• 著者: Ayuko Hoshino, Han Sang Kim, Linda Bojmar 他多数
  • Corresponding author: David Lyden (Weill Cornell Medicine, NY, USA)
  • 雑誌: Cell
  • 発行年: 2020
  • Epub日: 2020-08-13
  • Article種別: Original Article
  • PMID: 32795414

背景

細胞外小胞および粒子 (EVP) は、細胞間コミュニケーションにおいて重要な役割を果たすことが知られており、癌の診断および治療におけるバイオマーカーとしての可能性が注目されている。近年、液体生検のパラダイムが進化し、血漿中のEVPが癌の早期発見、予後予測、治療応答モニタリングに利用できる可能性が示唆されている。特に、EVPに含まれるタンパク質、核酸、脂質などのカーゴ分子は、腫瘍の起源や特性を反映する情報源として期待されている。しかし、多種多様な癌種におけるEVPの包括的なプロテオミクス解析は、依然として未解明な部分が多く、癌種特異的なEVPバイオマーカーの同定は、診断精度の向上に不可欠である。

先行研究では、EVPが腫瘍の微小環境形成や転移に関与することが報告されており、例えば、Hoshino et al. Nature 2015は、腫瘍由来エクソソームのインテグリンが臓器指向性転移を決定することを示した。また、Costa-Silva et al. NatCellBiol 2015は、膵臓癌エクソソームが肝臓における転移前ニッチ形成を開始させることを明らかにした。これらの研究はEVPの生物学的機能の重要性を示唆するが、多癌種を横断した網羅的なEVPプロテオミクス解析による癌種特異的シグネチャの同定は、依然として不足している。特に、臨床応用可能な高感度かつ高特異的なEVPバイオマーカーパネルの開発には、大規模な患者コホートを用いた詳細なプロテオミクスデータが必要である。この分野において、EVPの組成に関する再評価も進んでおり、Jeppesen et al. Cell 2019はエクソソームの構成要素について新たな知見を提供している。しかし、これらの研究は特定の側面や癌種に焦点を当てており、多癌種を包括的にカバーするEVPプロテオミクス解析は依然として手薄である。本研究の主論文であるHoshinoらのCell 2020論文「Extracellular Vesicle and Particle Biomarkers Define Multiple Human Cancers」は、多癌種におけるEVPプロテオミクス解析により、各癌種特異的なバイオマーカーシグネチャを同定した画期的な研究であり、本稿はその補足情報を提供するものである。この補足情報は、主論文で報告されたEVPプロテオミクスデータの詳細な背景と解析結果を提供し、癌診断におけるEVPの潜在的な価値をさらに強化する。

目的

本補足論文の目的は、主論文「Extracellular Vesicle and Particle Biomarkers Define Multiple Human Cancers」の基礎データとして、多種ヒト癌における細胞外小胞および粒子 (EVP) のプロテオミクス解析に関する詳細な情報を提供することである。具体的には、以下の主要な目的を達成することを目指す。

  1. 患者コホート情報の詳細な提示: 手術切除組織サンプルおよび血漿サンプルから得られた患者の臨床情報(癌種、サンプル数、性別、年齢、病期など)を網羅的に提示し、研究の基盤となるコホートの特性を明確にする。これにより、解析されたEVPプロテオームの臨床的背景を理解するための重要なコンテキストを提供する。
  2. 共通EVPカーゴタンパク質の遺伝子オントロジー解析結果の開示: 50%以上のヒトサンプルで検出された13の共通EVPカーゴタンパク質について、Metascape遺伝子オントロジー解析の結果を提示し、これらのタンパク質が関与する生物学的プロセスや経路を特定する。これは、EVPの普遍的な機能的役割を解明するために不可欠である。
  3. 肺腺癌EVP特異的タンパク質リストの提供: 肺腺癌 (LuCa) EVPに特異的に濃縮された123のタンパク質(FHL2、XRN2、GLRX、HDLBP、RCC1、SRP54などを含む)の完全なリストを、その濃縮度、偽陽性率(FDR)、腫瘍組織における陽性率とともに提示する。この情報は、肺腺癌の新規バイオマーカー候補を特定する上で重要である。
  4. DAMP分子および癌種判別予測タンパク質リストの提示: 損傷関連分子パターン (DAMP) のリスト、ならびに組織および血漿EVPプロテオミクスに基づいて腫瘍と非腫瘍を区別する予測タンパク質のリストを提供する。これにより、EVPが癌の病態生理学的変化を反映するメカニズムを理解するための手がかりを提供する。
  5. 標的質量分析法のためのペプチド配列情報の提供: 膵臓癌血漿EVPマーカーの上位20個から同定された標的ペプチドの配列情報を提供し、今後の検証実験のためのリソースとする。これは、高感度な診断アッセイ開発に向けた具体的な基盤となる。

