- 著者: Melissa Piper Hunter, Noura Ismail, Xiaoli Zhang, Baltazar D. Aguda, Eun Joo Lee, Lianbo Yu, Tao Xiao, Jeffrey Schafer, Mei-Ling Ting Lee, Thomas D. Schmittgen, S. Patrick Nana-Sinkam, David Jarjoura, Clay B. Marsh
- Corresponding author: Clay B. Marsh (Clay.Marsh@osumc.edu, Division of Pulmonary, Allergy, Critical Care, Sleep Medicine, College of Medicine, The Ohio State University, USA)
- 雑誌: PLoS ONE
- 発行年: 2008
- Epub日: 2008-11-11
- Article種別: Original Article
- PMID: 19002258
背景
miRNA (microRNA) は、約22塩基の非コード低分子RNAであり、標的mRNAの翻訳抑制や分解を介して遺伝子発現を転写後レベルで調節する重要な分子である。2008年当時、細胞外に安定して循環するmiRNAの存在が報告され始めたばかりであり、特に末梢血中の微小小胞であるMV (microvesicle) にmiRNAが内包されているか、またそれが生体恒常性の維持にどのように関与しているかは未解明であった。MVは、リン脂質二重膜に包まれた直径50 nmから1 umの膜構造体であり、細胞膜から直接出芽するか、あるいはエンドソーム由来のエクソソームとして放出され、RNA、タンパク質、脂質などを輸送する細胞間コミュニケーション媒体として機能する。先行研究において、培養細胞由来のエクソソームがmRNAやmiRNAを内包し、細胞間で遺伝子情報を伝達する新規機構であることが Valadi et al. NatCellBiol 2007 により示されていた。また、膜由来の微小小胞が細胞間相互作用において過小評価されている重要なメディエーターであることも Ratajczak et al. Leukemia 2006 により指摘されていた。しかし、健常人の末梢血循環系において、どのようなmiRNAが実際にMV内に存在し、それが末梢血単核球であるPBMC (peripheral blood mononuclear cell) のmiRNAプロファイルとどのように異なるのかについては不明であった。さらに、循環血液中のMVにおけるmiRNAの網羅的な発現パターンを系統的に解析した大規模なデータは圧倒的に不足しており、疾患バイオマーカーとしての応用や生理的機能の解明に向けた基礎的知見が不足しているという課題が存在した。このように、健常人における循環MV内miRNAの網羅的プロファイルには未開拓な知識のギャップ (knowledge gap) が残されていた。
目的
本研究の目的は、健常成人の末梢血漿から循環微小小胞 (MV) を単離し、その中に含まれるmiRNAの網羅的プロファイルを初めて定量的に明らかにすることである。具体的には、(1) 健常人コホートから得られた血漿MVおよび対応する末梢血単核球 (PBMC) からRNAを抽出し、420種の既知成熟miRNAを対象としたリアルタイムRT-PCR (reverse transcription polymerase chain reaction) アレイを用いてプロファイリングを行うこと、(2) MVとPBMCにおけるmiRNA発現パターンを比較し、MVに特異的または優先的に搭載されているmiRNAシグネチャーを同定すること、(3) フローサイトメトリーを用いて循環MVの細胞起源 (血小板、単核食細胞、T細胞、好中球、内皮細胞など) を同定し、主要なMVソースである血小板のmiRNAプロファイルとの関連性を評価すること、(4) 標的遺伝子予測および経路解析を通じて、循環MV内miRNAが制御し得る生物学的プロセスや生体恒常性維持における生理的役割を予測することである。
結果
