および治療標的・運搬体として活用する抗がん治療の展望を提示する。全体として「腫瘍とその多臓器傍腫瘍効果を同時に標的とする holistic な治療」の必要性を主張する。

結果

前転移ニッチでの免疫調節不全と免疫逃避:腫瘍由来 EVP は遠隔臓器の免疫区画を再編し、前転移ニッチ (PMN) を炎症性と免疫抑制性を併存させた状態に整える。マクロファージが EVP を最も取り込む細胞型で、肺マクロファージの 50–70%、肝 Kupffer 細胞の 80% が腫瘍由来 EVP を取り込む。肺間質マクロファージ (interstitial macrophage, IM) は Lewis 肺癌 (LLC) 由来 EVP を取り込むと PDL1 を過剰発現し、A549 由来 EVP は Toll 様受容体 2 (TLR2) 経由で核内因子 κB (NF-κB) を活性化して glucose transporter 1 (GLUT1) 発現を上げ、嫌気性解糖への代謝シフトと lactate 産生を介して NF-κB p65 核移行と PDL1 発現を誘導する。ヒト CD14⁺ 単球を IM の代替とした in vitro 実験でも同経路が確認され、in vivo では GLUT1 に加え hypoxia-inducible factor 1α (HIF1α) と MCT4 (monocarboxylate transporter 4) の上昇を伴った。NSCLC 患者の pre-metastatic 所属リンパ節では CD206⁺PDL1⁺ マクロファージが増加し、PDL1 発現は表面 GLUT1 レベルと正相関した (Fig. 1)。EVP による免疫再編は persistent で、乳癌・肺癌モデルで骨ニッチの骨前駆細胞 (osteoprogenitor) と顆粒球単球前駆細胞 (GMP) の調節不全は腫瘍摘出後 1 か月持続し、患者では循環好中球・単球増加が切除後 40 週間続いた。担癌時の血中 neutrophil-to-lymphocyte ratio 高値は複数がん種で予後不良と関連する。

適応免疫抑制と T 細胞機能不全:EVP は自然免疫だけでなく適応免疫も抑制する。乳癌由来 EVP の肺 PMN における T 細胞への取り込みは CD8⁺・CD4⁺ T 細胞の 1.5% にとどまり、直接取り込みより間接機構が主体であることを示す。一方でヒト glioblastoma stem-like cell 由来 EVP は樹状細胞による抗原提示下で PDL1–PD1 を介して CD8⁺・CD4⁺ T 細胞活性化を直接抑制し、さらに他の免疫細胞に indoleamine 2,3-dioxygenase (IDO) や IL-10 を誘導して間接的にも抑制する。卵巣癌腹水由来 EVP は MHCI (major histocompatibility complex class I) 依存性の CD8⁺ T 細胞活性化を障害し、活性化マーカー CD69 と脱顆粒マーカー CD107a を減少させ、IL-2・IFNγ 放出を低下させる。実験系ではメラノーマ由来 EVP 教育骨髄を移植したマウス (n=群単位) で 4 週後にメラノーマ細胞を移植すると原発巣増殖と肺転移量が有意に増加した。骨髄では pancreatic cancer 由来 EVP が肝 PMN の骨髄由来 F4/80⁺ マクロファージを増やし、macrophage migration inhibitory factor (MIF) を運搬して Kupffer 細胞から transforming growth factor-β (TGFβ) を放出させ、肝星細胞を再編して fibronectin を沈着させる (Fig. 1)。

血管バリア破綻と前血栓ニッチ:腫瘍由来 EVP は tight/adherens junction 蛋白 (zona occludens 1 (ZO1)・claudin 5・occludin・VE-cadherin) の発現・局在を変え血管透過性を亢進させる。triple-negative breast cancer (TNBC) 由来 EVP は miR-105 で脳・肺 PMN の内皮 ZO1 を標的とし、大腸癌 (CRC) 由来 EVP・患者血漿の miR-25-3p は vascular endothelial growth factor receptor 2 (VEGFR2)・ZO1・occludin・claudin 5 を Krüppel-like factor 2/4 (KLF2/KLF4) 抑制を介して down regulate する (Fig. 1)。血栓面では、tissue factor (TF)・podoplanin・polyphosphate が中心的役割を担い、TF レベル・活性は大腸・前立腺・肺・膀胱・乳・膵癌患者の全身血栓と相関する。肺塞栓は米国のがん関連死の最大 2% を占め、がん患者の年齢調整死亡率は 2011–2020 年に年平均 2.5% 上昇し、血栓症は予防可能ながん関連死の首位となっている。前立腺癌 EVP 表面の N-glycosylated CD63 は platelet の RPTPα と結合して SRC・AKT・MAPK を介し platelet を活性化する。Lucotti et al. Cell 2025 は膵癌・乳癌・メラノーマの前臨床モデルとヒト膵癌・肺癌で肺特異的な PTN (pro-thrombotic niche) を同定し、chemokine CXCL13 で再編された IM が integrin β2 富化 EVP を放出して platelet の GPIb (glycoprotein Ib) と相互作用し播種性血管内凝固を駆動することを示した (Fig. 2)。乳癌細胞株由来 EVP は platelet の P-selectin 露出と凝集を惹起し、その凝集度は細胞株の浸潤性と相関した。