これらの補足データは、EVPプロテオミクスに基づく多癌種分類のための貴重なリソースとなり、癌の診断および治療におけるEVPバイオマーカーのさらなる開発と検証に貢献することを目指す。

結果

本補足情報は、多種ヒト癌における細胞外小胞および粒子 (EVP) のプロテオミクス解析に関する詳細なデータを提供し、主論文の知見を裏付ける重要なリソースとなる。

患者コホートの特性: Table S1に示されるように、本研究では合計85例の癌組織サンプル (n=85 patients) と77例の癌患者血漿サンプル (n=77 patients) が解析された。組織サンプルには、肺腺癌18例(男性33.3%、平均年齢63.6歳、病期I期38.9%、II期27.8%、III期11.1%、IV期22.2%)、膵臓腺癌21例(男性66.7%、平均年齢68.9歳、病期I期4.8%、II期71.4%、III期23.8%)、神経芽腫9例(全例IV期)、骨肉腫7例(全例IV期)、乳癌6例(全例IV期)などが含まれた。血漿サンプルには、肺腺癌12例、膵臓腺癌9例、神経芽腫15例、中皮腫15例などが含まれ、健常成人対照28例(平均年齢43.5歳)および小児対照15例(平均年齢7.2歳)と比較された。ELISAおよび標的質量分析法による検証実験には、肺腺癌8例(病期I-II期)および膵臓腺癌15例(病期I-III期)の血漿サンプルと健常対照15例が用いられた。この多様なコホートは、多癌種におけるEVPバイオマーカーの探索に強固な基盤を提供した。

共通EVPカーゴタンパク質の遺伝子オントロジー解析: Table S2は、50%以上のヒトサンプルで検出された13の共通EVPカーゴタンパク質に対するMetascape遺伝子オントロジー解析の結果を示す。これらのタンパク質は、主に「止血 (Hemostasis)」(R-HSA-109582, log P -10.9; A2M, ACTB, FLNA, FN1, HBB, JCHAIN, LGALS3BP, RAP1B, YWHAZを含む)、「調節されたエキソサイトーシス (regulated exocytosis)」(GO:0045055, log P -10.2)、「創傷治癒 (wound healing)」(GO:0042060, log P -8) などの生物学的プロセスに強く関連していることが示された。その他、「高キナーゼ活性BRAF変異によるシグナル伝達」、「膜へのタンパク質局在化の調節」、「エンドサイトーシス」、「癌におけるプロテオグリカン」、「アクチン細胞骨格の調節」、「サイトカインシグナル伝達」、「腎臓系プロセス」、「毒性物質への応答」、「膜輸送の調節」、「小分子の輸送」といった機能も検出された。これらの共通カーゴタンパク質は、EVPが多様な生理学的および病理学的プロセスに普遍的に関与していることを示唆する。

肺腺癌EVPに濃縮されたタンパク質: Table S4は、14組の肺腺癌 (LuCa) 組織ペア (n=14 pairs) から質量分析法により同定された123のEVP濃縮タンパク質の完全なリストを示す。これらのタンパク質は、腫瘍組織と正常組織間で10倍以上の差、FDR <0.05、および50%以上の腫瘍陽性率を基準に選定された。上位候補には、FHL2 (FHL2: Four and a half LIM domains protein 2, FDR 0.012, log10 fold change 5.4, 腫瘍陽性率79% vs 正常陽性率9%)、XRN2 (XRN2: 5’-3’ exoribonuclease 2, log10 fold change 5.4, 腫瘍陽性率79% vs 正常陽性率9%)、GLRX (GLRX: Glutaredoxin, log10 fold change 4.9, 腫瘍陽性率86% vs 正常陽性率23%)、HDLBP (HDLBP: High-density lipoprotein-binding protein, log10 fold change 4.8, 腫瘍陽性率86% vs 正常陽性率27%)、RCC1 (RCC1: Regulator of chromosome condensation 1, log10 fold change 4.6, 腫瘍陽性率79% vs 正常陽性率23%)、SRP54 (SRP54: Signal recognition particle 54 kDa, log10 fold change 4.3, 腫瘍陽性率86% vs 正常陽性率32%)、HNRNPC (HNRNPC: Heterogeneous nuclear ribonucleoprotein C, log10 fold change 4.1, 腫瘍陽性率100% vs 正常陽性率55%)、EIF5B (EIF5B: Eukaryotic translation initiation factor 5B, log10 fold change 4.1, 腫瘍陽性率93% vs 正常陽性率41%)、VCAN (VCAN: Versican, log10 fold change 3.7, 腫瘍陽性率71% vs 正常陽性率27%) などが含まれる。これらのタンパク質は、肺腺癌の特異的なEVPバイオマーカーとして機能する可能性が高い。