循環微小小胞の細胞起源と同定: フローサイトメトリー解析により、健常人の末梢血漿中に存在するMVのサイズ分布および細胞起源を明らかにした。2 umの標準ビーズを用いたゲート設定により、検出されたMVの大部分が1 um以下の微細なサイズ領域に分布していることが確認された (Figure 1A)。細胞表面マーカーを用いた起源解析 (n=10 donors) では、循環MVの大部分がCD41a陽性の血小板由来 (約50%以上) であることが示された (Figure 1B)。さらに、CD14、CD206、CCR2、CCR5などのマーカーに陽性を示す単核食細胞由来のMVが第二の主要な集団として同定された。これに対し、CD3陽性のT細胞由来MVやCD66b陽性の好中球由来MVの割合は極めて低く、CD79a陽性のB細胞由来MVは検出限界以下であった。また、CD202b陽性の血管内皮細胞由来のMVもわずかながら (数%程度) 循環中に存在することが確認された。これらの結果は、健常人の末梢血中においてMVがランダムに放出されているのではなく、特定の細胞集団、特に血小板や単核食細胞から優先的に放出されていることを示している。
MVとPBMCにおけるmiRNA発現プロファイルの明確な相違: 健常人 (n=51 donors) の血漿MVおよび対応するPBMCから抽出したRNAを用いて、420種の成熟miRNAの定量プロファイリングを実施した。フィルタリング処理の結果、MVサンプルでは104種 (検出率 24.8%)、PBMCサンプルでは75種のmiRNAが有意に検出された (Figure 4A, 4B)。両コンパートメントで共発現していたmiRNAは71種であったが、33種のmiRNAはMVでのみ有意に検出され、4種のmiRNAはPBMCでのみ有意に検出された (Figure 4C)。中央値標準化データを用いた階層的クラスタリング解析では、51名のドナーのうち48名のサンプルにおいて、MVとPBMCがそれぞれ完全に独立したクラスターを形成し、両者のmiRNA発現プロファイルが極めて対照的であることが実証された (Figure 3)。この結果は、MV内のmiRNAが細胞内のRNA構成を単に受動的に反映しているのではなく、特定のmiRNA種を選択的に内包する能動的なパッケージング機構が存在することを示唆している。
miR-223、miR-486、およびmiR-150の極めて顕著な差次発現パターン: MVとPBMCの間で発現量が著しく異なるmiRNAを同定するため、線形混合モデルを用いた差次発現解析を実施した。その結果、MVにおいてPBMC比で2倍以上の有意な発現上昇を示したmiRNAが15種、逆にPBMCにおいてMV比で2倍以上の有意な発現上昇を示したmiRNAが20種同定された (Table 3)。最も劇的な差を示したのはmiR-486であり、MVにおいてPBMCの 6.742-fold という極めて高い発現量を示した (p=4.31e-20)。また、miR-328 (6.602-fold、p=1.64e-21) やmiR-222 (3.995-fold、p=1.18e-21) もMVで有意に濃縮されていた。対照的に、PBMCで最も優位に発現していたのはmiR-150であり、PBMCにおける発現量はMVの 59.93-fold に達した (p=7e-21)。さらに、miR-29a (40.31-fold、p=9.69e-28) やmiR-142-3p (23.49-fold、p=1.9e-22) もPBMC側で圧倒的に高発現していた。なお、miR-223はMV (正規化発現量 1589 ± 653) とPBMC (2143 ± 499) の双方において絶対的な最高発現量を示す共通の主要miRNAとして同定された (Table 1)。
血小板と循環MVにおけるmiRNAの共有パターン: 循環MVの主要な起源が血小板であるというフローサイトメトリーの知見に基づき、単離した血小板 (n=6 donors) におけるmiRNAプロファイリングを行い、血漿MVとの比較を行った。その結果、血小板と血漿MVの間で52種のmiRNAが共通して検出された (Figure 5)。血小板において最も高発現していたのは、MVと同様にmiR-223であり、次いでmiR-484、miR-191、miR-146a、miR-16などが上位を占めた (Table 4)。一方で、組織特異的miRNAとして知られるmiR-122a (肝臓特異的) やmiR-216、miR-217 (膵臓特異的) は、健常人の血漿MVおよび血小板のいずれからも全く検出されなかった。このことは、健常状態の循環血液中には特定の組織傷害を示すmiRNAが排除されていることを意味し、将来的な臓器特異的バイオマーカー開発における背景ノイズの低さを裏付けるものである。
