- 著者: Bagati A, Kumar S, Jiang P, Pyrdol J, Zou AE, Godicelj A, Mathewson ND, Cartwright ANR, Cejas P, Brown M, Giobbie-Hurder A, Dillon D, Agudo J, Mittendorf EA, Liu XS, Wucherpfennig KW
- Corresponding author: Kai W. Wucherpfennig (Dana-Farber Cancer Institute)
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2021
- Epub日: 2020-12-31
- Article種別: Original Article
- PMID: 33385331
背景
トリプルネガティブ乳癌 (TNBC) は、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、およびHER2受容体を発現しない不均一で極めて悪性度の高い乳癌サブタイプである。TNBCは早期に転移を来しやすく、化学療法抵抗性となった症例の予後は極めて不良である。近年、腫瘍浸潤リンパ球 (TIL; tumor-infiltrating lymphocyte) の密度が術前化学療法の奏効率や患者の生存期間改善と強く相関することが報告されている。さらに、抗PD-L1抗体などの免疫チェックポイント阻害薬と化学療法の併用が一部のPD-L1陽性TNBC患者において無増悪生存期間を延長することが示された。しかし、依然として大多数の患者は免疫療法の恩恵を受けられず、腫瘍細胞が獲得している固有の免疫療法耐性メカニズムの全容は未解明である。
メラノーマなどの先行研究では、腫瘍固有のβ-カテニン経路の活性化やPTEN遺伝子の欠失がCD8+ T細胞の腫瘍内浸潤を阻害することが報告されている ( Spranger et al. Nature 2015 ; Peng et al. CancerDiscov 2016 )。また、全ゲノムCRISPR (clustered regularly interspaced short palindromic repeats) スクリーニングにより、MHCクラスI (主要組織適合遺伝子複合体クラスI) 経路やインターフェロンγ (IFNγ) シグナル伝達に関わる遺伝子がT細胞による殺傷に対する感受性を決定する重要因子であることが明らかにされてきた ( Manguso et al. Nature 2017 ; Patel et al. Nature 2017 )。さらに、これらの経路の機能喪失変異が、臨床における免疫チェックポイント阻害薬に対する獲得耐性機構として同定されている ( Zaretsky et al. NEnglJMed 2016 )。
しかしながら、TNBCを含む上皮由来の難治性固形がんにおいて、腫瘍細胞がどのようにして免疫監視を逃れ、細胞傷害性T細胞の攻撃から回避しているのか、その具体的な分子機構に関する知見は圧倒的に不足している。著者らは過去のゲノムワイドCRISPRノックアウトスクリーニングにおいて、腫瘍細胞にCD8+ T細胞傷害性に対する耐性を付与する313個の遺伝子候補を同定していた。本研究では、その中から転写因子であるSOX4 (SRY-box transcription factor 4) と、インテグリンαvをコードするITGAV遺伝子に着目した。SOX4は多くのヒト上皮がんで高発現し予後不良と相関することが知られており、インテグリンαvは潜在型TGFβ (transforming growth factor-beta) の活性化を担う。SOX4がTGFβシグナルの直接的な標的遺伝子であることから、インテグリンαvβ6-TGFβ-SOX4シグナル軸がTNBCにおける強力な免疫逃避経路を形成しているという仮説を立て、検証を行った。
目的
本研究の目的は、TNBC細胞において転写因子SOX4が細胞傷害性T細胞に対する耐性を駆動する詳細な分子機構を解明することである。さらに、SOX4の上流で機能するインテグリンαvβ6受容体による潜在型TGFβの活性化機構とSOX4発現誘導の連関を検証する。最終的には、抗体依存性細胞傷害 (ADCC; antibody-dependent cellular cytotoxicity) 活性を排除したインテグリンαvβ6/8特異的阻害抗体を作製し、これがin vitroおよびin vivoのTNBCモデルにおいて示す治療効果と腫瘍免疫微小環境の再構築作用を明らかにすることを目的とする。これにより、現行の免疫チェックポイント阻害薬に抵抗性を示す難治性TNBCに対する新規治療戦略を確立することを目指す。
結果