損傷関連分子パターン (DAMP) 分子と癌種判別予測タンパク質: Table S5には、本研究で同定されたDAMP分子のリストが示されており、S100s、TLRs、Annexins、HMG分子、Integrins、スカベンジャー受容体、ケモカイン受容体、Galectins、フィブリノーゲン、ECM糖タンパク質、フィブロネクチン、チオレドキシン、プリン作動性受容体など、合計195分子がリストアップされた。これらの分子は、EVPが細胞損傷や炎症応答に関与していることを示唆する。 さらに、Table S6は、組織由来EVPプロテオミクスに基づいて腫瘍と非腫瘍を区別する予測タンパク質を提示する。THBS2 (THBS2: Thrombospondin 2, log10 fold change 5.1, 腫瘍陽性率74% vs 正常陽性率12%)、VCAN (Versican, log10 fold change 5.1, 腫瘍陽性率75% vs 正常陽性率17%)、SRRT (SRRT: Serrate, RNA effector molecule, log10 fold change 4.1, 腫瘍陽性率62% vs 正常陽性率9%)、TNC (TNC: Tenascin C, log10 fold change 3.5, 腫瘍陽性率54% vs 正常陽性率9%) などが腫瘍組織で高発現していた。 Table S7は、血漿EVPプロテオミクスに基づいて腫瘍と健常対照を区別する予測タンパク質を提示する。IGLC2 (IGLC2: Immunoglobulin lambda constant 2, log10 fold change 4.6, 腫瘍血漿陽性率56% vs 正常血漿陽性率12%)、KRT17 (KRT17: Keratin 17, log10 fold change 3.0, 腫瘍血漿陽性率43% vs 正常血漿陽性率7%)、IGHG1 (IGHG1: Immunoglobulin heavy constant gamma 1, log10 fold change 2.6, 腫瘍血漿陽性率36% vs 正常血漿陽性率12%) などが腫瘍血漿で高発現していた。これらのタンパク質は、液体生検による癌診断の候補となる。

膵臓癌血漿EVPマーカーの標的ペプチド: Table S8は、上位20個の膵臓癌血漿EVPマーカーから同定された標的ペプチドの配列情報を示す。CA2、CD55、GLIPR2、KRAS、P4HB、PEBP1、PSMA4、PACSIN2、TGM2、PTPRJ、ABCB1、XPNPEP2、ADGRG6、ABCB11、ITGA1、LTF、ALPL、SRI、BAIAP2L1などのタンパク質について、それぞれ複数のペプチド配列が同定された。例えば、CA2 (Carbonic anhydrase 2) についてはVVDVLDSIK (m/z 494.29) とLNFNGEGEPEELMVDNWRPAQPLK (m/z 928.453) の2つのペプチドが同定された。これらのペプチドは、今後の標的質量分析法による高感度な検証実験に直接利用可能である。

考察/結論

本補足情報は、HoshinoらのCell 2020における多癌種EVPプロテオミクス解析の基礎となる詳細なリソースを提供し、EVPが癌診断における強力なバイオマーカーとなり得ることを示唆する。

先行研究との違い: これまでの研究では、特定の癌種におけるEVPの役割やバイオマーカーとしての可能性が個別に報告されてきたが、本研究は、肺腺癌、膵臓腺癌、神経芽腫、骨肉腫、乳癌など、多種多様な癌種を横断的に解析し、共通および癌種特異的なEVPプロテオームシグネチャを包括的に同定した点で、これまでの研究とは対照的である。例えば、Skog et al. NatCellBiol 2008は膠芽腫におけるEVPの役割を報告したが、本研究はより広範な癌種を対象としている。また、Jeppesen et al. Cell 2019がエクソソーム組成の再評価を行ったのに対し、本研究はEVP全体のプロテオミクスに焦点を当て、より広範な粒子群を解析対象としている点で異なる。

新規性: 本研究で初めて、85例の組織サンプル (n=85 patients) と77例の血漿サンプル (n=77 patients) からなる大規模な多癌種コホートにおけるEVPプロテオミクスデータが詳細に提示された。特に、肺腺癌EVPに特異的に濃縮された123のタンパク質リスト(FHL2、XRN2、GLRX、HDLBP、RCC1、SRP54、HNRNPC、EIF5B、VCANなどを含む)は新規な発見であり、これらのタンパク質が肺腺癌の早期診断や治療標的として機能する可能性を示唆する。また、13の共通EVPカーゴタンパク質が止血、調節されたエキソサイトーシス、創傷治癒といった普遍的な生物学的プロセスに関与していることをMetascape遺伝子オントロジー解析により明らかにした点も新規である。これらの知見は、EVPが癌の病態生理において多様な役割を果たすことを示している。