予測標的遺伝子および制御経路のバイオインフォマティクス解析: MVおよびPBMCで高発現している上位9種のmiRNAについて、miRandaおよびTargetScanを用いて予測標的遺伝子を抽出した。MV高発現miRNAの共通ターゲットとして94遺伝子、PBMC高発現miRNAの共通ターゲットとして89遺伝子が同定された (Table S2)。これらの遺伝子群を対象にIPAを用いた経路解析を行ったところ、MV由来のmiRNAはグリセロリン脂質代謝 (p=0.00329) やイノシトールリン酸代謝 (p=0.00577)、リン脂質分解 (p=0.00917) などの代謝制御経路、およびエストロゲン受容体シグナリング (p=0.0214) を高度に制御していることが予測された (Table 2)。一方、PBMC由来のmiRNAは軸索ガイダンスシグナリング (p=0.0147) やシナプス長期増強 (p=0.0207) などの神経系シグナル、およびアミノ酸・脂質代謝経路を標的としていることが示された。また、MVで特異的に濃縮されていたmiR-486の予測標的には、インスリン受容体シグナリングやフェニルアラニン代謝、抗原提示経路が含まれており、循環MVが全身性の代謝恒常性や免疫応答の調整に寄与している可能性が示唆された。
考察/結論
先行研究との違い: 本研究は、培養細胞株や特定の疾患患者を対象とした小規模な先行研究と異なり、51名という大規模な健常人コホートを対象に、末梢血循環MV、PBMC、および血小板の3つのコンパートメントにおけるmiRNAプロファイルを同一ドナー内で直接比較した点で決定的に異なる。先行研究である Valadi et al. NatCellBiol 2007 はマスト細胞株由来のエクソソームにおけるRNA移行を示し、Mitchell et al. (2008) は血清中の循環miRNAが前立腺がんのバイオマーカーとして安定に存在することを示したが、健常人の生体内における循環MV内のmiRNAの網羅的かつ定量的な基準値や、PBMCとの明確な発現差異についてはこれまで詳細に解析されていなかった。本研究は、MVとPBMCの間にmiR-486 (MVで 6.742-fold 優位) やmiR-150 (PBMCで 59.93-fold 優位) といった極めて対照的な差次的発現パターンが存在することを示し、循環MVへのmiRNAの封入がランダムなプロセスではなく、高度に制御された選択的パッケージング機構によるものであることを生体レベルで強く支持した。
新規性: 本研究は、健常人の末梢血漿中を循環するMV内に104種の成熟miRNAが安定して存在することを本研究で初めて網羅的かつ定量的に実証した。特に、循環MVの主要なソースが血小板および単核食細胞であることをフローサイトメトリーで特定し、血小板由来MVに特徴的なmiRNAシグネチャー (miR-223、miR-191、miR-486など) を新規に同定したことは極めて重要な知見である。また、肝臓特異的なmiR-122aや膵臓特異的なmiR-216/miR-217が健常人の循環MVからは一切検出されないという事実を明らかにしたことも、これまで報告されていない新規の発見であり、生体恒常性維持における循環miRNAのバックグラウンドを定義する上で極めて高い学術的価値を持つ。
臨床応用: 本研究が提示した健常人の循環MV-miRNAプロファイルは、今後のリキッドバイオプシー (liquid biopsy) 技術の臨床応用において極めて重要な基準データ (リファレンス) を提供する。臨床的意義として、健常状態で検出されない組織特異的miRNAが、臓器傷害やがんの進行に伴って循環MV内に出現する現象を利用することで、極めて低ノイズかつ高感度な疾患早期診断システムの構築が可能となる。例えば、肺がんや胸部腫瘍の臨床現場において、腫瘍由来MVに特異的なmiRNAシグネチャーを検出することで、従来の画像診断では困難であった微小病変の同定や治療効果の非侵襲的モニタリングへの応用が期待される。また、血小板由来MVががんの転移や血管新生に関与することが知られているため、MV内のmiR-223やmiR-486の発現変動を追跡することは、血栓症やがん悪性化リスクの translational な予測マーカーとしても有用である。
残された課題: 今後の検討課題として、循環MVを構成する各サブポピュレーション (血小板由来、単核球由来、内皮細胞由来など) を完全に分離した状態でのmiRNAプロファイリング技術の確立が挙げられる。本研究における超遠心分離法はMV全体をバルクとして回収しているため、各細胞起源に特異的な微細な変動を見落としている可能性がある点が limitation である。また、本研究は単一時点での横断的解析であるため、個人内における時間的・生理的変動 (食事、運動、概日リズムなど) がMV-miRNAプロファイルに与える影響については未解明であり、今後の研究で検証する必要がある。さらに、MVに内包されたmiRNAが実際に標的細胞 (内皮細胞や免疫細胞など) に取り込まれ、機能的な遺伝子ノックダウンを引き起こすかどうかの詳細な分子メカニズムの解明も、治療応用へ向けた重要な課題として残されている。