肝代謝障害と脂肪肝ニッチ:肝に転移しない腫瘍でも EVP は肝を標的として代謝リプログラミングを起こす。EVP に内包された飽和脂肪酸 (特に palmitic acid) が Kupffer 細胞から TLR4 依存性に tumour necrosis factor (TNF) を分泌させ、脂質異化を抑制して MASLD (metabolic dysfunction-associated steatotic liver disease) を形成する。TNF は薬物代謝酵素をコードする cytochrome P450 遺伝子発現を抑制し薬物代謝を障害する (Fig. 3)。メラノーマ・骨肉腫由来 EVP を前投与したマウスでは化学療法毒性が増強し、逆に palmitic acid の EVP 内包阻害または TNF 阻害は脂肪肝を軽減し P450 発現を回復させた。脂肪肝由来 EVP-ERBB4 は adipocyte の neuregulin 4 に結合し、EVP 内包の tRNA メチル基転移酵素が mitochondria 複合体 I subunit の翻訳を修飾抑制して reactive oxygen species を上昇させ遊離脂肪酸放出を促し乳癌進展を駆動する。ERBB4 陽性血漿 EVP は MASLD 併存乳癌患者の独立予後因子となった。

糖代謝障害と β 細胞機能不全:膵癌患者では新規発症・増悪する糖尿病が高頻度で、膵癌 EVP は adrenomedullin による膵 β 細胞 apoptosis や vanin 1 による β 細胞脱分化 (forkhead box O1 (FOXO1) 脱アセチル化抑制を介する) により insulin 不足を招く。乳癌では CD24⁺miR-122 EVP が β 細胞の pyruvate kinase M (PKM) を標的として解糖と ATP 依存性 insulin 開口分泌を抑制し、患者血漿で高血糖・低 insulin と相関した。マウス膵癌 EVP は骨格筋細胞で phosphoinositide 3-kinase (PI3K)–AKT 経路を阻害し GLUT4 (glucose transporter 4) の発現と細胞膜移行を減らして insulin 抵抗性を誘導する。insulin 抵抗性は WAT (white adipose tissue) の lipolysis と肝の糖新生を促し、再発リスク・死亡率の上昇と強く連関する。

悪液質と傍腫瘍神経症候群:悪液質は進行がん患者の最大 80% に生じ、がん関連死の約 20% に寄与する。腫瘍 EVP の miR-21 は myoblast の TLR7 に結合して JUN N 末端キナーゼ (JNK) 経由で apoptosis を誘導し、heat shock protein 70/90 (HSP70/HSP90) は TLR4 を介して E3 ubiquitin ligase を up regulate、miR-122 は O 結合型糖転移酵素の抑制を介して RYR1 (ryanodine receptor 1) の分解と Ca²⁺ 依存性の筋崩壊を起こす。WAT では副甲状腺ホルモン関連蛋白や adrenomedullin が hormone-sensitive lipase を活性化して lipolysis と browning を駆動する。神経系では傍腫瘍抗原 PNMA2 (paraneoplastic antigen MA2) が非エンベロープ virus-like capsid として自己抗体産生を誘導し、組換え PNMA2 capsid のマウス注入は学習・記憶障害を引き起こした。GDF15 を標的とする ponsegromab は第 II 相試験で体重増加と悪液質症状改善を示した。

宿主・食事・微生物叢由来 EVP と治療応用:がん関連線維芽細胞 (CAF) 由来 EVP (lysyl oxidase 富化) は collagen 架橋と上皮間葉転換 (EMT) を促進し、腫瘍関連マクロファージ (TAM) 由来の HIF1α 安定化 long non-coding RNA を含む EVP は乳癌の解糖を亢進させる一方、活性化 CD8⁺/CD4⁺ T 細胞由来 PD1 含有 EVP は腫瘍 PDL1 を中和して T 細胞機能を維持する。治療面では、integrin β2 遮断がメラノーマ担癌マウスで標準治療の低分子量ヘパリンより有意に出血が少なく、降圧薬 reserpine は肺 EVP 取り込みを阻害し PMN 形成と転移を防いだ。engineering では間葉系間質細胞 (MSC) 由来 EVP に TP53 mRNA と変異 KRAS 標的 siRNA を搭載する戦略や、KRAS(G12D) 標的 MSC-EVP の第 I 相試験 (良好な安全性) が進行中である。血漿 EVP-associated PDL1 高値は抗 PD1 療法への不応・生存不良と相関し、予測 biomarker としての価値も示された (Box 5)。

