- 著者: McGinnis CS, Miao Z, Superville D, Yao W, Goga A, Reticker-Flynn NE, Winkler J, Satpathy AT
- Corresponding author: Juliane Winkler (juliane.winkler@meduniwien.ac.at), Medical University of Vienna; Ansuman T. Satpathy (satpathy@stanford.edu), Stanford University
- 雑誌: Cancer Cell
- 発行年: 2024
- Epub日: 2024-05-30
- Article種別: Original Article
- PMID: 38821060
背景
癌転移は固形腫瘍患者の死因の約50-90%を占めるが、転移ニッチを特異的に標的とする臨床承認治療は存在しない。腫瘍媒介の全身免疫リモデリングが転移進行に必須であることは知られており、骨髄由来骨髄系細胞の役割を中心に多くの研究が進められてきた。例えば、VEGFR1 (vascular endothelial growth factor receptor 1) 陽性造血幹細胞が転移前ニッチ (PMN) 形成を開始することがKaplan et al. Nature 2005によって報告されている。また、CCL2 (CC chemokine ligand 2) が炎症性単球をリクルートし、乳がん転移を促進することもQian et al. Nature 2011により示されている。さらに、腫瘍エクソソームのインテグリンが臓器指向性転移を決定することもHoshino et al. Nature 2015で明らかにされている。しかし、PMN形成から転移確立に至る免疫細胞集団の経時的表現型変化は従来の研究が断面解析に依存しており、PMNでの免疫リモデリングがどのように動的に進行するかの包括的・縦断的理解は不足していた。特に組織常在マクロファージ (間質マクロファージ [IM]・肺胞マクロファージ [AM]) がPMN形成に果たす役割、NK (natural killer) 細胞がPMNと原発腫瘍で異なる制御を受けるかどうか、またIGF1 (insulin-like growth factor 1)・CCL6 (CC chemokine ligand 6) などの細胞間シグナル分子の動的変化については未解明であった。乳癌は最多の転移臓器として肺を選好するため、肺免疫微小環境の縦断的高解像度解析が抗転移免疫療法標的同定に不可欠であった。
目的
PyMT自然発症転移性乳癌モデルの肺免疫細胞を週次scRNA-seq (single-cell RNA sequencing) で縦断プロファイリングし、原発腫瘍形成からPMN形成、転移肺確立に至る免疫集団、細胞状態、細胞間コミュニケーションの経時的変化を一括解明する。特に (1) PMN形成と相関する骨髄系細胞の転写プログラム同定、(2) NK細胞の転移ニッチ特異的動態解明、(3) IGF1・CCL6シグナリングの動的変化の同定と抗転移免疫療法候補としての評価を目的とする。
結果
週次scRNA-seq縦断アトラスがPMNの3ステージ遷移を非バイアスで解明: JSD解析で早期・中期・後期の3ステージが非バイアスに同定された (Figure 1C)。後期では好中球・古典的単球 (cM) 比率増加 (各ステージ間n=5-8マウス) とB細胞・AM比率低下が観察され、既報の転移ニッチ所見と一致した (Figure 1D)。早期でのDC一過性増加は縦断デザインなしでは検出できない知見であった。中期でpDC比率上昇 (MDSC・Treg招集との関連が示唆される)、後期でcDC1比率低下 (抗腫瘍免疫減弱) が確認された。TregおよびBreg頻度は後期に増加し、増殖性コンパートメントで濃縮された。4T1同所移植モデルおよびヒト患者scRNA-seqデータでの照合により、PyMTモデルで観察された主要な免疫リモデリングパターン (Treg増加・cDC1低下・骨髄系TLR-NFκB炎症プログラム) が保存されていることが確認された。例えば、4T1モデルでは、中期から後期にかけて好中球の割合が約2倍に増加し、AMの割合は後期で約1.5倍減少した (Figure S5E)。