方法
本研究は、オハイオ州立大学の機関承認専門委員会であるIRB (Institutional Review Board) の承認プロトコル (プロトコル番号: 1978H0059) およびHIPAA (Health Insurance Portability and Accountability Act) 規制に従って実施された。健常な非喫煙者の白人ボランティア51名 (女性24名、男性27名、年齢21-58歳、中央値29歳) から末梢血 (40 cc) をEDTA (ethylenediaminetetraacetic acid) 管に回収した。全血をPBS (phosphate-buffered saline) で1:1に希釈後、Ficoll-Hypaque (密度1.077 g/mL) を用いた密度勾配遠心分離によりPBMC画分を分離した。血漿画分からMVを回収するため、160,000×g、4℃で1時間の超遠心分離を行い、MVをペレットとして濃縮した。また、一部のドナー (n=6 donors) からはクエン酸ナトリウム管を用いて全血を採取し、PGE1 (prostaglandin E1) 処理およびTyrodeバッファーを用いた洗浄ステップを経て、高純度の血小板を単離した。なお、超遠心分離によるMV回収プロトコルの標準化およびバリデーションのため、ヒト肺がん細胞株 A549 (n=3 replicates) およびヒト胎児腎細胞株 HEK293T (n=3 replicates) から放出されたMVを用いた予備的検討も実施した。
MV、PBMC、および血小板からTrizol試薬 (Invitrogen社) を用いて全RNAを抽出した。RNAの濃度および完全性は、Agilent 2100 Bioanalyzerを用いたキャピラリー電気泳動により評価した。PBMCサンプルについてはRIN (RNA integrity number) が9以上のもののみを解析に使用し、MVサンプルについてはRINが2-8の範囲にあることを確認した。
成熟miRNAのプロファイリングには、当時市販されていた420種の成熟ヒトmiRNAをカバーするTaqMan miRNA PCRアレイ (Applied Biosystems社) を使用した。500 ng of total RNAを、ループ状プライマー混合物 (Megaplexキット) を用いて逆転写し、cDNAを合成した。リアルタイムPCRは、384ウェルプレートを装備したApplied Biosystems 7900HTシステムを用いて実施した。内部標準として18S rRNA、5S rRNA、snoRNA (small nucleolar RNA) U38B、snoRNA U43、snRNA (small nuclear RNA) U6のプライマーを含めた。
データ解析において、CT (cycle threshold) 値が35を超えるものは非特異的シグナルとして除外した。内部標準のCT値がMVとPBMC間で大きく変動したため、バイアスを避ける目的で、各アレイの全体的なmiRNA発現に基づく中央値標準化 (median normalization) を適用した。MVとPBMC間の差次的発現解析には、線形混合モデル (linear mixed models) を用い、多重比較補正としてボンフェローニ補正 (有意水準 p < 0.0006) を適用した。また、2群間の比較には Student t-test も適宜用いた。発現差異はFC (fold change) 法により算出した。
MVの細胞起源を特定するため、濃縮を行わない新鮮血漿0.5 ccを用いて直接免疫染色を行い、BD Ariaフローサイトメーターで解析した。前方散乱光であるFSC (forward scatter) および側方散乱光であるSSC (side scatter) のゲート設定には2 umの標準ビーズを使用し、CD41a (cluster of differentiation 41a) (血小板)、CD3 (T細胞)、CD14/CD206/CCR2/CCR5 (単核食細胞)、CD66b (好中球)、CD202b (cluster of differentiation 202b) (内皮細胞) などの抗体パネルを用いて解析した。
miRNAの予測標的遺伝子の同定には、miRanda (スコア17以上) およびTargetScan v4.2 (スコア-0.31以下) のアルゴリズムを使用し、両データベースで共通して予測された標的遺伝子について、IPA (Ingenuity Pathway Analysis) ソフトウェアを用いたカノニカル経路解析およびネットワーク解析を実施した。