SOX4およびITGAVによるT細胞傷害性への抵抗性付与: 全ゲノムスクリーニングの知見に基づき、ヒトBT549細胞においてSOX4、ITGAV、またはITGB6遺伝子をCRISPR/Cas9を用いてノックアウトしたところ、NY-ESO-1特異的CD8+ T細胞による細胞傷害感受性が有意に上昇した (p<0.001) (Fig 1C)。ITGAV KO細胞では、SOX4のmRNAレベルが対照群と比較して有意に低下し、SOX4タンパク質発現も消失した (Fig 1D, 1E)。このITGAV KO細胞にドキシサイクリン (Dox) 誘導プロモーターを用いてSOX4を再発現させると、T細胞傷害に対する抵抗性が完全に回復した (p<0.001) (Fig 1G)。また、マウス4T1細胞 (n=3 replicates) において、Sox4 KO細胞では活性型TGFβ1を添加してもT細胞に対する耐性が誘導されなかったことから、SOX4がTGFβシグナルの主要な免疫逃避エフェクターであることが証明された。
インテグリンαvβ6/8阻害抗体によるSOX4抑制とT細胞感作: ADCC活性を排除したαvβ6/8 mAbは、ヒトBT549およびマウス4T1細胞において、リン酸化SMAD2レベルを低下させるとともにSOX4タンパク発現を強力に抑制した (Fig 2A)。このαvβ6/8 mAbによる前処理は、TNBC細胞のCD8+ T細胞に対する感受性を著しく増強し、抗PD-1抗体との併用により殺傷効果はさらに高まった (Fig 2C, 2D)。この効果は活性型TGFβ1の添加によって完全に消失したことから、αvβ6/8 mAbが潜在型TGFβの活性化を阻害することで作用していることが示された。また、TGFβ受容体キナーゼ阻害薬であるガリヌセルチブ (LY2157299) の処理によっても、同様にSOX4発現の低下とT細胞感受性の亢進が確認された。
in vivoにおける抗腫瘍効果と腫瘍微小環境の再構築: 抗PD-1抗体単剤に抵抗性を示す高転移性マウスTNBCモデル (Py8119移植モデル、n=10 mice/group; 4T1移植モデル、n=12 mice/group) において、αvβ6/8 mAb単剤治療は対照IgG群と比較して原発腫瘍の増殖を著しく抑制し (p<0.001)、生存期間を有意に延長した (Fig 3A-3D)。抗PD-1抗体との併用療法は、生存延長効果をさらに増強した。4T1モデルにおいて、αvβ6/8 mAbは肺転移巣の数を劇的に減少させた (p<0.001) (Fig 3F)。この治療効果は、抗CD8β抗体を用いてCD8+ T細胞を枯渇させると完全に消失したため (Fig 3E)、CD8+ T細胞が治療効果の主要なエフェクターであることが示された。腫瘍微小環境の解析では、αvβ6/8 mAb治療群において腫瘍浸潤CD8+ T細胞数が有意に増加し (p<0.001) (Fig 4A-4C)、抗原提示能を有するクロスプレゼンティング樹状細胞 (cross-presenting DC; CD11c+/MHC-IIhi/CD103+/CD11b-) の割合が増加した (p<0.01) (Fig 4E)。一方で、免疫抑制的なF4/80+マクロファージの割合は減少した (Fig 4G)。
SOX4による免疫関連遺伝子群の直接的な転写抑制: RNA-seq解析の結果、SOX4 KOおよびITGAV KO細胞では、インターフェロン (IFN) 応答経路遺伝子群が最大の正エンリッチメントシグネチャーとして同定された (GSEAにおいて、NES=3.09, p=0相当) (Fig 6A)。具体的には、cGAS-STING経路やRIG-I/MDA-5経路、AIM2インフラマソームに関わるISG (interferon-stimulated gene) 群の発現が著しく上昇していた (Fig 6C)。さらに、SOX4 KOおよびITGB6 KO細胞では、細胞表面のMHCクラスI (HLA-ABC) の発現が定常状態およびIFNγ刺激下の両方で有意に増加した (Fig 6D, 6E)。ChIP-seq解析により、SOX4転写因子がIRF7、ISG15、TAP1、TAP2、PSMB9、HLA-B、HLA-Cのプロモーター領域やシス制御領域に直接結合し、これらの転写を直接抑制していることが明らかになった (Fig 6F)。
MHCクラスI低発現耐性クローンの出現抑制: BT549細胞とCD8+ T細胞を共培養すると、T細胞の選択圧によってMHCクラスI低発現 (HLA-low) の耐性腫瘍細胞クローンが出現するが、SOX4、ITGAV、またはITGB6をノックアウトした細胞では、このHLA-low集団の出現が劇的に抑制された (p<0.01) (Fig 7A, 7B)。同様に、αvβ6/8 mAbによる前処理もHLA-low細胞の出現を強力に阻止した (Fig 7C, 7D)。in vivoのPy8119モデルにおいても、αvβ6/8 mAb治療群ではMHC-I低発現 (H2-Kb-low) 腫瘍細胞の割合が有意に減少していた (p<0.001) (Fig 7G, 7H)。Dox誘導性Sox4発現システムを用いた実験では、Sox4の強制発現によってαvβ6/8 mAbのin vivo治療効果およびCD8+ T細胞の浸潤促進効果が完全に消失したことから (Fig 5D, 5F)、本抗体の作用機序の中核がインテグリンαvβ6-TGFβ-SOX4軸の遮断にあることが裏付けられた。
考察/結論