骨髄由来・組織常在骨髄系細胞に横断的なTLR-NFκB炎症プログラムがPMNと相関する: AMのNMF解析で同定したNMF8成分がCd14+炎症性AM (Tnf・Cxcl2・Nlrp3・Tlr2発現) に濃縮され、GSEAでTNFシグナリングvia NFκB (Hallmark gene set) との強い関連が示された (Figure 3D、p<0.01)。同一のTLR-NFκB炎症成分 (NMF19) がIM・単球・好中球でも検出され、Cd14タンパク発現は転移進行に伴い増加した (フローサイトメトリー、p<0.05) (Figure 5E)。4T1モデルおよびヒト脳転移MAMデータでも同炎症シグネチャーが確認され、骨髄由来・組織常在骨髄系細胞が種横断的にこのプログラムを実行することが示された。NMF8成分陽性AMが中期PMNにおいて最も増加し、後期 (転移肺) でも持続していたことは、この炎症プログラムがPMN形成開始から転移ニッチ確立後も継続して免疫抑制的微小環境の維持に貢献する可能性を示す。NMF8モジュールスコアとCD14+「活性化」MDSCモジュールスコアの間には、AMにおいて強い相関 (Pearson r > 0.7) が認められた (Figure 3F)。
NK細胞はPMNと原発腫瘍で逆方向に制御される: NK細胞を免疫調節型 (CD56bright類似) と細胞傷害性型 (CD56dim類似) に分類すると、転移肺では細胞傷害性NK細胞比率が経時的に有意に増加した (中期→後期で約2倍、フローサイトメトリー確認、p<0.05) (Figure 6B)。これはPyMT原発腫瘍のNK細胞が免疫調節型へ再プログラムされるという既報と鋭く対照をなしており、同一個体内で原発腫瘍と転移臓器がNK細胞に逆方向の制御をかけることを示す。ヒト肺腺癌のリンパ節転移でもFCGR3A+細胞傷害性NK細胞が正常リンパ節より増加しており (Figure 6C、約1.5倍の増加)、転移ニッチ特異的な細胞傷害性NK細胞の選択的濃縮が種を超えて保存されていることが示された。CD8+ T細胞の分化も転移進行に伴い増加し、CD8+ T細胞の約30%が後期において分化型表現型を示した (Figure 6D)。
IGF1-IGF1R回路とCCL6シグナリングの動的・細胞型特異的再編成: CellChat解析でMrc1+ IMのIgf1 → 好中球Igf1r (IGF1-IGF1R回路) が早期ステージのみに活性で中期以降に消失することが同定された (n=29サンプルの経時的CellChatスコア変化) (Figure 7B)。Igf1ノックアウトマウスで転移が抑制されるという既報と整合し、早期PMN形成へのIGF1-IGF1Rシグナリングへの寄与が示唆される。IGF1シグナルは早期PMN (6-9週) にのみ活性であり、その後急速に消失する点はPMN形成の時期特異的な分子スイッチが存在することを示唆する。CCL6シグナリングではCcl6発現が好中球で中期-後期に低下し同時にAMで増加するという逆転が生じた (Figure 7E)。この細胞型特異的転換はPyMT検証コホート・4T1データ双方で独立に再現された (各コホートでCcl6 high/low群の比較で統計的有意差あり、p<0.05)。例えば、PyMT検証コホートでは、中期から後期にかけて好中球におけるCcl6発現が約0.5 log2FC減少した (Figure S7D)。
考察/結論