臨床応用: 本知見は、EVPプロテオミクスに基づく多癌種診断パネルの開発に直結する。特に、血漿EVPから癌種特異的なタンパク質シグネチャを検出する能力は、液体生検の臨床応用を大きく推進する。例えば、肺腺癌EVPに高濃縮されたFHL2やHNRNPCは、早期肺癌検出のための血漿ELISAアッセイ開発の有望な候補となる。また、膵臓腺癌EVPマーカーの標的ペプチド情報は、予後が極めて悪い膵臓癌の早期診断のための高感度な質量分析ベースの診断法の開発に貢献する。臨床的意義として、CTやMRIなどの画像診断を補完する多癌種同時スクリーニング、腫瘍由来EVPの発現プロファイルに基づく患者層別化、および個別化治療選択への応用が期待される。

残された課題: 今後の検討課題として、まず、本研究で同定されたEVPバイオマーカー候補の、より大規模な前向きコホートにおける独立した検証が必要である。特に、異なる人種や地理的背景を持つ患者集団での再現性を確認することが重要である。第二に、EVPベースのスクリーニング法の費用対効果の評価や、臨床現場での導入に向けた標準化されたプロトコルの確立が求められる。第三に、各EVPマーカーの生物学的機能や癌の進展における役割について、in vitroおよびin vivoモデルを用いた詳細な機能解析が必要である。最後に、腫瘍由来EVPと宿主由来EVPを区別する技術のさらなる開発は、診断特異性を向上させる上で重要なlimitationである。これらの課題を克服することで、EVPバイオマーカーの臨床的有用性がさらに確立されると考えられる。

方法

本補足情報は、Hoshinoらの主論文「Extracellular Vesicle and Particle Biomarkers Define Multiple Human Cancers」で実施された多癌種EVPプロテオミクス解析のデータ詳細を提供するものであり、新たな実験方法論の記述は含まれない。しかし、主論文で用いられた主要な解析手法の背景となるデータソースと、その解析に資する情報が提示されている。

患者サンプルの収集と特性評価: 研究には、多種多様な癌種(肺腺癌、膵臓腺癌、神経芽腫、骨肉腫、乳癌、悪性黒色腫、大腸癌、肝芽腫など)に罹患した患者から、手術切除組織サンプル (n=85) および血漿サンプル (n=77) が収集された。これらのサンプルは、各癌種の病期、性別、年齢などの臨床情報とともに詳細に記録された。例えば、肺腺癌組織サンプルは18例 (n=18 patients)、膵臓腺癌組織サンプルは21例 (n=21 patients) 含まれた。また、健常成人対照群 (n=28) および小児対照群 (n=15) の血漿サンプルも収集され、比較解析に用いられた。検証実験(ELISAおよび標的質量分析法)には、肺腺癌 (n=8 patients) および膵臓腺癌 (n=15 patients) の血漿サンプルと健常対照群 (n=15 patients) の血漿サンプルが使用された。これらの患者情報は、研究の再現性と解釈可能性を高める上で不可欠である。

細胞外小胞および粒子 (EVP) の分離とプロテオミクス解析: 組織および血漿サンプルからのEVP分離は、超遠心法やサイズ排除クロマトグラフィーなどの標準的なプロトコルに従って実施された。分離されたEVPは、質量分析法(MS)を用いたプロテオミクス解析に供された。MS解析により、EVPに含まれる数千種類のタンパク質が同定・定量され、各癌種におけるEVPプロテオームの網羅的なプロファイリングが可能となった。このデータは、EVPの癌種特異的バイオマーカーシグネチャを同定するための基盤を形成する。

バイオインフォマティクス解析: 同定されたタンパク質データは、Metascape (http://metascape.org/) などのバイオインフォマティクスツールを用いて、遺伝子オントロジー (GO) 解析および経路エンリッチメント解析に供された。これにより、共通EVPカーゴタンパク質や癌種特異的EVPタンパク質が関与する生物学的プロセスや分子機能が特定された。特に、肺腺癌EVPに特異的に濃縮されたタンパク質は、腫瘍組織と正常組織間のタンパク質レベルの差(≥10倍差)、偽陽性率 (FDR <0.05)、および腫瘍組織における陽性率(≥50%)を基準に選定された。統計解析には、これらの基準を満たすタンパク質が有意なバイオマーカー候補として抽出された。統計的有意性の評価には、Fisherの正確検定 (Fisher’s exact test) が用いられた。

標的質量分析法 (Targeted Mass Spectrometry): 膵臓癌血漿EVPマーカーの検証のため、標的質量分析法(PRM: Parallel Reaction Monitoring)が用いられた。この手法では、特定のペプチド配列を標的として高感度かつ高精度に定量することが可能である。PRM実験のために、膵臓癌EVPマーカー候補から同定されたペプチド配列がリストアップされ、今後の検証研究に利用される。この方法論は、特定のタンパク質バイオマーカーの存在量変化を正確に捉えるために重要である。