先行研究との違い: 全身性のTGFβシグナル阻害を試みた先行研究と異なり、本研究は腫瘍微小環境において潜在型TGFβの活性化を局所的に担う上皮特異的なインテグリンαvβ6受容体を標的としている。全身性のTGFβ受容体阻害剤 (ガリヌセルチブなど) は心血管毒性などの副作用が懸念されるが、インテグリンαvβ6は正常組織での発現が極めて低く、がん組織で特異的に高発現しているため、毒性を最小限に抑えつつ高い治療窓 (therapeutic window) を確保できる点でこれまでのアプローチと大きく異なる。また、TGFβがT細胞の腫瘍排除を阻害するという既報 ( Mariathasan et al. Nature 2018 ) と整合しつつ、その下流で機能する腫瘍細胞固有の耐性因子としてSOX4を同定した点でも先行研究と異なる。
新規性: 本研究は、TNBCにおける免疫逃避を駆動する新規なシグナル伝達経路として「インテグリンαvβ6-TGFβ-SOX4軸」を本研究で初めて解明した。SOX4が単に上皮間葉転換 (EMT) を促進するだけでなく、MHCクラスI経路やcGAS-STING、RIG-I/MDA-5などの自然免疫シグナル伝達遺伝子群を直接的かつ統合的に転写抑制しているという知見は、これまで報告されていない極めて画期的な分子メカニズムである。
臨床応用: 本研究の成果は、免疫チェックポイント阻害薬単剤では効果が得られない「冷たい腫瘍 (cold tumor)」である難治性TNBCに対する臨床応用に直結する。特に、T細胞の攻撃下で出現するMHC-I低発現耐性クローンの発生をαvβ6/8 mAbが強力に抑制したことは、治療抵抗性の獲得を防ぐための臨床的有用性を示す強い根拠となる。現在開発中のインテグリン阻害抗体との併用療法は、TNBC患者における持続的な抗腫瘍免疫を誘導する革新的なバイオロジーを提供する。
残された課題: 今後の検討課題として、インテグリンαvβ6/8阻害抗体のヒトにおける安全性と最適な投与用量の確立が挙げられる。また、実際の臨床現場におけるバイオマーカーとして、腫瘍組織におけるSOX4発現やインテグリンβ6発現の有用性を大規模コホートで検証することが残された課題である。さらに、正常上皮組織における同経路阻害に伴う潜在的な自己免疫反応や組織修復遅延などの副作用プロファイルを詳細に評価することも今後の課題である。
方法
- 細胞培養と遺伝子編集: ヒトTNBC細胞株であるBT549およびHs578T (ヒト乳癌細胞株)、マウスTNBC細胞株である4T1およびPy8119 (マウス乳癌細胞株) を使用した。CRISPRリボ核タンパク質 (RNP; ribonucleoprotein) 複合体を用いて、Cas9タンパク質と標的遺伝子 (SOX4、ITGAV、ITGB6) に対するgRNA (guide RNA) をエレクトロポレーションにより導入し、ノックアウト (KO) 細胞株を作製した。
- in vitro T細胞傷害性アッセイ: HLA-A2およびNY-ESO-1抗原を共発現するヒトBT549細胞に対し、NY-ESO-1特異的TCR (T cell receptor) を導入したヒトCD8+ T細胞を様々なエフェクター/ターゲット (E/T) 比で共培養した。マウス4T1細胞 (GFP発現) に対しては、GFP特異的TCRを有するJEDI (Jurkat-derived effector of dacarbazine-induced) マウス由来のCD8+ T細胞を用いて共培養を行った。腫瘍細胞の生存率は、Celigoイメージサイトメーターを用いて定量評価した。
- インテグリンαvβ6/8阻害抗体の作製: 潜在型TGFβ活性化をブロックする抗体264RADのFc領域にD265AおよびN297Aの2点変異を導入し、ADCC活性を消失させたインテグリンαvβ6/8阻害抗体 (αvβ6/8 mAb) をCHO (Chinese hamster ovary) 細胞を用いて発現・精製した。
- in vivo 腫瘍モデル実験: 4-6週齢の雌性BALB/cマウスおよびC57BL/6Jマウスの乳房脂肪体に、それぞれ4T1細胞またはPy8119細胞を同所移植した。腫瘍体積が約50 mm3に達した時点で、αvβ6/8 mAb (0.2 mg/回、週2回) または抗PD-1抗体 (0.2 mg/回、週2回) を単剤あるいは併用で腹腔内投与した。CD8+ T細胞の枯渇には抗CD8β抗体を使用した。
- RNAシークエンシング (RNA-seq) とGSEA: コントロール群、SOX4 KO群、ITGAV KO群の細胞からRNAを抽出し、Illumina NextSeq 500でシークエンシングを行った。発現変動遺伝子の解析には
DESeq2ソフトウェアを使用し、MSigDBを用いて遺伝子セット濃縮解析 (GSEA; gene set enrichment analysis) を実施した。 - クロマチン免疫沈降 (ChIP-seq): BT549細胞を用いて、SOX4抗体によるChIPを行い、次世代シークエンサーを用いてSOX4のゲノム結合領域を同定した。
- 統計解析: 2群間比較には Student’s t-test、多群比較には one-way または two-way ANOVA (Dunnett’s または Tukey’s post hoc test) を使用した。生存曲線はカランマイヤー法でプロットし、log-rank テストで有意差を検定した。