本研究はPyMT乳癌肺転移の初の週次scRNA-seq縦断アトラスを提供し、(1) PMNが骨髄由来・組織常在骨髄系細胞に横断的なTLR-NFκB炎症プログラム (NMF8/NMF19、Cd14+) によって特徴付けられること、(2) NK細胞がPMNでは細胞傷害性型が増加するが原発腫瘍では免疫調節型へ再プログラムされるという逆方向制御、(3) IGF1・CCL6シグナリングが転移進行中に細胞型特異的に再編成されること、を提示した点でPMN免疫学の重要な貢献である。縦断デザインによりDC一過性増加やNMF8炎症成分のPMN特異性など、断面解析では検出不能な知見が得られた意義は大きく、特に転移ステージを先行する免疫変化の同定は早期介入ウィンドウの定義に役立つ。
先行研究との違い: 先行研究がVEGFR1+ HPCクラスターやLOX-コラーゲン架橋といった既知のPMN形成因子に焦点を当てていたのと異なり、本研究は常在AMを含む骨髄系細胞全体に横断するTLR-NFκBシグネチャーをPMNの免疫学的特徴として確立した点が独自の貢献である。Veglia et al. NatRevImmunol 2021がMDSCの多様性を報告しているが、本研究は組織常在マクロファージにおけるTLR-NFκB炎症の役割を明確化した。
新規性: 本研究で初めて、転移ニッチにおけるNK細胞の細胞傷害性表現型へのバイアスと、原発腫瘍における免疫調節型への再プログラミングという逆方向制御を新規に同定した。また、IGF1-IGF1Rシグナルが早期PMN形成期に特異的に活性化し、その後消失するという動的な変化もこれまで報告されていない新規の知見である。
臨床応用: 本知見は抗転移免疫療法の新たな標的経路を示唆する。特に、TLR-NFκB炎症プログラムの阻害や、IGF1・CCL6シグナリングの時期特異的制御は、PMN形成を阻止し転移を抑制する臨床応用の可能性を秘めている。例えば、CD14+骨髄系細胞を標的とした治療戦略は、転移性乳癌患者の予後改善に繋がる臨床的意義を持つと考えられる。
残された課題: 今後の検討課題として、各シグナリング経路の因果関係を確認する機能的in vivo実験が残されている。NMF8やIGF1回路のPMNにおける必要十分条件は未確立であり、CCL6経路の抗転移療法標的としての可能性は前臨床機能実験と他がん種での検証が必要である。また、非免疫ストローマ細胞 (がん関連線維芽細胞・内皮細胞) の役割や、他の転移先臓器 (骨・脳・肝) への一般化可能性も今後の課題である。本アトラスはPMN免疫細胞の高解像度参照データセットとして今後の研究の基盤となることが期待される。
方法
PyMT+メスマウスを6-14週齢で週次サンプリング (WTコントロール含む) し、MULTI-seq (sample multiplexing for single-cell RNA sequencing) バーコードによるサンプル多重化後にCD45+細胞を濃縮・scRNA-seqを実施した (合計84,545細胞、29サンプル)。4T1同所移植モデル (BALB/cマウス、59,899細胞、29サンプル) および新鮮単離PyMT検証コホート (FVB/Nマウス、76,670細胞、18サンプル) で交差検証を行い、公開ヒト患者scRNA-seqデータセットでも照合した。転移ステージ分類はJensen-Shannon Divergence (JSD) を用いてデータ駆動で実施し、早期 (WT-9週: 転移前)・中期 (9-12週: PMN確立期)・後期 (12-14週: 転移肺) の3ステージを非バイアスに同定した。NMF (non-negative matrix factorization) 解析でAM・全骨髄系細胞の代表的転写成分を同定し、CellChatツールで細胞間シグナリングネットワーク変化を推定した。GSEA (gene set enrichment analysis) で転写成分とgene setの関連を評価し、フローサイトメトリーでタンパク質レベルの検証を実施した。統計解析には、細胞型およびサブタイプ比率の有意な変化を評価するためにSpeckle Rパッケージのpropeller関数 (bootstrappingあり) を使用し、差次的発現遺伝子の同定にはWilcoxon rank-sum testを用いた。フローサイトメトリーデータにおけるCD14タンパク質発現の幾何平均の有意差はWilcoxon rank-sum testで評価した。