考察/結論

本総説は、腫瘍由来 EVP が単一の免疫抑制機構にとどまらず、免疫・血管・血栓・肝代謝・糖代謝・筋脂肪・神経系という多臓器を横断して全身病態を統合的に駆動するという枠組みを提示した点に意義がある。① 先行研究との違い:EVP による TME・骨髄・循環の免疫リプログラミングに焦点を当ててきた従来のレビューと異なり、本稿は PMN 形成という古典的機能を超えて、脂肪肝ニッチ・前血栓ニッチ・悪液質・傍腫瘍神経症候群といった二次的全身病態を臓器横断的に統合した点でこれまでの整理とは相違する。特に肝が転移しない腫瘍でも EVP-palmitic acid–TLR4–TNF 軸で薬物代謝が障害されるという「非転移性の遠隔臓器機能不全」の視点は、転移中心の従来観と対照的である。② 新規性:本研究で初めて、EVP subpopulation の機能的分業 (exomere は肝の代謝不均衡ニッチを、exosome は肺 PMN を優先標的とする) を統合的に位置づけ、多臓器同時標的こそが全身疾患としてのがんに合理的であるという novel な治療原則を明示した。前血栓ニッチ (PTN) の概念や PNMA2 capsid の virus-like EVP としての傍腫瘍神経作用も新しい知見である。③ 臨床応用:EVP-associated PDL1・GDF15・miR-223-5p・ERBB4⁺ EVP を予後・治療反応の biomarker とし、integrin β2 遮断・reserpine・MSC-EVP 運搬体 (KRAS(G12D) 標的第 I 相) を治療標的とする bench-to-bedside の橋渡し戦略が具体的に提案され、臨床的意義が大きい。とりわけ「原発巣を標的にする前に PMN・臓器機能不全を是正する」という順序の再考は臨床現場の治療設計に直結する。④ 残された課題:今後の検討として、exomere/supermere の取り込み機序の解明、EVP の B 細胞制御・末梢神経障害・腎不全・副腎機能不全への関与、治療グレード EVP の製造・スケーラビリティ、EVP の pro-tumour/anti-tumour 二面性の cargo・起源依存性の解明、そして小胞分泌を制御する小型 GTP アーゼの欠損でも腫瘍形成が維持される事実が示す非 EVP 因子の寄与の切り分けが残された課題である。総じて、腫瘍とその多臓器傍腫瘍効果を同時標的とする holistic な治療アプローチが患者の QOL と生存改善に寄与しうると結論づけられる。

方法

本稿は Nature Reviews Cancer の narrative review であり、系統的メタ解析ではない。文献は主に PubMed 収載の前臨床 (マウスモデル: LLC・4T1・B16 メラノーマ・BxPC-3/MDA-MB-231 サブライン等) およびヒト臨床コホート研究を対象とし、EVP-integrin organotropism・PMN・PTN・脂肪肝ニッチ・悪液質・傍腫瘍神経症候群の各領域から約 300 件の一次文献を統合している。EVP の isolation・characterization については、本総説は MISEV2023 (Minimal Information for Studies of Extracellular Vesicles 2023, 引用文献 308/381) のガイドラインに準拠した命名法を採用し、用語を「EVP」に統一しつつ established guidelines への参照を推奨している。ISEV2023 準拠の isolation method としては differential ultracentrifugation・密度勾配遠心・size-exclusion chromatography (SEC)・immunoaffinity 捕捉が想定され、characterization marker としては tetraspanin (CD9/CD63/CD81)・TSG101 等の EV マーカーに加え、粒径測定の nanoparticle tracking analysis (NTA) と形態確認の transmission electron microscopy (TEM)/Western blot が標準とされる。小胞性 EV に加え非小胞性の exomere・supermere を含む EVP heterogeneity を明示的に扱い、subpopulation ごとの cargo (integrin・miRNA・脂質・蛋白) と臓器指向性を区別して論じる。統計手法は原著各論文に準じ、本稿は独自の統計解析を行わない。臨床試験 identifier として engineered EVP の第 I/II 相試験 (STAT6: NCT05375604、IL-12: NCT05156229、STING: NCT04592484、KRAS(G12D): 第 I 相) を引用している。